69
サリエラside.
レオスハルト王国に戻った私は国王陛下の勅命で白鷲の翼を含む高ランク冒険者達と一緒に前線の野営地へと出ていた。
そして、現在はテント内で進軍準備をしているところである。そんな準備をしている私の後ろで突然、大きな音が響く。思わず振り向くとブリジットさんがテーブルに拳を叩きつけているところだった。
「くそっ、前回のような失敗は絶対できないよ」
ブリジットさんは悔し気に作戦板を睨む。すると不滅の牙のリーダー、ガラットさんが腕を組みながらブリジットさんに声をかけた。
「ブリジット、あれは失敗ではないから気にするな」
「でも……」
ブリジットさんは唇を噛む。すると風の乙女のリーダー、ネイリーさんがブリジットさんを睨んだ。
「あなたねえ、そんな事を言ったら私達まで失敗したって事になるじゃないのよ」
「別にあたいはそんなつもりで言ったわけじゃ……」
「言ったことになるのよ!」
ネイリーさんはブリジットさんに詰め寄るとサジさんが慌てて二人の間に入った。
「二人とも、進軍前に喧嘩はまずいですよ……」
「別に喧嘩してるわけじゃないわよ。でも、あの日の進軍には私達も参加してるの。意味わかる?」
ネイリーさんが仲間のパーティーを指差すとブリジットさんは罰が悪そうに頭を下げた。
「……悪かったよ」
「ふん、別に良いわよ……」
ネイリーさんは仲間を連れてテントから出ていってしまう。私はその光景をただ見ていることしかできずにいると勇者様が声をかけてきた。
「気にしなくていいわよ。いつものことだし」
「でも、サジさんのように止めることはできたはずです」
私は腕にはめてあるダマスカス級を証明する腕輪を見つめ溜め息を吐く。すると勇者様が私の腕輪を指差す。
「だからって自分が相応しくないとは思わないことね。それはちゃんと選ばれた者しかつけられないのだから」
「選ばれた者……」
私はもう一度、腕輪を見る。それから勇者様に顔を向け頷いた。
「まだ、そうは思えませんが頑張ってみます」
「それでいいわ」
勇者様は口角を上げた。しかし、すぐに視線を私の髪を留めた黒い花の形をしたバレッタに向けてくる。
「ところで、そのバレッタだけれど黒い花って珍しいわよね」
「ああ、これは大切な人との思い出なんですよ」
「……そう」
「……あの、勇者様はそういうのってありますか?」
すると勇者様は自分が着ている鎧と剣を指差す。
「まあ、思い出というよりは繋がりね」
「繋がりですか?」
「ええ、これがある限りあの人と私は繋がってる気がしてね」
勇者様は頬を緩ませ剣を撫でる。しかし、すぐに顔を顰めた。私は首を傾げる。
「どうしましたか?」
「別になんでもない……いいえ、あるわね。あなたには特に」
「私が何かしましたか勇者様?」
「……ミナスティリアでいいわ。後、様もいらないから。獣人都市でのことよ」
「えっ?」
私は必死に思い出す。でも、何も思い出せなかった。するとミナスティリアさんは私を指差してきた。
「私、絶対負けないから。キリクさえ起きたら逆転できるんだからね!」
「キリクさん? 逆転?」
「い、いいのよ! ……とにかく勝負よ!」
ミナスティリアさんはそう言うとテントを勢いよく出ていってしまった。私は何がなんだかさっぱりわからなく呆然としてしまう。しかし、すぐにテントを飛び出す。突然遠くで異様な気配が高まるのを感じたからだ。
「なんだ⁉︎」
他の冒険者も各テントから出てくる。そして空を見上げ驚いた表情を浮かべた。もちろん私もだ。そこには不死の領域に汚染されたレクタルの空と同じ状態になっていたから。
「まさか、不死の門が開いてしまったということ?」
思わずそう呟くと、隣りに来ていたガラットさんが驚いた表情を向けてきた。
「そんな馬鹿な。どうやって不死の門を開いたんだ⁉︎ こっちは魔王軍の退路を確実に絶ってるんだぞ」
するとガラットさんの大声を聞いたファルネリアさんが首を横に振った。
「わからないけれどカーミラが言っていた事は本当だったわけね……。どうするミナスティリア?」
側にいたミナスティリアさんが溜め息を吐いた。
「進軍を早めましょう。皆、良いわね」
皆は無言で頷きすぐに自分達のパーティーを集め始めた。その光景を見た私も準備を始めようと動き出したがその時、髪に留めていたバレッタが落ちてしまったのだ。私はすぐに拾う。だが、拾った直後、ピキッという音と共に黒い花の部分にヒビが入ってしまったのだ。
「あっ!」
私は驚きながら黒い花の部分に触れると更にヒビが入り真っ二つに割れてしまう。呆然としてしまったが私はすぐ頭を押さえた。頭の中に何かが映り込んできたから。
何これ?
