77
その頃、オルトス達はかなり苦戦していた。
「おい、糞魔王! さっさとくたばれよ‼︎」
オルトスはもの凄い速さで攻撃を繰り出す。しかし、魔王バーランドは三本の杖を盾の様にして使い攻撃を防いだ挙句、オルトスを残りの杖で叩き吹き飛ばしてしまった。
「ぐはっ‼︎」
壁まで吹き飛んでいくオルトスを見る魔王バーランドだったが、老人の方の顔は焦った表情になっていた。
ぐぐっ、力が出ん! まさかあの鎖を解いてネルガンが逃げたというのか⁉︎
それとも誰かが解いたというのか……
魔王バーランドはそんな事を考えていると、もう片方の赤子の顔が念話で囁いてきた。
勇者の攻撃が来る。
「ぐぐっ……」
魔王バーランドは向かってくるミナスティリアを睨みつける。そして口角を上げた。
計画はほとんど成功した。ならば、障害となる勇者だけ殺してまた逃げるか……
考えを固めると魔王バーランドは二本の杖をミナスティリアに向け暗黒魔法を放った。しかしミナスティリアは向かってくる二つの黒い炎を叩き斬ってしまう。
だが、それでミナスティリアを足止めできた事を確認した魔王バーランドは笑みを浮かべた。
「終わりにしようではないか勇者よ! 呪いは北の魔王の専売特許ではないぞ。喰らうがいい‼︎」
そして三本の杖を捨て一本の杖を四本の腕で掴むと床に突き刺したのだ。だが、何も起こらなかった。
何故なら一人の冒険者によって杖を押さえつけられていたからだ。
◇
「ぐぐっ、杖が動かん……貴様邪魔をするな‼︎」
「そう言うな。呪いたきゃ俺を呪えばいい。北の魔王みたいにな」
「な、何者だ貴様は⁉︎」
「俺か? シルバー級冒険者キリクだ。覚えておけ」
俺はそう言うとミナスティリアに視線を向ける。ミナスティリアは理解したのかすぐにレバンテインを掲げた。
「宝具解放レバンテイン! 太陽よりも輝きしその剣先にて我が敵を滅ぼせ!」
ミナスティリアが叫ぶとレバンテインが輝きだす。その輝き見て俺はミナスティリアに顔を向けた。
「こじ開けるぐらいの勢いでやってみろミリィ!」
するとミナスティリアは驚いた表情を浮かべる。しかし、すぐにニヤっと笑うとレバンテインを睨む。すぐにレバンテインが輝きを増しはじめた。
「やった! 七つまでいけたわ‼︎」
「よし、それならいける。こいつにぶち当ててやれ」
「うん!」
ミナスティリアは魔王バーランドを睨むと光り輝くレバンテインを振り下ろす。直後、魔王バーランドが光りで包みこまれていく。そして光りが消えさり辺りが静寂に包まれると目の前には魔王の姿はなくなっていた。
ミナスティリアはそれを見た直後ほっとした表情になる。しかしすぐに俺に顔を向けてきた。
「やったわよ」
「見事に魔王討伐を成し遂げたな。勇者ミナスティリア」
「私だけの力ではないわ。皆の……そしてもう一人の……」
ミナスティリアは俺を見るが喋るなという意味も込めて頭を振る。するとミナスティリアは苦笑し頷いた。
「すまないな」
「いいわよ。事情があったんでしょう。そこのところはちゃんと説明してくれるのよね?」
ミナスティリアは少し怒った表情で見てくるが俺は首を横にを振った。
「死んだ奴の事をわざわざ知る必要はない。皆が知ってる通りで良いんだ」
「そう……」
しばらくミナスティリアは黙っていたが、ゆっくり頷くと何かを決心したような表情を浮かべ俺を見る。
しかし、すぐに呆れた表情を浮かべ駆け寄ってくるオルトスを見た。
「はあ、相変わらずタイミングが悪いわね……」
「あっ? なんかわからなねえがどっちがやったんだよ?」
オルトスは落ちている魔王の心臓部と言われる魔核とダンジョンコアを見てそう聞いてくる。俺はミナスティリアの方に顔を向けるとオルトスはニヤニヤし出した。
「まあ、別にどっちでもいいか。美味い酒は飲めるのは確定どからな」
「全くこいつは……」
「やれやれね」
俺とミナスティリアは溜め息を吐いているとサリエラやファルネリア達がフラつきながら駆け寄ってきた。
