過去編

42


 聖オルレリウス歴154X年四ノ月


 王都オルフェリアから少し離れた森の中にて


「アレス、そっちに逃げたぞ!」

「よし、とどめだ!」


 アレスの振るった木剣がゴブリンの頭にめり込む。


「グギャア!」


 ゴブリンは悲鳴を上げ倒れると動かなくなった。俺とアレスはハイタッチする。


「やったね」

「ああ。これでアレスが狩ったゴブリンは五体か。ずいぶん強くなったな」

「キールだって一人で倒せる様になったでしょう」

「俺はやっと一体だよ……」


 俺は肩をすくめた後、ゴブリンの遺体を見る。あの日からずいぶん経った。なのに魔物の数は減るどころか増えているのだ。


「兵士達が巡回してるのになぜなんだ?」


 思わずそう呟いてしまうとアレスが答えてきた。


「近くにダンジョンっていう魔物の巣ができたんじゃないかって父さん達が話してたよ」

「なるほど。だから父上達が冒険者を雇うか話をしていたんだな」

「えっ、冒険者が来るの?」

「最近騎士団だけじゃ魔物を捌ききれないらしくてな」

「そっかあ。ついにこの国にも冒険者が来るかもしれないんだね」

「ああ。しかも、中央のローグ王国にいる精鋭部隊も来るかもしれないんだ」

「へえーー」


 アレスは感心した様子になっていたがハッとすると、懐中時計を取り出す。そして俺の腕を掴んだ。


「まずいよ! そろそろ戻らないと!」

「あ、やばい……。すっかり忘れてた……」


 俺とアレスは頷き合うと全力で城に戻る。そして姉上達のいる部屋に向かった。


「失礼します」


 部屋に入るとライラ第一王女……姉上とその兄、バロン王太子殿下の実の母であるレイア第一王妃と、俺とアリシアの母であるフィリア第二王妃に呆れた表情を向けられた。

 もちろん俺達は気づかないフリをしていると姉上が少し怒った表情で近づいてくる。


「二人共、遅かったわね。また外で危ない遊びをしていたのかしら?」

「はは、何を言うのですか姉上。俺とアレスは一心不乱に木剣を振っていただけですよ。なあ、アレス」

「は、はい、そうです」


 俺達は目を逸らしながら答えると姉上は大きく溜め息を吐く。そして順番に俺達を抱きしめてきた。


「お願いだから二人共、私を心配させないでね。私はもうここに頻繁に帰ってくる事はできないのだから」


 姉上は薄らと目に涙を溜める。それで実感してしまう。今日、姉上は幼少期より婚約している中央のローグ王国の王太子殿下のもとに嫁ぎに行くのだと。

 だから、少しでも安全に旅立てるようゴブリンを倒してたのだ。まあ、いつの間にか倒すことに夢中になってしまっていたが。

 俺は少しバツが悪くなりながらも姉上を見る。


「姉上……ライラ姉様は本当に嫁がれに行くのですね。寂しくなります」

「私もよ。お母様、フィリア様、後の事は宜しくお願いしますわ」


 姉上は近くで微笑んでいるレイア様と母上に頭を下げる。二人は力強く頷く。


「ライラ、あなたが握っていた手綱は私達が握るから任せなさい。うちの男連中はしっかり私とフィリアが押さえとくわ」

「ええ、そうね、レイア」

「ふふ。お二人共、お願いしますわね。キール良かったわね。あら、顔が青いわよ。どうしたのかしら?」

「……大丈夫です」


 俺は必死に作り笑いを浮かべる。内心では絶望感に打ちひしがれていたが。そんな俺の隣でアレスはニヤニヤする。

 だから、姉上達にバレないようアレスの脇腹に肘を入れた。


「うぐっ!」

「ど、どうしたのアレス⁉︎」


 突然、脇を押さえ頭を垂れたアレスに姉上は近寄ろうとする。俺はそれをやんわりと手で制した。


「姉上、おそらくアレスはとても悲しんでいるのでしょう。男の泣き顔を見ないでやって下さい」

「まあ、そんなに悲しんでくれるなんてありがとうね、アレス」

「……い、いえ」


 後ろからアレスが俺を睨んでくる。だが俺は気付かないふりをし、ポケットから小箱を出すと姉上に渡した。


「何かしらキール?」

「開けてみて下さい」


 姉上は小箱を開けると感嘆の声をあげた。ちなみに中に入っていたのは俺が作った装飾が細かい銀製の花のブローチだ。


