危険な道

72


 目が覚めると、目の前にミランダの顔があった。


「うーん、わからないんだよねえ」


 ミランダは俺に馬乗りになりながら首を傾げる。正直、状況がわからないのはこっちの方だったが仕方なく話しを合わせる。


「……何がだ?」

「キリクってあたしと会った事ある?」

「……さあ、記憶にないな」

「ふうーん」


 ミランダは更に顔を寄せてくる。その際、金色の瞳が俺を責めている気がしてしまいつい目を逸らしかけたが、その前にミランダは離れていった。

 いや、強制的に引き剥がされてたのだ。いつの間にか側いたフランチェスカによって。


「ミランダ! あなたは遂に殿方の寝込みを襲う変態になり下がったのね!」

「いたずらする子から変態にランクアップ……。私は悲しい」


 フランチェスカと共に来たリリアナは目元を拭う振りをする。ただし口元はニヤけていたが。だが、ミランダはそれに気づかずに慌てる。


「ち、違うよ! キリクの匂いがね!」

「匂い? あなたそんな趣向があったの……」

「匂いを嗅いで喜ぶ変態勇者……ウケる」

「リリアナ、あなたそのパーティーに入ってるのよ……」

「うぐ……自爆」

「だから、違うってばあ!」


 三人が騒いでるとテンジンが何事かと慌てて部屋に入ってくる。しかしすぐ呆れた表情をした。


「またミランダの嬢ちゃんいたずらしたのか? ほどほどにしとけよ」


 そしてさっさと部屋を出ていってしまったのだ。要は誰もミランダの味方はいなかったのだ。もちろんの俺もである。


「勇者殿、ほどほどにな」


 そう言うと絶望の表情を浮かべたミランダを置きテント式の宿を出たのだ。テントを出るとすぐにマークスの側に行く。瓦礫の山の上で険しい表情で遠くを見つめていたからだ。


「何かあったのか?」


 するとマークスは遠くを見つめながら口を開いた。


「ここからなら大概何体か魔物が見えんだが今日は全く見えない。この状況は明らかにおかしい……」

「野営地の冒険者達が倒したわけじゃないのか?」

「いや、倒しても倒してもここら辺は魔物がすぐ現れんだ。うーむ、進軍を始めたのか? しかし、前回はこんな事にはならなかったよな……」


 マークスは頭を掻きながら不安そうな表情を浮かべる。しかし、すぐに頷く。


「まあ、野営地に確かめにいけば良いか。魔物がいない今なら丁度いけそうだしな」

「三人でまた行くのか?」

「本当はミランダ嬢ちゃんに頼みたい。だが、この場所を守らなきゃいけないからな」

「なら、どうする?」

「今、動ける連中がいないか探してみよう」


 マークスはそう言うとテンジンに声をかけ事情を説明する。しかし、テンジンは首を横に振った。


「野営地へ行ける実力があるのは勇者パーティーしかいない」

「じゃあどうするんだ?」

「俺らだけで行くしかないだろう……」


 テンジンがそう言うとマークスは俺に頭を下げてきた。


「キリク、悪いな。ワシらの完全な読み不足だ。全く年は取るもんじゃないな……」

「気にするな」


 俺は首を横に振る。しかし、内心では参っていた。戦いに関して戦力にならない三人で行くのは無理だろうと思ったからだ。

 正直、これは諦めるしかないかと思っていると入り口の辺りが騒がしくなった。どうやら誰かが休憩ポイントに駆け込んで来たらしい。慌てたミランダ達が入り口の方に駆けていく。きっと魔物に追われてるのかもしれないと思ったのだろう。


「少し様子を見た方が良いな」


 テンジンが緊張した様子で入り口の方を見つめる。もしこの中に魔物が入ってきたら、力のない俺達はすぐに殺されてしまうからだ。

 だが、しばらくするとミランダ達が笑いながら戻って来たのだ。理由はすぐわかった。一緒に歩いてきた奴がニヤニヤ笑みを浮かべながら俺に手を振ってきたからだ。


「オルトス……」

「よお、キリク。面白いことやってんじゃんかよ」


 オルトスは相変わらず太々しい態度でそう言ってくる。するとミランダが首を傾げた。


「オルトスのおっちゃんはキリクと知り合いなの?」

「おお、色々面倒見てやってんだよ。なあキリク」

「……まあ、そうだな」


 正直、面倒を見ているという言葉は気に入らなかったが仕方なく頷くとオルトスは更に俺の背中を何度も叩き出したのだ。


「だろお! こいつ俺がいなきゃ棒切れさえ振れなかったぜ!」


 そう言ってニヤついたのだ。流石にいらっとしたが場の空気を考え黙っているとオルトスが真面目な表情に変わる。


「で、野営地へは行くんだろう?」


 すると俺の代わりに安堵した様子のテンジンが答えてきた。


「ああ、よかったら俺達の護衛をしてくれないか?」

「おお、良いぜ」


 オルトスはニヤニヤしながら手の平を向けて来る。一瞬、テンジンは失敗したという表情をしたが仕方なく金貨を数枚オルトスに渡す。オルトスはニヤけながら金貨を握りしめた。


