鉄腕の英雄
34
あれから死霊術師や魔族にも襲われることなくスノール王国の王都に到着できた。
できたのだが王都スノールに入った直後、急な疲労に襲われてしまったのだ。もちろん旅の疲れだ……と言いたいところなのだが俺達勇者パーティーの銅像が原因である。
いや、違うな。
手足の長くなったオルトス、頭が良さそうに見えるブレド、ごつい体格になっているグラドラスが原因と言った方がいいだろう。
何せ王都のいたるところでうんざりするほど目にしたからだ。嘘で塗り固められた像を。
きっと俺がいなくなった後、ブレドが置いたのだろう。まあ、間違いなく二人も関与しているだろうが。
「やれやれ」
思わず溜め息を吐いていると、周りを忙しなく見ていたシャルルとマルーが口を開いた。
「やっぱり魔王を倒した勇者アレスの人気は凄いわ。店のショーケースには必ず勇者関連のものがあるし。あ、あの勇者の剣っていうパン食べてみたいわ。それにグラドラス公認シチューも!」
「ぼくはオルトスの髭っていう綿飴が食べたい。それとブレドの脳筋パイも!」
遂には二人して近くの店の看板メニューを食い入るように見始めてしまったのである。食べたいという意思表示を体全体で表しながら。
だからネドで話したことを思い出しながら尋ねたのだ。
「腹が減ってるなら冒険者ギルドに行く前に何か食べていくか?」
二人は力いっぱい頷いてくる。そして急かすように俺の手を引きながら店の中に入ると早速注文しだしたのだ。
「これとこれとこれを」
「ぼくはこの魚料理を」
「スノール王国領は季節の半分が冬に近いから、キノコと鹿肉の煮込み料理がお勧めだ。食べておくといい」
「じゃあ、それも!」
二人は嬉しそうにその後もメニューを見続ける。まあ、料理が来ると今度はそちらに夢中になってしまったが。
だから俺は目を細めながら側にあった鳥の唐揚げに手を伸ばしたのだ。口に入れた直後、勇者時代は正体がばれないよう店で食事をしなかったことを思い出してしまったが。
そして最近はよく誰かと食事を一緒にしていることも。夢中で食事するシャルルとマルーに視線を向ける。
すぐに視線を外すとゆっくりと目を閉じた。もう馴れ合いは必要ないから。それはこれからもこの先も。
だから今まで通りこの店を出た後のことを考えることにしたのだ。もちろん二人の今後のことも。
「はあ、お腹いっぱい」
「美味しかった」
考えていたらいつの間にかテーブルの上にあった皿は全て空になっていた。俺は二人の方に視線を向ける。満足気な表情を確認すると金を置き立ち上がった。
「行こう」
二人は頷きすぐ立ち上がる。それからは言葉少なめに会話をしながら冒険者ギルドに向かったのだ。
◇
「うわあ、ちょっとした砦じゃない……」
「すごく大きいね!」
砦の様な冒険者ギルドを見た二人は感嘆の声をあげるため俺は入り口近くの看板を指差した。
「ここはスノール王国領内にある冒険者ギルドをまとめる本部にもなっている。ついでに避難場所にもなっているんだぞ」
「だから、どこよりも立派なものにしてるのね」
「そんな場所にお前達の知り合いがいるのだろう?」
「そうなんだけど、ここまで凄い所で仕事してるなんて……」
「想像できないね」
二人はあらためて冒険者ギルドを見つめていると右肘から先がない大男が中から出てくる。そして手を振りながら駆け寄ってきたのだ。
「シャルル、マルー!」
シャルルとマルーも駆け出し三人は嬉しそうに抱き合う。そして、しばらく話しをした後、大男がこちらを向き名乗ってきたのだ。
「俺はここの副ギルド長をしているザンダーだ。キリク、二人をここまで連れてきてくれてありがとよ」
「いや、気にしなくていい。しかしザンダーか……。勇者ミナスティリアが育つまで前線を抑えていた鉄腕の英雄と同じ名だな」
するとザンダーは右腕を軽く振る。
「今じゃ英雄の加護を持て余したただの暇人だぜ」
そして笑みを浮かべたのだ。もちろん同じ立場にいた者として笑うことなどできない
だから余計なことは言わずに話を合わせたのだ。
「十分だろう……。俺みたいな低ランクには一生手の届かない役職だからな」
「そういうものかね」
ザンダーは雑に頭を掻く。ただ、すぐに思い出したように冒険者ギルドの方を向いた。
「そうだ、ここじゃなんだから中入って話そうぜ。色々と話を聞きたいからな」
「わかった」
俺達は頷き冒険者ギルドに入る。それから副ギルド長室に移動すると早速、今までに起きた出来事を説明したのだ。
「やっぱり、マルー達は狙われちまったか……」
ザンダーは神妙な顔つきをする。シャルルは頷きながら口を開いた。
「ザンダーさんの言う通りだったわ。おかげですぐに対応ができたのだけど叔父さんまでは……」
「いやいや、マルーが救い出せたんだぜ。十分だろう」
「でも……」
「シャルル。完璧にできるやつなんかこの世界にいねえよ。そんなやつがいたらぜひ知りたいぜ。なあキリクそうだろう?」
「ああ、そうだな」
