旅立ち

66


 目が覚めると共に独特の香りが鼻腔に漂ってくる。それで自分が今何処にいるかを理解した。


 イグサの香り、獣人都市ジャルダンか。


 俺は視線だけ動かす。だが、部屋の中を見ても案の定、獣人都市ジャルダンの何処なのかまでは理解出来なかった。

 

 だが、生きていて救出されたということだけは確かだな。


 俺はそう思いながら手を出し握りしめる。そして安堵した。身体全体が重く感じるが前みたいな状態ではなかったから。


「きっと前回と違って宝具を使わなかったからだろうな」


 そう呟きながら立ち上がれるだろうかと思っていると、部屋の扉が開きリズペットが入ってくる。そして俺を見て驚いたのだ。


「キリクさん起きたのですか⁉︎」

「ああ、今さっきな」

「心配したんですよ。死んだように動かないから」

「巻き込まれてかなり吹き飛ばされたからな……。それより皆は大丈夫だったか?」

「はい。キリクさん以外はもうとっくに傷も癒えてますよ」

「そうか」

「ちなみにサリエラさんが献身的に介護されてましたよ」

「……なら、礼を言わないとな。サリエラは今何処に?」

「残念ながら勇者様が持っていた通信できる魔導具にレオスハルト王国より連絡がありまして、勇者パーティーと共に東側に旅立たれました」

「何かあったのか?」

「私達には教えてもらえませんでした……」

「そうか……」


 俺はそう呟きながらも東側の魔王に何か動きがあったのだろうと想像はできてしまっていた。

 何せ高価な使い切り通信魔導具なんてそれぐらいの時にしか使わないだろうからだ。


「やれやれ。こっちが終われば次は東側か……」

「冒険者の皆様には頭が上がりませんよ。そういえばマルーさんも勇者パーティーがスノール王国についでに送っていかれましたよ」

「それなら安心だ。俺だったら守りきれない可能性もあるからな」

「でも、マルーさんはキリクさんの事を気にされて最初は行くのをかなり渋ってたんでしたよ。まあ、お友達が目を覚ましたと言われて最終的には行かれてしまいましたけれど……」

「シャルルが目を覚ましたのか。そんな話しを聞いたらマルーはさっさと行くだろう」


 当然とばかりにそう言うとリズペットがなせか不満気な顔を向けてきた。


「あれ、キリクさん先ほどから全然気にされてませんね……」

「気にする? 何をだ?」

「サリエラさん、勇者様、マルーさんです。キリクさんが眠っている間にちょっとここで色々とありまして……。それでキリクさんもそうなのかと……」

「すまないが話しが見えない。三人がこの場所を気にいったとかなのか? 俺もこういう建築は風情があって良いと思うが……」


 するとリズペットは何かを悟った表情を浮かべる。


「……なるほど、そう言うことですか。それなら私が余計な事は言わない方が良いですね。キリクさん今の話は忘れて下さい」

「ああ」


 俺は頷く。正直、何の話かわからないから覚えていてもしょうがないからだ。すると満足そうに頷いていたリズペットがハッとして手を打つ。


「そうだ。後、キリクさんにもレオスハルト王国から招集がかかってるみたいですよ」

「俺に? なぜだ?」

「尋ねた勇者様も教えてもらえなかったそうです」

「そうか。じゃあ、碌なことじゃないな」


 俺は謁見の間での出来事を思い出していると、リズペットが心配そうに言ってくる。


「まあ、行くにしてもキリクさんは早く身体を治さなきゃいけませんよ」

「……そうだな」


 頷きながら手を握ったり開いたりしていると、リズペットが立ち上がった。


「じゃあ、わたくしは壊れた社の修復状況を見てきますのでキリクさんはゆっくり休んでいて下さい。後で食事を持ってこさせますね。あ、後、サリエラさんからこれを預かってますよ」


 そう言うと折りたたまれた小さな紙切れを渡してくる。俺はその紙切れを慎重に開く。

 もしかしたら、何か重大な事が書かれていると思ったのだ。だが、開けた瞬間、苦笑してしまう。


 私がいないところでは絶対に無理をしないで下さいね……か。


 正直、正体がバレたのかと心配した俺は安堵する。だが、すぐに口元を歪めた。サリエラの言葉がもう遅いのを理解したからだ。身体の違和感で。


 限界が近づいてるな……


 俺は違和感を感じる自分の身体を見つめる。それから、俺にとって最後になるかもしれない場所を思い浮かべるのだった。



 数日後、何とか動けるまで回復した俺はスノール王国へ向かうことにした。先にブレドに今回の件を報告しに行くためである。

 だが、いざ出発しようとしたらリズペットに呼び止められてしまう。


「キリクさん、本当に大丈夫ですか? 無理をしているならもう少し休まれた方が……」

「問題ない。ここには本当に世話になった。リズペット姫、ありがとう」


 俺は心配そうに見てくるリズペットに頭を下げ馬車に乗り込む。リズペットは何か言いたそうに見つめてきたが、結局、馬車が動き出しても言ってくることはなかった。

 おそらく、俺の状態をある程度理解しているが言わないでいてくれるているのだろう。冒険者という存在を理解したから。そして責任が取れない以上、冒険者には関わるべきではないことも。


