過去編
78
聖オルレリウス歴1580年十二ノ月
「我と取り引きをしよう。この大陸の半分をくれてやるぞ」
俺に追い詰められた髑髏の仮面を被り、上半身が魔族で下半身が蜘蛛の姿をした北の魔王カーズトは血だらけの姿でそう言ってくる。
もちろん首を横に振ると魔王カーズトは今度は俺を指差してきた。
「……良いのか? 我の魔法は既に完成している。我が死ねば貴様は呪われて加護は封じられるぞ! くっくっく、これで我を殺すことはできまい。さあ、もう一度言う。我を生かしてくれるなら大陸……いや、世界の半分をくれてやろう」
魔王カーズトは戦う意思はないというように両手を広げる。俺はそれを見て心底呆れてしまった。まさか、こんな奴が魔王だと思わなかったからだ。
やれやれ。
俺は内心舌打ちしながら西側の魔王との戦いを思い出す。力こそ全てで動いていた西側の魔王は最後は俺に力負けして潔く斬られて散っていった。
なのに目の前の魔王はとどめを刺そうとした瞬間命乞いをし始めたのだ。しかも媚びた仕草までしており、今も必死に訴えてきている。
俺は溜め息を吐くと魔王カーズトに近づく。
「……最後の言葉はそれで良いか? じゃあ、もう留めを刺すぞ」
「なっ⁉︎ い、良いのか⁉︎ 貴様の加護も力も無くなり、命も日々削られるのだぞ!」
「問題ない。後続の勇者も育ってきているしな」
「な、何故そんな平気でいられる! 苦しんで死ぬのだぞ⁉︎」
「……丁度良い。俺にはお似合いの死に方だ」
「はっ? な、何なのだ貴様は……。死ぬのが怖くないのか?」
「ああ、全くな。それじゃあさっさと斬られてくれ。宝具解放レバンテイン」
俺は輝き出したレバンテインを魔王カーズトに振り下ろした。
「ぎゃああああああぁぁっーーー‼︎」
魔王カーズトは光りに包まれ絶叫しながら魔核を残して消えていく。直後、身体が重くなり俺は膝をついた。
更にはレバンテインとアレスタスの鎧が形を変えて俺から離れていく。どうやら魔王カーズトの言葉は本当だったらしい。
ただ、念のために俺は自分の胸に手を当てる。そして今度こそ理解した。勇者、魔導師、錬金術師の加護を感じとる事ができず黒い穴のようなもの……魔王の呪いを感じたからだ。
俺は溜め息を吐くと手を下ろす。それから入り口に顔を向けた。グラドラス、ブレド、オルトスの三人が広間に入ってきたからだ。
「ふむ、ここにアレスが入っていったはずなんだが。む、そこのお嬢さん、ここに血みどろの鎧を着た太々しい男を見なかったか?」
ブレドが俺を見てそう聞いてくる。するとオルトスがブレドの肩を掴み俺を指差した。
「気をつけろブレド。このねーちゃんが北の魔王かもしれないぞ」
「何を言っているんだ。そんなわけないだろう」
ブレドは呆れた表情を浮かべる。しかしオルトスは俺に向けた指をずらす。
「見ろ、あそこに浮かんでる変なものを。あれはアレスが着てた鎧と大剣に似てる。間違いねえ。アレスはこの魔王に魔法か何かであんな姿にさせられちまったんだ!」
するとブレドは驚愕した表情を浮かべた後、俺を睨む。
「くっ、貴様、よくもアレスをあんなヘンテコなものに変えおって! 元に戻せ‼︎」
そして俺に剣を向けてきたのだ。おかげで身の危険を感じた俺はさっきから笑いを堪えているグラドラスに顔を向けた。
「おい、このバカ二人に説明してやれ」
「いやあ、もうちょっと見ていたかったんだけど、そろそろ危ない感じだったか」
グラドラスはくすくす笑いながら俺を守る様に立つとブレドとオルトスに声をかける。
「君達、魔王はとっくに倒されてるよ。魔核が落ちてるだろう」
「む、確かにそうだな。じゃあそのお嬢さんは誰なんだ?」
「そうだ、説明しろよ」
「ふん、君達の目は節穴……だったな。まあ、とりあえず良く見てみろ」
グラドラスは眼鏡を軽く持ち上げると俺を二人の前につきだす。だが、二人はじろじろ俺を見るも首を捻るだけだった。
「髪が長いし、その顔だとお嬢さんに見えたが男ってことか?」
「確かに近くで見たらねーちゃんじゃなくてにーちゃんだな。髪が長過ぎて紛らわしいんだよ。男なら髭を生やせ」
「はあ……そうじゃなくてさ。瞳の色を見てくれるかな」
グラドラスは呆れた表情で二人を見つめる。
