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 あれから、オルトス、グラドラス、ブレドとは戦場で良く会うようになっていた。もちろん、俺は都度あいつらを避けていた。だが、あいつらは冒険者ギルドに言われたのかとにかくしつこかった。

 そして今日も仕事が終わるといつもの様に絡んできたのだ。


「おい、アレス。飯行こうぜ!」

「俺は一人で食べるからほっといてくれ」

「ちっ、相変わらずかよ」

「それくらいにしとけオルトス。アレスにも事情があるのだろう。済まなかったな」


 ブレドが申し訳なさそうに頭を下げてくる。だが、その隣りで本来、申し訳なさそうな顔をしなきゃいけない男は舌打ちした後、持ってる酒を飲みゲップしたのだ。

 正直、殴ってやりたい衝動に駆られる。だが我慢して首を横に振ると俺はその場を離れる。それから書店に向かって歩き出した。最近、俺の持つ魔道師の加護の必要性を感じているからだ。たからそれ関係の本を読み漁っているのである。


「勇者様、よくぞ我がボードランズ書店へ。本日は何用でございますか?」


 書店に入るとすぐに馴染みの店主が駆け寄ってきた。俺はいつも向かう本棚を指差す。


「いつも通りだ。悪いが見せてもらうぞ」

「わかりました」


 店主は頭を下げるとさっさと別の客に対応しにいってしまう。この店主は勇者の加護持ちだろうがこんな感じなのだ。客は客でしかないと判断しているのかもしれない。


 まあ、その方が気楽で良いんだが。


 俺はそう思いながら魔力や魔法について書かれている本棚に移動する。そして、新たに追加された興味深いタイトルを次々と手に取っていると後ろから声が聞こえたのだ。しかも、聞きたく声が。


「魔力操作に多重魔法か……。勇者の加護は魔法が使えないはずだが興味があるのかい?」


 眼鏡を軽く持ち上げグラドラスは俺を実験動物を見るような目で見てきたのである。俺は思わず顔を顰めたが、余計なことを言うと面倒臭くなりそうなので普通に答える。


「……魔法対策にな」

「ふむ、魔法対策は大切だからな。良ければ僕が魔法対策に関する歴史を教えてあげよう。魔法対策とは遥か昔に神々が……」


 グラドラスは勝手に話しを始める。まあ、いつものことなので俺は気にせずさっさと横を通りカウンターに本を並べていく。


「これを頼む」

「はい」


 店主も最近は慣れたらしくグラドラスが存在していないていで会計をこなす。そして会計を終わらすと笑顔で頭を下げてきた。


「毎度ありがとうございました」

「ああ」

「……という事なんだよ。わかったかいアレス」

「ああ」


 俺の返事にわざわざ後を着いてきたグラドラスは満足そうな表情をすると、古代アーティファクトという本棚の方に行ってしまった。


 ふう、今日はこの程度で済んだか……


 俺は安堵していると店主が不憫な表情を向けてくる。


「勇者の加護持ちも大変ですね。街では騒がられ、書店では変わった方に捕まるわけですから。ああ、まともな方もおられましたね」

「どうだかな……」


 俺はそう言うと振り返る。冒険者ギルドの遣いの者が来たから。


「仕事か?」

「緊急です」

「わかった」


 俺は頷くと書店を出て冒険者ギルドに向かう。すぐに応接室に案内されギルド長が流れるように説明しだした。


「西側のワバリア領から緊急依頼で魔王軍討伐の要請があった」

「あの小国があるところか。確か冒険者は必要ないとか突っぱねていなかったか?」

「ああ、今までは魔王軍が攻めて来てなかったからな。だが、魔族率いる魔王軍の軍勢が攻めてきて戦ったところボロ負けしたらしい。それで一気に巻き返したいので君をご指名ということだ。どうかな?」

「……魔王の居場所を知ってるかもしれない魔族が来るなら好都合だ。わかった」

「助かるよ。ああ、そうそう。あの三人もいつも通り行かせるので仲良くな」

「やれやれ……」

 

 俺は盛大に溜め息を吐く。何せ、三人は実力があるが俺を常にイラつかせるからだ。


 全く、また怒りのあまり魔族を含めて消してしまいそうだな。


 俺はそう思いながら冒険者ギルドを出ると、運が悪いことに問題児三人がこちらに向かって歩いてきたのだ。


「お、アレス。お前も話しを聞いたようだな。私達も一緒にワバリア領に行く事になったからよろしく頼むぞ! 何、このスノール王国の若きディーアと呼ばれるこのブレドがいれば安心だぞ! はっはっは!」


 高笑いするブレドを前に、俺は鹿に似た魔物のディーアの子供を思い出す。


 角が生えてない未熟者という意味だろう……。誰がこの脳筋王子に教えたんだ?