 賢明な判断だな。


 俺は離れていく獣人都市ジャルダンを見つめていたがしばらくして目を瞑ると横になった。正直、リズペットの言う通り無理をしていたからだ。

 だが、これ以上休むわけにはいかなかったのだ。きっと東側では厄介なことが起きているだろうから。

 そして、その考えは正しかったらしい。スノール王国に到着し、ブレドに会いに行くなりあいつは言ってきたのだ。


「ふむ。早く来るとはなかなか良い判断だったな。東側について悪い報告がある」


 俺は溜め息を吐くとブレドに視線を向ける。


「何が起きている?」

「東側の魔王のダンジョンで異変があったと報告が来た。一瞬だが強大な魔力が高まったらしい」

「進軍が始まったのか?」

「いや、まだだ」

「なら、碌なことじゃないな……」


 俺がそう言うとブレドも同意するように頷く。しかし、すぐに悩んだ表情をしながら質問してきた。


「キリク、レオスハルト王国に行くのか?」

「ああ、呼び出しを受けているからな」

「そんなの断ればいいだろう。お前はもう十分戦ったじゃないか」

「そういう問題じゃない」

「じゃあ、何しに……」


 ブレドは喋っている最中にハッとして俺を見る。だから、俺はゆっくりと口を開いた。


「自分が本来いるべき場所に行くだけだ」

「アレス……」

「その人物ももう亡くなった。そして、今の俺の命も燃え尽きかけている」

「だから、死に場所を探していると……。皆はどうする⁉︎ 特にサリエラは⁉︎」

「俺とあいつの向かう先は真逆だ。それにブレド、お前ならわかるはずだ。自分の所為で国を滅ぼしてしまったものが幸せになる資格はないことがな」

「キリク、やはりお前はオルフェリア王国の

……」

「何も出来なかったただの死にぞこないだ」


 俺は自嘲気味に笑う。するとブレドが深く頭を下げてきた。


「何も気づいてやれなくてすまなかった」

「気にするな。お前だって自分のことで精一杯だったろう」

「……キリク」

「ブレド、この国を守り切ってみせろよ」

「もちろん全力を尽くすさ」


 ブレドは力強く頷く。俺はその姿を目を細めながら見つめる。あの時のブレドと何も変わっていない事がわかったから。


 いや、変わったな。今は立派なスノール王国の国王だ。


 俺はそう思いながらその場を後にしようとすると、後ろからブレドの声が聞こえる。

 

