過去編

63


 聖オルレリウス歴1550年一ノ月


 西側フラダル王国領のラーガムの町にて。


 魔族の男グシャムは燃え上がるラーガムの町を見て笑みを浮かべる。一方的な虐殺が先ほど終わったからだ。


「グフフ、後は魔王様へ報告だな」


 グシャムはそう呟く。しかし、側にいた二人の魔族は不満顔を浮かべた。そして一人が遠くの方に見える町を指差したのだ。


「このまま次の場所に行けばいいだろう」

「そうだぞグシャム。所詮ゴミしかいないんだ。我々だけで先に進んでしまえば良い」


 そして、なぜそんな事を思いつかないんだとばかりグシャムをバカにしたように見てきたのだ。グシャムは一瞬、頭に血がのぼって怒鳴りそうになったが腕を組み高圧的な視線を二人に向ける。


「貴様らを命令するのは魔王様に選ばれたこのグシャムだという事を忘れるな」


 そして、口角を上げたのだ。途端に一人の顔色が変わり俯く。魔王と対面したことを思い出したからだろう。だが、もう一人は再び不満顔を向けてきたのだ。

 それでグシャムは思い出してしまう。この魔族の男は魔王に会っていなかったことを。グシャムは思わず溜め息を吐く。すると不満顔の魔族が疑問を投げてきたのだ。


「このオレの方が角が大きいのに何故、魔王様は貴様を選んだのだ?」

「そんなのは決まっているだろう。お前よりもこのグシャムが圧倒的に優れていると判断されたからだ」


 グシャムは自分の角ではなく頭を指差す。もちろんバカにしながら。案の定、魔族の表情が変わりグシャムに飛びかかってきた。


「……グシャム!」

「ふう……」


 正直、グシャムはこの行動は予測していたのですぐに反応できた。そして冷静な自分なら間違いなく勝てると判断したのだ。

 しかし、飛びかかった魔族の身体が一瞬でバラバラになり地面に落ちたのだ。身構えていたグシャムは固まってしまう。状況が飲み込めなかったから。


「おい、何が……」


 グシャムは途中で口を閉じる。話しかけた魔族の首から上がなくなっていたからだ。しかも身体は今だに自分の首が落ちたことに気づいていない様子で腕を組んでいたのだ。


「ひっ!」


 グシャムはその異様な光景に恐怖を感じ後ずさると足元に何か当たる。何かはすぐに理解してしまった。

 何せその感覚はグシャムがもっともよく知っていたから。よく蹴っていたからだ。だが、今は全く蹴る気分はなくむしろ触れたくもなかった。

 きっと自分が知ってる者の首だろうからだ。だからグシャムは確認せずに走り出した。もちろん逃げるためである。

 しかし、すぐに誰かに口を塞がれそのまま持ち上げられてしまったのだ。


「んンンウウ⁉︎」


 グシャムは思わず塞いだ手を外そうともがく。しかし、両手を使っても指一本すら動かせなかった。

 グシャムはそれでやっと掴んだ人物に視線を向けたのだが限界まで目を見開いてしまう。自分を掴んでいる者が全身赤い血で染まったフルプレートの騎士だったから。


 ほ、本当にいたのか……


 途端にグシャムは恐怖を超え頭が真っ白になる。何せ魔王と同等の強さを持つと噂される血塗れの騎士に捕まったのだから。

 しかし、グシャムは突然解放され地面に落とされたのだ。


 ……た、助かったのか?


