70


 あれから俺はソファの上で休んでいた。急にふらついてしまったからだ。正直、旅の途中何度もあったのだがここ最近は多くなってきている。ようはもう冒険者としてはやっていけないということなのだろう。


 なのに魔王のダンジョンか……


 俺は震える手を見つめながら溜め息を吐く。しかし、すぐに別のことを考える。どうあがいたって行くことは決定だからだ。

 なら有意義なことを考えることにしたのだ。


 まあ、だからって考えるにしても進軍の状況次第……いや魔王バーランド次第なんだがな。


 俺はそう思いながら記憶を辿る。東の魔王バーランドの情報を。奴は長年所在を掴むことができなかった。しかも定期的に魔物を送り込んで来る以外これといった動きをしてこなかったのだ。

 だから東側は格好の金策が出来る狩場だったのだが、ある日を境に変わってしまった。一夜にして複数の町が同時に魔物を引き連れた魔族に滅ぼされてしまったからだ。

 ようは平和ボケしているところを一気に狙われたのである。東の魔王……いや、この頃にあだ名がついた狡猾の魔王バーランドに。

 だが、すぐにこの後、レオスハルト王国に希望の光が灯る。若き日のレオスハルト王国の王太子である現在のバラハルトだ。

 バラハルトはバラバラで動いていた貴族や騎士団、そして冒険者をまとめあげ魔王軍を完全に追い返したのだ。

 しかも、レオスハルト王国領にある町全てに一時的に魔導具で結界を張り魔物が入れないようにした。

 そのおかげか魔王軍の動きは止まり現在まで膠着状態になったのである。


 だが前回の進軍でバーランドが動きだしてしまったということか。しかもネクロスの書まで使われて……

 しかし、なぜ前線で不死の住人を呼ぶんだ?

 場合によっては魔王と敵対する奴だって現れるのに……


 俺はしばらく考えてみる。だが何も思い浮かぶことはなかった。それどころかいつの間にか深い眠りの世界へと落ちていたのだった。


「坊主、起きろ」


 目を開けると老人が俺の肩を揺すっていた。一瞬、何が起きてるかわからなかったが、徐々に記憶が戻ってくる。


「……テンジンか」

「そうだ。てか、大丈夫か? ずいぶんと顔色が悪いな」

「……まあ、いつもこんな感じだから気にしないでくれ。もう出発か?」

「ああ、こっちはほぼ準備ができてるから、出発するならいつでも声をかけてくれ」

「わかった」


 テンジンが去った後に俺は起き上がり、軽く身体を動かす。想像以上に疲れは取れてなかった。それどころか前より手の震えが強くなっていたのだ。


 最後までもって欲しいものだな。


 俺は溜め息を吐きながらテンジン達の元へ向かう。彼らはカンテラ型魔導具に魔石を入れているところだった。


「それが必要な所を通るのか?」

「いや、これは効果は薄いが魔物避けの魔導具だ。まあ、保険みたいなもんだよ」

「俺もやっておくか? そういうのとは違うが魔物避けならあるぞ」

「使えるものは何でも使ってくれ」

「わかった」

「じゃあ、出発する」


 テンジンの掛け声に俺達は野営地へ向け出発する。すぐに風に乗って金属が擦れ合う音が聞こえてきた。


「やっているな」

「ここんところは特に激しい。こっちだ」


 テンジンの誘導で土嚢や堀を利用しながら進んでいく。しかし、しばらくするとテンジンが振り向き首を傾げた。


「いつもより魔物と接触しないぞ……」

「それはキリクの魔物避けが効いてるからじゃないか?」


 マークスは俺が持ってる魔物避けを塗った短剣を指差す。テンジンは興味深げに短剣を見つめてきた。

 

「……その塗り薬は俺達でも作れるものか?」

「材料を揃えるのが難しいかもな」

「そうか、残念だな」


 テンジンはすぐに興味を失う。そしてある方向を指差した。


「あそこに古龍の知識がいる。手伝ってもらおう」

「古龍の知識? 確かあそこは東側で一番古いクランで強い冒険者が沢山いたはずだが。連中は進軍には参加しなかったのか?」


 するとテンジンは苦笑しながら答えてきた。


「前回、大多数が罠にはまって命を落としたらしい。それで今は新人を入れて育成中ってとこだ。ちなみにここだけの話し前回の進軍はあのクランのリーダーの息子が強引に攻めて失敗したって噂だ」

