62
「……簡単な答えだ。俺は勇者なんて加護をそもそも望んでないからだ」
「はっ? なんだよ。みんなが尊敬する勇者アレス様は好きで勇者をやってたわけじゃねえってことか?」
「そういう事だ」
俺が頷くとザンダーは腑に落ちた表情を浮かべる。
「……なるほどな。だから俺の問いにもクソ道化師の誘いにも乗らなかったのか。いやあ、参ったぜ。俺の中の勇者像が今壊れちまった……」
「お前達は勇者に理想を求めすぎだ。所詮は何処にでもいる子供にたまたま勇者って加護がついただけなのだからな」
「はは。確かに言われてみたらそうだよな。しかし勇者本人にそう言われるとショックだぜ……」
「ショックだろうが事実だ。だからザンダー、それでも俺と戦うのか?」
ザンダーを見ると迷った表情をしていた。まあ、当たり前だろう。ザンダーの中の理想の勇者像が砕けたのだから。
だから、生死を賭けてまでやるべきか迷っているのだろう。だが、しばらくするとザンダーは覚悟を決めた表情を浮かべる。そして俺を見た。
「ああ、そうだ。アレス、俺と戦え」
「……なぜだ? 人々の為に戦う正義の勇者様はもういないんだぞ」
「そりゃ、今までしてきた事を考えたらやっぱりお前は勇者だからだ」
そう言ってザンダーは笑みを浮かべたのだ。たが、対照的に俺は俯いてしまう。沢山の人々の声を思い出したから。
俺に助けを求める声を。そして助けれなかった者達の声を。俺はザンダーの失った腕を一瞥した後、頷く。
「……わかった。いいだろう」
「へへ、悪いな。じゃあ、ちょっと待ってろ」
ザンダーはそう言うと壁際に行き、そこに置いてあった布で包まれたものを持ってきた。
「見ろよ。カーミラが作った特注品だぜ」
そう言って布を取り、中にあったものを見せきたのだ。精巧に作られた金属の義手を。
俺は驚きながらザンダーを見る。
「カーミラはそんなのものまで作れるのか?」
「ああ。これだけじゃなく色々見せてもらった」
「……カーミラは何がしたいんだ?」
「わかんねえが魔王とは組んでるふりして裏で何かしてんのは確かだな。俺のはついでにやってくれてるって感じだよ」
「……そうか」
「まあ、それでも俺は感謝してるぜ。こうやって大舞台を用意してくれたんだからな」
ザンダーは義手を右手にはめると、まるで自分の手の様に動かす。その技術力の高さに俺は更に驚く。
「その義手の動きどうなってる?」
思わず聞くとザンダーは首を横に振った。
「俺も調べようとしたがいっさい中が見れないようになってた。全く、どんな加護を持ってんだかな」
「上級鍛治師ではないことは確かだな」
「じゃあ、とんでもねえ技術力が発展した古代時代の書物でも読んだかだな」
ザンダーはそう言った後、手の中に収まる大きさの魔術文字が沢山刻まれた金属の球を見せてくる。
「この中には魔王の残滓が入ってる。そしてこう使うんだとよ」
ザンダーは金属の球を義手の手の甲部分にはめ込む。すると金属に刻まれた文字が赤黒く輝き始めた。
俺は思わず顔を顰めた。
「その輝きと気配は間違いなさそうだな……。しかし、テドラスみたいに変化はしないのか?」
「しねえよ。俺は魔王になんかなるつもりもなりたくもねえからな」
そう言うとザンダーは右手に嵌めた義手で握り拳を作る。そして床に拳を叩きつけたのだ。直後、轟音に揺れと砂埃が舞い俺の足元近くまで大きなクレーターができていた。
ザンダーを見ると歯を見せながら笑う。
「はははっ、すげえな。かつての俺に戻った気分……いや、それ以上だ」
そう言って嬉しそうな表情で義手を掲げたのだ。その姿を見た俺は目を細めた。まるで絵物語の英雄に見えたからだ。