「ほら、こいつも言ってることだし気にすんなよ」
「うん、わかったわ」
シャルルは頷くと俺の方を向き頭を下げてきた。
「あらためて礼を言うわキリク」
「気にするな。それよりこれからどうするんだ?」
視線を向けるとザンダーは困った表情を浮かべる。
「それが情報をくれた奴が音信不通になっちまってな。そいつの次の情報次第でどう動こうか判断してたんだ。だが、仕方ねえ……。とりあえず明日にでも二人が住める場所は用意するつもりだ」
「なら、俺の方でもツテを使ってみる。こちらには知り合いもいるしな」
俺はそう言ってドアの方に視線を向ける。誰かがドアを叩いたからだ。
まあ、叩いた後にミナスティリアが部屋にすぐ入ってきてザンダーに俺達三人の手配書を見せたてきたが。
もちろんザンダーには説明してある。だから、ザンダーは怪訝な表情をミナスティリアに向け言ったのだ。
「これはもう無効だ。魔導具で知らせは聞いてないのか?」
するとミナスティリアは鼻を鳴らす。
「知ってるわよ。ただ、マルーって子のところにとても気になる事が書いてあったから確認にきたのよ」
「気になること……あっ」
ザンダーが慌ててフードを被ったマルーを守るように立つ。
「ち、違うんだよ! マルーはどこにでもいる女の子なんだ。悪い事なんかしてねえよ」
「あら、私はそういうのが知りたいわけじゃないのよ。ただ、そのフードの下にある顔を見たいの」
「そ、それは……」
ザンダーは言葉に詰まっていると残りの勇者パーティー、白鷲の翼の三人が入ってくる。そしてそのうちの一人、ドワーフ族の女で重戦士の加護を持つブリジット・D・アンヘルが言ってきたのだ。
「副ギルド長、安心しな。いきなり斬りゃしないよ。あたいらはその子が魔族か確かめたいだけだからさ」
「……魔族だったらどうするつもりだ?」
「ミナスティリア、どうするよ?」
しかしミナスティリアは答えずに視線を向けてくる。また、お前がいるのかと言いたい表情で。
だから俺は話に戻るように口を開いたのだ。
「マルーのフードをめくってから決めればいい。知識があればわかるはずだ。勇者殿」
するとミナスティリアの側に来たブリジットが口笛を吹く。更にはファルネリアと司祭の加護を持つ男、サジ・トラギスが興味深げに俺をじろじろと見てきたのだ。
ただ、俺は三人を無視する。そして確かめないのかとマルーに親指を向けたのだ。ミナスティリアは一瞬何か言いたそうに俺を見る。
しかしすぐに優しい口調でマルーに声をかける。
「そのフードを取ってくれるかしら」
マルーはフードの下で不安そうな表情をするため俺は頷いた。
「大丈夫だから取って見せてやるといい」
するとマルーは安心した様子で頷きフードを下ろしたのだ。すぐに反応したのはファルネリアとミナスティリアとサジだった。ただし、ブリジットだけはわかっていない様子で首を傾げてきたが。
「えっ、何?」
「マルーさんは魔族じゃなくて魔人という魔族と人のハーフですよ」
サジがそう説明するとマルーは頭を振る。
「ぼ、ぼくはハーフじゃないよ。先祖返りだよ」
「これは失礼。とにかく、魔族じゃないってことですよ。ブリジットさん」
「そして敵でもないってことよ。まあ、最初から魔族だろうが敵とは思っていなかったけれど」
ミナスティリアがそう言うとザンダーはソファーに座り込み深く息を吐いた。
「なんだよ、お前ら知ってんならこんなに焦んなくて良かったぜ……」
「ふん。あなたが最初からそう言ってればこんな事にならなかったわ」
「仕方ねえだろう……。南側以外に住んでる連中なんて魔族は全て敵だと思ってるんだからよ」
「まあ、そうね。それでブレド国王には報告したの?」
「……明日、二人を連れて報告する予定だ」
「では私達も同行するわ。マルーはどっちみち狙われてるみたいだし」
「へへ、勇者パーティーに警護してもらえるなんて光栄だな」
ザンダーは苦笑しながら俺を見てくる。そのため俺は頷くと部屋の外に向かったのだ。もうやることはここにはない。お役目は済んだからだ。
なのにシャルルとマルーが駆け寄ってきて袖を掴んできたのだ。まあ、すぐに察したが。
だから俺は二人の手をゆっくりと離しながら答えたのだ。
「用事があるが数日はここにいる。その間、知りたいことがあれば聞きにくるといい」
そして二人が答える前に部屋を出ようとしたのだ。歩いている途中にザンダーが肩に腕を乗せながら着いてきたが。
もちろんザンダーの行動を理解した俺は廊下に出ると礼を言った。
「助かった。もう追いかけてはこないだろう」
ザンダーは俺から離れ頭を掻く。
「お前厄介なのに目を付けられてるな。いったい何をしたんだよ?」
「知らん」
「嘘吐くな。今も睨んでるだろうよ」
ザンダーはミナスティリアが睨んでいるであろう扉を一瞥する。しかし突然はっとした表情をすると俺の背中を叩いてきたのだ。
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