過去編

71


 聖オルレリウス歴3578年四ノ月


 あれから西側の魔王を倒すことができた。だが、魔王は後三体いる。だから休みなく次の北側へと来ていたのだがある日、魔王関連以外でネイダール大陸を震撼させる事件が起きたのだ。

 それはフローズ王国に突然不死の住人が現れ、暴れまわった挙句に他国にまで侵攻してきたのだ。

 もちろん俺達勇者パーティーはすぐさま対応に向かいネルガンを倒した。ただし戦いの際に不死の領域に運悪く踏み込んでしまったが。

 正直終わったと思った。だが別の不死の住人の協力により何とかして俺達はネイダール大陸に帰ることができた。

 まあ、今思えばあのまま帰らなかった方が幸せだったのかもしれない。

 特に俺は……



 今日もくだらない呼び出しを受け、俺は謁見の間へと向かっていた。だがオルトスが突然突っかかってきたのだ。


「おい、お前はあの日いったい何したんだ?」

「何のことだ」

「ふざけんな。あんだけこっち側には戻れないって言ってたのに何でいきなり戻れたんだよ?」

「戻れるタイミングがあったのだろう」

「他人事だな……」

「戻したのは彼女だからな」

「答える気がないのか?」

「俺は知らん」

「ちっ……」


 オルトスは大きく舌打ちすると俺から離れていく。それを隣りで見ていたグラドラスが声をかけてきた。


「本当の事を言わなくて良いのかい?」

「あいつはああ見えて情に熱い男だからな。知ったら後悔するだろう」

「まあ後悔より、理解できなくて混乱すると思うけどね」

「ありえるな……」


 俺もグラドラスも苦笑する。もう二十年以上も一緒に行動を共にしている。だからパーティーがどんな事を考えているかお互いにわかっているのだ。

 だからこそ俺が絶対に何も言わないとわかったオルトスは諦め酒でも飲みにいったのだろう。


「ほっとけばいい。それに魔王と戦う力はあるのだから問題ないだろう」


 俺は自分の手を見つめながらそう言うとグラドラスは溜め息を吐いた。


「……アレス。君は戦う以外に何かないのかい?」

「俺にはそんなもの必要ない」

「ふう、これなら不死の領域にいた方が君にとっては良かった気がするね」

「だが戻って来たんだ。諦めてまた戦いの日々に戻るさ。それより面倒な奴らに呼ばれてるんだ。さっさと行こう」


 するとグラドラスは再び溜め息を吐いた。


「……わざわざ謁見の間に呼ばないで伝令を送ってくれれば良いんだけど。そんなに自分達が僕達を動かしてるって思わせたいのかね……」

「国としての体裁を保ちたいんだろう。まあ、ブレドの為に合わせてやろう」

「さすがみんなの勇者様は誰にでもお優しいですな」

「だろう」

「そのまま、謁見の間でもお優しい勇者様でいて下さいよ」

「善処する」


 俺は肩をすくめる。グラドラスは眼鏡を軽く持ち上げた後、笑みを浮かべた。だが謁見の間に入ると俺達は表情を作る。まあ、俺は作らなくても良かったのだが。

 そんな俺達に国王ノマットと宰相バズールはいつも通り見下す表情をしてきた。グラドラスが小声で話しかけてくる。


「相変わらず居心地悪いねえ。いつも来ないオルトスが羨ましいよ」

「まあ、すぐにブレドが来るはずだ」


 そう言った直後ブレドが謁見の間に入ってきた。


「すまん、息子達に稽古を付けてきた。父上、話しとは何でしょう?」

「ふん、まずは依頼した魔王討伐の件だが全く進展してないようだな」

「それはフローズ王国の対処をしていたからです」

「不死の住人とやらが現れたというやつだろう。そんなものフローズ王国の問題なんだから我がスノール王国の問題じゃなかろう」

「何を言っているのですか! あれをそのまま放置していたら、我がスノール王国も危険だったのですよ!」


 ブレドは国王であり父親でもあるノマットを睨む。しかしノマットはそんな息子を蔑んだ目で見る。


「全くお前はそんな嘘を良くもつけるな。もう一人の偉大な息子とは大違いだ」

「嘘だと……。どういう事ですか?」

「お前達が姿を消してからフローズ王国に我がスノール王国の軍を向かわせたら、不死の住人とやらは一人もいなかったぞ」

