力の代償

46


 目を覚ますと見覚えのある天井が見えた。雪の結晶に北側にしか咲かない花の柄。間違いなく王都スノールにある城の中。しかも昔一時的に俺が借りてた部屋だった。


 生きているということか……


 そう思っていたら急に身体中が痛み出した。しかも激痛だった。俺は特に痛む頭に触れようとしたが腕に力がはいらない事に気づく。

 それどころか、口も上手く動かせない状態だとわかった。


 参ったな。これでは何もできない……

 

 完全にお手上げ状態でいると、勢いよく部屋の扉が開きサリエラが入ってくる。


「キリクさーーん!」


 そして、嬉しそうに俺に抱きついてきたのだ。もちろん今の俺にとってこの行為は最悪だった。


「ぐっ!」


 俺は痛みに顔を歪める。しかし、サリエラは気付く様子もなく喋りはじめた。


「キリクさん三日間も起きないから心配したんですよ! 本当に良かったあ!」

「う……くるし……」

「えっ? 美しいって……もう、起きてすぐに何言ってるんですかあ!」


 サリエラは頬を赤くして俯く。もちろん俺はそんな事は言っていない。なのでもう一度、痛みを我慢しながら口を開いた。


「……るしい……」

「めしい? なるほど。お腹が空いたんですね。ちょっと待ってて下さい」


 そう言ってサリエラは慌てて部屋を出て行く。おかげで解放された俺は大きく息を吐いた。


 助かった……


 ほっとしながら俺は窓の方を眺める。青空が広がり鳥が優雅に飛んでいた。それで、俺はスノール王国が危機を乗り切ったということを理解する。


 死霊術師も無事退けたということだな。そうなると……


 俺はマルーの顔を思い出す。おそらく、俺が生きているということはブレドはザンダー達を追っていないからだ。

 だから、早く身体を回復させないといけないと思っているとサリエラが食べものを持って戻ってきた。


「キリクさん、パン粥を頂きました」

「……いらない」


 俺はなんとかそう答える。するとサリエラは少し怒り口調で言ってきた。


「ダメです。しっかりと栄養をとって回復しないと」

「……動け……い」

 

 俺は指先を少しだけ動かす。それでサリエラはやっと理解したらしい。


「動けないんですか。なら、私が食べさせてあげますよ」


 そう言ってスプーンにパン粥をすくい俺の口元に持ってきたのだ。しかも、目は食べろと圧をかけてきている。俺は仕方なく口を開ける。

 するとサリエラは口元が緩むほど嬉しそうな顔をする。きっと俺を赤子扱いしているのだろう。


 まあ、実際に今の俺は赤子以下だろうからな。


 そう思いながらパン粥を口に入れてもらう。しかし、今の俺は上手く飲み込むことすらできない状態だったらしい。咽せてほとんど口から溢れてしまったのだ。


 やれやれ。ここまで反動があるのか……


 俺はサリエラを見る。


「……もう……いい」


 するとサリエラは赤くなりながら何故かパン粥と俺を交互に見つめてくる。そして何かを決心したように頷くと俺に話しかけてきた。


「キ、キリクさん、こ、これはノーカンってやつです。わ、私の初めてはこれにはカウントされませんからね!」

「……んの……はなしだ?」


 俺が疑問に思っているとサリエラはパン粥をスプーンですくうと自分の口に入れ、口移しで流し込んできたのだ。

 俺はサリエラの行動に驚く。だが、おかげでパン粥をこぼさずに上手く飲み込む事ができた。


「うん、いけそうですね」


 サリエラは笑顔で頷く。だが俺はもの凄い罪悪に襲われてしまう。それはそうだろう。俺なんかのためにサリエラは自分を犠牲にしているのだから。

 だから俺は頭を下げた。


「す……まん。嫌な……とをさ……た」

「ぜ、ぜ、ぜんぜん嫌じゃないですよ! あれ、わ、私は何を! これじゃあ……あわわっ!!」


 そう言ってサリエラは慌てる。そのため俺は安堵したと同時に少し笑ってしまう。するとサリエラが驚いた顔を向けてきた。


「ふえっ? あの仏頂面のキリクさんが笑った?」

「……れだって、笑う……ともあ……」

「そうなんですか……。何か恐ろしいことが起きるかと思ってしまいましたよ」

「……う、起こった。」

「確かにもう起こりましたね……って、そういえばキリクさんは倒れてて知らなかったかも知れないですけど、王都スノールに英霊になったアレス様が現れたらしいんですよ!」


 それからサリエラは目を輝かせながら、人伝に聞いたあの日の戦いを俺に話してくる。

 だが、やはりというか、サリエラが話す内容はかなり誇張されており俺の記憶とはだいぶ違うものになっていた。


 まあ、俺だとバレてなければ問題ないか。ちゃんと仕事をしてくれたブレドとベアードには会ったら礼を言っておこう。


 俺は頷く。


「……うか」

「もう、そうかじゃないですよ。あのアレス様ですよ! はあ、もうちょっと早く着いてたら、この目で見れたかもしれないのに……」

「……んねんだっ……な」

「ええ、残念です……。まあ、おかげでキリクさんとすぐに合流できましたけどね」


 サリエラは嬉しそうな顔をする。そんなサリエラを見て俺はふと疑問を感じた。


 そういえばなぜ城の中にサリエラがいるんだ? スノール王国とも関わりがあったのか?


