73
それから慎重に中を進んでいるとオルトスが舌打ちをしてきた。
「つまんねえ作りだな。ドワーフを喜ばす様な装飾品があるかと思ったのにダンジョン特有の石壁じゃねえか」
「おかげでここがダンジョンで間違いないという事がわかっただろう」
俺はそう言いながらダンジョンの壁を見る。それから、あの日、突然現れた不死の住人ネルガンによって壁や地面の大部分がステンドグラスの様なものになってしまったフローズ王国を思いだした。
そして、ここもそのうちああ変化するかもしれないなと思っていると、オルトスが壁を蹴り言ってきたのだ。
「なあ、魔王が負けたなんてないよな?」
俺は考えた末、首を横に振る。
「わからない。だが、ネルガンの気配がするのだけは確かだ」
「ぐっ……」
オルトスは顔を顰める。しかし、すぐ先の方を指差した。
「お、どうやら進軍している冒険者達に追いついてるらしい」
そう言われ俺はオルトスが指差した方向にあるダンジョン特有の時間が経つと床や壁に沈んでいく魔物の死体を見る。
「進軍してる連中との距離は一時間以内ってところか」
「このまま行けば戦闘せずに済むな。まあ、俺にはもの足んねえが」
「なら、沸き出すのを待つか?」
「お、冗談言う余裕あんのか」
オルトスが笑みを浮かべこちらを見る。俺は肩をすくめた。
「まあ、楽させてもらってるからな。だが、こんなものなのか?」
「もしかしたら魔王がダンジョンを城にしたくて呼んだんじゃねえか」
「そんなわけないだろう……」
「なら今は何かをしてる最中ってことか?」
オルトスの問いに俺は改めてダンジョン内を見渡す。
「狡猾と言われた魔王がハリボテの城だけ作って中はまだですなんて事はないはずだが……。それに魔族はどうしたんだ?」
「そういや、全く見てねえな」
「まさか、不死の領域に繋ぐ為に生贄に使ったのか……」
そう呟いた直後、前方の物陰から真っ赤な道化師の服を着た女が拍手をしながら現れた。
「いやあぁ、素晴らしい考えですねえぇ! 半分、不正解!」
道化師は満面の笑みを浮かべ拍手をし続ける。その異様な姿にスノール王国で戦った道化師が重なり俺は顔を顰めた。
「……闇人か」
「ちっ、頭がイカれたやろうは苦手なんだよなあ」
オルトスは苦虫を噛み潰したような顔で呟く。正直、お前が言うなと突っ込みそうになるのを何とか抑え俺は口を開いた。
「気をつけろ。スノール王国で暴れた道化師の闇人はかなり厄介だった」
「じゃあ、さっさとやっちまうか」
オルトスはそう言うと腰を引くくし、今だに満面の笑みを浮かべ拍手し続ける道化師に突っ込んでいく。
するとそれに気づいた道化師は慌てて後ろに飛び距離を取る。そして降参の仕草をしたのだ。
「わ、私は戦う気はないんですうぅぅ!」
しかし、オルトスは無視して攻撃しだす。
「わーーあ! 助けてえぇ⁉︎」
道化師は叫びながらもこちらが予想もつかない動きで攻撃を避ける。正直、今の俺では一振りも当たらなかっただろう。だが相手はオルトスである。変則的な攻撃に切り替えるとあっという間に間合いに入り込み脇腹に一撃を叩き込んだのだ。
「吹っ飛びやがれえ!」
「ぐげえぇーーー!」
骨が折れる音と共に道化師はくの字になり壁にめり込むと動かなくなる。だがオルトスは目を細め道化師を睨んだ。
「てめえ。やられたフリしてんじゃねえよ」
すると道化師は顔だけ壁からだしニヤッと笑う。
「あれれれぇ、バレちゃいましたああぁ?」
そして壁から抜け出ると身体に付いたほこりを払い、何事もなかった様にこちらに笑みを浮かべたのだ。
「ちっ、相変わらず闇人ってのはやりにくいんだよな」
「そんな褒めないで下さいよおぉぉ! あ、私はハートのクラウン、アリスと言いますう!」
「聞いてねえよ!」
「オルトス待て。少し俺に話しをさせてくれ」
俺が慌てて肩を掴むとオルトスはすぐに下がってくれた。ただしものすごく不満気だったが。だが、それを無視し今度は俺が一歩前に出ると道化師……アリスは喜び出す。
「わーい! 話しを聞いてくれるんですねえ!」
そして飛び跳ねながら俺に迫ってきたのだ。しかし、俺が剣に手を置くとすぐに下がり口を開いた。
「ええとおーー! 魔王様があ、何かヤバいの呼び出しちゃってえ大変なんですよおぉ⁉︎」