「……なら、余計な事は言わない方が良いな」

「そういうことだ。では行くぞ」


 テンジンの言葉に頷くと俺達は魔物を避けながらゴブリンの大部隊と戦っている古龍の知識の元に向かう。

 すぐに後方で長い髭を弄りながら戦況を見ていた老人が気づき声をかけてきた。


「ポーターか……。魔物でも押し付けにきたのか?」

「いや、今回は野営地へ届けものだ」

「……ふん、なら壁を作ってやるからついて来い」


 そう言うないなや老人は乱戦状態に入っていく。あっという間にゴブリン達が倒れて道が出来上がった。

 俺達はすぐに老人の開けた道を走り抜ける。おかげで無事に絡まれる事なく乱戦の中を抜ける事ができた。


「助かったぜ」


 テンジンが礼を言うが老人は首を横に振った。


「……こちらは後始末をしてるだけだから礼を言われる理由はない」


 そして眉間に皺を寄せながらさっさと元来た道を歩いて行ってしまったのだ。テンジンは顎を撫でながら苦笑した。


「あいつ、意外と気にしてんだな」

「まあ、沢山死人が出たからな。それよりもう少しで中間地点の休憩ポイントまでいけそうだ」


 マークスの言葉にテンジンは岩場がある方を見つめ頷く。


「ここからはあそこを上手く使っていかないとな。確かここら辺を狩場にしてるパーティーがいたはずなんだがマークス知ってるか?」

「無色の蜥蜴だ。あいつらとは仲良いからワシが話してやる」


 マークスは魔導具に魔石を補充しながらそう言うとテンジンと位置を入れ替え進み出した。俺はそんな二人を見ながら口を開く。


「全て一人でやらずに担当を決めているということか」


 するとテンジンが振り向き言ってきた。


「俺らは所詮凡人だからな」

「凡人はこんな場所にいないだろう」

「だが、あいつらを見てたらそう思っちまうだろう」

 

 テンジンは先を見る。岩と同色の外套を着た四人の冒険者が大人の倍程の大きさトロールをちょうど倒したところだった。

 おそらく無色の蜥蜴だろう。マークスが手を振りながら駆け寄っていったから。俺達も後を追うとリーダーらしき人物が話しかけてきた。


「お前達、補給物資でも届けに来たのか?」

「いや、今回は違う」

「なら、そいつを届けるってとこか」


 値踏みする様に俺を見るリーダーにマークスは頷く。


「そんなところだな。だから、岩場を抜けるまでワシらを護衛してくれるか?」

「構わんぞ」


 フードの人物は仲間を呼びよせる。そんな彼らを見て俺は口元が緩んだ。前線は仲間意識が非常に強くなるからこうやってパーティーやクランなど関係なく手伝ってもらえるのを思いだしたからだ。


 まあ、だからこそ年を取っても多少の怪我をしても前線にいつまでもいたいと思ってしまう。

 あいつのように……


 俺は西側の地で死んだ男の事を考える。本当はこの東側のこの地で戦って死にたかったんだろうと。

 俺は収納鞄から小さい瓶を出すと蓋を開けて中に入った灰をばら撒く。テンジンが興味深そうに見てきた。


「なんだ、それは?」

「ただの灰だよ。この地で死にたかった男のな」

「そうか……」


 テンジンは空中で舞う灰に手を合わせる。その姿を見た俺はついある事を考える。

 しかし、すぐ頭を振った。何せ俺はもうとっくに死んでいるのだから祈ってもらえる者は必要ないからだ。


 だからザンダー。これは死者からの餞別だ。


 俺は空に舞う灰に背を向ける。それから進みだしたマークス達の後を追うのだった。



 あれから、無事岩場を抜けることができた。現在は無色の蜥蜴のパーティーと別れ休憩ポイントに向かっているところである。


「ここからは魔物はほぼ出ない。何せ休憩ポイントには化け物冒険者が沢山休んでるからな」

「いや、今は進軍してるからほとんど出払ってるはずだぞ、テンジン」

「ああ、そういやそうだった……」

「おい、大丈夫なんだろうな?」


 俺の問いかけに二人は顔を逸らす。それで嫌な予感がした俺は立ち止まり辺りを見回した。そして溜め息を吐いた。オークの部隊がうろついているのが遠くに見えてしまったから。