「キリク。最後ぐらいシャルルとマルーに会いに行ってやれ。ファレス商会にいるはずだからな」

「ファレス商会? 何故、二人はそこにいるんだ?」


 俺は思わず質問するとブレドが俺の腕にはめた冒険者の腕輪を指さす。


「冒険者になって身を守る力を付けたいらしい。それで信用あるファレス商会に後ろ盾になってもらったんだ。ちなみに護衛も兼ねてマルーに理解ある冒険者を組ませてるぞ」

「理解ある冒険者か。わかった。とりあえず行ってみよう」


 俺は頷きブレドと別れファレス商会に向かう。そしてすぐにブレドの言葉に納得してしまった。マルーとシャルルの側にマリィとルナがいたからだ。


「いやあ、ここの冒険者ギルドで掲示板を覗いてたら、マルーちゃんに声をかけられてねえ」

「ぼくが二人に声をかけたらトントン拍子に話が進んでパーティーを組む事になったんだよ」

「そうか、なら安心だな」

「うん!」


 マルーは元気よく答えた後、シャルルの腕を引っ張り俺の前に押し出す。


「シャルル」

「わ、わかってるわよ」


 シャルルはゆっくりと俺に頭を下げる。


「……キリク、マルーを助けてくれてありがとう」

「いや、俺も向こうに行っただけで何もできなかった。だから礼を言われる理由はない。それより身体はもう大丈夫か?」

「大丈夫よ。それより、あっちであの人に会ったのよね?」

「ああ」

「そっか……。私ね、斬られる瞬間に謝られたの。ごめんなって。きっと、自分の中の何かを吹っ切る為に私を斬ったんだと思う……」

「だが、結局あいつは吹っ切れなかったんだ。だから、贖罪も込めて命と引き換えに魔王の残滓を消したんだろう」

「命と引き換えに……英雄として死ねたってこと?」

「ああ、お前が憧れたな」

「……そっか」


 シャルルは涙を流し嬉しそうに笑う。そのたため俺は思わず目を逸らしてしまう。嘘を信じて涙を流すシャルルを見れなかったのだ。

 だが、同時に思ってしまったのだ。ザンダーのために涙を流す者がいて良かったとも。


「良かったなザンダー」


 俺は誰にも聞こえないぐらいの声で呟く。するとマルーが俺の袖を掴みながら囁いてきた。


「嘘吐き」

「本当だ」

「キリクは傷ついただけなのに?」

「シャルルは報われた。それで良い」


 俺はそう言いながらマルーの背中をシャルルの方に押す。するとマルーはすぐに振り返ってきた。


「キリク……」

「行ってやれ。今、あいつにはお前が必要だ」


 そして俺は一歩下がったのだ。マルーはそんな俺を悲しげに見つめるが、空気を読んだマリィとルナに連れられてシャルルの方に歩いていった。

 俺はそんな四人を見て目を細めていると、店の奥からナディアが現れ手を振ってきた。


「キリクさん来たの」

「ああ、東側に行く前に挨拶にな」

「なるほどって、何であの子泣いてるの?」

「……色々あったんだ。それより、何か東側の情報を掴んでないか?」

「ふふ、とっておきのがあるわよ。東側にいる大勢の高ランク冒険者が前線に向かったわ。そろそろ進軍が始まるわよ」

「そうか……」


 俺は腕を組み考える。ブレドが調べたことはきっとバラハルトも知っているだろう。だからこそ高ランク冒険者を前線に向かわせた。進軍を始めるために。


 そして、更には何かをさせるために俺を呼んだと。

 何せ利用できるなら誰だろうと使いそうだからな……


 俺は謁見の間での出来事を思い出しながらそう思っていると、突然、目眩がしてふらついてしまう。まあ、すぐにバランスはとったので転ぶことはなかったが。だが、側にいたナディアは心配そうに声をかけてきた。


「大丈夫なのキリクさん? あまり、顔色が良くない気がするけど……。もしかして何処か怪我してるんじゃない?」

「いや、もう完治してるから大丈夫だ」

「……それなら良いんだけど。それでこれからどうするつもりなの?」

「レオスハルト王国に行くつもりだ」

「もしかしてキリクさんも何かしらに関わるの?」

「用件次第だな……」

「そう、無理はしないでね……」

「ああ、それより、二人の事は頼んだぞ」

「ええ、ファレス商会がしっかり支援していくから、キリクさんのランクなんかすぐに追い越しちゃうわよ」


 ナディアはウィンクしてきたので俺は肩をすくめる。


「間違いなくすぐに追い越されるさ」

「ふふ、冗談なのに本気にしちゃ駄目よ。それより……」


 ナディアは急に笑みを浮かべながら近づき腕を絡めてきた。


「キリクさん、ねえ、あなた獣人都市ジャルダンに行ったんでしょ?」

「……まあな」

「それで、どうやったら獣人都市ジャルダンと繋がる事ができるのかしら?」

「はあ、この国のトップに聞いてくれ」

「へえ、なるほどねえ」


 ナディアは急に俺から離れ考えるような仕草をする。それから部屋の中を行ったり来たりしだしたのだ。

 俺はそんなナディアを見て理解する。商会の力を使いブレドに接触しようとしていることを。


 まあ、あいつは仮面を被って町中をうろついてるから捕まえるのは簡単だろう。だが、ナディアは俺を使ってブレドを呼びださせようとしてくる可能性もある……

 

 俺はそう判断するとゆっくりと出口に後ずさる。そして誰にも気付かれないうちにファレス商会から出るのだった。



 ふう、挨拶しなかったがまあ仕方ないか。


 俺はそう思いながら歩いていると後ろからマルーの声が聞こえた。どうやら追いかけきたらしい。


「キリク、何処に行くの?」


 俺は素直に答える。


「東側だ。レオスハルト王国から招集がかかった」

「……そっか。僕ね、ちゃんと冒険者として活動できるようになったら南側に行くんだ。だからね、その時にキリクも良かったら……」


 しかし、俺はマルーが話している途中に首を横に振った。


「マルー、勝手に行動したり判断するのは長くパーティーを組んだ連中の特権だ」

「あっ……」


 マルーは悲しげな表情を浮かべて俯いてしまう。そんなマルーの肩に手を置くと俺は言った。


「組んだばかりのパーティーってのはちょっとした事で壊れやすい。今後は何をするにもまずはパーティーと相談しろ」

「……うん」

「それと俺はもう臨時以外は誰ともパーティーは組まない。だから、お前達の事は陰ながら応援するから頑張れよ」


 俺はそう言ってその場を離れると、もうマルーは追ってくる事はなかった。

 ただ、しばらくすると後ろから大声で言ってきたのだ。


「キリク、また会おうね!」


 そして、走り去ってしまったのだ。俺は正直、困ってしまい頭をかく。だが、安心して背を向けた。

 マルーが向かう先にシャルル、マリィ、ルナが立っていたから。何があってもマルーは大丈夫だろうと思ったのだ。

 だから、俺は口を開く。


「さよならだマルー」


 そう呟くと再び王都の外に向かって歩き出すのだった。



三章完

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