黒き魔女

57


 獣人都市ジャルダンが見えてくると、サリエラが感嘆の声を上げた。


「わあっ、あんな建築物見たことないです。あの、真ん中にある大きな建物はもしかしてお城?」


 サリエラが首を傾げているとリズペットが扇を仰ぎながら頷く。


「ええ。本国では天守閣と言い、あそこに大殿様、こちらの大陸でいう国王様がいるんです」

「リズペット姫の父親か。ちなみに今回の話しは信じてもらえるのか?」

「大丈夫です。大殿も話しがわかる方ですし、それにスノール王国の手紙を見せれば問題ありませんよ。そうだ、関所を通る時にお二人にはこの御守りを身に付けて頂きますね」

「結界を通るためのものか。上手く発動しなかったらどうなる?」

「痺れて動けなくなります」

「まあ、即死しないだけマシだな」

「流石にそこまで物騒な事はしませんよ。関所では……」


 リズペットが扇で口元を隠し視線を向けてくる。そのため、俺は肩をすくめた。


「中では余計な行動はしないように心がけよう」

「お願いしますね」


 俺はリズペットの言葉に頷くと早速、御守りをつけた。

 まあ、内心では種族的なもので止められるかと思っていたが、リズペットがいるおかげかあっさりと関所を通過する事ができた。

 そして無事、獣人都市ジャルダンに入ることができたのだが、中に入るなり異国に来た気分になってしまった。

 目に映った獣人が着ている服や、建物が見たことないものばかりだったからだ。


 本に載っていないものばかりだな。確かハカマだったか?


 俺は興味深げに見ているとハカマの上に鎧を着た集団を見つけた。

 おそらくサムライというやつなのだろう。そんな彼らを見ながら俺は口を開く。


「本当に獣人しかいないな。全員、西側の島国から来たのか?」

「いえ、半分以上はこの大陸の獣人ですね。なのでスノール王国と交流が始まっても支障はないですよ。そもそも私達、本島の獣人も商い魂の方が強いですから相手が獣人じゃなくても気にしませんしね」

「なるほど、だからネイダール大陸に来れたんだな。しかし、なぜあの場所に都市を作った?」

「それは、やはり船の荷下ろしに良い場所はあの場所が一番だったことですね」

「なるほど、そうだったのか」

「まあ、安全だと思っていたダンジョン跡地が危険だとは思いませんでしたがね。でも、おかげで、キリクさん達と会えて要塞都市アルマー以外と交流できるんですから、わたくしとしては結果的に良かったと思う事にします」


 リズペットは楽しそうに笑う。おそらく危険な事よりこれからの獣人都市ジャルダンとスノール王国のこれからを考えているのだろう。


 全く肝が座ってる……。お姫様より商人の方が合ってるんじゃないか?


 俺は呆れながらそう思っているとリズペットはこちらに視線を向け指で輪を作ったのだ。要は俺の考えを読まれていたのだ。


 やれやれ、やはり商人か。


 俺は降参のポーズを取ると、リズペットは満足したように笑みを浮かべた。しかし、すぐに真面目な顔に変わると改まった口調になる。


「キリクさん、サリエラさん、ようこそ獣人都市ジャルダンへ。しっかりとおもてなしさせてもらいます」


 そして、馬車内でセイザをして頭を下げてきたのだ。



 あれからテンシュカクに到着した俺達は和室という場所に案内された後、色々ともてなおしを受けていた。

 ちなみにリズペットはオオトノである父親に話しに言ってくれている。おそらく、ダンジョン跡地にも入れる許可をくれるだろうとのことだ。

 

 まあ、勇者パーティーにそこら辺は任せればいいな。俺はそれを見届けたら観光でもするか。


 狐の面を見ながらそう思っていると、犬の面を持ったサリエラが大きな溜め息を吐く。


「キリクさんの獣人姿を見たかったですよ。今からでも良いので変化薬を飲みませんか?」

「リズペット姫がわざわざ俺達をスノール王国の使者として扱っているんだ。する必要ないだろう」

「じゃあ、これが終わったら一回使って下さいよ。キリクさんは絶対、犬耳族が似合いますよ。私と一緒に犬耳族になりましょうよ」

「サリエラが変化薬を作れたら、実験台にそれを使ってやる」

「えー⁉︎ それいつ作れるんですか……」

「お前には錬金術の基礎は教えたからな。後は俺が書き留めてきたノートの束をやる。それを読めばすぐに変化薬を作れる様になるぞ」


 俺はノートの束を収納鞄から取り出しサリエラに渡す。するとサリエラは複雑そうな顔を向けてくる。


「それじゃあ、キリクさんから、もう直接、錬金術は教えてもらえないって事ですか?」

「ああ」

「じ、じゃあ、また冒険者のイロハをしっかりと教えてもらいますね」

「いや、お前は既に知識は十分身についてるはずだ。だから俺がサリエラに教える事はもう何もない」

「えっ、待ってください……。それじゃあ、今後どうなるのですか……」

 