「やべえぞテンジン。オークジェネラルが混じってる部隊じゃねえか。あれじゃあ先に進めねえ……」


 マークスが隣りで同じ場所を見て焦る。するとテンジンが小さい笛らしきものを取り出した。


「安心しろ。進軍に参加してないあいつなら多分この距離なら聴こえて来てくれるはずだ」


 そして口元にそれを持っていき力いっぱい吹いたのだ。マークスは呆れた表情を浮かべる。音が全く聞こえなかったからだ。


「ああ、ついにボケちまったかテンジンの野郎……」

「いや、あれは犬笛だろう」

「坊主、正解だ」

「魔物でも飼い慣らしてるのか?」

「あいつは魔物よりタチが悪いぜ」


 テンジンはニヤリと笑うと物陰に隠れてしまう。仕方なく俺達も同じようにしていると突然、オークの叫び声が聞こえた。

 俺は叫び声が聞こえた場所に視線を向ける。槍を持った一人の獣人族の少女がオークの部隊と戦っていた。

 しかも、よく見ると俺が知っている人物だったのだ。


 まさか、あいつだったとは……


 俺は複雑な心境でいると、少女……ネイダール大陸に現れた三番目の勇者でもあるミランダ・ラースはあっという間にオークジェネラルを倒してしまう。そしてこちらに駆け寄ってきた。


