33


「助かった」

「気にしないでよ。この二人は私達が追っていた捕縛対象でもあるんだから」

「捕縛対象ね……。いったい何をしたんだ?」

「どんな繋がりかわからないけどギネルバ商会と手を組んでたの」

「こいつらが?」


 思わず信じられないという表情を向けるとマリィは冒険者ギルドが発行する司令書を出してきた。


「ほら、二人の捕縛命令も出てるわ。けど、いざ捕まえようとしたら闇の力を感じるってルナが」

「はい。だから慌ててセイクリッドボールを購入しに聖霊神イシュタリア教会に行っていたんです」


 ルナの説明に俺は今だに苦しんでいるワーロイ達を見る。ちなみにルナは哀れんだ表情を向けていた。何せ闇の力を取り込んで堕ちるとこまで堕ちたからもう救えないと理解しているのだろう。

 だからワーロイ達に剣先を向けたのだ。とどめを刺すかと。だがルナは首を横に振ってきた。


「その前に闇の力をどこで手に入れたか知りたいです」

「しかし、あの状態ではな」


 俺の言葉にマリィは苦笑する。


「確かに闇に堕ちてしまったらもう聞き出すのは難しいわよね。でも、まだ自白剤ならいけるかもよ。キリク、持ってるでしょう。それで色々吐かせましょうよ。ついでにパーティーにいた時に何考えていたのか聞き出してやりたいし」