「不死の住人か? そいつの名はなんだ?」
「ヨトスさんですよおーー」
アリスの言葉に俺は内心疑いの目を向ける。何故なら、ヨトスという名の不死の住人はいないからだ。
それは不死の領域全体を管理するアルファレスタという不死の住人から、俺は全員の名前と簡単な特徴を聞いていたからだ。俺は思わずアリスを睨む。
「おい、そのヨトスってのはどんな格好している?」
「虫っぽい姿ですよお! 思い出したら鳥肌があっーーー! あっ、見ます?」
アリスはまた近づいてくる。しかしオルトスが威圧するとすぐに後ろに下がり怯えたポーズをする。
そんなアリスの行動に限界がきたオルトスは握り拳を作り言ってきた。
「おい、キリク、良い加減もうやっていいか?」
「まて。今の話が本当なら魔王軍の方でトラブルが起きてるかもしれない」
「どういう事だ?」
「それをこれから話してもらう」
俺はアリスの方を向く。するとアリスは慌てて口を開く。
「ま、魔族の皆さんと魔物の皆さんと闇人の皆さんがあ、生け贄にされてるんですよおぉ‼︎」
「生け贄にされてる? それは今現在されてるってことか?」
「はいぃ! 正解でええす‼︎」
「なるほど、魔族がいない原因がわかった。しかし、ヨトスは何をしようとしてるんだ?」
「知りませんねえ。ただ、魔王様が積極的に手伝ってるのは確かですよお。魔族や魔物をポイポイ生け贄にしちゃうのは悲しいですね……シクシク」
道化師は泣き真似をするがその表情は間違いなく笑っていた。相変わらずの不気味さに不快感しかなかったが俺は我慢しながらアリスに問いかける。
「要はお前は生け贄にされたくないから逃げて来たってところか」
「はあい! 正解ですよぉ! そしてこのままあ逃げまあああす!」
「俺達が逃すとでも?」
「逃しますよおぉ。だって、ここでもう道草食ってる暇なんてないんですからねえ。早く行かないと先にいるお仲間が死んじゃいますよお!」
「逃げたいだけのお前の戯言じゃないのか……」
「いいんですかあ? 私との話しでえ、かなりいぃ時間取ってますけどどうしますう? チックタックチックタックゥッ!」
道化師はそう言って時計を見るフリをしていると横からオルトスの声が聞こえた。
「どうするよ?」
俺はしばらく考えた末、首を横に振る。
「……先を急ごう」
すると道化師は嬉しそうに叫んだ。
「大正解でえすっーーー‼︎」
「ちっ、気に食わねえ」
「気にするな。行こう」
俺はそう言いながらアリスの横を抜けていく。アリスはただ戯けた仕草をしながら俺達を見ていたが逃げ道が出来た直後、入り口の方にもの凄い速さで走り去ってしまった。オルトスが溜め息混じりに言ってくる。
「なんか騙された気がするのは俺だけか?」
「まあ、闇人の行動は深く考えない方が良い。それより先を急ごう」
「だな……」
俺達は再び走り出す。しかし、しばらくして足を止めた。装飾や物はなく魔物の死体が数体倒れてる大広間に辿り着いたからだ。
「キリク、魔物が流してる血がまだ温かい。近いぞ」
オルトスはそう言うと先に進もうとする。そのため、俺も後を追おうとしたのだが急に力が抜ける。そして地面に膝をついてしまった。
するとオルトスが舌打ちした後、床に座りこみ言ってきた。
「少しだけ休憩だ。だが、すぐに行くからな」
「すまん」
俺はゆっくりと座りこむ。すぐ上級回復薬が飛んできた。
「気休めだろうが飲めよ」
「悪いな」
「悪化してんじゃねえか。だから霊薬は止めろって言ったんだ。お前は薬物中毒者かよ」
「好きで使ってるわけじゃい……。必要に迫られて使ってるだけだ」
「はっ、その発言は狂化薬をやる中毒者が吐くセリフだって知ってるか?」
「残念だが、俺は狂化薬を飲んだ事も中毒者にも会った事がないんでわからないな」
「俺は沢山会ってるぜ。まあ、お前は奴らよりイカれてるのは確かだな」
オルトスは顔を顰めるため俺は肩をすくめる。
「そんなイカれた奴に付いてくるお前は進軍してる連中に追いついたらどうするつもりだ?」
そして、今度は真面目に見たのだ。するとオルトスは難しい表情で腕を組む。
「正直迷ってるぜ……。俺が参加しちまったら勇者パーティーの活躍が霞んじまうだろ?」
「……俺に合わせて付き合わなくて良いんだぞ」
