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「おい、アレス! 何で黙ってたんだ⁉︎」

「そうだぞ! 町の住人を戦わせるなんて流石におかしいだろう!」


 オルトスとブレドが俺に突っ掛かってくる。しかし、グラドラスが間に入ってきて肩をすくめた。


「君達、一応王族の前だからアレスは静かにしていたんだよ。それにアレスは勇者として冒険者ギルドの看板も背負ってるんだから君達と違って馬鹿な行動はできないんだ。あっ、僕は君達と違ってアレスと同じ考えだけどね」


 グラドラスは俺に笑みを向ける。正直、そんなことは考えていなかったが面倒なので頷くと

オルトスは悔しそうな表情を浮かべる。

 しかしブレドは納得していない表情を向けてきた。


「し、しかし町の住人はどうするんだ? きっと戦いを知らない者達も駆り出されるのだぞ!」


 そう言って俺の肩を掴んだのだ。だから仕方なく口を開くことにした。


「俺が最前線に行けば問題ない。結局はやる事はいつも通りだ。まあ、気になるならお前達だけでも町の住人を守ってやればいい」

「アレス……」


 ブレドは安堵したような困ったような表情を浮かべる。するとブレドを押し除け眉間に皺を寄せたオルトスが出てきたのだ。


「俺は守りながら戦うなんてゴメンだぜ! てめえの事はてめえでやれってんだよ。なあ、おい!」


 そして離れて付いてくる騎士団の先頭にいるウダンを睨んだのだ。ウダンは拳を震わせ俯く。


「わかっているさ。我らが必ず命にかえても町の住人は守って見せる……」


 するとオルトスは笑みを浮かべ俺達に顔を向ける。


「だとよ! これで何も考えずに戦えるぜ。ああ、素材はいつも通り山分けだからな」


 そしてニヤッと笑ったのだ。もちろん、俺達は誰一人オルトスの方を向くことはなかった。仲間にされたくないからだ。

 だから、オルトスのみが野営地に到着するまで騎士団から冷たい目で睨まれたのだ。まあ、本人は気にする素振りすら見せず仕事後の事を想像してニヤついていたが。

 だが、そんなオルトスも野営地に到着すると表情を変えた。


「うわ、すげえ寂れてんな。魔物にやられたのか?」


 あまりの町の寂れようにオルトスが顔を顰めると、ウダンが苦悶の表情を浮かべる。


「……違う」

「ああ? 違うってじゃあなんなんだよ?」


 オルトスの言葉にウダンは黙ってしまう。すると代わりに口角を上げたグラドラスが答えた。


「言えるわけないだろう。自分が仕えてる王族が金や税をむしりとってるんだからね」


 グラドラスは眼鏡を指で軽く上げるとウダンは驚いた表情を浮かべた後、俯く。


「知っていたのか……」

「いや、見れはわかるだろう」


 呆れた表情でグラドラスが言うとブレドが拳を強く握りしめる。


「くっ、やはりあの無駄に派手な宝石はそうだったのか。何故、民のおかげで王族や貴族がああいう生活ができてる事に気づかないんだ!」


 そして近くの壁を叩いたのだ。だが、そんなブレドを冷たい目でグラドラスは見る。


「そういう君の出身のスノール王国も他国の事を言えるのかい?」

「なっ⁉︎ なぜその事を知ってるんだグラドラス……」


 ブレドは心底驚いた顔をする。するとグラドラスは鼻を鳴らし自分の頭を指差した。


「この賢聖と言われる僕が知らないとでも? 君の本当の目的はスノール王国をどうにかしたくて外に知識を求めて出てきたんだろう?」

「……ああ、そうだ。いや、そうだった」

「そうだった?」


 今度はグラドラスが驚く。何せブレドは外に知識を求めて旅をしていたのは有名だったからだ。だからまさか他の考えがあると思わなかったのだ。俺はつい興味がわき聞いてしまう。


