48
翌日、俺はブレドに連れられスノール王国騎士団の練習風景を見に杖をつきながら訓練場に来ていた。
ちなみに騎士団の練習を見にきたわけではない。昨日、フォウに怒られた事でベアードが落ち込んでるらしいから俺に一言声をかけて欲しいとブレドに言われたのだ。
「そんなに落ち込むことはないんだがな」
「何言っているんだ。あいつは熱心なアレス信者だからお前に無理をさせたことをかなり気にしてるんだよ」
「で、俺が何か言えば元気になると……」
「ああ、すぐ立ち直るはずだぞ。奴は生粋のアレス信者だからな」
ブレドは確信をもって言ってくる。アレス信者のおかしさは俺も知っている。だからブレドの言うとおりになのだろう。
「……やれやれ」
俺は溜め息を吐きやがら稽古場に入る。すぐに騎士達の練習風景が見えてきた。
見えてきたのだが、何故かそこにサリエラも混じっていたのだ。
「なんであいつが練習に混じってるんだ?」
「うちには女性騎士もいるから彼女の動きは勉強になるんだよ」
ブレドにそう言われて俺はあらためて騎士達を見る。かなりの数の女性騎士がいることがわかった。
「なるほど」
俺が頷いているとブレドが立てかけてある木剣を軽く振りながら言ってくる。
「本当はお前にも稽古をつけて欲しいところなんだがそれは無理だろう?」
「当たり前だ。今の俺はシルバー級冒険者キリクなんだからな」
「そうだな……。まあ、ベアードの件が片付いたら少し見学していってくれ。なんなら我が国のスノール王国流剣術を見せてやろうか?」
「飽きるほど側で見たから遠慮する」
「はっはっは。まあ、そう言うなよ」
ブレドは笑いながら俺の背中を強く叩く。正直、杖で叩いてやろうかと思ったが我慢する。ブレドの笑い声に騎士達が気づき駆け寄ってきたからだ。
騎士達は集まると綺麗に隊列を組み始める。
その中にはアラミスとブレイスも混じっていた。
「ほお、ご子息にも騎士道を教えられているとは大変素晴らしい」
俺は立場的な事を考え恭しく話しかけるとブレドは苦笑する。
「心身共に鍛えられるからな。それより冒険者らしく話してくれ。正直、その話し方は私には寒気しかしない。特にお前が言うとな……」
ブレドは顔を顰めて自分の腕をさするため俺は頷いた。
「わかった。そうさせてもらう」
すると若干数名の騎士から怒りの気配を感じた。まあ、国のトップにこの態度は本来良いわけないから当たり前だろう。
しかし、国王自ら言ってきたのだから誰も何も言ってくることはなかった。
昨日の連中とはやはり違うな。
俺は感心しながらある方向を見る。そして溜め息を吐いた。ベアードが端の方で小さくなって座り込んでいたからだ。
「さすがに落ちこみ過ぎじゃないか……」
思わずそう言うとブレドが手を合わせてくる。
「朝からあんな感じでな……。だから頼むぞ、キリク」
「わかった」
俺は頷くとベアードの方に歩いていく。そして咳払いをした後、口を開いた。
「今日は騎士団長ベアード殿が育てた最強のスノール王国騎士団の勇姿を見たくて来てしまった。俺にぜひ見せてもらえないだろうか?」
そう言うとベアードは凄い勢いで立ち上がり騎士の礼をしてきた。
「はっ! このベアード! 全力でやらせて頂きます!」
一気に元気になったベアードはブレドの方に行き、目線を交わした後に騎士達の方を向く。
「これより、模擬戦をやる! 貴様ら本気でやりあってスノール王国騎士団の凄さをお客人に見せてやれ!」
「御意‼︎」
騎士達は全員、背筋を伸ばすと各々の武器を胸の前に持っていく。その姿は何万回も練習したのだろう。とても洗練されて美しい姿であった。
「スノール王国騎士団、素晴らしい立ち姿だな」
「そう思われますか! このベアード、騎士団をここまで育てたかいがありましたぞ! よし、早速模擬戦を始めろ!」
ベアードの掛け声で何組か別れ、模擬戦が始まった。
今回いるスノール騎士達は特に精鋭陣らしくアダマンタイト級からゴールド級の強さを持つ者が揃ってるとの事で良い動きをしていた。
だが、そんな中でも目立つ存在がいた。
「アラミスの動き……あの動きはお前にそっくりだな」
「剣技を教えたらすぐに吸収してしまったよ」
「才能もあったという事か」