作り笑いを浮かべるオルトスに俺はそう言う。オルトスはすぐに顔を顰めて首を横に振ってきた。
「おいおい、勘違いすんじゃねえぞ。俺はまだドワーフの中じゃ毛が生えた程度なんだよ。だからまだまだ死ぬ気なんてねえよ」
「なら良いがな」
俺は諦めながらそう言うとオルトスは舌打ちする。しかし、急に手を打つと俺に顔を向けてきた。
「……そうだ。俺はお前にずっと聞きたかった事があるんだ。最後になるなら聞かせてくれよ」
「まあ、話せる事ならな。それで何を聞きたい?」
「お前アンクルと何の取り引きした? それに北の魔王にかけられた呪い……ただ加護を封印されただけじゃないだろ?」
「おいおい、昔の事を今持ちだしてくるか……」
「死ぬかもしれないんだから教えろよ。あっ、もちろん死ぬかもしんないのはお前の事だぜ」
「やれやれ……」
俺は溜め息を吐く。しかし、今のやりとりで少し心に余裕ができ話す覚悟ができたためゆっくりと口を開いた。
「まあ、お前には知る権利はあるな。あの日、俺はアンクルと取り引きをした。いや、取り引きを持ちかけられたってところだな」
「何の取り引きだ?」
「俺の存在を半分寄越すのを条件に不死の領域から出るのを手伝うとな」
「存在? 命ってことか? さっぱりわからんねえ」
「最初は俺も意味がわからなかったが、要は俺を二人に分けるから片方くれってことだったんだよ」
「そんな事が可能だったのかよ? アレスが二人になったら滅茶苦茶、戦いが楽になったんじゃないか?」
「いや、全てにおいて半分になってしまうから
おそらく成功してたら力は半減してたぞ」
「ん、話しを聞く限り成功しなかったってことか?」
「半分成功ってとこだな。身体に魂は半分にすることはできたが片方に意識や記憶まではできなかったんだ」
「わけわかんなくなってきたぜ……」
「だから、お前には話したくなかったんだよ。どうせ説明してもわかんないだろうからな」
「うっせーな。お前の説明が下手なんだよ! とりあえず続けろ」
オルトスが睨んでくるため、俺は溜め息を吐いた後、再び話し出す。
「……アンクルが言うには意識や記憶と繋がりがある加護が邪魔をして分けれず、片方の魂に残ってしまったんじゃないかってな」
「……要は片方は壊れて真っ黒に汚れたお前で、もう片方は魂がない役立たずな人形ってわけか」
「どっちかはせめて誉めろよ……。まあ、そういう事だ」
「なるほど……よくわかったぜ。てか、上手くいってたらお前は力が半分の状態で戦っていたってことか……」
「そこはアンクルが補填するって言ってたんだが、結局、問題がなくなったから話しは流れたがな」
「それでアンクルは満足したのか?」
「だから帰ってこれたのだろう」
「……じゃあ、次に北の魔王にかけられた呪いの件だ。死に急いでたお前があれ以来、後方でまったり冒険者をやるっておとなしくなっちまっただろ。なぜだ?」
「……魔王の呪いは加護と力を封じる以外にもう一つあったんだ。それは常に命が削れていくっていう呪いだ」
「要は何もしなくても長く生きられなかって事か」
「ハーフエルフの俺にはそれでも人族並みの寿命は残ってた。しかし、あるものを使う度にごっそりと生命力まで削れる事がわかったんだ」
「霊薬か……」
「違う。霊薬は本来副作用なんてものはほとんどないんだよ」
「じゃあ、何がってまさか……」
オルトスが俺の心臓辺りを見つめてきたので頷く。
「ああ、霊薬が切れると穴が広がる感覚があるんだ。おそらく魔王の呪いが加速してるんだろう」
「おいおい、それがわかってて使ってたって事かよ……」
「何度も言うが使わなければいけない場面だったから使っただけだ。正直、俺もゆっくりと最後は過ごしたいと思っていたんだぞ」
「ふん、どうだかな。まあ、良くわかったぜ。やっぱりお前は良いように利用されてる馬鹿だってな」
「お前だって同じ場面ならしただろ。たまたまそこに俺がいたってだけだ」
俺はそう言った後にゆっくり立ち上がると頷く。オルトスは舌打ちしながら立ち上がった。
「次は休憩はしねえからな」
「ああ」
そう言うと俺とオルトスは再び進軍してる連中と合流する為に走り出すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます