68
「キリク、お前は許さねえ……」
「やっと、名前で呼んだな。もしかして後ろ盾がいなくなって余裕がなくなった感じか?」
「……殺す。おい、みんなやるぞ。俺は加護無しをやる。ゴングは赤毛の男をやれ。ランとミミは残りを相手しろ」
ロンは仲間にそう指示すると剣を抜き俺に向かってくる。
「死ね!」
そして剣で攻撃してきたのだ。俺はすぐさま剣で防ぐ。だが、力が入らずそのまま吹き飛ばされてしまった。
「くっ」
俺は空中で体制を立て直す。そして、なんとか地面に着地すると再び剣を構えた。だが対象的にロンは剣をおろし笑みを浮かべる。
「おいおい、弱すぎじゃないか」
俺はロンの言葉を無視する。するとロンは顔を顰めた後、再び向かってきた。しかも、今度は力任せに攻撃するようになったのだ。
どうやら、俺の現在の力量を読まれたらしい。俺は内心舌打ちする。なんでその読みをまともなことに使わないのかと。
しかし、そんなこと知るかとばかりロンは攻撃の合間に蹴りを入れてきた。
俺は咄嗟に後ろに飛びながら腕で防ぐ。なかなかの威力があり俺は防御した姿勢で吹き飛ばされた。しかも今度はうまく着地できなかったのだ。
すると、俺を見たロンは満面の笑みを浮かべる。
「くっくっく。弱えな」
「……まあ、そこは否定しない」
俺はそう答えながら自分の手を何度も握りしめる。先ほどから身体に力が入らなくなっているのだ。おそらく霊薬の副作用だろう。
正直、このまま戦い続けるのはまずいと感じているとラドフがこちらに吹き飛んできた。
「ちょろちょろとねずみの様な奴だな。だが、これで終わりだな」
ゴングが笑みを浮かべロンの方に歩いてくる。更にダナや護衛達もランの魔法で吹き飛ばされるとランとミミも合流してきた。そして四人で笑みを浮かべ喋りだしたのだ。
「後は加護無しのお前だけだ。ざまあねえな!」
「なあ、ロン、こいつは俺にやらせてくれよ」
「いやいや、私が燃やしてやりたいわよ」
「ミミはいいや。こいつの血が服とか身体に付いたらばっちいもんね……って冗談よ。ミミに絶対やらせてよね!」
「くくく、加護無しキリクは人気者だな。ちなみにお前は誰に殺されたいんだ?」
ロンは俺を見る。するとランが笑いながらロンの肩を叩いた。
「ロン、それだと一人が楽しんじゃうでしょう。なら皆で順番に腕と足を斬り落としてくのはどお?」
「ああ、前にムカつく護衛をやったやり方か。良いねえ」
ロン達は俺を見てニヤつく。その光景を見て俺は溜め息を吐いた。
「……最初は立派な冒険者を志す若者だったのにここまで堕ちるとはな。もういい、終わらせよう」
俺は立ち上がり剣先を向けた。するとロンが歯軋りしながら一歩前に出てくる。
「……やっぱり、俺がやる。こいつは気に食わねえ」
そして剣を軽く振りながら近づいてきたのだ。きっと余裕で勝てると思ったのだろう。俺は憐れみの目でロンを見る。
「これで、お前らともお別れだな」
「そうだな。加護無しがこの大陸から一人減った特別な日になるぞ」
「違うな、お前達が終わるんだよ」
俺がそう言った直後、突然茂みから大盾を前に突き出して突っ込んできた何者かにゴングが吹き飛ばされた。
「うがあーーー⁉︎」
吹き飛ばされたゴングは空中で何度も身体を回しながら地面に叩きつけられるとゴキッという音がしてピクリとも動かなくなる。
突然のゴングの死に三人は驚いて言葉も発せなくなる。そんな三人の前に大盾に隠れていた人物がゆっくりとその身体を出した。
「待たせたな」
そう言ってこちらを見てきたのは鉄獅子のリーダー、ランドだった。ランドは剣を抜きながら悠然とこちらに歩いて来る。
そして俺を守る様に立つと視線だけ向けてくる。
「大丈夫かキリク?」