「綺麗なブローチね。キールが作ったんでしょ?」

「ええ、心を込めましたので向こうでたまに付けて下さいね」

「これなら、どんなドレスにも合いそうよ。ありがとう、キール」

「いいえ」


 俺が笑顔でそう言うと母上が姉上の背中に手をまわす。


「さあ、ライラ。最後の二人が挨拶を終わらせたみたいだからそろそろ行きましょう。外で皆が待っているわ」

「ええ、わかりましたわ」


 姉上は頷き部屋を出て行く。俺達も後ろをついて城の外に出ると城の者達が総出で姉上を待っていた。


「キール兄様!」


 アリシアは俺に気づくといつもより強く飛び込んでくる。おかげで俺は少しよろけてしまう。


「アリシア、今日は特に強い飛び込みだな……」

「だって、しばらくはこうやってぎゅーってできないんだもん!」


 そう言われ俺はアリシアの頭をいつも以上に長く撫でる。何せアリシアは勉強も兼ねて俺より早めに姉上と一緒にローグ王国に行くことになっているからだ。


「一週間アリシアと離れるのか。初めてだな」

「キール兄様とそんなに離れるなんて……私、ローグ王国なんかに行きたくない」


 アリシアは涙目になってしまう。そんな俺に側にいた父上は目でどうにかしろと言ってきた。きっと俺が来る前からぐずっていたのだろう。


 仕方ないな。


 俺はしゃがんで目線をアリシアに合わせた。


「アリシア、俺達が一週間後に中央に行くまで姉上の側にいて支えてあげなきゃ」

「うん……。でも、キール兄様は私がいないと危ないから心配で……」


 すると父上や周りにいた兄上達は口元を押さえる。おそらく笑うのを必死に我慢しているのだろう。


 くっ、知っていて俺にやらせたのか……


 思わず父上達を睨んでいるとアレスが前に出てくる。そして笑顔で俺の肩を叩きながらアリシアに言った。


「大丈夫ですよアリシア王女。僕がとても危なっかしいキール第二王子を守りますから」

「……本当?」

「ええ、約束します!」


 アレスは騎士のポーズをとり俺にウィンクする。本当は肘打ちしてやりたかったが仕方なく頷く。


「アリシア、俺には将来有望な騎士殿が側にいるから大丈夫だよ」

「うん! じゃあアレスは絶対キール兄様を守ってね!」

「姫君の頼みとあれば!」

「良かった……。でも、私、向こうでちゃんとライラ姉様を守るだけじゃなくてきちんとしてられるかな……」


 アリシアは俯いてしまう。それで俺は理解する。きっとこっちが本音だろうと。


 まあ、初めてこの国を出るんだしな。不安を感じるのは当たり前か……


 俺は頬を緩めると自分の首にかけていた銀で作ったどんぐりのネックレスを外す。


「よし、なら俺がいつも首に下げながら力を込めているこれを我が妹に授けよう」


 俺はそう言ってどんぐりのネックレスをアリシアの首にかける。途端にアリシアの表情は明るくなった。


「わあああーー! 可愛い‼︎」

「あら、アリシア良かったわねえ」

「ライラ姉様、見てえ! キール兄様にもらったの! これ、キール兄様の力がこもってるのよ!」

「ふふ、羨ましいわね。しかし、これってキールがするにはとても可愛いネックレスね」

「俺は可愛いものが好きなんですよ」

「そういう事にしといてあげるわ。ありがとうキール」

「いえいえ」


 俺があげたネックレスが気に入ったらしく、アリシアは素直に馬車の中に笑顔で入っていく。すると姉上も最後に目に焼き付けようと周りをゆっくり見てから馬車に入っていった。

 それから馬車はゆっくりと動き始める。その馬車に俺達は手を振ると窓から二人も顔を出してきた。

 そして、お互いの姿が見えなくなるまで手を振り続けたのだった。



 姉上とアリシアを見送った後、俺は書庫に行き加護についての情報を調べていた。何せ明日の零時には俺やアレスにオルフェリア王国で十才になった子供達に加護が現れるからだ。

 だから、俺は加護について少しでも知識をつけようとしているのである。もちろん今までも加護については学んでいた。だが、今まではオルフェリア王国が平和だったのもあり国の役に立つ生産系の加護ばかりを学んでいたのだ。