「まいど。いやあ、金がなくなっちまったから困ってたんだよ。そん時お前の話しを聞いて追いかけて来たんだ。上手くいったら報酬少しわけろよな」

「お前、結構報酬もらってたろう。もう使ったのか?」

「あんなもん、とっくに使い切ったぜ」


 オルトスはそう答え自分の装備品を指差す。どうやら、酒じゃなく装備を新調するために使い切ったらしい。

 俺は少しだけ見直しながら口を開く。


「酒以外に金を使ってるなら問題ないな」

「おかげでボリスのやろうは大金持ちだ」

「お前と違ってまともな金の使い方ができるから金にとっても良い事だろう」

「はっ、俺ほど金を理解してるやつはいないぜ。それより、野営地に行くんなら戦力にならないジジイ二人はお留守番してもらった方が良いんじゃないか?」

「いや、仕事は最後までまっとうする」

「……ワシらだってやれる事はあるぞ」

「ちっ、面倒だな。まあ良い。行こうぜ」


 オルトスは舌打ちした後、さっさと外に向かっていってしまう。それを見てテンジンとマークスは不満そうな表情をしたが、俺にはこの二人の為を思って言ったのが良くわかった。

 おそらく、それぐらい外の様子がおかしいとオルトスも感じたのだろう。


 だが、二人の気持ちも理解できるからな。


 俺は二人を見つめながらそう思う。しかし、その考えは甘い事を理解する。休憩ポイントを出てしばらく進むと異様な光景に出くわしたからだ。


「全く魔物の気配がしないな……」

「進軍を防ぐ為に向かったんじゃねえか?」

「ありえるが、だからってこの数は……」


 俺は至る所に魔物の足跡がある地面を見る。おそらく千以上はあった。しかも、その足跡は一斉にある方向に向かっていたのだ。

 

 軍隊の様に一斉に向こうに進んだ感じだな。

 いったい、何が起こってる?


 しかし、色々と考えたが結局は先にいるサリエラ達の無事を祈るぐらいしかできずにいるとテンジンとマークスが身震いして言ってきたのだ。


「この足跡の方向に魔物の大群がいるって思うと寒気がするな……」

「その方向にワシらは向かうんだろ。考えただけで足が震えてきたわ……」


 目の前で起こっている異常な状況に二人の老人は真っ青になる。そんな二人にオルトスが真顔で冷たく言い放った。


「ジジイ共、びびってんなら帰れよ。こっからは死を隣人に迎えいれた奴が歩ける道だ」


 オルトスの滅多に見せない表情とその雰囲気に二人は何も言えずに黙ってしまう。少し言い過ぎのように思えたが二人には、生きていて欲しいと思うオルトスなりの優しさなのだろう。

 更に続けてオルトスは言った。


「てめえらびびったジジイを庇ってなんか死にたくねえんだよ。俺は良い酒を飲んで良い女の側で死ぬって決めてんだ」


 前言撤回である。俺はオルトスの脛を軽く蹴った後、二人に声をかける。


「これは異常事態だ。おそらく、野営地は戦場になっておそれがある。だから、後は俺とオルトスだけで行く方が動きやすい。だから戦力的に難しい二人は戻ってくれ」


 すると二人はしばらく黙っていたが、ゆっくり頷いた。


「……確かに俺達じゃ邪魔になるし足手まといだな」

「……ああ、ワシらは素直に戻らせてもらうよ。すまないな」

「いや、謝る必要はない。むしろ、ここまで連れて来てくれた事に感謝してる。だから、これで戻ったら美味い酒でも飲んでくれ。ちなみに俺の分も用意しとけよ」


 俺はそう言って金を入れた袋を投げると、テンジンが受け取った後にふっと笑う。そして二人は軽く頭を下げると来た道を一緒に戻っていった。

 ニヤけた顔で髭を弄りながらオルトスが声をかけてくる。


「考え込まないよう目的を与えてやるなんてお優しい勇者様だなあ」

「……二人にはバレてるし意図は理解したろう。さあ、俺達も行くぞ」


 そう言って走り出すとオルトスは肩をすくめながら後ろをついてくる。そんなオルトスに俺は心の中で感謝する。なぜなら、極秘扱いの俺の情報がそうそう簡単に入るわけないのだ。