「やったじゃないミナスティリア!」
ファルネリアは嬉しそうにミナスティリアに駆け寄り抱きつく。だが、その横でなぜかブリジットがオルトスにゆっくりと近寄っていったのだ。まあ、すぐに理解できた。いや、理解できなかった。何であのオルトスに頬を赤くできるのかを。
「きっと魔王の攻撃で頭を打っておかしくなったんですよ」
俺の考えを読んでいたのか側に来たサジがそう答えてきた。だが、俺は納得して頷くことはできなかった。なぜなら聞こえていたらしいブリジットにサジは肘てつを喰らい倒れてしまったからだ。
「何か?」
「俺は何も言っていないぞ……」
俺は首を横に振る。するとブリジットは背を向けオルトスの元へと歩いて行ってしまった。おかげで助かったと思いホッとしていると今度はサリエラがゆっくりとこちらに歩いてくる。
「無事だったんですね。良かった……」
そしてホッとした表情を浮かべたのだ。だが俺はサリエラを無視して魔核を拾うとミナスティリアに投げる。
「魔王を倒した証拠だ。持っておけ」
そして剣を地面に突き刺したのだ。すぐにミナスティリアが怪訝な表情を浮かべ聞いてくる。
「……何をするの?」
「まだ魔王の残滓が残っている。だから俺の全ての力を使って消し去る」
そう答えるとサリエラが俺の服を掴んできた。
「……全ての力って何をするのですか? お願いですから説明して下さい」
「無理だ。霊薬がいつ切れるかわからないからな。だから黙って見ていろ」
俺がそう答えるとサリエラは震える声で再び聞いてきた。
「……キリクさんはどうなるのですか?」
すると皆が俺の方に様々な感情がこもった瞳を向けてきた。俺は大きく息を吐く。そしてゆっくりと口を開いた。
「おそらく死ぬだろうな」
俺の答えにオルトス以外の皆は驚く。特にサリエラとミナスティリアは目を見開き口元を押さえた。
そして慌てて俺の方に駆け寄ってきたのだ。しかし俺は二人を無視し魔法を詠唱する。
「第六神層領域より我に雷の力を与えたまえ……サンダー・ボルト!」
すると高威力の雷魔法が地中深くに逃げ込んだ魔王の残滓に突き刺さる。そして魔王の残滓を捕らえると完全に消し去ったのだ。
俺は天井を見上げ大きく息を吐く。それから向こう側に逝ってしまった皆を思いだした。
やっと皆の場所にいけるな。
そう思ったがすぐに苦笑する。魔物も魔族も人も殺し過ぎた。だから自分はきっと皆と同じ場所には行けないと思ったからだ。
だが、それでも良かったのかもしれない。何せ今の俺を皆に見せない方が良いからだ。彼らからしたら魔族とたいして変わらないことを俺はしたからだ。
だから、俺が行くべき場所は向こうでいいさ。
口元を歪めそう思っていると霊薬が切れる感覚と共に平衡感覚がなくなる。すぐに床が目の前に見えた。だが床に体がつく前にサリエラに受け止めらる。
「……いやです、こんな別れ方は!」
サリエラは悲痛な声でそう言ってくる。それで意識が落ちかけていた俺は目を覚ます。だがすぐに水中に漂っている感覚になり意識が落ち始めてしまう。
「ウソでしょ……やっとあなたに会えたのよ!」
今度はミナスティリアの声で目が覚める。だが、またすぐに意識が落ちていく。それから皆も何か言ってきたがその声はもう心地良い波の音にしか聞こえてこなかった。
更には水の底に落ちていく感覚になっていく。ただし寒気が襲ってきたが。
要は死ぬってことか。
俺は他人事のようにそう思っていると誰かの声が聞こえてきた。一瞬、誰だろうと思ってしまうがすぐに思いだす。
サリエラ……
俺はサリエラの顔を思い出そうとする。だけれどボヤけてしまった。だから強まってくる寒気と眠気に抵抗し最後にサリエラの顔を見る為、重い瞼を少しだけ開けた。
だが、すぐに後悔した。なぜなら、俺が見たかった顔ではなく神経質そうな顔と眼鏡をつけた中年の男の顔が映ったから。
◇
サリエラside.