「それは、アレスの宝具を使用して跡形もなく消したからです」

「嘘をつくな。お前達はそれに乗じて何処かで遊んでいたんだろうよ」

「私達は不死の領域に囚われていたんです!」

「黙れ! お前達が遊んでる間に兄のグドルフは前線でも戦果を上げているぞ! あの子を見習え!」

「くっ……」

「ブレド、何を言っても無駄だ。行くぞ」


 悔しそうに歯軋りするブレドに声をかけ、謁見の間を出ようとしたらバズールの声が聞こえた。


「勇者殿。冒険者ギルドから伝言です。どうやらもう一人の勇者が現れたらしいですよ。役に立たない誰かの代わりに活躍してもらえれば良いんですがねえ」


 俺は一瞬足を止めたが再び歩き出す。すぐにノマットとバズールの嘲笑するような笑い声が謁見の間に響きわたった。

 だが俺は気づかないふりをして謁見の間を出る。


「僕の魔法でこの国を滅ぼして良いかな?」


 謁見の間を出た直後、グラドラスが開口一番に物騒な事を言いだした。ブレドは慌ててグラドラスの肩を掴む。


「ま、待てグラドラス! 連中はあれだが、他は……」

「ブレド、他もだよね……。この国ってかなりの連中が腐ってるんじゃないかな?」


 グラドラスは不敵な笑みを浮かべ眼鏡を拭き始める。ただし、その目は全く笑ってない。要は本気で怒っているのだ。

 まあ、病的な表情をしたグラドラスがこれをやると俺には狂った男にしか見えないがブレドには効くらしい。震えて後退りしたからだ。

 だが、的を射てるからというのもあるのだろう。言葉に詰まり何も言えず俯いてしまったからだ。


 やれやれ……


 俺は仕方なく口を開く。

 

「……それぐらいにしてやれ」

「アレスはあんな風に言われてて良いのかい?」

「理解しない奴には何を言っても無駄だからな」


 正直、国王や宰相が何を言ってこようが、息子であるブレドには悪いが魔物が叫んでるようにしか聞こえないからだ。


 だが、今回は違ったな……


 俺は先ほどの事を思い出す。久しぶりに宰相が人の言葉を喋ったのだ。俺以外の勇者が現れたと。


 ……なぜ、今なんだ?


 頭の中が疑問だらけになる。だが、考えてもわからないため俺は歩き出した。まずは冒険者ギルドに行き情報を手に入れないといけないと思ったからだ。


 ただ、本当はさっさと飛んで行きたいんだがな……


 俺は溜め息を吐く。王都を飛び回ると城にいる連中から沢山苦情がくるからだ。


「全く面倒だな」


 そう思いながらも声をかけてくる住民達に軽く手を振る。一応、冒険者ギルドが望む勇者としての仕事はしているのだ。

 それにこうやって街中を歩く事で腐ってない部分がまだあると認識できる。

 まあ、今のままだといつかは腐り切ってしまうだろうが。

 俺は隣りを歩くブレドに視線を向ける。視線に気づいたブレドが顔を向けてきた。


「どうした?」

「……いや」


 俺は視線を外す。それからはひたすら皆が望む勇者様を演じ続けた。ただし、冒険者ギルドに到着したらいつもの俺に戻ったが。

 壊れた扉を見つめながらローブを着た老女……ギルド長がブレドを睨む。


「悪いとは思ってるよ。でもね、話しはあいつらを通さないと煩いんだよ」

「私に言わないでくれギルド長……。私は父上達とは違うんだ」

「だが、王族だろう。あのバカを早く引きずり降ろしてあんたが国王になんな。じゃないともっとバカな兄貴が愚王になってこの国を壊しちまうよ」

「そこは問題ない。兄上は前線で何も戦果なんて上げてないからな。むしろ魔王軍が攻めて来ないか日々怯えてるはずだ」

「まあ、そうだったね。ちなみにうちの冒険者達にもあいつらより前に出ないように指示してるから、攻められたら速攻で死んじまうだろうよ」

「それでも父上には泣きつけないだろうよ。プライドだけはダマスカス級はあるからな」

「確かにね。そういやダマスカス級といえば、最近、アレス並みとは言わないが、力を持ってる連中が何人か現れてきたんだよ。だから近いうちにダマスカス級より上のランクが出来るかもしれない」