「今は違うと?」

「ああ。外に出てここまでネイダール大陸が不味い状況なのがわかって、今はそれどころじゃなくなった感じだな」

「なるほど。じゃあ、自国は後回しで良いということか?」

「本音は自国を優先したい。だが、西側の進行速度は異常だ。だから先にこっち側をどうにかしてやりたいのだ」


 ブレドは周りで震えている人々を見る。その表情は国王が民をうれうものと同じだった。俺は頬が緩む。


「なら、さっさと魔王の居場所を見つけないとな」

「ああ、だが、どうしてこうまで違うんだ?」


 ブレドが首を傾げるとグラドラスが顎を弄りながら答えた。


「おそらく魔王の性格や持っている力の性質の所為だと思うね」

「だとすると、西側の魔王が北側にいたら私は今ここにいなかったかもしれないのか……」

「そうなるね。とにかく僕の考えが正解かは魔王に会わないといけない。魔族を見つけたら必ず倒さずに捕獲するんだぞ。特にオルトスは……寝るんじゃない!」

「うあっ? 仕方ねえだろ。話しが長そうだったからよ。で、終わったか?」

「……もういい。一生寝てろ」


 グラドラスはそう言うと頭を掻き毟りながら俺達から離れていった。


「あいつ、あんなことしてたらハゲんじゃねえか?」

「そうなったらお前が原因だな」


 俺がそう言うと心底理解してない表情でオルトスは首を傾げる。だから、こいつに話しかけてしまった俺は自分自身を心底呪うのだった。



 あれから俺も頭を冷やす為に野営地から離れ町の中を歩いていた。だが、そろそろ戻ろうと思っていると、こっちに少年が駆け寄ってきたのだ。


「おい、お前って勇者なんだろ」

「……なぜ、俺が勇者だと?」

「その格好は町に貼ってある紙のとそっくりだ。それにさっき騎士団が勇者が来てるって言ってたからな」


 そう言って俺を指差す。どうやら冒険者ギルドが作った冒険者募集のビラがこんな所にまで貼られていたらしい。周りを見ると確かにそれらしいものが貼られていた。


「なるほど。それで俺に何の用だ? 冒険者になりたいならやめた方が良いぞ」

「違う! 何で農家の父ちゃんと母ちゃんが武器を持って戦わないといけないんだよ!」

「……それを言ったのは俺じゃなく騎士団だろう」

「わかってる。でも、あいつら何言っても聞いてくれないんだ。だから勇者が父ちゃんと母ちゃんを助けてよ!」

「……この国の命令だからお前の両親を戦わせないようにするのは無理だ。だが、確実な約束はできないが、お前の……いや、この町の住人を危険に晒さないようにすることに全力は尽くすつもりだ」


 俺が少年の肩に手を置く。しかし少年は俺を睨みつけ手を振り払うと走り去っていってしまったのだ。


 やれやれ、このワバリア王国が相当腐っているな。


 少年が去っていった方を見てそう思っているとこちらに向かってくる沢山の魔物の気配を感じた。


 ……来たみたいだな。


 俺はすぐに野営地に戻る。それからウダンに声をかけた。


「魔王軍が来た。後ろは頼むぞ」

「わかった……」


 ウダンは浮かない表情で騎士団と武器を持った住人の所に向かって歩いていく。そんなウダンに俺はもう一度声をかける。


「要塞都市アルマーは避難民の受入れもしている。それに戦える者達、特に騎士団は大歓迎みたいだぞ」

「……」


 するとウダンは立ち止まり、それからゆっくりと不安そうに武器を持つ住人達を見つめた。葛藤しているのだろう。国か信念かを。しかし、しばらくすると自分の両頬を叩くと真っ直ぐに住人達を見ながら歩きだしたのだ。

 どうやら進む道を決めたらしい。俺はウダンの後ろ姿を目を細めながら見る。それから武器を抜くと前線に向かって飛び立つのだった。



 前線には既に三人が出て交戦していた。俺は三人より更に前に出て宝具レバンテインを振り回し魔物を狩っていく。

 正直、いつもと変わらない光景だった。


 これなら、後ろに魔物が行くことはないか。


 俺はそう考えながら自分の手のひらを見つめる。補助魔法や回復魔法は使っているが攻撃魔法も使ってみようと思ったのだ。

 もちろん魔王戦に備えてである。念には念を入れたいのだ。俺は魔王軍に苦しめられている人々を、そしてあの日を思い出し拳を握りしめる。


「魔王だけは殺す。俺の命に代えても」


 そう呟くと魔力を練り上げる。すると頭の中に層が連なった光が浮かび上がった。神層領域と言われている神々が住んでいる場所に精神が繋がったのだ。

 ちなみに今の俺は七神層まで見え、四神層ぐらいまでしか触れられない。だが、今はそれでよかった。練習だからだ。俺は早速、近くまで迫ってきているオークに向かって魔法を唱える。


