56
そして中を見て目を細めた。浴室は蝋燭の炎だけで良い雰囲気を出していたからだ。
しかも、香り付きか。
俺は早速、身体を洗うと泡風呂に浸かる。それからサリエラの事を考えた。最近、言いまかされてばかりだと感じたからだ。
正直、先のことを考えるとどこかのタイミングで突き放さないといけないと思っている。しかし、本人を目の前にするとあの様になってしまうのだ。
まだまだ未熟ということか……
俺は溜め息を吐きそう思っていると、風呂場の扉が開き前をタオルのみで隠している裸のサリエラが入ってきたのだ。
俺はもちろん驚いてしまう。
「お前は何やってるんだ⁉︎」
サリエラのあられもない姿に感情の乏しくなった俺もさすがに大声を出す。しかし、サリエラは答えることなく浴室に入ると無言で身体を流しはじめたのだ。
俺は額から変な汗が出てきてしまう。色々と世話を焼いてくれていたが、ここまでとは思わなかったからだ。
クソッ。もっと早く距離を置いとくべきだった。
そう思いながら唇を噛み締めていると、身体を洗い終えたサリエラが風呂の中に入ってきたのだ。
俺は慌てて背を向ける。そして浴槽の端に限界まで寄った。なるべくサリエラに触れないようにするためだ。
だが、背中全体に柔らかいものが当たる感触がしたのだ。
な、何が当たっているんだ……
正直、考えると不味そうなので無心になりながら黙っているとサリエラが声をかけてくる。
「……キリクさん、温まってますか?」
「あ、ああ」
「この蝋燭、凄く良い香りでリラックスできますね」
「そ、そうだな……」
「キリクさん……」
「な、なんだ?」
「私、キリクさんのこともっと知りたいです……」
「……俺は加護無しのシルバー級冒険者という以外何もないぞ」
「嘘です。あなたの知識量、そして戦闘経験、どれも私が知っている高ランク冒険者のどれよりも上です。あなたはいったい何者ですか?」
サリエラはそう言うと逃がさないとばかりに俺を抱きしめてくる。きっと答えない限り離す気はないのだろう。
俺はもちろん答える気はない。本当の事を話せば周りに迷惑がかかるからだ。それに場合によってはサリエラも危険な目に遭うかもしれない。
だから、話すつもりは……
そう思っているとサリエラが更に力を込め、抱きしめてくる。
「……私はキリクさんの力に……なりたい……」
「サリエラ……」
「キリク……さんお願いです……」
サリエラの言葉に心が揺れてしまう。そして思ってしまったのだ。信頼できるサリエラなら良いのではないだろうかと。
俺は目を閉じ、ゆっくり息を吐く。それから、しばらく考えた後に口を開いた。
「……サリエラ。俺はハーフエルフなんだ。だから見た目より年を取っていて知識や戦闘経験などがあるだけなんだ」
「……」
サリエラは無言だったが何かを考えているのだろうと思い続けて話す。
「俺は昔、無理をし過ぎて身体はもうボロボロなんだ。おそらく人族の寿命よりも短いだろう」
「……」
俺の肩にサリエラの頭が当たる。人の良いサリエラは俺の状態にショックを受けて項垂れてしまったのだろうか。
だが、次の言葉でサリエラはきっと安心するだろうと思い俺は口を開く。
「今回の件が終わったら俺は楽な依頼しかやらないようにする。だからお前は心配せずに自分の事だけを考えろ。そして、もっと上を目指せ」
俺は心の底からそう思いながら、サリエラの反応を待つ。しかし、いつまで経ってもサリエラは何も言ってこなかった。
「……サリエラ?」
俺はなんとか顔だけサリエラの方を向ける。しかし、蝋燭の明かりだけではサリエラの様子はわからなかった。
仕方なく、少し身体をずらしてみる。そして俺は大きな溜め息を吐いてしまう。サリエラが寝ていたから。
くっ……。近くにいてわからなかったなんて……
いや、この状況じゃ俺の頭もまともに回るまけないか……。だが、どうする……
俺は寝ているサリエラを見る。泡風呂で全体がわからないが背中に当たった感触から、間違いなくサリエラはタオルなど使わずに裸で入っていた。
サリエラの名誉の為にもなんとか肌を見ないようにベッドに運ばないといけない。
はあ、これは魔王と戦うより精神が削られるな……
だが、早くやらないとサリエラが風邪をひいてしまう。