だが、すぐに今のザンダーは間違いなく堕ちた英雄なのだと理解できてしまう。義手から闇の力が滲み出ていたからだ。
「……その義手で魔王の力を制御してるのか?」
そう聞くとザンダーは眉間に皺を寄せながら頷く。
「この義手でかなり抑えてるが、少しは流れてくるみたいだ。ちっ、残りカスとはいえ胸糞悪いぜ。そういや、カーミラがこれを使ってる状態はお前が飲んでる霊薬と同じような状態だと言ってたぜ」
ザンダーは笑みを浮かべる。そして目で使えと言ってきたのだ。俺は溜め息を吐くとポケットから霊薬を取り出す。
だが飲もうとした直後、ふと思ってしまったのだ。はたしてこの場所なのだろうかと。しかし、俺はその考えを振り払うように頭を振る。
そして、霊薬を一気に飲み干した。すぐに力の一部が戻ってくるのを感じる。そして、同時に実感もしてしまった。俺には悩んだり考えたりする時間も資格もないと。
だから、間違っていない。
俺はザンダーの方に向きなおり頷く。
「準備はできた」
「なら、始めようぜ!」
ザンダーはそう叫ぶやいなや殴りかかってきたのだ。俺は横に避けながら魔法を唱える。
「第五神層領域より我に炎の力を与えたまえ……ファイア・ランス」
そして炎の槍が現れたと同時に掴むとザンダーに向かって突いたのだ。しかし、ザンダーは驚きながらもいとも容易く避けてしまう。
そのため俺は更に炎の槍で追撃する。そして本来の使い方も混ぜることにした。
「第五神層領域より我に氷の力を与えたまえ……アイス・ランス」
氷の槍が現れザンダーに向かっていく。それに俺は攻撃を合わせる。しかし、この連続攻撃もギリギリで避けられてしまったのだ。
ザンダーは楽しげに笑う。
「ひゅー! 魔法をそんな使い方してくんのかよ。そりゃ武器無しでも戦えるわけだな!」
「……ザンダー、余裕だな」
「その言葉あぁ、そっくり返すぜっ! うおおぉーーー‼︎」
ザンダーは叫びながら近接攻撃を仕掛けてくる。
その攻撃スピードは徐々に上がっていき、俺はかわしきれなくなる。そして一撃を肩付近に喰らってしまった。
「ぐっ‼︎」
俺はかなり吹き飛ばされる。だが、何とか空中で体勢を立て直して着地するとすぐに魔法を唱えた。
「第四神層領域より我に聖なる力を与えたまえ……ヒール」
ダメージを負った肩が回復するとすぐに俺はザンダーに向かっていく。そして再び魔法を唱えた。
「第六神層領域より我に雷の力を与えたまえ……ライトニング」
魔法を唱え終わると身体中の表面を稲妻が伝っていき俺の走る速度が上がっていく。するとザンダーが驚愕した表情で叫ぶ。
「雷帝だと⁉︎」
「懐かしいな呼び名だな」
俺はそう呟くと稲妻を纏ってザンダーに突っ込んでいく。ザンダーは今までにないほど焦った表情で俺を見る。
「くそが! まだ楽しんでんだ! やられるかよおおぉぉーーー‼︎」
そう叫ぶとザンダーは俺に向かって渾身の一撃を放ってきた。だから、俺もそれに答え渾身の一撃を振り下ろす。
義手と剣が当たった瞬間、衝撃が走り床や壁に亀裂が走る。だが、俺達はそのまま競り合いを続ける。
そして睨み合った。ただし、俺はザンダーの瞳に映る自分にだ。友の名を名乗っておきながら犠牲者を出し続けてきたのだから。
全く最低な勇者だよ。だから、答えてやるザンダー。
俺は更に力を上げていく。身体が悲鳴をあげようが命が削れる感覚がしようが関係なく。しかし、急にザンダーは力が抜けたように膝をついたのだ。
そして大量に吐血をして倒れ込んでしまったのである。
「がはっ……」
血を吐き続けるザンダーを見て俺は理解する。ザンダーもまた今まで無理をしていたのだという事に。
「ザンダー……」
「……へっへっへ、悪いな。楽しい戦いの最中によ。こりゃあ、思った以上に身体に来るな……」
