勇者の英霊

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 そういえばここにはミナスティリアがいたんだったな。

 しかし、霊薬を使って一時的に勇者の加護を取り戻した俺に反応して来るとは……


 俺は意識を集中する。そしてミナスティリアが仲間と一緒にいて安全であるのを確認すると二つの宝具に心の中で呼びかけた。


 もう、前の力の半分も出せない。そして、この力は短い間しか使えない。それでも俺に力を貸してくれるのか?


 すると二つの宝具が明滅しながら更に俺に近づく。俺は頬を緩めるとレバンテインの柄を握った。

 二つの宝具は輝き出す。そして鞘になっていたアレスタスの鎧は俺の身体を覆っていきフルプレートの鎧に変わった。

 それを見たブレドはニヤリと笑い、ベアードは大きく口を開け叫んだ


「あ、ア、アレス様ーーー⁉︎」

「……ベアード、俺はキリクだ。わかったな」

「えっ、いや、あの……えっ?」

「ベアードにはしっかり口止めしとくから心配するな。それより行けるか?」


 混乱しているベアードの肩を叩きながらブレドが聞いてくる。もちろん俺は頷いた。


「ああ、これなら確実にやれる」

「そうか、いつも無理をさせてすまないな……」

「気にするな。それじゃあ、頼むぞ」


 俺は破壊された壁の穴から飛び出し、そのまま道化師のいる高さまでアレスタスの鎧の力を使って飛んでいく。

 すると、道化師は飛んでくる俺の姿に驚く。


「な、な、な、な、なんですかああぁ⁉︎ あなたはーーああ⁉︎」

「お前を倒しにきた亡霊だ」

「ふ、ふざけないでくだーーさい! わたしはあの城を破壊しなけーーればあああぁならないのでーーす‼︎」

「それをされたら困るからお前を倒すんだよ」


 俺はレバンテインを掲げながら、もう片方の手を胸の辺りに置く。


「レバンテイン宝具解放。アレスタス宝具解放」


 そう言った直後レバンテインとアレスタスの鎧は輝き始める。そして太陽のように辺りを照らしていく。

 それを見た道化師は焦りだすがすぐに笑みを浮かべた。魔法が完成したからだ。


「ざあああんねえええーーんですう! わたしの命を捧げたこの魔法でえぇぇ! あの城と一緒に死んで下さあああぁーーーーいいいぃぃいいぃ‼︎」


 道化師は両手を振り下ろすと魔法陣から巨大な火球が現れる。そしてこちらに向かって落ちてきた。

 だが俺は冷静だった。もう勝負はついていたからだ。

 俺はレバンテインを火球の方に向けずに軽く適当な方向に振るう。そして一言呟いた。


「滅せよ」


 直後、王都全体を黄金の光りが包み込んでいく。そして巨大な火球と道化師、王都スノールを襲っている死霊術師や召喚された魔物は跡形もなく消え去った。

 俺は大きく息を吐くと辺りが光に包まれてるうちに城に戻る。中ではブレドとベアードが待っていた。

 そしてブレドは俺に頭を下げ、ベアードにいたっては恭しく跪いてきたのだ。俺は思わずやめろとばかりに手を振る。


「二人ともやめてくれ」

「いや、キリク、お前はスノール王国を救ってくれた英雄だ」

「アレ……キリク殿、このベアード貴方様のご活躍を間近で見れるなんて感激でございます‼︎」


 ベアードは感極まって涙を流すため、俺はつい肩をすくめてしまう。


「おおげさだな。それに涙を流すほどじゃないだろう」

「何を言ってるのですか! あれはまさに英雄譚で歌われるような内容ですぞ!」

「い、いや、あれくらいなら、そこにいる国王様だって昔ならできたぞ」

「いや、これでは無理でしょう」


 ベアードは即答で答える。そのためブレドは若干涙目になっていたが咳払いすると俺に話しかけてきた。


「ま、まあ、昔の私でもあれは流石に無理だぞ……。それよりも、キリク。身体の方は大丈夫か?」