「第四神層領域より我に炎の力を与えたまえ……ファイア・ランス」


 詠唱を終わらせると指の先から炎の槍が現れオークに飛んでいき突き刺さる。だが、それを見た俺は心底効率が悪いと感じてしまう。何せレバンテインなら一振りで大量の魔物を斬れるからだ。


 まあ、もっと修練を積めば使えるようになるのだろうが。


 次々と大量の魔物を魔法で切り裂いているグラドラスを見つめていると、後ろで戦っていたブレドから声をかけられた。


「アレス、町の方が騒がしい。何かあったみたいだ」

「町? 仕方ない、俺が行ってくる」

「わかった。後は任せておけ」


 そう言うブレドに俺は頷き飛び立つ。そして町に戻ったのだが顔を顰めてしまった。なぜかポラールがいてウダンと口論していたからだ。

 俺は二人の側に降り口を開く。


「何をやっている?」


 するとウダンが困った顔で答えてきた。


「王太子殿下が住人達も前線に出せと……」

「別に彼らが出なくても前線の戦力は俺達で足りてるから問題ないだろう」


 そう答えるとポラールが小馬鹿にした顔で俺を見たのだ。


「はあ、そういう問題じゃないんだよ。全くこの私の戦略がわかっていないなんてやはりここに来て正解だった。ウダン騎士団長、さっさと住人達を前線に出せ」

「何故ですか⁉︎ せめて皆が納得できる説明をして下さい!」

「ちっ、理解できない無能者め。まあ、良い。私の言葉を聞いて足りない脳味噌で考えて理解しろよ。この町の住人はろくに税を納められなくなっている。税もろくに納めない者はこの町に……いや、このワバリア王国領にはいらんのだよ」


 ポラールがそう言うと周りにいた貴族連中が住人達に剣先を向けたのだ。住人は怯えた表情で座り込んだり泣き出してしまうが、その光景を見たポラールは笑みを浮かべる。


「さあ、最後の奉公だと思って魔王軍に突っ込んでいくがいい」


 そして前線に向かって剣先を向けたのだ。ウダンが慌ててポラールの前に立ち塞がる。


「王太子殿下! 何を言っているのですか!」

「黙れ。役立たずが! おい、この使えない騎士団長に罰を与えてやれ」


 ポラールの命令で周りにいた貴族連中がウダンをとり囲み殴り始める。それを見たポラールは満足そうな表情を浮かべたが、すぐに近くにいた住人に剣先を向け再び命令しようとする。

 だが、ポラールが口を開く前にあの少年が住人の前に立ち叫んだのだ。


「ふざけんな豚野郎! お前らが税を沢山増やしてるから払えないんだろ‼︎」


 そしてポラールを指差したのだ。ポラールは怒りの形相を浮かべる。


「……貴様、王族である私に向かって豚とは無礼だぞ!」


 そして少年に向かって剣を振り下ろしたのだ。俺はすぐさまポラールの腕を掴む。


「やめろ」

「貴様、何故止める⁉︎ 斬られたいのか!」


 しかし、俺を無視して少年に顔を向け口を開いた。


「確かに豚は良い例えだが二足歩行なら魔物のオークだろう。次は間違えるなよ」


 すると少年は驚いた顔で見るが、すぐに笑みを浮かべる。しかしポラールは違った。顔を真っ赤にしながら叫んできたのだ。


「な、なんだと貴様! 今の発言は冒険者ギルドに報告するからな! そして死刑にしてやる!」

「好きにしろ。それよりも……」


 俺はポラールに向かって武器を構える住人を見る。そしてウダンに視線を向けた。


「ここの住人はまだ大丈夫な連中がいるようだな。なら、後は覚悟を決めたお前がやるべきじゃないのか?」


 するとウダンを取り囲んでいた貴族連中が全員、一瞬で呻き声を上げ地面に倒れたのだ。俺は倒れた貴族連中の中心に立つウダンを見て目を細める。晴れやかな表情をしていたからだ。