ザンダーはゆっくりと身体を起こし、口に付いた血を雑に拭う。俺はわかっていても聞いてしまう。
「……まだ、やるのか?」
案の定、ザンダーは頷く。
「言っただろう。これは生死を賭けた戦いだってよ」
「……そうだったな」
「わかってくれりゃいい、そろそろ俺の身体がやばそうだから決めさせてもらうぜ」
「わかった。俺も霊薬がそろそろ切れる頃だから丁度良い」
「なら、お互い悔いの残らない様に一撃で決めようぜ」
「いいだろう」
俺が頷くとザンダーは構えをとりながら魔力を高め始める。その際、義手からザンダーに禍々しい力が流れていくのが見えた。
直後、ザンダーの目が赤くなる。俺は思わず顔を顰めてしまった。何せザンダーが生き残ったらやばそうだと思ったからだ。
「やれやれ」
俺は溜め息を吐くと剣を鞘にしまう。それからいつでも抜ける状態にしながら剣にありったけの魔力を流しこんだ。
するとザンダーは笑みを浮かべ言ってきた。
「それは巨獣を斬ったっていう、イアイギリってやつか?」
「ああ。ただ、今回は魔力入りだぞ」
「そりゃ、怖いなあ。まあ、魔王の残滓を消さないといけないからな」
「わかってるのなら手加減しろよ」
「はははっ! 悪いが無理だぜ‼︎」
「わかってるさ。だから俺も全力で答えてやる」
「……全く真面目だねえ。やっぱりお前は想像通りの男だったぜ……」
ザンダーは最後の方は呟く様に喋る。そして俺を見るとニヤッと笑みを浮かべた。
「……へへ、じゃあ、壊れた男の最後の足掻きを見せてやるぜ‼︎」
ザンダーは俺に向かって突っ込んで来る。
「アレーーース‼︎」
そして叫びながら義手の拳を放ってきた。その際、ザンダーの義手が赤黒い炎で燃え上がる。おそらくあの義手に触れたら一瞬で俺は灰になるだろう。
しかし、俺は落ち着いていた。力を限界まで高めているため、ザンダーの動きがゆっくりと見えていたからだ。
俺はザンダーに向かって心の中で呟く。
ザンダー、終わりにしてやるよ。お前の望んだ通りにな……
そして剣を抜くとザンダー目掛けて振り抜いたのだ。直後、辺りは一瞬にして光りに包まれる。
それから、真っ白な音のない世界が続いたが俺は目を瞑ると剣を鞘にしまった。もう全てが終わったことを理解したからだ。
俺はしばらくしてゆっくりと目を開ける。そして半壊した建物の下で横たわる上半身のみのザンダーを見つめた。
「ザンダー……」
そう呟くとまだ生きていたらしく視線を向けてくる。
「完敗だぜ……。勝てると思っていたんだけどなあ」
「嘘を吐くな。最初からここに死にに来たんだろ」
「……さあ、どうだかな」
「わかるさ……」
俺はそう呟き見つめるとザンダーは笑みを浮かべた。
「……ありがとよ。そして悪かったな」
「謝罪はマルーと、そしてシャルルに言ってやれ」
「……マルー、そしてシャルルには悪い事をしたな。それから沢山の連中にも迷惑をかけた。だが、後悔はしてねえぞ」
「……そうか」
「おいおい、そこはふざけんなぐらい言えよ」
「お前のしたことは理解はできるからな」
俺は肩をすくめるとザンダーは驚く。
「まじか……。勇者様がそんなんで良いのかよ……」
「言ったろう。勇者に幻想を見すぎだ。それに俺はもう勇者じゃない」
「へっへ、面白え……な。はあ……お前と現役時代に……組んでたら、きっと……楽しかっただろうな」
ザンダーにそう言われ、俺はオルトス達に交じってバカ騒ぎするザンダーを想像してしまう。すぐに首を横に振った。
「ザンダー、悪いが問題児はあいつらで十分だ」
「……へ、振られちまった……。なら、俺はさっさとおさらば……するか……」