「いや、今回は宝具を使ったせいかもう霊薬の効果が切れそうだ」


 そう言ったと同時に霊薬の効果も消えていき再び俺の力も勢いよく封じられてしまった。

 更にレバンテインが俺の手から離れアレスタスの鎧も俺の身体から離れる。二つの宝具はまた一つの形になりその場で床にゆっくりと落ちていった。


「ブレド、その宝具はミナスティリアが来たら返してやってくれ」

「ああ、しかし勇者達にどうやってお前の事がバレないように話すかな……。それに国民もおそらくその姿は見たと思うぞ」


 俺はそう言われ悩んでしまう。


 確かに空に魔法陣が浮かべばそちらに目がいき、近くにいた俺にも目がいくか……


 だが、一つ案が浮かび口を開いた。


「一瞬だけ友である国王様に勇者の力が宿ったとかは駄目なのか? 国を救いたいという心が英知神アレスに届いたとか適当に言えば」

「キリク……。お前、一応勇者だろ。なかなか罰当たりなこと考えるな……」

「じゃあ、どうするんだ? 俺は絶対に正体は知られたくないぞ」


 するとベアードがおずおずと手を上げる。


「正体を隠さないといけないという事は王より聞いております。なので、アレス様の英霊がスノール王国を救ったというのはどうでしょう?」

「そうか! アレスはこの地で死んだ事になってるからな。スノール王国を救う為に英霊として現れこの二つの宝具を使って救った。良い案だなベアード! よし、決まりだ……っておい、キリク⁉︎」


 ブレドに言われ俺は自分の状況を確認する。いつの間にか床に膝をついていたらしい。だから、立とうとしたのだが一気に力が抜け倒れてしまう。

 ブレドが慌てて駆け寄ってくる。そんなブレドの腕を俺は掴む。


「……悪い、限界みたいだ。ブレド……もしもの時は頼むぞ……」

「……わかっている。安心してくれ」


 ブレドは力強く頷く。だから俺は安心して意識を手放すのだった。



少し時間は遡る。


 突然、王都上空に現れた巨大な魔法陣に死霊術師や魔物と戦っていた者達は嫌な予感に襲われてしまう。


「あれってやっぱ味方の魔法じゃないよな……」

「ああ……。あの魔法陣の下あたりにいる道化師の格好した奴から嫌な気配がする……。おそらく、あれは敵の魔法だ……」

「おいおい、この状況でまだあんなのを撃ってくんのかよ⁉︎」

「あの魔法陣の大きさだとでかいのが来るぞ……。くそっ! てめえらの仲間ごとやろうってか⁉︎」


 皆は焦った顔になる。その時、一人の兵士がある方向を指差した。


「まて、城の方から何か魔法陣の方に向かって飛んでいくぞ!」

「おお! もしかしてフォウ様か⁉︎」

「いや、昨日、冒険者ギルドに勇者パーティーが来てたから勇者ミナスティリア様じゃないか?」

「いや、俺、さっき冒険者ギルド前で戦っていたの見たぞ」

「じゃあ、あれはいったい誰って……おいおい、まさか……」


 冒険者の一人が近くにあった勇者の像を見ると、仲間の冒険者も気づき驚いた顔になる。


「嘘だろ、あの方は亡くなったんじゃ⁉︎」

「生きてらっしゃったのねアレス様‼︎」

「アレス様だと? それは本当か⁉︎」

「ま、間違いねえ、俺は一度、御姿を拝見した事があるがまさしくあの御姿だった……」

「だが、アレス様は力を失くしたはずでは?」

「もしかして、無理をなさって私達の為に……」

「あの方はやはり真の勇者だな……」

「うおおおぉー! 前線に行く力がない俺が勇者アレス様と一緒に戦えるなんて光栄だ‼︎」

「よし、俺達もアレス様と共に戦うぞ‼︎」

「おおおおっーーー‼︎」


 気合いが入り、勢いがついた兵士や冒険者は劣勢状態だった戦いを一気に巻き返しはじめる。

 そして、この王都での戦いが後々に勇者アレスの英雄譚に追加されスノール王国の酒場では特に人気になるのであった。



ブリジットside.