 マリィはそう言って意気込むが俺は内心やめた方がいいと思っていた。どうせ禄でもないことを言ってくるだろうから。


 それに。


 俺は上空を睨む。風船に掴まった道化師が浮いていたからだ。満面の笑みを浮かべて。


「おや、皆さん揃ってどうされまーーしたか?」


 もちろん俺は無言で剣を構えた。当然、皆もだ。道化師から感じる闇の力で敵と認識しているから。

 なのに道化師は鼻歌を歌い、更には隙を見せながら倒れているワーロイ達の側まで降りてきたのだ。

 ただし降りた直後、目を見開きながら威圧してきたが。


「おやまあぁーー、東の魔王様直属の配下であるスペードのクラウン、ピエールを倒せるとでもおぉ?」


 しかし、ルナは怯えるどころか一歩前に出て杖を向ける。


「私達が無理でもこの近辺には勇者パーティーが来ていますからね」


 するとピエールは気配を探る動きをする。そして慌ててワーロイとケイの襟首を掴むと逃げる様に空を飛び去ってしまった。

 どうやら勇者の強さは理解しているらしい。


 だからといってワーロイ達をわざわざ助け出す必要もないのにな……


 そう思いながら空を見上げているとルナが申し訳なさそうな顔を向けてくる。きっと逃したことを気にしているのだろう。

 だから気にするなと口を開こうとしたのだ。まあ、途中ですぐに閉じたが。シャルルがマリィとルナに刃先を向けていたから。


「冒険者ギルドは私達の手配書も出しているはずよ。どうするつもり?」

「ああ、あの手配書なら取り下げられたわよ。だって偽名を使ったお尋ね者のタクロムが出したものだからね」

「ええ、だから安心して下さい。誤解もすぐに解けますから」


 二人は臆することなくそう答え笑顔を向ける。シャルルはしばらくして大きく息を吐き剣を下ろした。


「……とりあえず冒険者からは襲われる心配はなくなったってことね」

「冒険者からはですか?」


 ルナの質問にシャルルは悩んだ様子を見せる。けれども、しばらくしてマルーに視線を向けた。


「マルーが死霊術師に魔王信者からも狙われてるのよ」

「それなら人との共存を選択した魔族が住む南側の迷宮都市に行った方が安全ではないでしょうか?」

「えっ、南側にそんな場所が……あっ!」


 シャルルが顔を向けてきたので頷くと彼女は力なく項垂れた。


「なんで南側に近い場所に住んでたのに私知らなかったんだろう……」

「それは迷宮都市の情報は商人や冒険者をやってないかぎり知ることはないからだ」

「えっ、なんで?」

「魔族がいる都市なんて大っぴらに情報は流せないだろう」

「確かに混乱を招くものね」

「だから気にする必要はないんだぞ。マルーもな」


 俺がそう言うとマルーは意図を理解し、恐る恐るフードを下ろした。まあ、二人の反応にすぐに安堵した表情を浮かべたが。それはシャルルも。


「良かったね、マルー」

「うん!」

「ちなみにこれって覚醒遺伝よね? 微妙に魔人と違うし」


 マリィがそう言うとマルーは驚いた顔を向ける。


「えっ、なんでわかったの⁉︎」

「商人の加護があると他の人よりも見分けがつくのよ」

「へー、商人の加護って凄いね!」

「世の中にはもっと凄い加護がいっぱいあるのよ。知りたい?」

「うん!」


 マルーは何度も頷く。マリィはその姿に目を細めた。もちろん俺達もだ。マルーの未来に明るいものを感じたからだ。

 ただし再び現れるであろうピエール達をどうにかしないといけないが。

 だから落ちてる武器に手を伸ばしたのである。もしかしたら何かしらの情報を得られるかもしれないと考えたから。


 それに……


 剣を全て回収するとマリィの方を視線を向ける。先ほどの言葉からきっと彼女なら何か知ってるはずだと思ったからだ。特にギネルバ商会とタクロムについてを。

 そして、その考えは当たっていた。マリィはすぐに頷くと説明してくれたから。


「まず商会とは名ばかりの犯罪組織ギネルバ商会ね。あそこはクラン、冷たい月を使ってありとあらゆる悪事に手を染めてたみたい。そして、その冷たい月に指示をしていた一人がタクロムよ」

「なるほど。生粋の悪人というわけか」

「だからこそ魔族が接触してきたのでしょう。もしくは自ら売り込んだか……」

「なら今後はそちらにも注意しておいた方がいいということか」


 シャルルに視線を向けるとうんざりした顔で頷く。そしてマルーに抱きつき頬をすり寄せたのだ。


「ちょっと! シャルル!」

「すり減った精神力をマルーの可愛さで回復させてるのよ。キリクもどお? マルーは柔らかいわよ」

「やれやれ」


 俺が肩をすくめるとルナがはっとした表情をする。それから俺の方に頭を下げてきた。


「キリクさん、あの時はワーロイやケイの言ってる事を信じてしまい失礼な態度をとってすみませんでした」


 慌ててマリィも頭を下げてくる。もちろん話が見えないので首を傾げてしまうと二人は申し訳なさそうに説明しだした。


「パーティー中によくあの二人は嘘をついていて。しかもわかりやすい嘘だったので基本的に流していたんですけど……。ある日、ケイが泣きながらキリクさんに襲われそうになったと言ってきたんです」

「あの時、私とルナはケイの迫真の演技に騙されたのよ。しかも、私達がキリクを問いただしにいこうとしたら大泣きしながら強く引き止められて……。結局、あれも演技だったのよね。キリクがパーティーを去った後、二人の態度で嘘だったんだなってなんとなくわかっちゃったから……」

「なるほど、そういう事があったから二人は俺に会話すらしなくなったんだな」

「本当にすみませんでした」

「ごめんね、キリク」

「悪いのはワーロイとケイだ。だから次はすぐにとどめを刺せばいい」


 腰に下げた剣を軽く叩くとマリィが苦笑する。ただ、しばらくして思い出したかの様に懐中時計を取り出す。そして顔を向けてきた。


「私達これから急いでネドに戻って冒険者ギルドに報告しないと行けないんだけど一緒に行く?」

「いや、俺達はこのまま王都スノールに向かう」

「そっか、ならここでお別れね」


 マリィがそう言うとマルーが慌てて駆け寄ってくる。


「ふ、二人共、また会える?」

「当たり前じゃない。時間があったらまた会いましょうよ」

「うん!」


 マルーは嬉しそうに頷くとシャルルに駆け寄り腕に抱きついた。シャルルは頬を緩ませる。


「良かったわね。マルーに新しい友人ができて」

「だからってシャルルは離れちゃやだよ」

「わかってるわよ」


 シャルルは頷くとマリィ達に顔を向ける。


「じゃあ、私達行くわね」

「わかったわ。気をつけてね」


 俺達は頷くと王都スノールへ向かって歩きだした。ただ、しばらくしてシャルルに顔を向ける。大事なことを思いだしたからだ。


「そういえば、ネドは身分証とかは必要なかったがスノール王国は何か必要になるぞ」

「大丈夫よ」


 自信ありげにシャルルは一枚の通行許可証、しかもスノール王国の王都のみで使える冒険者ギルド専用特別通行許可証を見せてきた。

 だから、つい尋ねてしまったのだ。


「その通行許可証……王都にある冒険者ギルドに知り合いがいると言っていたがお偉方なのか?」

「ええ、しかも東側の前線ではかなり有名な冒険者よ。もしかしたらキリクも知ってるかも」

「東側の前線にいた有名な冒険者か……」


 そう呟いた後、俺は前線にいる冒険者が後ろに下がる理由を思い出す。年を取りすぎた。金を十分稼いだ。名声を得た。怪我をして戦えなくなったかである。

 そして、前線で戦っていた冒険者ほど心の奥底ではいつまでも現役でいたいと思っている者が多い。それは有名になればなるほどだ。

 だが、シャルルの知り合いは違うらしい。何せ引退後は冒険者ギルドの職員をやっているのだから。


 全く誰かとは大違いだ……


 俺は自らの手のひらを見つめる。そしてゆっくりと口元を歪ませるのだった。

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