「ほお、それは凄いじゃないか。アレスもその上のランクになるのだろう?」

「もちろん。我が冒険者ギルドの顔でもある勇者様がならないわけないだろう」

「我が冒険者ギルドの顔ねえ……」


 グラドラスとブレドがニヤニヤしながら俺を見てくる。だが、ここで睨めば話しが脱線しそうだったので俺はさっさと本題に入ることにした。


「……その勇者がもう一人増えたのだろう」

「そうそう、レオスハルト王国が隠してたみたいなんだよ……」

「隠してた?」

「ああ、二年ぐらい前にレオスハルト王国の領土内の精霊の森に住んでいたハイエルフの子が十才になった時に勇者の加護が現れたらしいんだ。神託もなくね。それでしばらくレオスハルト王国で預かったんだが、思ったより力が伸びなかったらしい。それでアレス。あんたに預けたいと向こうから強制というなの打診が来たんだよ」

「……俺に預けたい?」

「つまり、あんたが育てろって事だ。というわけで案内するからついてきな」


 ギルド長はそう言うとさっさと歩き出す。仕方なく俺達は後ろをついていくと鍛錬場に到着した。


「ここにいるけれどわかるかい?」


 ギルド長は俺を見るため銀髪を肩まで伸ばしたハイエルフの少女を指差す。するとその少女が振り向き勇者の加護を象徴する金色の瞳で俺を睨みながら歩いてきた。

 どうやら俺と同じように感じたらしい。ただ、なぜそこまで睨まれるのだろうと思っているとギルド長が口を開く。


「このリビングデッドみたいなのは敵じゃないから安心しな。この人はあんたの先生になってくれるんだよ」

「先生? じゃあ、この人が勇者アレス?」


 どうやら何も感じておらず俺を魔物と思っていたらしい。内心溜め息を吐いているとギルド長が驚いた顔で俺を指差した。


「あんた知らないのかい? この格好は有名なんだがねえ」

「興味なかったから。それに見る暇もなかったし……」


 そう言うと少女は下唇を噛み、悔しそうな表情をした。

 しかし、すぐに俺の方を向き尋ねてくる。


「強くなれるの?」

「なりたいのか?」

「当たり前でしょう。勇者は誰よりも強くなければいけないんだから」

「……そういう風に誰かに言われたのか?」


 すると目の前の少女は驚いて俺を見てくる。どうやら当たったらしい。俺は肩をすくめる。


「そいつが言ったのは嫌味って言うんだ。まともに聞く必要なんかない」

「でも、あなたは最初から強かったって……」

「俺は俺でお前はお前だ。それにいくら努力しようと間違ったやり方なら強くはなれないぞ」


 俺は手のひらに魔力を込める。少女は俺の手のひらを食い入るように見つめてきた。


「……凄い。魔力の密度が異常じゃないの」

「ただ身体を動かすだけじゃ駄目だ。魔力を練り上げる鍛錬はしたか?」

「してない……」

「お前の魔力量ならこの程度はできるはずだ。まずはこれから学んでけ」


 おそらく今、俺の手のひらに集まっている魔力はこの冒険者ギルドくらいなら吹き飛ばせるだろう。ギルド長を含め周りが怯えだしたので魔力を消すと少女は残念そうな表情に変わる。

 しかし、すぐにその表情は生き生きとしはじめた。俺はそれを見て頬を緩めるがゆっくりと目を閉じると溜め息を吐いた。この感じだと神々から信託を受けていないだろうから。

 今現れる理由がわからなかったからだ。俺は自分の手を見つめる。それから不死の領域であったことも。

 しかし、すぐに頭に浮かんだ考えを忘れる。そして新人を指導するプランを考えるのだった。


 これが勇者アレスと勇者ミナスティリアの初めての出会いであった。

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