59
サリエラside.
私は必死に手を伸ばす。でも、もうキリクさんは居なくなっていた。直後、脳裏にキリクさんとの思い出がよみがえる。レクタルで出会った頃を。
キリクさんは冒険者ギルドで受付とトラブルになっていた。原因は受付の一方的な嫌がらせで、彼女は加護がない人を神々から見捨てられた者として卑下する差別主義者だったのだ。
私はすぐにキリクさんを助ける為に介入した。冒険者ギルドは本来差別は許さないからだ。だが、すぐに解決はしなかったのだ。
受付が他の冒険者達を味方に引き入れようとし、更にはギルド長まで介入してきたから。おかげで大事になりかけてしまいそうになったが、自分の階級を利用することでなんとか無事に解決することができた。
だが、解決し再び仕事に戻ろうとすると私と一緒に行動してくれている精霊がキリクさんに冒険者の基礎を教えてもらえと強く言ってきたのだ。
もちろん、私はキリクさんに声をかけた。冒険者の基礎知識がないことに悩んでいたから。だが、結果は私が余計な事を言ってしまったのもあり断られてしまったのだ。
だってしょうがない。何故だかわからないけれど、あの人が私の尊敬するアレス様じゃないかと突然思ってしまったから。
正直、私も何故あんな事を言ってしまったのかわからなかった。
ただ、ダブって見えたのだ。絵物語に出てくる鎧姿の勇者様の姿と。だからなのか断られた私はもの凄くへこんでしまった。
けれど、しばらくしたらまたキリクさんと会う事ができ、しかも無理矢理感はあったが冒険者のイロハを教えてくれる事にもなったのだ。
正直、それからは楽しくて仕方がなかった。しかも、いつの間にか私はキリクさんに惹かれていたのだ。
おかげで宿であんな事になってしまったがあの人との距離が近くなった様な気がして嬉しかった。
けれどその分わかってしまったのだ。あの人が何か大きな悩みを抱え苦しんでいることを。最初は加護が無い所為で周りに虐げられての事だと思っていたけど違っていた。
だから私はキリクさんの事を知る為にもっと近づこうとしたのだ。だが、それが悪かったらしい。キリクさんは私から距離を取り始めたのだ。しかも、私の届かない場所にいってしまいそうになったのだ。
だから、必死にしがみつこうとしたのに……
あの人の抱えてるものを取り除いたら思いを告げようと思ったのに……
けれど、あの人は黒き魔女によって何処に転移させられてしまった。私はキリクさんが居なくなった場所を見つめていると、リズペット姫が駆け寄ってくる。
「サリエラさん大丈夫でしょうか?」
「……はい。でも勇者様やキリクさんが……」
「一緒に来た結界師が言うには勇者パーティーは残念ながら都市外に飛ばされたみたいですけれど、キリクさんはこの都市内の何処かにいると言ってました」
「ほ、本当ですか⁉︎」
私は勢いよくそう尋ねるとリズペット姫は申し訳なさそうに答えてくる。
「ええ、結界を飛び越えた形跡がないので。ただ場所までは把握できなくて……ごめんなさい」
「いえ、それがわかっただけでも問題ありません。そうなると……」
私は黒き魔女カーミラとヤシャールという名の魔族を見る。そして考える。勝てるのだろうかと。
でも、勝たないとキリクさんにも会えなくなってしまう。どうしたら……
私は何か良い案がないか考える。するとリズペット姫が小声て話しかけてきた。
「サリエラさん、もう少し待ってもらえれば精鋭が到着します。彼らなら黒き魔女といえ倒せるはずです」
「なら、私達は時間稼ぎをすれば良いんですね」
「はい、お願いします」
リズペット姫に言われ勝機が見えた私は少し無茶をすることにした。大量の魔力を練り上げ風と水の精霊に使用したのだ。すると風と水の精霊はそれぞれが変化していく。
風の精霊は花や蔦が絡んだ足元まである長い緑色の髪と薄い緑色のドレスを着た女性になり、水の精霊は周りに水の球が浮かび腰まである水色の長い髪とドレスを着た女性になる。
精霊の本来の姿をこちらの世界に顕現化させたのだ。
リズペット姫が驚いた表情を向けてくる。
