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 あれからブレドはニヤついた表情で部屋を出て行った。どうせ、またふざけた事を考えているのだろう。


「やれやれ」


 俺は溜め息を吐いているとサジが部屋に入ってくる。サジは俺と同じく城の一室を借りて白鷲の翼の治療をしているのだ。

 そして、ついでに俺も診てくれているのである。


「キリクさん、身体の調子はどうですか?」


 そう言ってサジは俺を診てくる。そのため、手を軽く上げて振ってみせる。


「なんとか物を投げれるまで回復できた。それよりシャルルの方はどうだ?」

「それが怪我はもう大丈夫なんですが、血を流し過ぎた所為なのかまだ目を覚ます様子はないんですよ」

「そうか……」


 俺は拳を握りしめる。おそらくザンダーに斬られたショックが強かったのだろう。


 ザンダー……

 

 俺は静かに怒りを感じているとサジが治療の魔法を唱えてきた。


「……キリクさん、あなたは人のことより自分の身体の心配をした方が良いです。では治療を始めますよ。第六神層領域よりこの者を癒したまえ……ヒール!」


 サジの魔法が俺の身体の痛みをみるみる癒していく。俺は手を何度も握りしめ頷く。


 流石はダマスカス級だな。普通のヒールより治癒力が全然違う。


 これなら、早めに動くことができそうだと判断しながらサジに頭を下げる。


「サジ殿、ありがとう」

「いえいえ。私はたいしたことはしていません。あなたの回復力が凄いんです。ただ、ずいぶんと身体を酷使してるますね……」


 サジは心配そうに見てくるため、俺は思わず聞いてしまう。


「……そんなに酷いのか?」

「よく、身体が耐えてるって感じです」

「そうか」

「そうかじゃないですよ。これ以上、無茶をするといつか身体が動かなくなりますよ」

「後、少し頑張ったら身の丈にあった生活に戻るさ……」


 俺は肩をすくめるとサジは多少疑う素振りを見せながらも頷いてくれた。


「それなら良いんですけどね。まあ、とにかく当面は安静にして下さい。じゃないと、うちの勇者様のように痛い思いをしますよ」

「……まだ勇者殿は探し回っているのか?」

「そうなんですよ。怪我もちゃんと治ってないのに城の中を動き回るから傷が開いて……」

「……あれは英霊なんだろ? なら、探しても無駄だと思うんだが……」

「いやあ、そうなんですけどね……。でも絶対この城の中にいるって騒いでまして……。おかげで城の方達にも多大なるご迷惑を……」

「そ、そうか……サジ殿も大変だな……」

「ははは……はあっ」


 サジは乾笑いをした後、大きく溜め息を吐く。その様子にミナスティリアが相当迷惑をかけていることがわかり、俺はサジに心の中で詫びたのだった。



 サジの治療も終わり、俺は本を読みながら一人でくつろいでいるとサリエラが部屋に入ってきた。


「キリクさん、ナディアさんから情報をもらってきました。数日前に西側に馬車で向かっていく元副ギルド長を見た人がいました。ただ、同乗者はわからなかったそうです」

「そうか、やはり魔族や魔人は隠すだろうな……」


 わかっていたとはいえ俺はがっかりしてしまう。するとサリエラが怒った表情で口を開いた。


「全く誘拐だなんて許せません。絶対、助けだしましょうね!」

「……ああ、そうだな」


 俺はそう答えた後、心の中でサリエラに詫びる。今回、城であった事は一部のものしか知らされていないからだ。

 何せ、人造とはいえ魔王がまた現れるなんて知ったら大陸中がパニックになるからだ。だから、今回の騒動は全て死霊術師達が起こしたものとなっているのだ。

 ちなみにザンダーに関しては貴重な魔人であるマルーを高く売り飛ばす為、誘拐したという事になっている。

 だから、サリエラは信じてあんな事を言ったのだ。まあ、サリエラにはタイミングを見計らって人造魔王の件は話すつもりである。