俺は感心してアラミスの模擬戦を見ていると、誰かが吹き飛ばされてくる。見るとブレイスだった。
ブレイスはすぐに落とした大きな木剣を拾い、再び相手に向かっていった。
「うおおぉーー!」
だが、いくら木剣を振っても相手にはかすりもせず、蹴りを喰らってまた吹き飛ばされてしまう。
その光景を見たブレドは何か言いたげだったが黙っていた。きっと国王として公平に見ないといけないと思っているのだろう。
だから俺ということか。
俺はブレイスを見る。間違いなく体格と持っている大きな木剣が合ってなかった。
自分で振ってるんじゃなくて振らされている感じだな。それに力がないから振るスピードが遅い。
だから簡単に相手に避けられてしまうんだ。まあ、本人は気付いていないだろうが……
俺は近くに立てかけてある、様々な木でできた武器を見る。
あの武器なら良いと思うがブレイスは俺の話しは聞いてくれないだろうな。
だが、視界に丁度良い人物がいることに気づき俺は呼び寄せた。
「サリエラ」
「なんでしょうかキリクさん?」
サリエラは笑顔でそう聞いてくる。しかし、俺が説明し出すとどんどん表情が曇っていった。だが、仕方ないといった態度でブレイスの方に歩いていく。
すると、サリエラに言われたブレイスは通常より小さい木剣とバッグラーを持ち模擬戦を始めた。そして、あっさりと相手から勝ちを奪ってしまったのだ。
「ブレイスがゴールド級の相手から勝ちを取れたのは初めだな」
ブレドは嬉しそうな顔をすると隣にいたベアードも同じ表情をする。
「ブレイス様もついにアラミス様みたいに開花されたみたいだな。武器の変更に姿勢、そして相手との距離感。お見事です」
「キリク、ありがとう。それでなんだが……」
ブレドはそう言って笑みを浮かべる。何をさせたいかわかった俺は仕方なく頷いた。
「今回だけだぞ」
俺は早速サリエラを通して騎士達にアドバイスしていく。元々、三番目に現れた勇者を教えていたので指導は自分でいうのもなんだが得意なのだ。
もちろん直接、騎士達に教えているのはサリエラではあるが。
俺は最後のアドバイスをサリエラにするとブレドに言った。
「これで全員のアドバイスは終わった。俺はもう戻るぞ」
「助かった」
ブレドの言葉に俺は軽く手を上げる。その際、ブレイスが何か言いたそうな視線を向けてきた。きっと俺の言動に一言文句を言いたいというところだろう。
しかし、ブレイスは俺から視線を外し一心不乱に剣を振り出す。もちろん教えた通りの動きでかなり様になっていた。
俺は思わず頬を緩める。そして、その場を後にするのだった。
◇
あれから、部屋でくつろいでいるとサリエラが勢いよく部屋に入ってきた。しかも俺の肩を掴み揺すってきたのだ。
「やっぱり良くないと思うんです! キリクさんが評価されるべきじゃないですか!」
「俺は目立ちたくないんだよ」
俺は手を払いながらそう答えるとサリエラは呆れた顔をしてくる。
「……国王様や騎士団長と気さくに会話してる時点で十分に目立ってましたけど」
「……あれは向こうが許可したからだ。とにかくお前の評価にしておけ。わかったな」
そう言うとサリエラは申し訳なさそうに俯いた。
「私は全部、キリクさんが言った事を伝えただけなんですけど……」
「良いじゃないか。おかげでサリエラの評価も上がって騎士達の力も上がった。両方にとってプラスになっただろう」
「でも、キリクさんはどうなんですか? 何にも得してないですよ!」
「俺は名声に興味ない。まあ、お前が気になるなら指導報酬から少しくれれば良いぞ」
俺が肩をすくめながらそう言うとサリエラは諦めてくれたらしい。納得してない顔だったが頷く。
「わかりました……。ちゃんと受け取って下さいね」
「もちろん西側に行くんだから金はあるに越したことはない」
そう言うとサリエラは心配そうに俺を見てきた。
「明日出発ですよね。キリクさんお身体は大丈夫なんですか?」
「向こうに着く頃は普段通り動けるはずだ。だから、その間はサリエラに色々と任せるぞ」
「もちろん私がキリクさんを全力で守ります」
「俺は良い。それより第二王子の方を守ってやれ」
そう言うとサリエラは何故かムッとした表情で顔を近づける。そして大声で言ってきたのだ。