 サリエラは言ってて涙目になり始める。しかし俺は気づかないふりをしながら口を開いた。


「今回の件が終わり次第、サリエラは東側に戻ってダマスカス級冒険者を目指すと良い」

「……キリクさんはどうするつもりですか?」

「安心しろ。俺は今後ソロで簡単な依頼しかやらない。まあ、金もあるししばらくは金策をする必要もないだろう。だからサリエラが側にいなくても大丈夫だ」


 俺がそう答えるとサリエラは絶句した表情になったが、すぐに作り笑いを浮かべる。


「……そ、そうですか。で、でも、キリクさんは色々と心配ですからちょくちょく会いに行きますね……」

「……ほどほどにな」

「……はい。……あっ、私ちょっと外の空気を吸ってきますね」


 そう言うとサリエラは作り笑いを浮かべながら足早に部屋から出ていく。そのため、俺は一瞬追おうか迷ってしまう。

 しかし、頭を振り大きく溜め息を吐くと収納鞄から霊薬を取りだす。すぐに冷静になることができた。

 何せこの霊薬を見ると嫌でも現実に戻されるからだ。自分の時間がもう限られていることを。


 だからこれで良い。あいつにとっても俺にとっても……


 俺はそう思いながら霊薬を見つめる。しかし、しばらくして収納鞄にしまった。気配を感じたからだ。

 俺は扉に視線を向けるとリズペットとサリエラが入ってきた。


「お待たせさました、大殿がお呼びです」

「わかった」


 俺は頷き立ち上がる。その際、視線だけサリエラに向けたが既に笑顔になっていた。


 どうやら、悩みすぎていたらしい。


 俺は安堵しながら謁見の間まで案内するリズペットの後ろをついていく。しかし、途中あることに気づき立ち止まった。


「誰かにつけられているな」


 そう呟くとリズペットは驚いた顔を向けてきた。


「彼らの気配がわかるのですか?」

「ああ。かなりの手練れだな」

「武器を回収しないかわりに彼らが見張っているのですよ」

「なるほど。しかし、いいのか? オオトノは国王と同等だろう?」

「大殿といっても商人の代表みたいなものですから。それに商売の話をする際に相手の武器を回収をしたら本音が聞けなくなりますからね」

「となると、ここは商人の都市ってところか」

「ええ、大殿を見ればそれが実感できますよ」


 リズペットはそう言って微笑む。その意味がよくわかったのは謁見の間に通された時だった。

 王が着ると言うより、商人が着そうな派手な服を着た兎耳族の男が柔和な笑みを浮かべていたから。


「良く来てくれました。スノール王国の使者様。ワシはリズペットの父であり、この獣人都市ジャルダンを治めるラバットと申します」


 ラバットはそう言って低姿勢で挨拶してくる。


「ねっ、言ったでしょう」


 リズペットが笑みを向けてきたので俺は頷く。


「確かに商人だな。では、こちらも挨拶を。お招き頂いてありがとうございます。私は冒険者をしていますキリクと言います」

「ははは、ワシは大殿と呼ばれてるが中身はがめつい商人ですよ。喋り方は普通にしてくれて構いません。それにワシのことはラバットと呼んで下さい」

「わかった」


 俺が頷くとラバットはブレドが書いた手紙を出し笑みを浮かべた。


「いやいや、手紙を見た瞬間飛び跳ねてしまいました。何せ、繋がりを持ちたかったスノール王国から手紙がきたのですから。早速、返事を書いてスノール王国に伝令を送りましたよ」

「それは良かった。両国が上手くいくことを俺も祈ってる。それで例の件だが」

「それは勇者パーティーが来てからでよろしいですかな」

「もちろん」


 俺が頷くとラバットは手を叩く。すると、しばらくして勇者パーティー白鷹の翼が謁見の間に入ってきた。

 ただし、入ってきたと同時にミナスティリアが俺を睨んできたが。


「何故、あなたがここにいるの?」


 ミナスティリアはそう質問してきたので肩をすくめる。


「スノール王国から楽な仕事をもらった。簡単で旅行気分もできる仕事をね」

「簡単に獣人都市ジャルダンに入る方法……是非、教えて欲しいわね」

「内容は話せない。そんな事より勇者殿はやらなきゃいけない事があるだろう」

「まさか、それも?」

「ついでだ。こちらの受けた依頼は簡単な調査だからな」

「何もなければでしょう……」

「その時は勇者殿に泣きつく予定だったから呼んだんだ」

「ブレド国王の悪知恵ね……」


 ミナスティリアは顔を顰める。どうやら勘違いしてくれたらしい。だが、ここは話しを合わせることにした。


「仕方ない。お前達はレオスハルト王国に雇われてるのだからな」

「……まあ、そういうことにしておくわ」


 ミナスティリアは俺を十分睨むと視線を外した。すると、ラバットが苦笑しながら俺達の間に入る。


「では、本題にいきましょう。現在、この都市の中に手配書に載っている人物達の目撃情報はありません。不穏な動きをしてるという情報もこの一カ月間報告はない。勇者殿、外側から見てたでしょう。どうでした?」