「ああ、良いタイミングだった。助かったぞ」
「ふむ、その感じだと自分の気配で来るのがわかっていたか」
「なんとかわかった感じだな。おかげで無茶はしなくて済んだ」
「ふ、なら後はゆっくり休んでいろ」
ランドはそう言った後、ロン達に剣を向ける。
「貴様らの悪行はこれで終わりだ。おとなしく捕まるなら命は取らんぞ」
するとゴングの遺体を見ていた三人は我に返り武器を構えた。ランドは一言呟く。
「やれ」
直後、ミミの胸から槍が突き出しランは火だるまになった。
「ぐえっ……」
「ぎゃああああぁぁぁっーーーー‼︎」
「ミミッ⁉︎ ランッ⁉︎」
ロンは驚いて二人を見るがすぐに怒りの形相に変わるとランドに向かってきた。
「よくも仲間を殺しやがってええぇぇっーー‼︎」
「ふん、お前達も沢山殺してるだろう」
ランドはロンの攻撃を弾き大盾を手放すとロンに突っ込んでいく。そしてロンの腹に剣を突き刺したのだ。
「ぐはっ!」
「少しは人の痛みを感じるのだな」
ランドは剣を捻りながら抜くとロンを殴り飛ばす。それから、周りを見回して全て終わったのを確認すると口を開いた。
「終わったぞ」
すると茂みから鉄獅子のパーティーが出てくる。
「ランド、奴らの痕跡はなかった。一応、別パーティーが追ってるがおそらく見つけれないだろうな」
ケンが森の方を睨みながらミミの死体から槍を引き抜く。ランドは残念そうに頷いた。
「わかった……。とりあえずルイとサラは怪我人の治療をしてくれ」
「わかったわ」
「はい」
二人はすぐに倒れているラドフ達に駆け寄り回復魔法をかけていく。
そんな中、血溜まりの中でまだ生きていたロンの側に俺は近づく。ロンは痛みで歪んだ表情を俺に向けてきた。
「……キ、キリク、た、助けて……」
「ロン、お前が殺した相手がそう言った時どうした?」
するとロンは絶望した表情になり、しばらくすると瞳から光りが消え動かなくなった。俺はしばらくロンの死体を哀れんで見ているとランドが声をかけてきた。
「死んだか?」
「ああ」
「キリクの知り合いだったのか?」
「昔、パーティーを組んだ事がある。こいつらは元はこんな犯罪行為をする連中じゃなかったんだ」
「……これは、まだ確定情報じゃないんだが、パーティーを犯罪者に仕立てあげる犯罪ギルドがあるらしい」
「こいつらはその犯罪ギルドに関わったと?」
「……わからん。だが、これから冒険者ギルドは本腰を上げるみたいだ」
「この状況化で厳しいな」
「それも狙いの可能性がある。だが、今回は見事に防げた」
ランドはそう言い笑みを浮かべると、ラドフとダナが俺達の方に駆け寄ってきた。
「ランドさん、遅すぎますよ!」
「馬鹿! ラドフは黙ってなさい! ランドさん助かりました」
「ははは、すまん。お前達ゴールド級ならしばらくは大丈夫だと思っていたが、自分のミスだ。すまななかった」
「ほお、二人はゴールド級に上がったのか」
すると二人は隠れていたゴールドランクを示す腕輪を俺に嬉しそうに見せてくる。
「あれから、必死に頑張ったからな……」
「何度、私、死にかけたんだろう……」
「だが、ゴールドランクにはなったんだ。誇っていい」
ランドはそう言って俺を見るため頷く。すると二人は嬉しそうな表情を浮かべた。
「へへ、二人に言われると照れるな」
「まさかキリクさんと会うなんて思わなかったものね」
「俺だってそうだぞ。しかも鉄獅子と知り合いなんてな。どうやって知り合いになったんだ?」
「それは依頼でちょっとやばかった時にランドさんの鉄獅子パーティーに助けられてさ。それからちょくちょく俺達を世話してくれたり冒険者のイロハを教えてもらったりと……」
「なるほど。だから今回、信用と信頼のあるアダマンタイト級になった鉄獅子の紹介で護衛の仕事をしていたということか」