「第二王子にはちゃんと護衛の騎士が付きますから大丈夫です! 私はキリクさんを守るんです! わかりましたか!」
サリエラは怒った顔で更に顔を近づけてきた。正直、今回はいつもより迫力があり俺はたじろいてしまう。
しかも、これ以上は何か言ったらまずいと俺の感も働いたのだ。なので俺は頷いておくことにした。
「……わ、わかった」
しかしサリエラは疑いの目で見てくる。
「キリクさんは絶対わかってないですよ。まあ、私がしっかりしてれば良いんですけど……」
そう言った後、サリエラは溜め息を吐きながら離れていく。しかしその表情は一瞬で明るい表情に変わる。近くの壁にかかっている貴族服を見たからだ。
「わあ、凄くお洒落ですね」
「何着か作ってもらったうちの一着だ。サリエラも作ったのだろう?」
「はい。ドレスを沢山作って頂きました」
「そうか。で、お前はなんの役をする? ノースハウスト伯爵のお嬢様役か?」
「私はキリクさんの婚約者役です。その方がパーティー会場で自由に動けますよね?」
サリエラはなぜか頬を赤らめる。正直、理由はわからないが俺は理にかなっていると思い頷いた。
「なるほど。確かに俺は相手を探しに行くわけじゃないからな。流石にそこまでは俺も考えてなかった」
「にぶいキリクさんの事だからそうだと思って私が考えたんです。だから、向こうではしっかりと婚約者のフリをしましょうね。あっ、演技だからって適当な対応をしたり他の女性に目を向けちゃ駄目ですからね……」
「……あ、ああ、わかった」
なんだか俺を見るサリエラの目が怖かったので、ここは素直に頷く。だが、サリエラは納得しなかったらしく、その後、沢山の約束事をさせられたのだった。
◇
翌日、要塞都市アルマーに出発する為、俺は馬車の前でブレド、ベアード、フォウに見送りを受けていた。
「キリク、私はスノール王国領は出られないができる範囲で動いてみる。それと勇者パーティーも独自のルートで西側に向かった。だからお前はなるべく無理はするなよ」
「ああ、そうする」
「アレ……キリク殿、次は俺の屋敷にも遊びに来てくれ。家族で歓迎する!」
「ベアード、次はそうさせてもらう」
「キリク、なら私の屋敷にも来て下さいよお。それで是非、勇者アレス様が考えた魔法についてお話しをしましょうお」
「ああ、わかった」
俺は三人との挨拶を終え馬車に向かう。すると馬車の横で立っていたブレイスが硬い表情で俺に声をかけてきた。
「な、なあ、あんた、キリクって名前だったよな……」
「ああ、そうだ」
俺はブレドより許可がおりてるので、普段の話し方で返す。ブレイスはもしかしたら、怒るかと思っていたが、気にする様子はなく頬をかき言ってきた。
「そ、その、昨日の模擬戦のアドバイスをくれたのはサリエラ殿てはなくて、キリク、お前だろう?」
「……どうしてサリエラじゃないと?」
「騎士達はお前を気にしてなかったが、お前がサリエラ殿に話をした後に騎士にアドバイスをしてたからな」
「そうか……。もしかして気に触ってしまったか?」
「いや……礼を言いたかっただけだ。感謝する」
ブレイスはそう言うとさっさと馬車に乗り込んでしまった。するといつの間にか俺の横にいたサリエラが驚いた表情をする。
「まさか、あの第二王子からあんな言葉が出るなんて……。少し見直しましたよ」
「見直す? なにかあったのか?」
「特に何かってわけではないですし、いつもの事なのでキリクさんは気にしないで大丈夫ですよ。それより、勇者様も西側に向かってますからキリクさんは無理しないで下さいね」
サリエラは心配そうな表情になる。しかし俺は答えずに顔を背けた。無理をしなければいけなくなると思ったからだ。
ザンダー、魔族、そしてタクロム。きっと向こうでも何かをやらかすだろう。
しかも、相当のことを。
俺は思い出す。真っ赤に染まった世界を。沢山の消えていった命を。だから無理をしてでも止めなければいけないのだ。
「どんな事をしてでもだ……」
そう呟くと俺は馬車へ乗り込むのだった。
二章完
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