 場合によっては俺がザンダー達の相手をしている間にマルーを連れ出してもらう予定だからだ。


 俺のことはバレないようにだが。


 そう考えながら、これからの事を考えているとサリエラが俺の側に座り顔を覗き込んでくる。


「とにかく、キリクさんは早く元気にならないと駄目ですよ」

「そうだな」


 俺は頷いた後、壁に立てかけてある杖を見る。数日後にはブレイスを連れて要塞都市アルマーに行く予定なのだ。だができればそこまでにはまともに歩けるようにしたい。

 そこで、サジの魔法での治療に加え俺が作った薬だ。もちろん錬金術の知識を使っているから効き目は市販の薬草より良い。


 まあ、加護の効力はないからたいした差はないがな。


 俺はそう思いながら薬を口元に持っていく。しかし、途中で止め薬を眺めた。タクロムの姿に化けた人物を思いだしたからだ。


 錬金術師の加護を持っているのだけはわかる。それと闇人……そしてザンダーとつるんでいるのも。

 そうなると奴は今ザンダー達と一緒に行動してることになるのか。


 正直、ザンダーや魔族よりタクロムに化けた人物に警戒してしまう。何せデモン・セルの知識を持っていたからだ。

 だから、保険としてミナスティリア達を巻き込んだ方が良いだろうと判断する。


 最悪の事態になったら、ミナスティリア達に主軸で動いてもらわないといけないからな。


 そんな事を薬を持ちながらボーッと考えているとサリエラの視線に気づく。


「どうしたサリエラ?」


 俺はサリエラを見る。サリエラはなぜか顔を赤くし上目遣いで言ってきた。


「あ、あのう、キリクさん……。もし、お薬が飲めないのであれば、わ、私がまた飲ませてあげましょうか?」

「ああ、考えごとをしていただけだから大丈夫だ」


 俺はそう答えると、さっさと薬を飲みこんだ。するとサリエラが溜め息を吐き俯いてしまったのだ。

 まあ、どうせ俺を赤子扱いしようとしたのだろう。


 やれやれ。俺はお前の倍以上生きてるんだぞ。全く……


 俺はサリエラを呆れながら見ると水で薬を流し込むのだった。



 数日後、俺は杖をつきながらなら歩き回れるほど回復していた。今はリハビリもかね、許可が降りている範囲の城内を歩き回っているところだ。

 俺は杖を浮かしながら歩く。それから軽く杖を振り回した。


 杖がなくても歩けそうだが、剣を振るのはまだ無理そうだな……


 俺はそんな事を考えながら再び城内を歩いていると、庭の訓練場から剣を振る音が聞こえてきた。

 おそらく騎士団辺りが練習してるのだろう。少し興味があったので見にいく。ベアードと数人の騎士達が剣を振る稽古をしていた。

 俺はベアードの動きを見て目を細める。


 動きは父親以上。だが慎重過ぎる。あいつならもっと踏み込むだろうからな。


 今は引退した見た目が山賊の親分みたいな男を思い出しているとベアードが俺に気づき駆け寄ってきた。


「あ、アレ……いや、キリク殿! まさか、練習を見に来てくだされたのか!」

「あ、ああ……」


 ベアードの勢いに俺は興味がてら来ただけだとは言えずに頷く。すると、ベアードは目に涙を溜め始める。


「くっ、このベアード、一生の思い出になります! さあさあどうぞ! おい、お前ら椅子を持ってこい!」

「あ、いや、気にしないでくれ」

「何を言います! こいつらもキリク殿に見てもらうのも良い勉強になるだろう」


 そう言うとベアードに半ば強引に連れてかれて椅子に座らさられてしまう。そんな俺とベアードのやり取りに騎士達は首を傾げる。正直、当たり前だろう。

 ただのシルバー級の冒険者に、スノールの黒熊と恐れられる騎士団長ベアードが丁寧に接しているからだ。

 さすがに俺はまずいと思いベアードにそれとなく声をかけようとすると、二人の騎士が俺を睨みつけながら前に出てきた。


「騎士団長。失礼ながら冒険者如きに何故そこまでするのです」

「そうです。我ら崇高なるスノール王国の騎士がこんな冒険者で低ランクのガキにヘコヘコするなんておかしいじゃないですか!」