 同時間、冒険者ギルドの前で戦っていた勇者パーティー、白鷲の翼も魔法陣に気づき対応を考えていた。


「ブリジット、サジ、ここを任せていい?」


 あたいが何か手はないか考えているとファルネリアが突然そう言ってきた。あたいはすぐに理解する。


「ファルネリア、あんたまさか行く気なの⁉︎」

「あの魔法陣の作りからみて、あの道化師の格好をした闇人はエクスプロージョンを使うつもりよ。あれがもし使われたら最悪は王都が崩壊するわ」

「で、でも、あんただって魔力が……」

「だから……後を頼むわね」


 ファルネリアの言葉にサジも理解し表情を暗くする。


「命を削ってあの魔法を止める気ですね……」

「察しが良いわねサジ。でも、なるべくはそうならないよう頑張るわよ」

「ごめんなさいファルネリア……」


 今まで休んでいたミナスティリアがよろよろとしながら、ファルネリアの方に歩いてくる。ファルネリアは首を横に振った。


「ミナスティリア、あなたは謁見の間で魔族の攻撃から私達を守って傷ついたのだから謝る必要はないのよ」

「そうですよ。だから、休んでいて下さい」

「みんな……ありがとう」


 ミナスティリアは長い耳を垂らし俯いてしまう。その姿を見てあたいは苦笑する。


「そういう姿をアレスさんに見せてたら、また違った展開になってたのにねえ……」


 誰にも聞こえないぐらいボソッと呟く。ファルネリアもミナスティリアの姿を見て同じように思ったのだろう。苦笑していたが、すぐに決意した表情に変わり魔法陣を見上げた。


「じゃあ、私は行ってくるわ。皆は最悪ここにいる人達を連れて避難をって……あれは何?」


 ファルネリアは途中で会話を止め、魔法陣から離れた場所を見つめる。そのため、あたいらも同じ方向を見つめた。


「誰か飛んでるけどあれって……」


 あたいは絶対にあり得ない事を想像していると、サジも同じ事を考えていたらしい。


「なぜアレス様が……。お亡くなりになられたはずでは……」

「じゃあ、後輩ちゃん達が来てるってこと? ミナスティリアの二つの宝具が飛んでいったから可能性はあるけど……」


 あたいがそう言うとサジは首を横に振る。


「前線を二つの勇者パーティーが離れるのはまずないです。それに二つの宝具をわざわざ呼び寄せる意味がわからないですよ……」

「でも、あの二つの宝具は意思があるっていうから後輩ちゃんを選んだって……」


 ファルネリアは言った後に自分の口を押さえる。そして、ゆっくりとミナスティリアの方を見た後、慌てだしだ。

 何故ならミナスティリアが大粒の涙を流していたからだ。ファルネリアはすぐにミナスティリアの背中をさする。


「ご、ごめんね。そんなつもりで言ったんじゃないのよ。だ、だから、泣かないで!」


 ファルネリアはそう言うがミナスティリアは首を横に振る。


「……違う。あれは違うの」

「えっ、何が違うの?」

「……アレスよ」

「アレス? どうしてわかるのよ。気配とかだってわからないし……」

「わかるわ……。ずっと側で見ていたんだもん!」


 ミナスティリアの根拠のない発言にあたい達は黙り込んでしまう。だがすぐその言葉が本当なのだと信じてしまった。宝具解放が使われたからだ。


「嘘だろう……」

「でも、二つの宝具解放ってミナスティリアもできないわよ」

「じゃあ、やはりあれはアレス様?」


 あたいがミナスティリアを見ると頷く。


「アレスよ。生きてたのね……」


 ミナスティリアは光り輝く二つの宝具を見て惚けた表情をする。それで、あたい達は武器を下ろす。

 そして、これから起こるであろう光景を安心しながら待つのだった。



 その頃、王都から離れた場所でその光景を見ている者達がいた。



「おいおい、あんなの出鱈目過ぎんだろう……」


 ザンダーは王都を覆い尽くしてる黄金の光りを見ながら呆れた口調で呟く。そんなザンダーの隣りに顔中冷や汗をかきながら、目の前の光景に驚愕している者がいた。

 転移魔法で謁見の間から逃げた魔族の男である。


「……あの規格外の力……勇者アレスは生きていたというのか? 確か北の魔王配下の魔族と人族によって殺ろされたんじゃないのか?」

「実際、死んでるだろうよ……」

「じゃあ、あれはなんなのだ⁉︎」

「俺と同じ亡霊だ……」


 ザンダーはそう呟くと王都スノールから目を逸らす。そして近くにあった岩を殴って破壊した。


 キリク……いや、勇者アレス。ここまで力の差があるのかよ! 精霊王ケーエルの神殿の時より遥かに強えじゃないか!