あの子は?
燃える建物……城……
お母様とアレス様?
キリクさん⁉︎
嘘……駄目よ!
そんなの駄目‼︎
「いやああああぁぁーーーー‼︎」
突然、叫びだした私に周りは驚く。ミナスティリアさんがすぐに駆け寄ってきた。
「サリエラ、どうしたの?」
でも、私は答えられなかった。
なぜなら、口に出したら本当に起きてしまいそうだったからだ。
だから、震えながらも黙った。
起きて欲しくないから。
私が一番見たくない光景を。
大切な人が亡くなるその光景を。
少し時間は巻き戻る。
リズペットside.
わたくしはこの獣人都市ジャルダンを治める大殿の娘であり、住人からは姫と言われているリズペットです。
まあ、ネイダール大陸では自称が付くんですけどね……
けれど、早いうちに自称は取れるかもしれないのです。
何故なら、スノール王国、つまり北側の領土を全て治める大国が獣人都市ジャルダンを認めると言っているから。
これで西と北が認めてくれればかなりネイダール大陸での商売がしやすくなるんです。
嬉しすぎですよね!
でも、今はそれどころじゃないんです。
今、こんな事を考えているのも正直、現実逃避をしてるだけなんですから……
わたくしは逃げだしたい衝動に襲われているのだが、得体の知れない恐怖により身体が動かず今まで現実逃避していたのだ。
それは獣人が持つ動物的本能だからなのかもしれない。
そして、現実逃避から覚めた今も目の前の光景は変わらかった。なので、そろそろ現実を見ようと思ったのである。
ちなみに今、部屋の中にはわたくしと四人の人物がいる。冷静に考えるとおそらく原因はこの方達なのだろう。
まず長い金髪と白いワンピースを着た美少女サリエラさん。
彼女はエルフだが、エルフ特有のスレンダーな身体ではなく、出るとこはしっかり出ておりわたくしが大変羨ましく思う身体をしている。
そして二人目はその対面に座り、輝く鎧を着た美しい銀髪と金色の瞳をしたハイエルフの美女のミナスティリアさん。
いえ、わたくしの見たてでは美少女と美女の中間といったところだろう。
そして鎧の下の膨らみはおそらくわたくしと同じ仲間であると信じている。
更に隣りでもじもじ可愛らしい動きをしているのが、紫の長い髪に白い肌、そして額から伸びた長い角を持った可憐な少女のマルーさん。
その庇護欲をそそられる見た目につい何かしてあげたくなる。
ただし、この状況じゃなければ……
わたくしは中性的な顔立ちをした黒い髪の少年キリクさんを見る。彼は現在、布団の上で二日間寝たきり状態である。そんなキリクさんをジッと見つめた後、わたくしは頷く。
元凶がわかったからだ。冷静になって考えたらすぐに理解できてしまったのだ。
直後、この場所は戦場だということを理解する。そしてわたくしが巻き込まれていることも。だが、先ほどよりは楽になった。状況がわかったからだ。だから声をかけようとしたのだ。
三人を止めるために。しかし、わたくしは口を開いた直後驚く。言葉が出なかったから。
更に四人がいる方を見過ぎてしまったのか、目眩を感じ意識が飛びかけてしまったのだ。わたくしは何とか視線を外し深呼吸する。
すると今まで静かだった三人に動きが出たのだ。
「あの、キリクさんは私がちゃんと看病しますからお二人は休んで頂いても良いですよ」
サリエラさんがそう言うと、ミナスティリアさんが片眉を動かす。
「あら、私なら大丈夫よ。昨日しっかりと休んだもの」
「そうなんですか。でも勇者様のお仕事は大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫よ……。何があれば連絡が来るから。それよりサリエラ、あなたこそ付きっきりだから休んだらどおかしら?」
「私は側でお世話をしながら休んでますから大丈夫ですよ」
サリエラさんはキリクさんの手を取り笑顔を見せる。ミナスティリアさんはなんとも言えない表情をしマルーさんはあたふたしていた。
その様子を見ていたわたくしは状況を理解した。
どうやら今のやりとりを見るとサリエラさんが一歩リードしてる感じね。
そう思っていたらマルーさんが動き出した。
「あ、あの、二人はキリクとはどういう関係なの?」
マルーさんは恥ずかしそうに質問をする。わたくしはついマルーさんを応援したい気持ちに駆られる。
しかしサリエラさんとキリクさんとの出会いから今までを聞き、わたくしとマルーさんは顔が真っ赤になり身悶えして降参しそうになった。
何度も一緒に寝てお風呂に入る中……。もう夫婦じゃないの!