俺が視線を向けるとランドは苦笑する
「ふ、バレてたか」
「お前の腕輪は見えてたからな」
「見せびらかしてるわけじゃないぞ」
ランドはそう言いながらもアダマンタイト級を示す腕輪を俺に嬉しそうに見せてくる。どうやら、あの時、言っていた事を見事に果たせたようだった。
「まだ上は目指すんだろう?」
俺はランドを見ると笑みを浮かべる。
「当然だ。だが、その前に色々とやることができてしまった」
「確かに。しかし、思っていたより深刻だな。護衛はミスリル級以上で固めないと危険だぞ」
「そうだな。ランバール砦に着いたら報告しておく」
ランドはそう言った後、サラに顔を向ける。
「治療はどうだ?」
「とりあえずは終わりました」
「なら、自分達の馬車が到着したら出発しよう。キリクも一緒にこちらに乗るといい」
「助かる」
俺は頷いた後、ロン達を見つめる。元仲間のよしみで祈ってやろうと思ったのだ。だが、すぐに頭を振った。
どうせ、あいつらは嫌がると思ったからだ。だから、俺はロン達に背を向けその場を後にするのだった。
◇
あの後、すぐにランド達、討伐部隊の馬車が来て俺達は無事にランバール砦に行くことができた。
ちなみに俺はランバール砦に来るのは初めてである。だから、思わず目を細めてしまった。砦内は要塞都市アルマーまではいかないが、ちょっとした町になっていたからだ。
しかも、かなりの品物が充実していたのだ。きっと補給部隊のおかげなのだろう。俺は運ばれていく補給物資を見ているとこのランバール砦を治めるレイダール伯爵がやってきた。
「先行してきた冒険者から報告は受けた。どうやら、うまくいったらしいな」
「だが、本命には逃げられた」
ランドが眉間に皺を寄せそう言うとレイダール伯爵は、お金の入った袋をランドに投げてきた。
「まあ、そこは次に期待する。とりあえずは皆で一杯やってこい」
「気前がいいな」
「今回、賊の尻尾を掴んだからな。これぐらい安いものだろう。報酬の方も上乗せしておく」
「ありがたい」
「それとキリク、お前は至急、ここに行ってくれ」
レイダール伯爵は今度は俺に地図が描かれた紙を渡してくる。
「これは?」
「お前を目的地まで案内する連中がいるところだ」
「護衛じゃないのか?」
「すまんが緊急の件が発生して腕の立つ連中は全て出払ってしまってるんだ。だが、これから会う連中はおそらく前線の案内に関しては一番優秀だ。疑問は色々あるだろうがそいつらから聞いてくれ」
「……わかった」
「では、私は忙しいので仕事に戻る。ふう、進軍もあるってのに仕事がまた増えて……もう身体が保たんぞ……」
レイダール伯爵はそうぼやきながら足早に去っていった。
「前線は相変わらず大変だな……」
ランドは腕を組みレイダール伯爵が去っていった方向を見つめる。その表情は進軍に参加できないことが悔しいという雰囲気が出ていた。俺はランドの肩に手を置く。
「お前達にはお前達にしか出来ない事があるだろう」
するとランドは驚いた顔をした後、納得した表情で頷いた。
「……確かにな」
「特に今回の件はお前達の力が必ず必要になるはずだ」
「ふ、そう言われるとこちらを頑張るしかないな」
「その意気だ。さてと、俺もそろそろ行かせてもらおう」
「……残念だな。キリクと飲めると思ったのだが」
「……なら、戻れたら一杯奢ってくれ」
するとランドはまた驚いた表情で俺を見る。
「まさか、そういう返事が来るとはな……」
「まあ、俺も本当は飲みたい気分だからな」
俺が肩をすくめるとランドは苦笑する。
「では、次は皆で飲もう」
「……ああ」
俺は頷くとランドやラドフ達と別れ、地図を見ながら歩き出す。目的地の場所はすぐ見つかった。