 ザンダーはある人物に魔導具で見せてもらった精霊王ケーエルの神殿での戦いを思いだす。そして不敵な笑みを浮かべると魔族の男の方を向いた。


「ヤシャール、そろそろ行こうぜ」

「承知した」


 ザンダーとヤシャールと言われた魔族の男は、少し離れた場所に止めてある馬車に移動する。すると、馬車の御者台に座っていたタクロムが降り手を振ってきた。


「いやあ、ザンダーさん、凄かったですね」

「お前もしかしてわざわざ魔導具で見てたのか? 直接見りゃ良かったじゃんか……」

「いやあ、私にはあれは少し目の毒でしてえ」

「ああ、そういえばそうだったな。しかし、その魔導具は相変わらず便利だな。後でもう一度、テドラスとの戦いのやつを見せてくれよ」

「良いですよ。なんなら城の中の戦いも見ておきます?」

「お、良いねえ。じゃあ、馬車の中で見るか。ところでマルーは大丈夫か?」

「ええ、ぐっすり寝てますよ。ただ、むさい男連中に囲まれるのは可哀想ですから私は元に戻りますね」


 タクロムはそう言うと指を鳴らす。途端に姿が変わり腰まで伸びた黒髪に赤い目をした妖艶な女になった。

 その姿は手配書にも載っている魔女の加護を持つ女、カーミラだった。


「はあ、元の姿に戻るのは久しぶりだわ……」


 カーミラはゆっくりと背伸びをした後、深呼吸をする。そんなカーミラにザンダーは問いかける。


「確か……一カ月振りだったか?」

「ええ、本物のタクロムと入れ替わってすぐザンダーに会いに行ったのが確かそのぐらいかしら。そしてヤシャールはこの姿は初めましてかしらね?」

「ああ、黒き魔女カーミラよ」

「カーミラでいいわ。では、お二人共これから一カ月間お願いするわね……」

「ああ、任せろ」

「黒き魔女に従えと我が魔王様の御命令だからな。しかし、カーミラよ。新たな魔王を作り出すなど面白い事を考えるな」

「少し錬金術を勉強してたら思いついたのよ……。それで、テドラスという醜い豚で実験したら見事に上手くいってね。ああ、でもその前にクズ連中で沢山実験をしたのは内緒ね」


 全く罪悪感もない様子でカーミラは指を口元に持っていく。ザンダーは苦笑しながら手をすくめ、ヤシャールは口角を上げる。

 しかし、すぐに馬車の中で眠らされているマルーを見る。


「カーミラよ、この小娘が魔王モドキになった場合、我らにも操れるのだろうな?」

「ええ、大丈夫よ。そういうのをものもの含めての一カ月間だから焦って儀式を行わないでね」

「承知している。まあ、我にできることがあれば言ってくれ」

「ふふ、ヤシャールは他の魔族みたいに高圧的じゃなくて良かったわ……。じゃないと私苛々して絶対殺しちゃうから……」

「我が魔王様はそれを理解して高圧的な態度を取らない上位の魔族である我を選んだようだぞ」

「魔王様には感謝ね。さあ、話はそろそろ終わりにして出発しましょうか」

「承知した」

「わかったぜ」


 それからカーミラ達は王都を離れ西側へとゆっくり旅立つのだった。

 そんなカーミラ達とは逆に王都に急いで向かう集団がいた。中央に色々な事を学びに行っていたブレドの息子達が乗る大きな馬車とそれを護衛する騎士団だった。


「くそ! まだつかないのか? 王都スノールが燃えているんだぞ!」


 ブレドの息子である第二王子ブレイスが苛々した表情で怒鳴る。すると隣りにいた第一王子アラミスがブレイスの肩に手を置き諭す様に話しかけた。


「ブレイス、落ち着くんだ。最悪、私達が落ち着いて対応しないといけなくなる」

「で、でも⁉︎」

「ほら、彼女も心配そうに見ているぞ」

「なっ⁉︎」


 ブレイスは対面に座る人物を見ると顔を赤らめ黙ってしまう。そんなブレイズに対面に座っていた人物は苦笑いを浮かべる。

 すると、その意味を理解しているアラミスは苦笑しながら軽く手を合わせてきた。


「サリエラ殿、弟がお見苦しいところを見せてすまないな」

「いえいえ……」


 サリエラは心の中で溜め息を吐く。

 馬車が魔物に襲われてたので助けたら感謝され、更に行き先が同じだったので半ば強制的に乗せられてしまっていたのだ。


 行き先が一緒でも断りたかったけど、王族じゃおいそれと断れないわよね……。はあ、キリクさんはもう着いてるはずだから心配だなあ……


 サリエラはちらちらと見てくるブレイスと目を合わせない様、馬車の外から見える風景を見る。そして、頭の中でキリクの事ばかりを考えるのだった。

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