 グシャムは震えながらそう思っていると血塗れの騎士が大剣を向けてくる。そして問われたのだ。


「お前は魔王の居場所を知っているのか?」


 グシャムは思わず首を横に振る。


「い、言えるわけ……」


 しかし、途中でグシャムは自分の口を抑えた。言わなければ確実に殺されると思ってしまったからだ。

 だが、同時に思ってもしまったのだ。もし、こいつが魔王を殺せばこのグシャムが代わりにと。途端に恐怖が消えグシャムの口角が上がる。


 ここは交渉だ。


 そして笑みを浮かべながら口を開こうとしたのだ。しかし、そこでグシャムの意識は途切れてしまった。

 突然、現れた若いドワーフの男よって頭を吹き飛ばされたからだ。


「こんなとこにもいやがったか。ゴキブリみたいな野郎だな」


 ドワーフの男はそう呟いた後、血塗れの騎士に手を振る。


「おう、血塗れで立ったまま死んだふりしてるお前。もう安心していいぜ」


 そして満面の笑みを浮かべたのだ。血塗れの騎士は思わず溜め息を吐く。


「……お前の所為で魔王のいる場所の情報が得られそうだったのに駄目になってしまった。全くこれで喋りそうな魔族をまた探さなきゃいけなくなったじゃないか……」


 そしてグシャムの遺体を指差したのだ。だが、ドワーフの男は悪びれる様子もなく近くの岩を蹴り上げる。そして岩の下を覗きこみ言ってきたのだ。


「魔族なんてそこら辺ひっくり返しゃあ出てくんだろう」


 そして笑みを浮かべたのである。血塗れの騎士は再び溜め息を吐いてしまう。ドワーフの男が想像以上に頭が悪いと理解したから。

 だから、血塗れの騎士はドワーフに背を向け歩き出した。これ以上は会話の無駄だと判断したから。だがすぐに足を止める。

 二人の冒険者が勢いよくこちらに向かってきたからだ。血塗れの騎士はドワーフの男に顔を向ける。


「お前何をやったんだ?」


 何せ二人は怒った顔でドワーフの男を睨んでいたからだ。しかし、ドワーフの男は問いには答えずに背を向けたのだ。

 おそらく逃げようとしたのだろう。だが背を向けた直後、白い鎧を着た若い人族の男に捕まってしまったのだ。


「オルトス殿! 勝手に行動しないでもらいたい!」


 そしてそう怒鳴ったのだ。しかし、ドワーフの男は舌打ちするだけだった。すると遅れてやってきたローブを着た若い人族の男がドワーフの男を睨む。


「ブレド、このドワーフには何を言っても無駄さ」


 そう言って神経質そうにズレた眼鏡を指で上げたのだ。するとオルトスと言われたドワーフの男は地面に唾を吐きローブを着た男を睨んだ。


「うるせーぞ、グラドラス。そもそもお前が走るの遅いのがいけねえんだろ」

「ふ、頭脳派の僕に走れなんてそもそもナンセンスなんだよ」

「ナンセンス? 何言ってんだかわかんねえよ……」


 オルトスは首を傾げるとグラドラスと言われた男は口角を上げる。


「脳にボアの肉しか詰まってない君は気にしなくて良いさ。それより、そこの血塗れの騎士……いや、勇者の加護を持つアレスでいいか?」


 グラドラスがそう聞いてきたため、血塗れの騎士……アレスは頷く。するとグラドラスは満足そうに頷いた後、自己紹介し始めたのだ。


「僕は賢聖の加護を持つグラドラス。そしてこっちの優男が剣聖の加護を持つブレド。そしてこの問題児が拳聖の加護を持つオルトスだ」


 しかし、アレスは溜め息を吐くだけだった。また冒険者ギルドと各国から自分のサポートに送られてきたと理解したからだ。

 案の定、グラドラスは取り決めがされた用紙を見せてきた。アレスはその用紙を引ったくるように掴むと破いてしまう。


「俺には必要ない。足手まといになるだけだ」


 そして、その場を去ろうとしたのだ。しかし、グラドラスとブレドの言葉に足を止める。


「魔王のダンジョンを探してるんだよね? 僕達だったら何か手伝えるかもしれないんだけどなあ」

「そうだぞ、我がスノール王国の情報を使えば魔王のダンジョンも見つけれる可能性もあるぞ」


 しかし、アレスはオルトスを見ると首を横に振った。


「……お前らに手伝って欲しくはない」

「何故だい?」

「その問題児に今さっき手がかりを潰されたばかりだからだ」


 グシャムの遺体に顔を向けるとグラドラスはオルトスを睨む。だが、当の本人は悪びれもなく欠伸する。


「はあっ。仕方ねえだろ。知らなかったんだからよ」


 そして、耳をほじり出したのだ。グラドラスは肩を振るわせながらオルトスを睨む。しかし、しばらくすると諦めた表情を浮かべた。


「怒るだけ無駄か」

「ああ、どうせ響かないからな」


 ブレドが頷きオルトスを睨む。しかし、オルトスは他人事のように二人の背中を叩くと言ったのだ。


「まあ、小さいことは気にすんなよ。それより、あっちにでけえ魔物がいるぞ。稼げそうだからお前らも手伝えよ。ああ、見つけたのは俺だから取り分は多めにもらうな」


 そして満面の笑みを浮かべたのだ。おかげでグラドラスとブレドだけでなくアレスも溜め息を吐いた。


「とんでもない奴だな……」


 そして、アレスは背を向けそっと三人から離れると飛び立ったのだ。グラドラスとブレドはすぐに気づきアレスに何か言ってきたが無視をする。

 もう二度と会わないと思ったから。大概、いつもそうなるからだ。アレスは上空から亡くなった冒険者達の遺体を一瞥すると口を開いた。


「だから、一人で良い」


 そう呟くと身体に雷を纏い一瞬でその場から消えてしまったのだ。



 これは勇者アレスの英雄譚、第一章の仲間達との出会いで歌われることのない真実の記録である。

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