俺は心を落ち着かせ、サリエラを抱えると浴槽から出る。そして素早くサリエラの身体についている泡を流すと急いでベッドへと連れていき布団をかけ寝かせた。
ふう、なんとか上手くいった。正直、魔王を討伐した時より遥かに達成感があったぞ。
俺は衣類を着て近くの椅子に腰掛ける。そして、中身が半分以上なくなった酒のビンを持ち上げた。
なるほど。サリエラはこれを飲んでから風呂に入って来たのか……
要は酔っ払ったサリエラに絡まれただけだと理解した俺は溜め息を吐いた。
それから、気持ち良さそうに眠るサリエラを呆れ顔で見つめた。だが、すぐに頬が緩んでしまう。サリエラの寝顔を見ていたら心が落ち着いたからだ。
だが、すぐに俺は頭を振ると収納鞄からノートを取り出す。そして、ノートと交互にサリエラを見つめる。
さっさとやってしまおう。サリエラのために。そして俺のために。
そう思いながらも俺はしばらくの間、サリエラの寝顔を見つめ続けるのだった。
◇
翌日、サリエラは風呂場に突入した事は覚えていたらしいが、どのタイミングで寝てしまったのかは覚えていなかった。
なので昨日の話しをもう一度しようかと聞いたら強やんわりと断られてしまったのだ。
「……本当に良いのか?」
「はい、大丈夫です。キリクさんはキリクさんですからね」
サリエラはそう言うと微笑んできた。ただ。なんとなくだが、これ以上は昨日の話を聞きたくない雰囲気は漂っていた。
まあ、仕方ない。酔っ払った挙句にあんな大胆な行動をしたのだから。
だから、俺は黙って頷くとコール辺境伯の格好に着替えた。フィーリアルに会いに行くためだ。
「きっと根掘り葉掘り聞かれそうだな」
そう呟きながら思い出していた。ある人物を。しかし、すぐに頭を振った。
さすがに彼女は違うだろう。何せ貴族令嬢なのだからな。
しかし、サリエラを伴いフィーリアルの元に向かうとレオスハルト王国でサリエラが泊まっていた宿の女将の如く笑みを浮かべて聞いてきたのだ。
「お二人とも、昨日はごゆっくりとおやすみになられましたか? うふふふ」
俺は溜め息を吐く。やはり、同じタイプだったかと。そんな俺の横でサリエラが笑顔で答える。
「はい、おかげさまで私もコール様も良く眠れましたわ」
「ふふ、そうでしたか。あの蝋燭と泡風呂はどうでしたか? うちの商会で作らせてる売れ筋商品なんですよ」
「とてもリラックスできましたよ」
「それは良かったわ。……浴槽を広く作りましたからお二人でも十分入れたでしょう?」
俺はすぐに答えようと口を開く。サリエラに余計な事を言わせないために。しかし、サリエラの方が答えるのが早かった。
「はい、凄く楽しめましたよ。ね、コール様」
俺は思わず項垂れる。その後、視線をフィーリアルに向ける。案の定、目を閉じ口元を手で隠しながら振るえていた。
間違いなく想像してニヤつきそうになったが、俺達の手前、顔に出ないよう必死に我慢してるってところだろう。
やれやれ。
俺は隣りで朝食を楽しんでいるサリエラを見る。
全く、演技なんだから適当に言えば良いのに真面目なやつだな……。まあ、俺達は存在しないわけだからある意味何を言っても問題ないわけだが……
俺がそんなことを考えながら、紅茶に口をつけていると、引き攣った笑みを浮かべたフィーリアルが話しかけてくる。
「お二人とも、昨日の件ですが改めてありがとうございました。後ほど私の方からお礼の品を送っておきますね」
「いえ、私達には必要ありません。それよりスノール王国ともう少し仲良くして頂ければ……」
「ふふ、それなら安心して下さい。実をいうとブレイス様と友人になったんです。今度、スノール王国にも招待されたんですよ」
フィーリアルは頬は少し赤くしながら言ってくる。どうやらあの後、ブレイスと進展したらしい。
俺は目を細めた。
良かったなブレイス。まあ、上手くいっても父親と同じように尻にしかれそうだが……
それでも、上手くいって欲しいとブレイスの小さい頃を見ていた俺はそう思ってしまうのだった。
◇
その後、フィーリアルと談笑は続いていたが朝食も食べ終えたので、挨拶もそこそこに俺達はリズペットの元へ向かった。
「ようこそ、お二人共」
リズペットは部屋に俺達を招き入れる。そして緑色の濁った液体が入った器を出し俺達の前に置くと無言で微笑んできた。