ただし、不安になったが。俺は昔は小さな酒場だったであろう建物を眺める。そして思ってしまったのだ。大丈夫なのかと。
だが、入らないことには先に進めないので仕方なく俺は中に入る。そしてやはり大丈夫じゃなさそうだと中を見て判断してしまう。
中には丸テーブルを囲んで酒を飲みながらカードゲームをしている年老いた四人組しかいなかったから。
「七だ。俺の勝ちだな」
坊主頭の目つきの悪い老人がニヤリと笑いカードをヒラヒラ見せびらかす。隣りにいたボサボサ髪で髭面の爺さんが不満そうな顔で抗議し出した。
「いいや、お前さんイカサマしたろう」
「してねえよ!」
「わしの目は誤魔化せんぞ」
「おいおい、また、二人の喧嘩が始まるぞ……」
「ほっとけ、老ぼれの喧嘩だ。たいしたことにはならんよ」
それから、すぐに二人の老人は殴り合いの喧嘩を始め、もう二人はどちらが勝つか賭け事を始めてしまったのだ。
俺は思わず溜め息を吐く。案内に関しては一番優秀だと言われていたから少しだけ期待したのだ。
「なのに老人達か……やれやれ」
俺はそう呟きながら二人の間に入ると拳を掴む。二人は驚いた顔を向けてきた。
「うおっ。マークス、こいつ俺の最強の拳を止めやがったぞ」
「何言ってんだテンジン。最強はワシだろうに。で、あんた誰だ?」
マークスと呼ばれた老人が俺に問いかけてきたので、レイダール伯爵からもらった地図を見せた。するとテンジンと呼ばれた老人が拳をおろし顔を向けてくる。
「なんだレイダール伯爵が言ってたやつか。待ちくたびれたぜ」
そしてマークスと呼ばれた老人と肩を組み笑み浮かべたのだ。俺は嫌な予感がして質問する。
「待っていたということはお前達が案内人か?」
「俺とマークスだけだな」
「そうか……」
俺は思わず項垂れてしまった。状況がわかっていても強い冒険者を数人ぐらいはつけてもらえると考えていたからだ。
だが一人もいないときたか……
俺は近くの椅子に勝手に座るとテンジンが不満気な顔を向けてくる。
「俺達じゃ不満か?」
「いや、問題はポーター二人と俺じゃ前線は厳しいんじゃないかと思ってな」
するとテンジンは驚いた表情に変わった。
「おい、何で俺達がポーターだとわかった?」
「戦闘に向かない軽装鎧に戦い慣れしていない動き。だが身のこなしはミスリル級。前線で活躍するポーターそのものだろう」
「なるほど……」
テンジンは感心するがすぐに舌打ちするとマークスに金を投げた。どうやら賭け事をしていたらしい。俺は内心呆れながら口を開く。
「で、どうする気だ?」
「魔王のダンジョン手前の野営地で護衛と合流する。そこまでは俺達だけだな」
「大丈夫なのか?」
「道中、冒険者パーティーやクランの間を縫っていく」
「戦闘は全部彼らに任せてこちらは移動に専念か」
「ああ。俺達に戦闘なんてそもそも無理だからな。まあ安全ルートは沢山知ってるぜ。何せ、この年まで生き残れたんだからな」
「それなら安心だな。ちなみにいつ出発する?」
「明るくなってからだ。それまで酒でも飲んでろ」
テンジンはテーブルにある酒を勧めてくる。だから一杯だけもらうことにした。
「……美味いな。かなり良い酒じゃないか」
「そりゃ前線だぜ。良いもんが飲めなきゃやってらんねえよ」
「ワシら前線で頑張ってるもんは色々優遇されるんだ」
「なるほど」
「だから期待しとけ坊主。必ず目的地まで連れていってやるよ」
そう言うテンジンの表情にはポーターとしての自信と誇りを感じた。俺はつい頬を緩ませる。また前線に戻ってきたのだと実感したから。だから期待と信頼を込め頷くのだった。
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