 そんな事を思っているとノックと共に部屋に二人の若い男が入ってきた。俺はすぐに誰だか理解する。ブレドとその妻であり王妃のステラに似ていたからだ。


 第一王子のアラミスと第二王子のブレイスか。小さい時に中央に勉強しに行ってから会っていなかったがずいぶん成長したみたいだな。


 俺は懐かしそうに二人を眺める。すると二人を知らないと思っているサリエラが俺に紹介をしだす。


「キリクさん、こちらはスノール王国の王太子殿下のアラミス様と第二王子のブレイス様です。今回、お二人が私を城に招待していただいたからすぐにキリクさんと合流できたんですよ」


 それから、サリエラは二人と会った経緯を説明してくれた。どうやら彼らが馬車で中央からスノール王国に戻っている最中、魔物に襲われていたところを助けたらしい。

 そしてそのまま王都スノールに招待され、城に入った時、サリエラの精霊が俺がいると教えてくれ会えたとのことだった。


「……うだった……のか」

「それで、二人がこの国の為に戦ってくれたキリクさんにお礼を言いたいそうで……」


 そう言うとサリエラはなぜか迷惑そうな表情を浮かべる。俺はそれを疑問に感じていたがアラミスの方に視線を向ける。俺の方に近寄ってきたからだ。


「キリク殿、今回、スノール王国の危機に身をていして戦って頂けたそうで本当に感謝する」


 アラミスはそう言うと冒険者である俺に頭を下げてくる。俺は感心して目を細めた。


「……気に……なくて……いい」

「ありがとう」


 アラミスは笑顔でそう言うとブレイスの方を向く。しかしブレイスは不遜な態度で俺を見てるだけだった。

 アラミスは溜め息を吐く。


「キリク殿、すまん。こいつは普段こういう態度はしないんだが同じ男として今回だけは許してやって欲しい」


 そう言うとアラミスはまた頭を下げてくる。正直、俺にはなんのことだかよく理解でなかったが頷く。

 すると、サリエラがパン粥が入ってる皿を二人に見せつけるようにしながら喋り出した。


「では、もう、お二人共よろしいでしょうか?キリクさんは早く元気になる為に栄養をつけないといけないんです」

「……ああ、すまない。ブレイス行こう」

「……わかった」


 二人は扉の方に向かっていくとサリエラは笑顔になる。


「じゃあ、キリクさん残りを食べましょうか」


 そう言うとサリエラは再び口移しで食べさせてくる。直後、扉近くで大きな物音がした。俺は視線だけ動かす。

 アラミスが哀れみの表情を浮かべてブレイスを連れ出していくのが見えた。


 なんだ?


 しかし、サリエラは気にせず食事介助をしてくる。しかも、俺に何も聞くなと笑顔で圧をかけてきたのだ。

 もちろん俺は言う事を聞くしかない。何せ今の俺の命運を握っているのはサリエラなのだから。

 だから、俺は黙って食事介助され続けるのだった。



 翌日、俺の身体は少しは動かせる程度に回復していた。そして現在、俺はブレドにあの日の戦いの後、何があったのか話しを聞いているところである。

 もちろんサリエラには席を外してもらっている。


「……まあ、被害は結構あったがキリクのおかげで、復興は早めにできそうだ」

「それは良かったな。後、俺の事を上手く誤魔化せたみたいで助かったぞ」

「ああ……。あれは大変だった」

「何かあったのか?」

「勇者殿だよ……」


 ブレドは愚痴混じりに俺に説明してくる。あの後、ミナスティリアに俺が生きてるんじゃないかとずいぶん詰めよられたらしい。

 ブレドの表情からすると相当大変だったようだ。話してる最中ずっと胃の辺りを押さえていたからだ。


「悪かったな」

「いや、お前が気にすることじゃない。それに溜まったストレスは腐った連中にぶつけてるから大丈夫だ」

「ほお、始めたのか。で、どんな感じだ?」

「今、ベアードとフォウが陣頭指揮を執って潰し回ってる。上手く逃げてた連中も闇人や死霊術師と関係していたって事にしてな」

「おいおい、良いのか?」


 俺は呆れてブレドを見る。しかしブレドは笑みを浮かべ頷く。


「問題ない。完全に黒とわかってる連中にしかやってないからな。とりあえずこれでスノール王国から膿みは出せそうだ。それよりキリク。お前はどうせ魔人の子を助けに行くんだろう? なら、西側に行く件で私に良い考えがあるんだ」


 そう言いながらブレドは笑みを浮かべる。正直、碌な事を考えてないだろう。だから、俺はブレドを睨んだ。


「また、変な事を考えてるだろう……」


 するとブレドは悪びれもせずに手をパタパタ振る。


「まあ、そう言うな。お前、西側の獣人都市ジャルダンに行くんだろ? どうやって獣人しか入れないあそこに入りこむんだ? 魔王が復活しますから入れて下さいって言っても無理だろう」