「凄い! これってサリエラさんが顕現させたのですか⁉︎」
「ええ、私に付いてる精霊の本来の力を一時的に解放したんです」
私はそう言うと両隣に浮かんでいる二人の精霊に声をかける。
『お願い風の精霊シルフ、水の精霊ウンディーネ、私に力を貸して』
『わかったわ』
『いきましょう』
シルフとウンディーネは頷き私と共にカーミラに向かっていく。するとカーミラの表情は曇り一歩後退った。解放した精霊は結界への干渉が少しできるから危険と判断したのだろう。
私はその姿を見ていけると判断しシルフに声をかける。
『お願いシルフ』
『任せて。サリエラの魔力を少し貰うわよ』
私の中から魔力が流れていくのを感じた直後、シルフの周りから輝く風の刃が現れる。
『私の風の刃は何でも切り裂くわ』
シルフは笑みを浮かべるとカーミラに向かって風の刃を解き放つ。そしてカーミラが張った結界に当たると大量のひびが入っていった。
それを見た直後、今度はウンディーネに魔力が流れていく。
『次は私の番。水よあの魔女を包め』
ウンディーネがそう言うと同時に大量の水の球が現れてカーミラに飛んでいく。そして、結界のひびを通り中にいるカーミラを包みこんでいった。
これでいけると思っていた私だったが、カーミラの様子に顔を顰めてしまう。余裕そうに口角を上げていたからだ。私は思わずカーミラに剣先を向け走り出す。
何か嫌な予感がしたから。その予感は当たっていた。私が結界に剣を突き刺すと同時にカーミラの姿が消えてしまったのだ。
「何処にいったの⁉︎」
辺りを見回しているとシルフとウンディーネが私を守るように囲んだ。
『サリエラ、無詠唱で転移されたみたい』
『あの魔女、かなりやるわ……』
「くっ……」
私は思わず唇を噛み締めていると、何処からともなく拍手が聞こえてきた。私は耳を澄まし近くの建物を見る。
そこには月を背に不敵な笑みを浮かべるカーミラが立っていた。
「なかなかやるわねぇ、精霊使いのサリエラ。いえ、加護はそれだけじゃないわね……。まあ、いっかぁ。もう時間だし行くわねぇ」
「待って! 逃げる気なの⁉︎」
「だって、そろそろ勇者パーティーを見に行かなきゃいけないのよぉ。だからもうあなたとは遊んでられないのよねぇ」
「あの方達をどこに転移させたの⁉︎」
「特別会場よ。今頃、ぺしゃんこになってるかもね。うふふ」
カーミラの言葉に私は驚いているとヤシャールがこちらに一歩踏み出してくる。
「後はこのヤシャールに任せてもらおう」
「助かるわぁ。じゃあよろしくねぇ」
カーミラは笑みを浮かべそう言うと私にウィンクし転移してしまう。私は思わず拳を握りしめてしまうが、気を取り直すとヤシャールに剣先を向けた。
「無駄とわかってますが言わせてもらいます。投降しなさい」
「愚問だな」
ヤシャールは満面の笑みを浮かべる。するとリズペット姫が隣りに立ち言ってきた。
「では、あなたはここで終わりということですね」
リズペット姫はそう言いこちらに向かってくる侍達に視線を送る。しかし、ヤシャールは不敵な笑みを浮かべるだけだった。
それで私はまた嫌な予感がしてしまっているとシルフが近寄り顔を寄せ言ってきたのだ。
『あの魔族の腰のホルダーから魔物の気配を感じるわ。気をつけて』
『魔物の気配……。まさか』
私はハッとし聞いた情報を思い出した。デモン・セルという魔物を持ち運びできる魔導具を。
だからあの態度なのね。
私はそう理解するとすぐさまヤシャールに向かって走りだす。もちろん、デモン・セルを使わせないためだ。案の定、突然向かってくる私にヤシャールは焦った顔を向けてきた。
そんなヤシャールに剣先を向けながら私は叫ぶ。
『ウンディーネ!』
『わかったわ』
ウンディーネは水球をヤシャールの腰ホルダーに向けて放つ。そして、見事に腰のホルダーに付いていたデモン・セルを吹き飛ばした。
「くっ、小癪な!」
ヤシャールは私を睨みつけてくるが気にせず首付近に向け剣を振るう。しかし、ヤシャールはギリギリで私の攻撃を避けると反撃とばかりに炎を放ってくる。