「どうやら、まだ、死んでないみたいだね」
そう言って神経質そうな顔と丸眼鏡をつけた中年の男性は呟く。私はその男性を見て驚いていた。
何せ英雄譚にも出てくるグラドラス・レイフィールドその人だったからだ。だが、驚いた理由は別にもあった。
それは突然、この場所に一人で鼻歌を歌いながら悠々と入ってきたからだ。
そんなグラドラスさんだが周りを気にする様子もなくキリクさんの状態を眺める。するとオルトスさんが呆れ顔を向けてきた。
「お前、何しに来たんだよ……」
「何って興味深いものが建っていたから見に来たんだよ。そうしたら中々に面白い事になってるじゃないか。全く、最初から参加できなくて残念だ。やはり、深淵を深く覗きこみ過ぎたのがまずかったらしいね」
「……相変わらずわけのわかんない事言ってんじゃねえよ。わかるように言え!」
「ふん、頭にボアの脳みそぐらいしか詰まっていない君に説明しても無駄だよ。それより見たまえ」
グラドラスさんは鞄から細かい装飾がされた細長い薬瓶を出す。オルトスさんは髭を弄りながら答えた。
「魔王を倒した後の勝利の酒か? この空気では流石の俺も飲めねえぞ」
「……質問する相手が悪かったよ」
グラドラスさんはがっかりした様な表情をすると、今度は私に見せてくる。もちろん私にもわからないため首を横に振る。
するとグラドラスさんは残念そうな表情を浮かべて言ってきた。
「仕方ない。答えを言おう。これはエリクサーだ」
そう言ってエリクサーを頭上に掲げたのだ。だが、私も皆も怪訝な表情を向けるだけだった。
何せネイダール大陸に一本あるかどうかと言われる宝具以上に価値のあるものだから。
だが、すぐに目の前の人が賢聖グラドラスだということを思いだし皆期待の目を向ける。するとグラドラスさんは頷きエリクサーを私の前に差し出してきた。
「キリクに使うといい」
「い、良いんですか? こんな貴重なものを……」
「この時の為に探して取っておいたんだ。つまり今が使うその時なんだよ」
グラドラスさんはそういうと私の手にエリクサーを握らせてくる。だから思わず口元が緩んでしまった。
何せどんな怪我でも病気でもたちどころに治してしまう万能薬だ。これを飲めばキリクさんは治るのである。
私は早速、エリクサーの蓋を開けようとしたところ、グラドラスさんが思い出したように言ってきた。
「わかってるだろうけど、それネイダール大陸に一本しかないからこぼさないでね」
「えっ……」
直後エリクサーを持っていた手が震え出してしまった。
「ど、どうしよう、手が……」
私は落とさないように必死に震える両手で包み込むように持つ。すると、ミナスティリアさんが呆れた顔をしながら私の手に自分の手をそえてきた。
「全く、グラドラスが余計な事言うから震えちゃってるじゃないの! 本当に勇者アレスのパーティーは駄目なのが多いわね……」
「ミナスティリアさん……」
私は不安な表情をすると、ミナスティリアさんが頷いてきた。
「大丈夫よ。さあ、二人で飲ませましょう」
「はい」
私は頷き二人で慎重にキリクさんの口元にエリクサーを持っていく。
しかし、直前でミナスティリアさんがはっとして手を止めてしまう。
「……過去に回復薬を飲ませて吐き出してしまった冒険者を思い出しちゃった。も、もし、飲み込めなくてこぼしたらどうしよう……」
そう言うと今度はミナスティリアさんの手が震え出してしまったのだ。私はすぐにミナスティリアさんに顔を向ける。
「口移しでいきましょう」
「く、く、口移し⁉︎」
驚くミナスティリアさんに私は力強く頷く。
「はい。量的に二回やらないと駄目そうです。もしミナスティリアさんがお嫌なら私が二回やりますよ」