わたくしはそう思いながらサリエラさんを見る。目が合い微笑まれてしまった。
余裕の笑顔! 正妻感半端ないわっ‼︎
ちなみにミナスティリアさんはサリエラさんの話しを聞いているうちに白目を向いて固まってしまった。
その様子に気づいていないサリエラさんだったが、なんとか復活したマルーさんが口を開いた。
「ぼ、ぼくはキリクに南側の安全な場所に連れてもらえるって約束してもらったんだ。し、将来の事も考えておけって言われたの……。だ、だからぼく……キリクの……ひゃーー」
マルーさんは何かを想像したのか顔を真っ赤にする。そして顔を両手で隠すと激しくもじもじしだした。
おそらく変なことを想像して自爆したのだろう。だが、わたくしはサリエラさんを見る。今のマルーさんの話でどう出てくるか気になったからだ。
しかし、サリエラさんは笑顔で喜んだのだ。
「わあ、良いですね! 私も久しぶりに南側の実家に行きたいと思ってたんです。キリクさんも機会があれば家族と会ってくれると言ってましたので丁度良いですね。ところで、マルーさんは将来は何になりたいんですか?」
私とマルーさんは俯く。そして心の中で叫ぶ。そりゃあついていきますよねと。しかも家族に会わせるって外堀埋めにいってるし。
だからあの質問は余裕ですかあ? ああ、正妻ですものねーー!
私は思わず口元を押さえる。声が出そうになったから。
ちなみにミナスティリアさんは口から魂が出始めていた。
もう、無理ね。これ以上はあの二人だけじゃなくて私の精神までズタボロになるわ。てか、ミナスティリアさんはキリクさんとどういう関係なのかしら……
でも、あの状況じゃ聞くのは無理よね……
わたくしはミナスティリアさんを哀れみながら見る。すると、ミナスティリアさんの腰ポケットから鐘がなる音が聞こえた。
直後ミナスティリアさんは正気に戻りポケットから、四角い物を出して耳に当てる。わたくしはつい口角を上げた。凄いものを見たから。
使い捨ての通信魔導具。しかも小型化したものを持ってるなんてさすが勇者様ね。
わたくしは思わず感心していると、ミナスティリアさんは魔導具を耳から離しサリエラさんに顔を向けた。
「おめでとう、今回の功績で今日からあなたダマスカス級よ。それと王命で前線への招集が出てるわ」
「えっ、私にですか?」
「ええ、あなたなら今言った言葉で何をするかわかるでしょ」
「……はい」
「それと、マルー、あなたをついでにスノール王国に送ってくわ」
「ぼ、ぼくはここにいるよ!」
マルーさんはキリクさんの方を一瞬見てから首を大きく横に振る。しかし、ミナスティリアさんは首を横に振った。
「キリクの側にいたいって理由なら駄目よ」
「どうして⁉︎」
「あなたじゃ何もできないから」
「……それは」
「側にいたいなら強くなりなさい。彼があの人なら側にいて良いのは横に並べる強者だけよ……」
ミナスティリアさんの言葉は途中から声が小さくなり周りに聞こえる事はなかった。
「……それに、シャルルという怪我をした女性が目を覚ましたわよ」
「シャルルが⁉︎」
マルーさんは途端に嬉しそうに飛び跳ねたが、ハッとしてキリクさんを見ると悩んだ表情になった。
しかし、しばらくしてマルーさんは決心したのか頷く。
「ぼく戻るよ。ぼく自身の為にも」
「わかったわ。では、急いで支度して行きましょう」
ミナスティリアさんはすぐに立ち上がり、マルーさんも後に続いて立ち上がった。
しかしサリエラさんはキリクさんの手を持って座ったままだった。そんなサリエラさんにミナスティリアさんは優しく声をかける。
「サリエラ……」
「はい、勇者様。……キリクさん言ってきますね」
サリエラさんは愛おしそうにキリクさんの頬にキスをすると立ち上がってわたくしの方に歩いてきた。
「リズペットさん」
「は、はい!」
「これをキリクさんが起きたら渡して下さい」
サリエラさんはそういうと紙に何か書くと折り畳んでわたくしに渡してきた。
「わかりました。必ずお渡しします」
「ありがとうございます」
サリエラさんは頭を下げると部屋を出ていった。だが、ミナスティリアさんとマルーさんは立ったまま固まってしまっていた。
それを見たわたくしはゆっくりと立ち上がると扇子を持つ手を掲げて叫んだ。
「正妻の圧勝‼︎」
そう叫んだ後のわたくしの表情はどこまでも晴れやかだった。
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