 きっと、レオスハルト国王辺りに頼まれたというところだろう。


 変わらないな。


 俺はそう思い苦笑していたがすぐに剣に手を伸ばした。魔物と遭遇してしたからだ。だが、魔物の動きに違和感を感じ抜きかけた剣を戻す。魔物は俺達に気づいているのに無視をして何処かへと向かっていたからだ。


「どこに向かっているんだ……」


 そう呟くとオルトスが髭を弄りながら俺の方を向いてくる。


「とりあえずは野営地に向かおうぜ。わかる奴がいるかもしれないからな」

「わかった」


 俺は頷くとオルトスと共に再び走る。しかし、野営地が見えてきたと同時に慌てて立ち止まった。

 野営地から微かに血の臭いが漂っており所々から火の手が上がっていたからだ。オルトスが呟く。


「あいつら帰らせて正解だな」

「ああ。で、様子を見にいけるか?」

「ふん、最初からそのつもりだぜ」


 オルトスはそう答えると音を立てずに走り出し、あっという間に野営地に入っていく。それから、しばらくして入り口から顔を出すと手招きしてきた。

 俺は頷くと安堵しながら野営地に向かう。しかし、中に入ると同時に顔を顰めた。中は至る所に魔物の死体が転がっていたからだ。


「中まで攻められたか……」


 積み重なった魔物の遺体を見ていると、オルトスがテントを指差す。


「死人は出なかったが、皆負傷しちまってる。だが、進軍した連中が出た後だったみたいで主軸で動いてる冒険者は大丈夫だったみたいだぜ」

「そうか……」

「だが、お前を護衛する奴らも怪我して動けないみたいだ」

「やれやれ……」


 俺が溜め息を吐くとオルトスが遠くの空を指差す。


「見ろ。もっとまずい事にもなってるぞ」


 俺は見たくなかったが顔を向ける。想像通り不死の領域特有の空の色が広がっていた。


「……門が開いてしまったか」

「魔王のダンジョンがある方だとよ。こりゃあ、もう行くしかないな」

「行ってくれるのか?」


 俺がそう聞くとオルトスは肩をすくめる。


「仕方ねえ。あれが開いて後はよろしくなんて言えねえだろう」


 オルトスは侵食された空を睨む。一応、危機感を抱いているらしい。少しはまともになったようだと思っているとオルトスは手を打ち顔を向けてきた。


「そういやエルフの嬢ちゃんも進軍に参加したらしいぞ」

「サリエラが? なぜだ?」

「レクタルの状態を見たからだろう」

「だからってあいつに何ができるんだ……」


 俺は不死の領域の世界が広がる空を見る。そんな俺の肩をオルトスが叩いた。


「とりあえず行こうぜ。追いつけばわかるさ」

「そうだな……」


 俺は頷きオルトスと共に不死の領域の空が広がる方向へと走り出す。もちろん魔物に注意してだったが、途中からその考えはやめた。魔物が俺達の存在を気にする様子もなく同じ方向に歩いていたからだ。

 おそらく、命令か何かを受けてるのだろう。俺はそう思いながら走っているとオルトスが声をかけてくる。


「ずいぶんと動きが鈍いな。力のアミュレットは使わないのか?」

「あれは一日に一回しか使えない。だから、温存しておきたいんだ」

「面倒臭せえな」

「仕方ない。あれを見たら戦力は温存しときたいだろう」


 俺は遠くに見える変異した空の下に見える巨大な城を指差す。流石のオルトスも顔を顰めた。

 

「ありゃ、不死の領域の所為でダンジョンが変異したのか?」

「魔物が入って行ったから間違いないだろう」

「くそ、流石の俺でも異常だってわかるぞ……」

「なら、俺が誰かと合流できたら帰って良いぞ」

「ふん、馬鹿言うな。今は魔王だろうが不死の住人だろうが一発、この拳をぶち込んでやりてえ気分なんだからよ」


 オルトスは拳を打ちつけながら更に走る速度を上げる。そして変異した城の入り口付近にいる魔物を倒し始めたのだ。

 俺はそんなオルトスを見ながら頬を緩める。しかし、城の入り口付近に到着したと同時に気を引き締めた。

 中から更に異様な気配を感じだからだ。


「いるな……」


 俺の呟きに周りを掃除したオルトスが声をかけてくる


「どの住人かわかるか?」

「この建物の見た目からしてクトゥン、タナクス、アンクルではないな」

「ネルガンの可能性はあるってことかよ」

「ああ、何となくだが不死の領域で見たネルガンの城に似ている」

「うげっ、そういやなんとなく似てるな……」

「まあ、とにかく中に入ろう」


 俺は足元を見る。そこにはオルトス以外が倒したであろう、倒されたばかりの魔物が大量に転がっていた。

 きっと進軍に追いついたということだろう。


 なら、不死の住人と接触する前に追いつかないとな……


 俺はそう思いながら、ゆっくりとダンジョンに足を踏み入れる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る