「……私達も見てないわ」


 ミナスティリアがそう答えるとラバットは俺に顔を向ける。


「キリク殿、手配書の人物は本当にここに来るのですか?」

「西側に向かったのは確からしい。まあ、来ないなら来ないで良いんだが、おそらくスノール王国内部まで入りこんだんだ。間違いなくここにも既に入り込んでいる可能性はある」

「それなら、早めにダンジョン跡地に行った方が良いか……」


 ラバットは考える仕草をする。俺はそんなラバットに質問する。


「ラバット殿、ダンジョン跡地には何を立てているんだ?」

「獣神ライオール様を祀る社です」

「それは形だけのものなのか?」

「いや、後々は神下ろしの儀を執り行う予定ですよ。もしかして不味かったですか?」

「いや、獣神ライオールの力が働いているなら魔王の残滓は掻き消されてると思っていたんだ。だが、形だけのものなら残っている可能性がある」

「なるほど、そうなると運が悪かったか……。実をいうと一週間前に神下ろしの儀を執り行う予定だったんです。しかし、神主が今は星の巡り合わせが悪いと言って……」


 ラバットがそう言うと、今まで静かに聞いていたリズペットが首を傾げた。


「大殿……それは本当なのですか?」

「ああ、今、神を下ろすと中途半端になって、この都市に悪影響が出ると言われた」

「いえいえ、そんなわけないですよ。そもそも獣神ライオール様に星の巡り合わせなんて関係ないです。巫女の舞さえしっかりできれば問題ないのですから」

「な、なんだと⁉︎ じゃあ何故神主は……まさか!」


 ラバットはハッとした表情を向けてきたので俺は頷く。


「どうやら、その社に向かった方が良いかもな。誰か俺達を案内できるか?」


 俺がそう聞くとリズペットが手を上げた。


「私が案内します」

「危険だぞ?」

「私はこう見えて強いですよ。大殿、皆に至急連絡を」

「わかった!」

「では、皆様行きましょう」


 リズペットはそう言うと俺達を社の方へと案内する。途中、白鷲の翼のメンバーも合流したのだが案の定、俺の姿に皆驚いていた。


「何故、あなたが……ますます興味深いわね」


 ファルネリアはそう言いながら俺を下から上えと値踏みしてくる。


「くくくっ、ミナスティリアを不機嫌にするなんてあんたやるねえ」


 ブリジットは相変わらずだったがサジは俺に近づいて来ると心配そうな表情で話しかけてきた。


「キリクさん、お身体は大丈夫なんですか?」

「まあ、何とかな……」

「まさかと思いますが、あなたは狂化薬とか使ってないですよね?」

「いや、あんな禁止薬は使ってないぞ」

「……そうですか。最近、狂化薬を使っていた冒険者を見ましてね。あなたに似た症状だったんですよ。……いや、あなたの場合はそれ以上でしたが」

「俺の身体がボロボロなのは加護無しのこの身体を酷使したからだ」

「えっ、キリクさん加護がなかったのですか……。すみません、余計な事を言ってしまって」

「気にしないでくれ。サジ殿が心配してくれているのは理解してる」

「ありがとうございます。では、これも余計なお世話かもしれませんが……キリクさん、死に急がないで下さいね」

「……約束はできないな」

「それは残される人を悲しませるとしてもですか?」


 サジはサリエラの方を見るが俺は頭を振る。


「……サリエラはそういうのじゃない」

「それでも残された者の事を考えてあげて下さい。あなたなら間違いなく残される者の悲しみを理解できる方だと私は思ってますよ」


 サジは笑顔でそう言うとパーティーの方に戻っていく。すると入れ替えにサリエラが近づいてきた。

 

「キリクさん」

「……なんだ?」

「最悪戦闘になってしまったらキリクさんは勇者様に任せて避難して下さいね」

「……ああ、そうするつもりだ」

「絶対ですよ」

「……絶対は無理だ。何が起きるかわからないからな」

「なら、その時は私がキリクさんを守ります」

「サリエラ、俺にそこまで……」


 話してる最中、近くで膨大な魔力が高まるのを感じたのだ。しかも、ザンダーといた魔族のものだった。


「皆様、社の方で何かあったみたいです!」


 リズペットがそう言ってある方向を指差す。直後、沢山の火の手が上がる。俺達は顔を見合わせると急いで走り出す。

 そして現場に到着するとすぐに武器を抜く。そこには魔族が手に炎を纏いながら楽しそうに笑っていたから。

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