ザンダーがそう言うと上半身しかない身体が徐々に崩れて灰になりはじめた。俺はそんなザンダーに問いかける。
「最後に言うことはあるか?」
「……ねえ」
そう言った直後、ザンダーの身体は全て崩れて灰になったのだ。俺はゆっくりとその場に座り込む。俺の力も封じられ立っていられなくなったからだ。
だが、座り込んだ後、すぐにモノクルを取り出し辺りを見回した。そしてホッとすると俺はゆっくり目を瞑り地面に寝転んだのだ。
直後、誰かがこちらに駆け寄ってくる音が聞こえてきた。
「キリク!」
「……マルー」
俺は目を開けようとしたが開けれなかった。しかも口以外が全く動かなかったのだ。仕方なく口だけ動かす。
「大丈夫だったか?」
「うん、大丈夫だよ。それよりも……ザンダーさんがいないってことはキリクが倒したの?」
マルーの声は震えていた。きっと事情は知っているのだろう。だが、俺は嘘を吐くことにした。
「……いや、違う。ザンダーは魔王の残滓を命と引き換えに消したんだ」
「……えっ、そうなの?」
「ああ、最後は英雄らしく散っていったよ。俺は巻き添えを喰らってこのざまだ」
「そ、そうなんだ……」
声からしてマルーは納得してない様子だったが俺の素性を隠す為には仕方なかった。何せ俺は冒険者キリクでなくちゃいけないから。
勇者はあいつでなくちゃいけないからだ。
だからザンダー、迷惑料として利用させてもらうぞ。
俺はそう心の中で呟くと口を開いた。
「とにかく……もうお前が西側の魔王にされることはない。安心してシャルルに会いに行ってやれ……」
「シャルルは大丈夫なの⁉︎」
「ずっと寝たままだ……。だが、お前が行けば起きるかもしれないな……」
「うん! ぼくが絶対にシャルルを起こすよ!」
顔は見えないがマルーが喜んでいるのがわかった。後はマルーだけでもどうやってこの場所から外に出させてやるか考えていると、また誰かが駆け寄ってくるのがわかった。
「キリクさん!」
サリエラだった。俺は思わずホッとしてしまう。
「サリエラ……」
「キリクさん! キリクさん! 良かった! 良かったよお!」
サリエラは俺に抱きつき泣き出してしまう。俺は何か言ってやりたかったがサリエラが無事だったことに安心してしまい気が緩んだらしい。あっという間に意識を失ってしまったのだった。
カーミラside.
「やっぱり、負けちゃったわねえ」
獣人都市から離れた場所で、酒を飲みながらキリクとザンダーの戦いを魔導具で見ていた私は溜め息を吐く。
色々と用意をしたがやはり勇者アレスの強さは異常であった。
他の勇者も強いけど、あれは明らかにおかしいわ。だって宝具無しであれよ……
私は思いきり顔を顰める。しかし、すぐに口角を上げる。あの強さなら逆に好都合だと思ったから。
私の計画にね……
これからの事を考え私はつい口元が緩んでしまう。しかし、持っていた酒が空になっていることに気づくと眉間に皺が寄ってしまった。
そしてつい空き瓶を投げつけようとしたのだ。だが、途中で私は動きを止めると口を開いた。
「……私に文句言わないでよねぇ。ザンダーに最後の場所を用意すんのだって大変だったのよぉ。えぇ? ついでにやったんでしょうって? まあ、そうだけどねえーー。けど、あなたに言われたくないわぁ。だって、あなた何もできなかったでしょう。心の弱い奴に言われたくないわぁ」
私はそう言って空き瓶に映る自分に笑みを浮かべる。そして空き瓶を放り投げると背伸びした。
「さあ、次の計画を考えなきゃねぇ。ふふふ」
私はそう呟くと次の目的地へと転移するのだった。
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