「だ、駄目! 私もやるわ‼︎」
「では、私からしますので、次で良いですか?」
「い、い、いいわよよ、べ、別に!」
私はすぐにエリクサーを口に含むと、キリクさんに口移しで飲ませる。すると、こぼれる事なく無事にキリクさんは飲み込んでくれた。
「ちゃんと飲んでくれました!」
そう言ってミナスティリアさんを見るとほっとした様子になる。そしてすぐに決意した表情を浮かべミナスティリアさんはエリクサーを口に含みキリクさんに口移しした。
するとキリクさんの顔色がどんどん良くなり、呼吸もゆっくりとだがきちんとしだした。
「まあ、しばらくは安静だな……」
グラドラスさんはそう呟くと後は私達に任せたとばかりにオルトスさんの元に行ってしまった。ただ代わりにサジさんがやってきてキリクさんの状態を見てくれた。
「良かったですね、キリクさん……」
サジさんは嬉しそうに笑う。するとファルネリアさんが笑みを浮かべながらこっちにやってくる。そして私とミナスティリアさんを交互に見て言ってきた。
「ふふ、サリエラはわかるけどミナスティリアまでとはやるわねえ」
更にはキリクさんを見てニヤついていると、サジさんがファルネリアさんの耳元で何かを呟いたのだ。途端にファルネリアさんはサジさんを睨み、鳩尾に肘を入れる。
「ぐはっ! 何故⁉︎」
「何で早く言わないのよ‼︎」
ファルネリアさんはそう叫ぶと急いでミナスティリアさんからエリクサーの瓶を奪い取る。
「私もやるわ!」
しかし、口に含もうとして中身がない事に気づくとファルネリアさんはへたりこんでしまった。
「しょんなぁーー……」
「あら、どうかしたのかしらファルネリアは?」
ミナスティリアさんは髪をかき上げながら勝ち誇った様な表情をする。それを見たファルネリアさんは顔を真っ赤にしながら叫んだ。
「あなた知ってたの⁉︎ 抜け駆け禁止は忘れたの!」
「仕方ないじゃない。さっきまで確証はなかったのよ。でも、あの人だけしか言わない私の愛称を言った瞬間、ビビビって来ちゃったのよ」
「何がビビビよ! こうなったら……私の本気を出すしかないわね」
「何かしら、大人の階段を登った私に勝てるとでも?」
「ふん、たかだか口移しごとき痛くも痒くもないわ……。私はあなたに勝つ!」
そう言いながらも悔しそうな表情をするファルネリアさんにミナスティリアさんは近づいていく。
「私を相手にしては駄目よ。遥か高みにいる彼女と戦わないと……」
そして真剣な表情でなぜか悔し気に私を見てきたのだ。私は思わず首を傾げる。なぜ私達が戦わなければいけないのだろうかと。
けれど、ファルネリアさんが私を見てきたのでとりあえず微笑んでおくことにした。
するとファルネリアさんはなぜかたじろき悔しげな表情を浮かべる。
「くっ……慈愛に満ちた微笑み。確かにあれは強敵だわ。認めたくないけど正妻の余裕ね……。でもネイダール大陸は一夫多妻よ」
そう呟くと笑みを浮かべたのだ。しかしミナスティリアさんは首を激しく横に振る。
「私は一番は譲る気はないわよ」
「えっ? じゃ、じゃあ私だって!」
「なら、わかるわよね」
「ええ」
「共闘」
二人はがっちり握手する。そんな二人をブリジットさんが呆れた表情で見つめた。
「全くいつの間にキリクを好きになったのかわからないけど、まずは本人の了承を得なきゃ駄目でしょう。いや、待てよ。上手く誘導すれば……」
ブリジットさんは最後の方は呟くように言うとそっとオルトスさんの方を見つめたのだった。
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