「良い目になったな」

「……すまないアレス殿、いや、勇者様。私は守るべき者達を間違えていたらしい」

「誰にでも間違いはあるさ。まあこいつはどうなるかわからないが」


 俺は今だにこちらを睨むポラールに視線を向ける。


「おい、これからそこの倒れてる馬鹿と共に俺の強化特訓に参加してもらうぞ」

「なぜ、私が……」

「私がなんだ?」


 俺が言葉を遮り軽く威圧しながらそう質問するとポラールは泡をふきながら倒れてしまった。どうやら威圧に耐えられなかったらしい。


 やれやれ、この程度で倒れるとは……


 呆れながらポラールを見ていると、ブレド達がこちらに駆け寄ってきた。


「大丈夫だったか?」

「ああ、こちらはもう済んだ。そっちは終わったのか?」

「ああ、終わったよ。だが、奥の方にダンジョンが発生していた。……ところで何故ポラール王太子殿下がここにいるんだ?」

「ああ、それはな……」


 俺は先程あった事を説明するとブレドは倒れているポラールを睨み、オルトスは唾を吐き、グラドラスはニヤニヤ見ていた。


「……そういうわけだから心身共に鍛えることになった」

「ほお、それは楽しそうだな。私も参加しよう! グラドラスにオルトスもどうだ?」

「俺はこんなクズに時間かけないでダンジョン攻略に専念したいぜ」

「僕はちょっとダンジョン攻略は辞退するよ。その代わりウダン騎士団長の手伝いをしよう」

「やり過ぎるなよ」

「大丈夫、ワバリア王国領から出たい人々の手伝いをするだけで、決して税がほとんど入らなくなったあの国がこれからどうなるか実験してみたいなんて思ってないからさ」


 そう言いながらもグラドラスの表情は完全に悪人面をしていた。どうやらワバリア王国はグラドラスの実験場になるならしい。


 やれやれ最悪な奴に目をつけられたな。


 俺はワバリア王国に対してほんの少しだけ同情と憐れみを持つ。きっとこれから地獄を見るだろうから。

 だが、仕方ないとも理解する。まともな国ならグラドラスに目はつけられなかったのだから。

 俺はぶつぶつと危険な言葉を発するグラドラスを見ながらそう思うのだった。



 それからのワバリア王国領は大変であった。

 俺達が連れて行ったポラールと貴族連中は結局、数日で心が折れてしまったので城に返すと、息子の状態を見たボエル国王は激怒してダンジョン攻略中の俺達に騎士団を差し向けようとしたのだ。

 しかし、不満を持っていた騎士団は命令を聞くことなく遂には反乱を起こし、腐った王族や貴族を全員牢屋に入れてしまったのだ。

 その後、騎士団はワバリア王国領にいる住人の大半と共にアルマー王国領へと移動してしまい、その結果、住人がほとんどいないワバリア王国は国として維持ができるわけなく半月後にはなくなったのである。

 それから一週間後、俺達は別の領地に向かって馬車で移動していた。


「今回、ワバリア王国の皆には感謝されたが、一つの領地を潰してしまったんだ。私は相当責められたり罰せられると思ったんだがな……」

「まあ、罰したいけど相手が勇者に王子に大天才に飲んだくれだからね。それに怒らせると怖いって理解したどの国も冒険者ギルドも強く出れなかったみたいだよ」

「ふん、俺には今回された事は十分な罰だぞ……」

「そう言うなよアレス。パーティーを組めって言われただけだろう」

「冒険者ギルドや各国は俺達を一纏めにして監視したいだけだろう」

「そうも言えるけどね」

「まあ、良いじゃねえか。勇者パーティーは活動資金として沢山金が入ってくんだからよ。早速、高い酒を飲みに行こうぜ!」


 オルトスは既に空いた酒瓶を持って軽く振り回す。俺はそんなオルトスを無視してグラドラスとブレドを見る。すると二人は溜め息を吐き頷いた。

 理解したのだ。やはりこのパーティーは罰で組まされたのだと。


「理解したなら早く解散できるよう協力しろよ」

「わかった」

「全力を尽くそう」


 俺達三人は力強く頷く。しかし、結局俺達が解散するのは相当先になるのだった。

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