 そんな事を思いながら、顔はモテそうだが中身が残念なブレドを見ていたら犯人がわかってしまった。

 オルトスとグラドラスである。ブレドの横で必死に笑わないように堪えていたからだ。俺は呆れてしまったが良いことを思いついたのでブレドの肩を叩いた。


「では、若きディーアとその仲間達には期待してる」


 俺は少し大きめの声で言うと周りの冒険者達から失笑が聞こえてくる。二人はすぐに真っ青になった。

 

「やべえ! 俺達も同類だと思われちまった!」

「……迂闊‼︎」

「どうした? 俺達はあの勇者殿に期待されてるんだぞ。しかも、若きディーアという二つ名で言ってくれたんだ! こんなに嬉しい事はないだろう兄弟達よ!」


 ブレドはオルトスとグラドラスの肩を掴み引き寄せると周りに向かって大笑いする。それが、きっかけで周りは爆笑しだしたのだ。


「おお、皆も喜んでるぞ」

「そうだな……」


 勘違いしたブレドは喜び、オルトスとグラドラスは諦めたように項垂れる。俺はそんな三人を一瞥した。


 これで少しは真面目になればいいがな。


 そして宿へと戻るのだった。



 翌日、俺はワバリア王国領にある王都に馬車で向かっていた。ちなみに、馬車にはグラドラス、オルトス、ブレドもいた。


「うーん、エーテルというものがあれば魔力も回復できるのか……。しかしどうやって作るんだ? やはり深淵を覗くしかないか……」

「私はスノール王国の王子ブレドである。この私が来たからにはワバリア領は安全……うーん、固いな。もっと柔らかい感じで……途中でスノール王国の名産品を入れるのもありか……」