 二人の騎士はそう言いながら剣で斬りかかってきそうな雰囲気で俺を睨む。

 正直、俺も彼らの言い分は正しいと思っていたが、ベアードはこめかみに青筋が立てながら二人の騎士を殴りつけてしまったのだ。


「馬鹿者が! 貴様らが城内で怯えてる間にキリク殿はこのスノール王国の為に命を張って戦ってくれたんだぞ‼︎」


 ベアードは絶叫に近い声で叫ぶ。だが肝心の聞かせたい二人の騎士は倒れて気絶していた。だが、ベアードはそんな事を気にする様子もなく残った騎士達に説教する。

 さすがにこれはまずいだろうと俺はベアードに声をかけようとしたが、いつの間にか側に来ていたフォウに止められる。


「キリクさん。ここにいる騎士達はあの日、城の中で怯えて戦わなかった腐った貴族のボンボン連中なんで気にしないで下さいねえ」

「……そうだったのか」

「ええ。それで今はボンボンとしてではなく、騎士として最低限は使えるかふるいにかけてましてえ。まあ、口先だけのあの二人はもう失格ですねえ」


 フォウは倒れている二人の騎士を見る。それで俺はあることに気づく。


「もしかして、これはスノール王国の膿を出す作業の一環か?」


 するとフォウは笑みを浮かべ頷く。


「ええ、そうですよお。おかげで沢山の膿を出せましたよお。それにあの日、スノール王国の為に頑張ってくれた人達もいましてえ。その中から良い人材も沢山確保できましたあ」

「なら、スノール王国は安泰だな」

「ええ、次の国王となるアラミス王太子殿下もしっかりしてますからねえ。まあ、問題はブレイス第二王子ってところでしょうかあ……」

「ああ、なんか聞いたぞ。自分で結婚相手を探すって言ってるらしいな」

「ええ、それもあるんですがあ。わたしから言わせてもらいますとお。自分の進む道が見えてないみたいなんですよねえ」

「道か……。確かに第二王子だと将来的には色々な道があるからな」

「ええ、しかも今回はアラミス王太子殿下にも相談できるものじゃないのでえ。一人で悩んでるみたいなんですよお」


 フォウの言葉を聞き俺はブレイスに同情してしまう。


 確かに、国王となる事が決められているアラミスに相談に乗ってくれとは言えないな。だからって他の者達にも相談できる内容でもない……


 俺は頷きフォウを見る。


「大変だな」

「ええ。そこでキリクですよお。要塞都市アルマーに一緒に行くんですよねえ。できれば上手く相談に乗ってもらえるとありがたいのですがあ」

「国王様にも言われたが、いきなり現れた低ランク冒険者に相談はできないだろう……」

「確かに今の冒険者キリクという人物だとそうなんですがねえ……。まあ、要塞都市アルマーに行くまでの間で良いですからあ、キリクさんにはブレイス第二王子の話し相手になってあげて下さいよお。そうすれば何か道筋が見えるかもしれませんからあ」

「……まあ、やれる範囲でやってみる」

「お願いしますねえ。では、いつまでもここにいるのはお身体に悪いですからあ、ここからお連れしますねえ」


 フォウは笑顔で言うと俺の手を引き歩き出す。すぐにベアードが気づき駆け寄ってきた。


「おい、フォウ! キリク殿を何処に連れて行くんだ!」

「キリクさんはお身体の具合が悪いのですよお。熊さんはご理解されてますかあ?」

「ぐぬうっ……」


 フォウはニコニコ笑っていたが怒りのオーラが出ておりベアードは一気に小さくなってしまった。それを見たフォウはフンっと鼻を鳴らすと俺の手を引き庭を出て行く。


「ベアードは大丈夫なのか?」

「大丈夫ですよお、まあ、庭にいる連中は大丈夫じゃないでしょうけどお」


 俺の心配をよそにフォウはそう言い笑顔で返してくる。


 それは大丈夫じゃないだろう……


 そう思ったがフォウの笑っていない目を見て、俺はそれ以上は何も言うべきではないと判断するのだった。

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