 そう言われ俺は腕を組む。確かに獣人都市ジャルダンは獣人以外入る事は許されていない。だが、すぐにある案を思いつく。


「一定時間姿を変える薬がある。それを使って入る」

「なるほど。だが、魔王がいたダンジョン跡地はどうやって入る? おそらく、規制されていて偉い連中の許可がないと入れないと思うぞ。そこで俺の案だ」


 ブレドはジッと俺を見てくる。だから仕方なく頷いた。


「不安しかないがとりあえず聞こう」

「絶対に上手くいくさ。ただし、要塞都市アルマーに行かないと駄目だがな」

「なぜ、あそこの名前が出てくるんだ?」

「それは、あそこで近いうち若い連中を呼んでパーティーを開くからだ。もちろん獣人都市ジャルダンからもな」

「そいつと接触して中に入れてもえってことか。だが、向こうがこちらの言うことを聞きたくなるような材料はあるのか?」

「ある。獣人都市ジャルダンが喉から手が出るほどほしいものがな」

「なんだそれは?」

「スノール王国は獣人都市ジャルダンを認めるって私の署名付きの書状だ」


 ブレドの言葉に俺は納得して頷く。


「なるほど。獣人都市ジャルダンは勝手に獣人達があの場所に作ったものだからな」

「ああ。だから今だにどの国もあそこを正式なものと認めていない。むろん我がスノール王国もな」

「だが、そのスノール王国が認めると言ったら喜ぶな。しかし、マルーの為にそんな大きな約束事をしていいのか?」


 するとブレドは自身ありげに頷く。


「ああ。あそこには何回か密偵を送ってな。法律もしっかりしているから我が国としては認めても良いと思っていたんだ」

「ふむ。きっかけにもなったということか。じゃあ、要塞都市アルマーにお前の書いた書状を持っていけば良いんだな?」


 そう聞くとなぜかブレドは申し訳なさそうな表情をする。


「それなんだが……。お前に頼みたいことがある。ブレイスの付き添いなんだ。うちにも招待状が届いてな……」

「なるほど。そっちが本命か」


 俺が呆れ口調でそう言うとブレドは苦笑する。


「まあ、両方だよ。で、そのパーティーなんだが、いわゆるお見合いパーティーみたいなのも兼ねててな。アラミスはもう相手がいるがブレイスはまだなんだ」

「なるほど。二人はもう、そういう年なんだな」

「そうなんだ……。だから、できればブレイスには良い相手を見つけてもらいたいんだが……あいつは自分で相手を見つけると言って聞かないんだ。まあ、今回のパーティーで作れなかった場合はこちらで決めるという約束になっているんだが、できればあいつが選んだ相手と結婚させてやりたい。なので、お前にはブレイスの手助けをしてやってほしいんだ」

「おいおい、俺には付き添いぐらいしかできないぞ」


 何せ見た目ではブレイスと同じ年にしか見えないのだ。しかも突然現れた低ランク冒険者ごときの言うことなんて普通聞かないだろう。


 本当に親馬鹿だな……


 俺が呆れた表情をしているとブレドも自覚しているらしい。顔を赤くしながらしきりに頬をかいていた。


「ま、まあ、お前なりにやってもらって構わん。そ、そうだ、剣に関してなにやら悩んでるようだし体格が近いお前なら何か教えられるんじゃないか?」

「話が脱線してるようだが、親馬鹿のお前に代わってやれる範囲でやってみよう」

「た、助かる。そ、そうだ! ちなみにキリクには白銀の騎士が仕えているコール辺境伯になってもらうぞ」

「おいおい、架空の人物を作り上げるのか? 相手に調べらたら不味いだろう……」

「問題ない。コール辺境伯は私が子供の時に遊びで作った人物だから今もいる事になっている。しかも住んでる場所はスノール王国領にある誰も入ることができない北の精霊の森だからな。誰も探せんよ。ちなみに巷では謎に包まれた人物として有名なんだぞ」


 ブレドは自慢げに話してくる。どうせ白銀の騎士みたいな事をやっていたのだろう。俺は呆れながらも頷く。


「なら、大丈夫そうだな……」


「そういうことだから、お前が回復次第、服を仕立てるぞ。そこでサリエラ嬢だが、彼女はついてくるのか?」

「……付いてくるって言ってる」


 魔王絡みと言えなかったのもあるが、サリエラは絶対付いてくるとしがみつかれて大変だったのだ。

 そんなやり取りがあったことなと知らないブレドは笑みを浮かべる。


「そうか。しかしお前にも春が来たのだな」

「いや、彼女は違う。自分の力不足を感じて俺についてきてるだけだ……」

「またまた、そんなこと言って! お前はどこまで照れ屋なんだ。お、そうだ是非、結婚式はうちの神殿を使ってくれ。なんなら仲人はぜひ私が……いや白銀の騎士がするのも盛り上がるな……」


 勝手に妄想を膨らましニヤニヤしだすブレドに、俺はイラッとしてしまい枕を投げる。しかし、剣聖はこちらを見ずにいともたやすく受け止めてしまうのだった。

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