 だが、最近のことを考えると戦闘系のものも読んでおこうと思ったのである。俺は早速、戦闘系の加護という本を手に取る。


 稲刈りの時期に便利そうな鎌術士なんてあったら良さそうだけど……


 そう思いながら一つの武器に特化して強くなれる加護の欄を見る。そしてすぐに違うページに飛んだ。剣、槍、弓、斧術士しかなかったからだ。


 これなら、全般的に武器の扱いが上手くなる剣士の加護で良いな。いや、それより身体能力面が上がる戦士系の加護の方がいいかな……


 俺は悩みながら本に目を通していく。だが、しばらくすると本を閉じた。そもそも身体を動かすの俺向きじゃないと思ったからだ。


 ここはやはり魔法系か……


 なので今度は魔法系の加護についてというタイトルの本を読むことにした。だが、読んでいるうちにしだいに眠気に襲われてしまった。

 どうやらゴブリン退治の疲れが出てきたらしい。なので、俺は椅子を二つ並べ本を枕にすると横になった。

 しかし、すぐに飛び起きてしまう。突然、書庫内が光りに包まれたからだ。


「な、なんだ⁉︎」


 俺は慌てて周りを見回す。しかし書庫内は眩し過ぎて何が起きてるのかわからなかった。だが、しばらくすると光りも消え書庫内はいつもと変わらない様子に戻った。


 ……今のは何だったんだ?


 俺はしばらく呆然としていると中庭が急に騒がしくなる。それで、もしかしたらと思い窓に近づく。


「なるほど。あれが原因だったか」


 俺は兵士達に囲まれた光る何かを見る。そして近くで身振り手振り兵士に話す兄上を。

 俺は口角を上げた。いたずらしたがやり過ぎて今は言い訳してると思ったからだ。だから、俺はすぐに書庫を飛び出した。

 兵士と一緒に兄上を注意してあげようと思ったからだ。

 だが中庭に出た途端、俺は慌てて足を止めた。なぜなら父上や偉い人達が来ていたから。しかも真剣な表情で話し合っていたのだ。


 まずいな……


 俺はゆっくりと後ずさる。兄上のいたずら仲間にされたくなかったからだ。だが、そんな俺の腕を掴む者がいた。

 俺は慌てて振り返る。すぐに自分は仲間じゃないと言おうとしたからだ。しかし、すぐにホッと胸を撫で下ろした。

 腕を掴んでいたのは悪友アレスだったから。俺は掴まれた腕に視線を向けながら口を開く。


「……アレス、この手を離してもらえないか?」

「君はあれを見に行かないの? まだ見てないなら連れて行ってあげるよ」

「ふ、お前達のいたずらに俺を巻き込んで罪を分散しようなんて思わないで欲しいな」

「君は何か勘違いしているね……。そもそも、そんな子供じみた事するのはキール第二王子しかしないでしょ」

「おいおい、俺達立派な子供だと思うんだが……」

「はいはい、そうでした。それよりあれ凄いから見てよ」


 俺はアレスに腕を引っ張られながら兵士の間を通っていき中心に向かう。そして光る何かを間近で見たのだが俺は思わず首を傾げてしまった。

 今まで生きてきた中で見たことないものだったからだ。


「まあ、しいていうなら鎧か?」

「多分、そうだよね……」


 アレスは自信なさそうに答える。それもそのはずで、その鎧の様なものはほのかに輝きながら浮いていたから。


「興味深いな」


 俺は好奇心が湧き目の前に浮かぶ鎧のようなものをもっと見ようと近づいていく。しかし、誰かに襟首を掴まれ引き戻されてしまった。


「キール、危ないからあまり近づくな」

「兄上……」

「こいつはまだ何だかまだわからないんだ。もしかしたら新手の魔物かもしれない。父上、すぐに鑑定できる魔導具で魔物かどうか調べてもらいましょう」


 兄上がそう言うと父上は頷き周りに指示を出しはじめた。そんな光景を見て俺は思わず呟く。


「おお、脳筋王子ではなく次期王様っぽい……」

「聞こえてるぞ」


 俺は兄上に軽く拳骨を落とされるた後、質問された。


「これは何だと思う? お前本の虫だからこういうのを見たことないか?」

「いえ、こんなの見たことないですが……まあ、鎧に見えますね。ちなみに兄上はなんだと思います?」

「俺も鎧に見えるが、魔物だったらリビングアーマーという奴だと思う」

「これが魔物?」


 俺は改めて目の前の宙を浮いている鎧を見てみる。先程より輝きは薄れており、今は絵物語に聖騎士が着ていそうな鎧に見えた。


 それにあの頭の部分に柄のようなものが見えるが、鎧のように見えて実をいうと打撃系の武器なんじゃないか?


 しかし、いくら考えても俺にはわからなかった。

 その後、鑑定できる魔導具を持った兵士が現れ鑑定すると勇者の加護を持つ者のみが装備できる宝具だということがわかったのだ。

 また、同時刻に近くの教会で勇者の加護を持つ者がこの鎧が落ちた付近に現れると信託も降りたのだった。

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