「ちっ、酒を持ってくんの忘れたぜ……」


 三人はそれぞれの時間を満喫している。もちろん俺は関わりたくないので外を眺めていたのだが、しばらくすると一番厄介なオルトスが声をかけてきたのだ。


「おい、アレス、お前城には行ったことあるか?」

「……まあ、何回か」

「ふむ、ならほとんどないって事だな。いいかアレス、勇者だろうがマナーってのは大事なんだぜ」


 オルトスはニヤリと笑う。正直、一番マナーがわかっていなそうな奴に言われた事で俺は少しイラついてしまう。

 しかし、ここで揉めるのも不味いので俺は話しを合わせることにした。


「……そうか。ちなみにお前はマナーができるのか?」

「あ、そんなんできるわけないだろ。何言ってんだよ、わははは!」


 俺は何度も頭の中でオルトスを殴る。そして、少しスッキリしたところでオルトスに疑問を投げた。


「……じゃあ、お前はワバリア王国の国王に会ったらどうするんだ?」

「そんなのこいつらに全部投げりゃ良いんだよ!」


 オルトスはブレドとグラドラスを指差すと二人はすぐさまオルトスを睨んだ。


「いい加減に基本のマナーぐらい覚えてほしいな」

「全くだ」


 しかし、二人の言葉をオルトスは全く聞いておらず笑みを浮かべ言ってきたのである。


「アレス、お偉い連中相手はブレドかグラドラスに任せときゃ良いぞ」


 そして、何が楽しいのか大笑いしたのだ。俺はこれ以上関わりたくないので、適当に頷き再び外に顔を向けようとする。

 しかし、なぜかオルトスがニヤニヤしながら俺に手を開いて向けてきたのだ。


「……何だその手は?」

「なあ、教えてやった俺って優しいだろ? そんな優しい俺は今は金欠でよ。ちょっと飲める薬を買いに行かなきゃ行けないんだが、あいにく手持ちがねえんだよ」

「……たかりか」

「おいおい、俺とお前の仲だろ?」

「どんな仲か知らんが金はやらん」

「ちっ、勇者ってのはケチなんだな。おい、グラドラス、後で酒場に行って勇者はケチだって広めようぜ」

「酒場に行くのはいいが君には奢らないよ」

「……我が友はブレドだけだな」

「オルトス、酒ばかり飲んでると良くないぞ。そうだ、前回好評だったブレド式野菜ジュースを今持っているんだ。友であるオルトスにやろうではないか」


 そしてポケットから変な色の液体が入った小瓶を出したのだ。途端にオルトスはブレドから距離を取る。


「ふざけんな、そいつを飲んで死ぬ思いをしたんだぞ‼︎」

「何を言ってるんだ。これには十七品目の野菜と魔物……ゴホン、まあ、栄養化が高い飲みものだから味が悪いのはしょうがない」

「今、魔物って言ったろ! 何の魔物が入ってんだよ⁉︎」


 オルトスはそう叫ぶと口元を押さえてえずきだした。過去にブレド式野菜ジュースという飲み物を飲んだことを思い出したのだろう。

 そんなオルトスの背中をブレドはさする。ただし、満面の笑みを浮かべながらだが。


 やれやれ、わざとか。


 俺は呆れながら外に顔を向ける。そして今後、ブレドとは絶対飯を食わないと誓うのだった。



 ワバリア王国領へはあの後、しばらくして到着した。そして休むことなく謁見の間へと通されたのだが俺達は顔を見合わせてしまった。

 中ではボエル国王らしき人物と騎士が言い争いをしていたからだ。


「国王陛下、魔王軍がもうそこまで来ています! このままだとワバリア王国領は壊滅します。隣りのアルマー王国領にも救援を要請しましょう」

「ならん。奴らに貸しなど作れるか。その為にとっておきの者を用意したのだ」


 そしてボエルは俺達を顎でさしてきたのだ。俺は溜め息を吐く。間違いなくこの国王は碌な奴じゃないとわかったからだ。もちろん周りにいた配下達も。

 俺はそれでも仕方なく前に出る。挨拶するためだ。だが、ブレドが更に前に出ていき先に挨拶してしまったのだ。


「私はスノール王国の第二王子ブレドである。私やこの者達が来たからには安心するが良い! スノール王国特産のハチミチ酒でも飲んでワバリア王国領の楽しい歌でも歌って待っていると良いぞ!」


 そして白い歯を見せ笑みを浮かべたのだ。俺は顔に手を当て溜め息を吐く。ボエルが唖然とした表情をしたまま固まっていたからだ。


 やれやれ……


 俺は仕方なくブレドの前に出る。しかし、今度はボエルの隣にはいた太った男が俺が喋る前に口を開いたのだ。


「父上、こいつらがとっておきですか? こんな奴らでは魔王軍を笑わせる事はできても倒すことなんてできないですよ」


 そして嘲笑してきたのだ。すると固まっていたボエルが我に返り俺達を見る。


「だが、冒険者ギルドが言うには彼らは戦果を上げているんだぞ?」

「そんなの冒険者ギルドが嘘をついてるだけでしょうが。父上は騙されたのですよ」

「……むう、ならどうするのだポラールよ。このままではウダンの言う通りアルマー王国領に助けを出す事になってしまうぞ。それだけは避けたいんだがな……」

「何を言っているのです。ウダン騎士団長は弱虫なだけですよ」


 ポラールと言われた男は騎士団の先頭にいるおそらくウダンなのだろう壮年の男を見て笑みを浮かべる。

 するとウダンは一瞬だけポラールを睨むが、すぐに目を瞑りその場に跪いた。


「ポラール王太子殿下の言う通り私は弱虫ですが亡くなった者も含め後ろにいる騎士達は私と違って勇猛果敢です。ですが、それでも魔王軍には太刀打ちできませんでした。だから最強と言われる騎士団がいる要塞都市アルマーへ援軍支援をお願いしたいのです」


 そしてウダンは深く頭を下げたのだ。ボエルはそんなウダンを見ながら考えるような仕草をする。


「だが、きっとあやつらは何か要求してくるぞ。何せあそこを治める公爵はアルマー王国を乗っ取ったと噂されているからな」


 するとポラールが手を打ち笑みを浮かべたのだ。


「なら魔王軍が向かってる町の住人に武器を持たせて戦わせましょう。それなら数も増えて魔王軍に対抗できます。それと……冒険者のこいつらもまあ、壁ぐらいにはなってくれましょう。そうすれば間違いなく勝てるでしょう」


 そう言ってきたのだ。俺は呆れてしまう。流石にボラルはそんなことを認めないだろうと。しかし、ボラルは名案だと手を叩いて喜んだのだ。

 そして、あっという間に周りに指示して行動に移させてしまったのである。もちろん、俺達も魔王軍が進行している町へ行けと命令された。

 まあ、言われなくても行くつもりだった俺は無言で謁見の間を出る。すると後ろからオルトスとブレドが駆け寄ってきたのだ。

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