すると二人は俺の瞳の色を見てハッとした表情になった。
「まさか、お前は……」
「嘘だろ……」
「やっとわかったみたいだよ」
グラドラスは眼鏡を軽く持ち上げ鼻を鳴らす。
「やれやれ……」
俺は溜め息を吐いているとオルトスが胡散臭そうな表情を浮かべじろじろと見てきた。
「まじでこのヒョロッちょいのがアレスなのか?」
「信じられない。勇者ってのは年を取らないのか? 私の息子達と最悪変わらないぞ」
ブレドも胡散臭気にグラドラスを見る。だから俺は仕方なく自分の耳を指差す。
「俺はエルフの特徴が出ないハーフエルフなんだ」
「なるほど……」
ブレドは腑に落ちた顔で頷く。その横でもう他に興味が移ったオルトスは浮いている宝具を指差した。
「で、何で鎧を脱いでんだ? もしかして装備なしで殴り合いしてたのか?」
「違う。魔王の呪いを受けて加護を失ったんだ」
俺がそう説明すると三人は顔を見合わせる。そして、何を言っているんだという表情を浮かべた。だが、しだいに理解したのか驚愕の表情を浮かべて叫んでくる。
「はあっ⁉︎」
「だから、もう俺は前みたいに……戦えない」
「なんだって⁉︎」
「いちいち、うるさ……い……」
俺は話している最中、突然意識が朦朧とし力が抜ける症状に襲われる。すぐにブレドが支えてきた。
「おい、大丈夫か⁉︎」
しかし答えたのは俺じゃなくグラドラスだった。
「とりあえずここから出よう。オルトスはそのアレスの鎧を持ってこい。僕は魔核を持って進軍連中に見せてくる。ちなみにアレスは姿は見られたくないんだよな?」
「……ああ」
「わかった。後はこの僕に任せておけ」
「すまない……」
俺は頷くと目を閉じる。すぐに深い闇へと落ちていく感覚と共に意識がなくなったのだった。
◇
聖オルレリウス歴1582年八ノ月
あれから、二年経った。加護を失った俺は前線を離れ、現在は東側にあるオルリアの町で三人目の勇者パーティーを育てていた。
「せやあっ!」
冒険者ギルドの演習場で先が潰れた槍を一心不乱に突いたり振ったりする犬耳族の獣人少女に俺は声をかける。
「ミランダ、もっと脇をしめろ」
「はい、アレス先生!」
手を真っ直ぐ上げて、こちらに犬歯を見せて笑う勇者の加護を持つミランダを見て俺は苦笑する。
もちろん今の俺は全身ミスリルのフルプレートで姿を隠している。だから、誰も俺の表情を見るものはいない。なのでその表情のまま今度は隣りで重鎧を着て大剣を振っている金髪縦ロールの少女に顔を向けた。
「フランチェスカ、次は盾を使ってミランダと稽古をしろ」
「わかりましたわ!」
聖騎士の加護を持つフランチェスカは、胸に手を当て敬礼をするとミランダの方に駆け寄っていき二人で模擬戦を始めだした。
そんな二人を見て目を細めていると隣りに賢者の加護を持つリリアナが立ち、銀髪を弄りながら鎧を突っついてきた。
「アレス先生、暇だから遊んで」
俺は溜め息を吐くとリリアナに顔を向ける。
「お前は今、ファルネリアから実技を教わっているはずだろう?」
「もう、今日の分は覚えた」
「さすがだな……。いや、皆もそうか……」
俺はミランダとフランチェスカ、そしてリリアナを順に見ていく。三人は覚えが早く実戦も既にこなして問題なくやれている。それにもう教えてやれることはないのだが、今だに俺を慕って学びにきてくれるのだ。
だが、そろそろ頃合いか……
三人を見ながらそんな事を考えているとギルド職員が駆け寄ってきて手紙を渡してきた。内容は簡単な調査で元勇者の知識を使って参加して欲しいとスノール王国からの依頼だった。
俺はしばらく考えるが溜め息を吐くと三人を呼び出し、しばらく北側に行く事を伝える。
「えー、あたしも行きたいよ!」
「ミランダ、我儘言わないで下さいませんか。先生が困るでしょう」
「フランチェスカの言う通り。我儘勇者反対」
「まあ、そういうことだからしっかり稽古は続けろよ」
「はーい……」
「わかりましわ」
「新魔法でも考えて待ってる。お土産期待」
「期待するな。それじゃあ解散だ」
俺は軽く三人に手を振り演習場を後にする。もちろん後ろで悪そうな顔をするミランダに気づきながら。
◇
ミランダside.