しかし、ウンディーネが盾になるように前に立ち水の膜を張り炎を防ぐ。更にはヤシャールに水球を投げつけたのだ。
「ぐは!」
ヤシャールの顎に当たり顔が上向きに上がる。するとシルフが私の肩に手を置き言ってきた。
『決めるわよサリエラ』
『わかったわ』
私は魔力を大量にシルフに流し込む。すると、シルフはヤシャールに向かって魔法を唱えた。
『サイクロン』
シルフが使える最大の魔法が放たれヤシャールを襲う。
「ぐおおおぉぉーーー‼︎」
小型の竜巻が巻き起こり大量の風の刃がヤシャールを斬り刻んでいく。その光景を見た私は二体の精霊に頷いた。
「上手くいったわ」
『良かった。じゃあ私達はしばらく休むわね』
『サリエラ、気をつけてね』
シルフとウンディーネは私に微笑み光りの玉になる。おそらく精霊が見えない人には消えてしまったように見えるだろう。
『シルフにウンディーネ、ありがとう』
私は二つの光りに微笑むと倒れているヤシャールに警戒しながら近づいていく。キリクさんの教えで必ず留めをさせと言われているから。
「必ず生きて反撃をするチャンスを狙っている……」
私はそう呟きながら慎重に近づく。するとヤシャールは素早く立ち上がり距離をとると炎を出し叫んできた。
「くそ! こうなったら我の命と引き換えに貴様の命を頂く‼︎」
ヤシャールは更に両手の炎を大きくし私に突っ込んで来る。だが、同時に私の後ろからリズペット姫の声が聞こえてきた。
「させません。第四神層領域より我に水の力を与えたまえ……アクア・カッター!」
リズペット姫の詠唱が終わると水の刃が私の真横を通り抜けヤシャールに飛んでいく。もちろん私は見ているだけでなくそれに合わせ走りだした。
「我は負けん!」
ヤシャールは水の刃を何とか避ける。しかし避けきったところを私が攻撃する。
「ぎゃあああーーー!」
私に胴を切り裂かれたヤシャールは絶叫しながら倒れそのまま動かなくなった。間違いなく今度は倒せたと確信した私はその場で座り込む。
「ふう。なんとか勝てたわ……」
そう呟いているとリズペット姫が駆け寄ってきた。
「サリエラさん、やりましたね! でも、応援を待って欲しかったですよ」
「すみません、あの魔族はこの都市に魔物を解き放とうとしてましたので……」
私が落ちているデモン・セルを見るとリズペット姫が拾った後、納得した表情をする。
「なるほど。さすがは冒険者ですね。おみそれいたしましたわ」
「いえ、それよりキリクさんの所に早く行かないと……」
私は言った後に回復薬を飲み立ち上がる。だが思ったより力を使いすぎたらしい。ふらつき膝をついてしまったのだ。
すると、リズペット姫の背中に手を当て心配そうな顔を向けてきた。
「サリエラさん少し休まれた方が……」
しかし、私はキリクさんが心配過ぎてついリズペット姫に強く言ってしまう。
「私は早くあの人の所に行きたいの!」
するとリズペット姫は怯えた表情になる。しかし、すぐにハッとした表情で私を見て抱きしめてきた。
「泣かないでサリエラさん、私も一緒にあなたの大切な人を探すから」
「……すみません、魔族を倒して緊張感が緩んでしまったみた……い……う、う、キリクさんが! キリクさんがあ‼︎」
それから私はリズペット姫の胸で泣いてしまった。しかし、しばらくして落ち着きを取り戻す。
「ありがとうございます」
「いいえ。さあ、キリクさんを探しに行きましょう」
私は頷きキリクさんを探しに都市内を探し回った。けれど、いくら探しても全く見つからなかったのだ。
私は絶望感から力が抜けてしまいボーッとしてしまう。空を見上げるとずいぶんと時間が経っていたのか満点の星が見えていた。
もう会えないのかな……
私は力なく星を眺めていたら、突然、遠くの空に光が登っていくのが見えた。直後、何故かわからないがキリクさんがその方向にいると確信してしまう。
「キリクさん!」
私は必死に走り出す。光りが見えた方向へ。そしてキリクさんが無事でいて欲しいとひたすら祈るのだった。
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