なので、俺はその器を持ち上げて中身を飲んでみせるとリズペットは驚いた表情を向けてきた。
「……知ってたのですね」
「ええ、リョクチャという飲み物に器はユノミですよね」
「はい。ちなみに茶葉も器も本国から取り寄せた物なんです。コール辺境伯、おみそれいたしましたわ」
リズペットはそう言いながらとても嬉しそうな表情を浮かべる。そんなリズペットにサリエラが声をかける。
「苦味と甘味のバランスがちょうど良いですね。エルフ族の出す飲みものにも通じるものがありますよ」
「なるほど、エルフ族にも同じようなものがあるのですね。これはうちに帰ったら皆と相談しないといけませんね」
「その方がいいでしょうリズペット姫。スノール王国と交易ができればあそこにはエルフもいますから売れると思います」
俺がそう話すとリズペットは大きな溜め息を吐いた。
「……はあ、なるほど。これはもうお引き受けするしかありませんね。コール辺境伯、貴方の希望を受け入れましょう。ただし昨日の件を含め何故、獣人都市ジャルダンに入りたいかは説明していただけるのですよね?」
「ええ、もちろん」
俺は頷くとスノール王国で起きた事をリズペットに説明する。ついでに俺達がスノール王国に雇われた冒険者だということも。
リズペットは腕を組み険しい表情になった。
「魔王の残滓ですか……。あなた方はそれを調査したいわけですね」
「ええ」
「それなら、許可します。それと獣人都市ジャルダンの周りにいる勇者パーティーも中に入ってもらいましょう」
「勇者パーティーは既にそちらに行ってるいるのですか?」
「ええ、巧妙に隠れてますが匂いは隠せてなかったみたいですよ」
「なるほど……」
「とりあえずは話しを聞く限りまだ時間的に猶予がありますが、対策する時間も考えてなるべく早くここを出た方が良さそうですね。もしよろしければお二人もご一緒にどうですか?」
「それはありがたい。では、俺達はいつでも出れる様に準備と第二王子に今回の件を報告してきます」
「では、そちらの準備が終わりましたらすぐに出発しましょう」
「わかりました」
俺は頷くとリズペットと別れ、すぐにブレイスに会いに向かった。
「そうか、獣人都市ジャルダンとの件は父上に報告しておくよ。それとアルマー侯爵令嬢には俺から二人の事は伝えておく。だから安心してくれ」
「すまない、ブレイス」
「いや、気にしないでくれ。俺も魔物の軍勢が西側に現れるのは見たくない。あんな光景は一回見れば十分だ」
そう真剣な表情でブレイスが言った時、俺は昔のことを思いだす。ブレドが小さかったブレイスを連れて前線に来たことを。
あの時、魔物の軍勢を見たブレイスが泣き出して大変だった。もちろん俺達はブレドに怒ったがあいつは言ったのだ。
これは必要なことだ……か。あいつの言動はあながち間違ってはいなかったということか……
俺は頷くとブレイスを見つめる。
「……そうか。なら、さっさと行って調査してこないとな」
「頼む。何かあればスノール王国に連絡をくれ。父上もすぐに動いてくれるだろう」
「わかった。では行ってくる」
俺はそう言うと部屋に戻る。それから荷物を纏め冒険者の格好に戻るとサリエラと共に部屋を出た。
「なんとか上手く行きそうですね」
リズペットの元へ向かう途中、サリエラがそう言ってくる。
「ああ、これもスノール王国のおかげだな」
俺が頷きながらそう言うとサリエラが心配気に質問してきた。
「キリクさん、もし手配書の人達と会ってしまった場合どうしますか?」
「もちろん逃げるさ。勇者様御一行がいるからな。だから俺の事は心配しないで付いてこなくてもいいんだぞ」
「いえ、私も冒険者の端くれです。ここまで深入りしてしまったら他人事ではありませんよ」
「……そうか、なら無理はするなよ」
「私は無理はしません。キリクさんが無茶をしないか監視するんですよ」
「やれやれ、全く信用されてないようだな」
「何度も無茶をした前科がありますからね」
「まあ、否定はしない」
俺は肩をすくめる。しかし、サリエラは怒っているのか悲しんでいるのかわからない表情をしてきた。
「……キリクさん、お願いですからもう無茶はしないと約束をして下さい」
「さっきも言ったろう?」
「約束はしてません」
サリエラはそう言ってくるが、冒険者をやっていくには時には無茶なことをする必要がある。