「あー、やっぱりテンジンの爺ちゃんだ!」

「助かったぜミランダ嬢ちゃん。お前さんがくれたこいつをこんなに早く使うことになるとはな……。すまねえ」

「気にしなくて良いよ! いつも物資を運んでくれるんだから気兼ねなく使ってね。まあ、来れないこともあるからあてにされすぎても困るけど」

「そこはわかってるさ」

「おい、テンジン。どういう事だ? ワシはその笛の件は聞いとらんぞ」

「ああ、マークス、これは俺がミランダ嬢ちゃん達の専用物資を運んでるからもらえたんだ」

「専用物資だあ?」


 マークスはしばらく考えたがわからないようだったらしく降参のポーズをした。すると何故かテンジンは俺を見て答えてみろと目で言ってきたのだ。仕方なく俺は口を開く。


「……菓子にいたずらができそうな魔導具だろう」

「なっ、当てやがったぞ! まさか坊主は精霊眼持ちか⁉︎」

「いやいや、あたしと同じいたずら大好き族だとみたね」


 驚くテンジンと嬉しそうに見つめてくるミランダに俺は呆れながら首を横に振る。


「そんな力はないしそんな種族でもない。そもそもそんな種族いないだろう」

「でも、さすがに鋭すぎるだろう。なあミランダ嬢ちゃん」

「うん。だからきっと何かあるよ」


 そう言うとミランダが側に駆け寄り鼻を近づけてきた。俺はとっさに離れる。


「何しているんだ……」

「もちろん、匂いをかいであたしと同類かを……あれ? なんだか懐かしい匂いが……」


 そう言うとミランダは再び俺の匂いを嗅ごうとしたのだ。もちろん俺は離れる。獣人族のミランダは誰よりも五感が優れているから正体がバレてしまう可能性があるからだ。


 だが、それも回避できるかもしれないな。


 何せミランダのパーティー、蒼狼の耳のフランチェスカ・ロッケンハイムにリリアナ・レルディールがこちらに走ってくるのが見えたから。俺はすぐさま口を開く。


「おい、仲間がきたんじゃないのか?」

「えっ?」


 ミランダは振り向くと同時に金髪縦ロールをなびかせたフランチェスカに体当たりをくらい吹き飛んでいった。

 しかし、空中で一回転し着地するとすぐにフランチェスカに詰め寄る。


「何すんのさ⁉︎」

「何すんのさではありません。あなたはいつも一人で突っ走って! 少しは待つ事を覚えなさい!」


 このパーティーのリーダー的な役割りを持つフランチェスカはミランダを睨みつける。すると次に到着したリリアナが銀髪を手櫛しながら呟いた。


「この子は本能で動く……。何を言っても駄目」

「でも、いつかは……と思っていましたけど無理ですわね……」

「そうそう、二人共あきらめなよ! あははは!」

「お前が言うな」


 ミランダは二人に突っ込まれるがそんな事は気にする様子もなく大笑いする。そんな三人を見て俺は懐かしさと共に申し訳ない気持ちになった。

 教える事は全て教えたが、あの件でアレスは死んだことになり、俺は三人を騙して離れていっていったようなものだからだ。


 俺が生きてるなんて知ったら、こいつらはどう思うだろうな……


 そんな事を考えているとミランダが突然辺りを見回す。そして首を傾げた。


「……今、懐かしい感じが」


 しかしフランチェスカはすぐに首を横に振った。


「気の所為ですわ。それよりテンジンさん、休憩ポイントに行くのなら護衛しますわよ」

「フランチェスカ嬢ちゃん、助かるよ」

「おまかせを。では、ミランダが先導よろしくですわ。わたくしは彼らを守ります」

「はいよ! じゃあ、みんな行くぞーー!」


 ミランダは拳を振り上げ、先頭を意気揚々と歩き始める。テンジンとマークスは安堵の表情を浮かべた。もちろん俺も同じである。

 半人前とはいえ勇者パーティーに護衛されるからだ。


 しかもこの一帯ではおそらく最強のな。


 俺は辺りを見回す。案の定、魔物は近寄ってこず遠目から見てくるだけに変わっていた。おかげで俺達は小さな町の廃墟を再利用して作られた休憩ポイントに戦闘なしで到着する事ができたのだった。


「テンジンの爺ちゃん、冒険者のほとんどが今、出払ってるからまともな宿も使えるよ」


 ミランダが使えそうな建物を指差す。しかし、テンジンは首を横に振る。


「いや、少し休んだらすぐに出発するつもりだ」

「えっ、急ぎなの?」

「場合によってはそうなるらしい」


 テンジンは俺の方を見てきたので頷く。


「魔王がネクロスの書を手に入れた可能性がある。俺は不死の領域に関しての知識があるから最悪、対応できるかもしれないんだ」


 するとリリアナが、ギョッとした表情を向けてきた。


「まさか、不死の門が開く? フローズ王国とレクタルの再来?」

「馬鹿な事言わないで下さいませ! この先は魔王のダンジョンしかありませんわ。呼び出すにしても生け贄に必要な人を何処からか攫って……」

「魔族や魔物がいる。魔王のダンジョンには沢山ね……」

「はっ? で、でも……」


 驚いた表情のフランチェスカにリリアナは真剣な表情を向ける。


「狡猾の魔王ならやりかねない……」

「ああ、ネクロスの書があればそういう手順もいらない可能性があるんだ」


 俺が言葉を付け足すとその場にいた全員が驚いた表情を向けてきた。


「それやばすぎだろう……。もし、坊主の言った通りならそのネクロスの書ってのがあれば何処でも不死の領域に繋がる門が開けちまう可能性があるって事か?」

「あくまで可能性だ。ネクロスの書にはどんな事ができるかは正確にはわかっていない。だから、使われる前に奪うか破壊しなきゃいけないんだ」

「それを坊主……いや、キリクができると?」

「……俺は最悪対処ができるかもしれないってだけだ……」

「そりゃ、流暢に休憩してる暇なんてないんじゃないか……」

「いや、魔王のダンジョンに入る事も考えるなら体力は回復させてから行った方が良い。それに前線で戦ってる連中の力も信じてやれ」

「……そうだな。あいつらの力ならたとえ不死の領域の門が開こうが問題ないよな……。じゃあ、俺達は甘えさせてもらって少し休もうぜ」

「ああ」


 俺達は頷くとそれぞれ休める場所に向かう。だが途中、俺は足を止めた。サリエラやミナスティリア達は大丈夫だろうかと考えてしまったからだ。

 だが、すぐに俺は苦笑しながら歩き出した。あいつらより自分が目的地に辿り着けるのかを心配するべきだと思ったからだ。何せ今の俺は勇者アレスではなく冒険者キリクだ。ちょっとしたことで簡単に死んでしまうのだ。


「だから、気をつけないといけない。企みを阻止するまではな」


 俺はそう呟きながら小刻みに震える両手を見つめるのだった。

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