アレス先生が去った後、あたしは口元を押さえながら二人に顔を向ける。
「今日こそやるよ」
「……本当にやるのですか?」
「いたずら勇者は今日も悪さをする」
「リリアナ、本のタイトルみたいに言わないでよ! それにあたし毎日はいたずらしないよ!」
「二日に一回ですわね」
「成功したためしなし。今日も散るの決定」
「それが今日は絶対成功するんだな」
あたしは腰に手を当ててふんぞりかえると懐から一枚の紙を出す。しかしフランチェスカは疑いの目を向けてくる。
「また、馬鹿な作戦表ですか。しかも町外れの温泉施設って……」
「アレス先生が今日この温泉施設の貸切温泉に行くのだ!」
「やめなさいよ」
フランチェスカは呆れ顔を向けてくるがあたしは気づかないふりをしながらリリアナに顔を向ける。リリアナは笑みを浮かべてきた。
「第百回、勇者アレスの正体を探れ」
「リリアナ、そういうノリ良いね!」
あたしはリリアナとハイタッチするとフランチェスカが咳払いしながら歩み寄ってきた。
「気が進みませんが、でも聞いてあげなくもないですわよ」
もちろんあたしはフランチェスカを引き寄せる。それから作戦表を見せながら説明を始めた。
「まずはアレス先生が借りる貸切温泉の隣りを借りるの。そして間違えてあたし達はアレス先生の借りた貸切温泉に入っちゃっためんご作戦よ!」
すると二人は感嘆の声を上げる。
「あら、良い考えじゃない」
「まともな作戦。成功するかも?」
「絶対成功させるよ!」
あたし達は拳を上げる。
そして、意気揚々と決行した結果……現在あたし達は浴場でスパイダーの糸に絡まれ、あられもない格好を晒していた。
「わーー! 何で浴場にスパイダーの糸が張り巡らされてるんだよーー⁉︎」
「くっ、殺せ! こんな格好いやあっ!」
「やはり安定の失敗。無念」
「全く、懲りないわね」
騒ぐあたし達の前に呆れた表情を浮かべたファルネリア先輩が現れる。
「あーー、何でファルネリア先輩がいんのさ⁉︎」
「そんなのアレスに頼まれたからに決まってるでしょ」
「くっ、バレてたのか……」
「当たり前でしょ。あなた達子供のいたずらなんかすぐバレるわよ」
「ちぇっ、今回はいけると思ったのに」
「残念無念」
「全く、反省してる様子はないわね……」
「ファルネリア様、わたくしは反省してますので助けて下さいませ」
「駄目よ。ちゃんと皆にお仕置きするのも頼まれてるから。それじゃあ、早速濡れた身体に電気を通すとどうなるか自分達の身体を使って実験しましょうか」
ファルネリア先輩は楽しそうに笑みを浮かべる。そして怯えた表情を浮かべるあたしの元へゆっくりと近づいてくるのだった。
◇
「今頃、あいつらはファルネリアにお仕置きをされているだろうな」
俺は温泉施設を背に町の外に向かっているとミナスティリアが駆け寄ってきた。
「もう夜になるのよ。一人じゃ危ないでしょう」
そして心配気に俺を睨んできたのだ。俺は目を細めながら首を横に振る。
「レオスハルト王国経由の道なら、兵士や冒険者達が巡回してるから大丈夫だ」
「それでも……」
「心配しすぎだぞミリィ。それにあいつらがまた悪巧みする前に町を出たいんだ……」
「ふふ、今頃、ミランダ達はファルネリアのお仕置きを受けてるでしょうね」
「まあ、いつもの事だからどうせ終わってもあいつらぴんぴんしてるだろうな」
「かもね。それよりスノール王国って大丈夫なの?」
「手紙に書いてあったがブレドや騎士団長と一緒に行動するから大丈夫だ」
「なら良いけど……」
「まあ、俺の事よりも、お前達の方が気をつけろよ。何せ、俺のたいした事ない依頼と違うんだからな」
「大丈夫、あなたの教えにもらったこれがあるから魔王なんて簡単に倒してみせるわ」
ミナスティリアは俺の時と違って普通サイズの剣と軽鎧に変化したレバンテインとアレスタスの鎧に触れる。俺はそんな宝具を着けたミナスティリアに頷く。
「ずいぶんと様になってるじゃないか。期待してるぞ勇者様」
そして軽く手を振るとミナスティリアに背を向け歩き出した。すると俺の背に辿々しい言葉が聞こえてくる。
「いってらっしゃい」
俺は思わず振り返ろうとしたがやめておく。きっと今振り向いたらミナスティリアは怒るだろうから。だから心の中で返事をすると、スノール王国へと続く道を歩きだすのだった。
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