特に今回はそういう時だと俺は思っている。だから、俺は真面目な顔でサリエラを見る。
「……今回はそれは無理なのはお前もわかるだろう」
「わかっていますが、あなたは……いえ、何でもありません。さあ、リズペット姫が待ってますから向かいましょう」
サリエラは怒った表情でそう言うと、俺の返事を待たずにさっさと歩き出してしまった。しかし、結局、すぐに引き返してくると俺の腕を掴んで俯いてしまう。
やれやれ……
俺はサリエラの頭を撫でる。
「なるべく無茶しないように気をつける……」
するとサリエラは勢いよく顔を上げいつも通りの誰もが見惚れるような笑顔を見せてきた。
「約束ですからね!」
「……ああ」
それから機嫌が良くなったサリエラの相手は大変だった。
しかも隙を見せれば変な約束をしようとしてくるので、リズペットと合流するまで俺は精神がかなりすり減ったのだった。
「キリクさんとサリエラさん……で良いんですよね」
馬車に乗りこむとリズペットは興味深そうに本来の姿の俺達に話しかけてきた。
「ああ」
「はい、リズペット姫」
「ふふふ、お二人ともそっちの格好も似合いますね」
「まあ、俺達の本来の正装はこっちだからな」
「それにしてはキリクさんの演技は凄かったですね。もしかして元貴族なんですか?」
「いや、勉強しただけだ……」
「キリクさんは勉強家なので色々なことが詳しいんですよ」
「そうなのですか。それなら現在の勇者パーティーの事を知っていられるなら教えてもらえないですか?」
「構わないが、何が聞きたいんだ?」
「一番知りたいのは強さですね。場合によっては要らない可能性もありますから」
リズペットはそう言うと笑みを浮かべる。俺は思わず目を細めた。
「ずいぶん自分のところに自信があるんだな」
「ええ、うちには侍、忍者、巫女などこちらの大陸の冒険者や兵達に負けないぐらい強い者達がいるんです。特に侍で強い連中は弱い巨獣を一人で何とか倒せるぐらいですよ」
「そうなるとサムライの強さはダマスカス級はあるってことか。なら勇者ミナスティリアはその上のオリハルコン級、仲間はダマスカス級はあるぞ」
「そうでしたか。ちなみにオリハルコン級はどれくらいの強さなんでしょう?」
「弱い巨獣なら一太刀で倒せる」
「はっ⁉︎」
リズペットは驚いた顔で俺を見てくる。俺は頷くともう少し説明することにした。
「ミスリル級の魔物、ここら辺だとダイアウルフの群れが襲ってきた場合、魔力を込めた一太刀で簡単に倒すことができる」
「……嘘ですよね?」
「本当だ」
「勇者ってそんなに強いんですか……」
「ああ、加護……」
「ミナスティリア様も凄いですが、アレス様はもっと強かったんですよ!」
横でうずうずしていたアレス信者が遂に我慢できなくなったらしい。俺の言葉を遮って話しに入ってきたのだ。
リズペットは驚きながらも興味を引いたのか質問する。
「サ、サリエラさん、そうなのですか?」
「はい! 勇者アレス様は一人で巨獣二体を一太刀で斬り伏せますからね!」
「いやいや、それは流石にないですよ……。どうせ、噂話におひれはひれ付いただけでしょう?」
「いえいえ、ちゃんと証拠があるんですよねえ」
サリエラはそう言いながらニヤッと笑みを浮かべる。すると、リズペットは大口を開けながらサリエラに詰め寄った。
「サリエラさん証拠があるんですか⁉︎」
「沢山の冒険者の前でイアイギリという技で倒してしまったんですよ」
「居合切りですか? それって侍道を極めた者が使える技ですよ……。何でそれを勇者が使えるんですか?」
「アレス様は研究熱心で色々な技や魔法を使えたらしいですよ」
「ずいぶん勤勉な方だったのですね。わたくし興味が湧いてきました」
リズペットがそう言うと、サリエラの目が一瞬光る。そしてすぐさま持っていた収納鞄から一冊の本を取り出すとリズペットに手渡した。
「勇者アレスを知る『基礎編』ですか?」
「はい、リズペット姫、では私がご説明しますよ……」
そう言って満面の笑みを浮かべながらサリエラは話し出した。そして、獣人都市ジャルダンに着く頃にはアレス信者がまた一人生まれたのだった。
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