21


 マルシュから出てしばらくすると森の方から襲撃者が現れた。その組み合わせに俺もサリエラも顔を顰めてしまう。


「人と魔物の混合部隊。もう隠す気はないか」

「でも、顔を隠しているということは自分達が魔王信者だと思われたくないみたいですね」

「俺達を倒したら普通の日常に戻る気でいるからだろう」

「要はこの人達が今回で最後の襲撃ということですね」

「魔物もセットで来ているからな」


 そう答えながら襲撃者の中に混じる二足歩行型の豚の魔物オークを見る。人を餌としか見ていないオークが一緒になってきているのだ。なりふり構っていられなくなったのだろう。精霊王ケーエルが神殿に降りれば自分達の力が弱まってしまうから。

 しかし同時に疑問も感じていた。確かに神殿が立つのは魔王を崇める魔王信者にとっては屈辱だろうし魔物にとっては死活問題だ。

 ただ本当にそれが理由なのだろうかと。東側で裏工作している魔王バーランドが関連しているのではと。だから俺は自白剤を取り出した。


「あいつらから情報を聞き出せないから試してみる」


 サリエラとナディアを見ると頷いてくる。


「わかりました。では私は魔物の数を減らします」


 サリエラはすぐさま飛び出していく。すると武器を持ったナディアが頷いてきた。自分の身は自分で守るということだろう。

 だから馬車から飛び降り魔王信者に向かっていく。だが、魔王信者の一人は武器を抜くどころかフードの下で笑みを浮かべるだけだった。この人数を一人で倒すことはできないと思っているのだろう。

 だから教えてやるためにもそいつ以外は斬り伏せていく。すると先ほどの威勢は消え、叫び声を上げながら逃げ出してしまったのだ。もちろん逃すわけもなくすぐ捕まえ、ついでに自白剤も飲ませた。


「答えろ。お前達の目的はなんだ?」

「ファレス商会が運んでいる積荷を全て奪うこと……」

「奪って何をする?」

「知らない……」

「そうか」


 これ以上情報は得られないと判断し胸を剣で突き刺す。魔王信者を生かす理由はない。生かしたらまた信者を増やしてしまうからだ。

 それに余計な問題を増やしたくないものもあった。何せこいつらは強欲な商人や貴族も混じっている場合があるからだ。だから今回、襲ってきた魔王信者は情報を引き出せたらとどめを刺さなければならない。下手に生かして余計なことをされないために。


 やれやれ。


 案の定、魔王信者の着ている上質な服を見て溜め息を吐いてしまう。きっと魔族に人を売り渡して得た金で買ったのだろう。

 それなら何か取引した情報もあるだろうかと調べる。だが何も出てこなかった。まあ、狡賢い連中だから当然かと思い馬車に戻ると、既に戻ってきていたサリエラが手を振ってきた。


「お疲れ様です。キリクさんどうでした?」

「残念ながら何も得られなかった」

「そうですか……」

「だが、今回も奴らの企みは阻止できた。これからも阻止し続ければ良いだけだろう」

「そうですね!」


 サリエラは笑顔で頷くとナディアが頭を下げてきた。


「二人共、本当に助かったわ。私達だけだったら間違いなく死者が出てたか全滅してたでしょうね」


 するとグエンと商隊も頭を下げてくる。


「普段来るような賊なら問題ないが、さすがに今回のは想定外だった。俺達からも礼を言う」

「気にしないで下さい。私達はやるべき事をやっただけですから。それよりもまだ襲撃があるかもしれません。気を引き締めていきましょう」

「わかったわ」


 ナディアは頷きグエンの方を向く。それが合図になり馬車が動き出した。もちろん、警戒はおこたわらない。だが、案の定あれが最後だったらしい。

 その後、俺達の乗る馬車は無事にノースハウトに到着することができたのである。



 現在、俺達はラハウト伯爵の屋敷に向かって街中を移動していた。まあ、家と木が一体化しているから街中というよりも森の中を進んでいるようだったが。

 だがエルフであるサリエラは違うらしい。懐かしそうに家々を眺めていた。


「私の里に似てますね」


 するとナディアが街の中心にある大きな木を囲うように建てられてる建物を指さした。


「それはあそこに住んでいるラハウト伯爵がハーフエルフだからよ。だから街並みをエルフ様式にしているの」

「そうだったのですね。でも、他の種族は住みにくいんじゃないですか?」

「だから住んでる人達もエルフが多いのよ。ほら」


 ナディアが広場の方に顔を向けるとエルフだらけだった。だが、それだけじゃないだろうと俺は口を開く。


「おそらく人族の生活様式に合わないエルフもいるのだろうな」

「ええ、だいたいはそんな感じみたいね。ちなみにサリエラさんは大丈夫なの?」

「はい。私が住んでた屋敷だけは人族が建築したものでしたから。でも、ああいうのも憧れますよ」


 サリエラはラハウト伯爵の屋敷をうっとり眺める。するとナディアも屋敷を見ながら頷いた。


「確かにそうよね。ちょっと神秘的な雰囲気もするし。将来的にはこういうのを建てるのもありじゃないかしら」

「ですよね」


 ナディアとサリエラは頷き合い、その後も住む場所やら建築方法やらを楽しそうに話していた。

 そんな中、俺は遠くを眺めていた。かつて住んでいた場所を思い出したからだ。

 だが、すぐに頭を振る。もう思ったことは二度と叶わないだろうと判断したから。それに理解しているのだ。自分が本当に望んでいることを。


 まあ、それもきっと無理だろうが。


 再び遠くを眺めていると馬車の速度が落ちていく。どうやら、ラハウト伯爵の屋敷に到着したらしい。馬車が止まるとナディアが声をかけてくる。


「私達は荷物を運んで手続き等するから、酒場で落ち合いましょう」


 そう言って荷下ろしの手伝いにいってしまった。サリエラは俺の方を向いてくる。


「予定より早く着いちゃいましたね」

「まあ、声はかけておこう」


 ラハウト伯爵の屋敷の門の近くに設置された魔導具を鳴らす。すぐに執事が対応してくれ俺達を屋敷に招いてくれた。


「すみません。早く来すぎてしまって」


 部屋に案内してもらっている最中、サリエラが謝ると執事は笑顔で首を横に振る。


「いいえ。もっと早く来られてる方もいらっしゃいますので気になさらないで下さい」

「そうなのですか?」

「ええ。手紙が届くのが早かったらしく一昨日から来られてる方もおられまして……」


 そう話した後に、執事は一瞬だけ困った表情をする。おそらく面倒な奴がいるのだろう。そう思っていると向こうの廊下から派手な格好をした冒険者の男が赤顔でふらふらしながらやってきた。

 きっとこいつだろう。そう思っていたら早速面倒事をおこしてきたのだ。


「おい爺さん。もう酒はないのか?」

「……ドナテロ様。うちは酒場ではありませんので外で飲んで頂きたいのですが……」

「ちっ、使えねーな。ん……おいおい、滅茶苦茶良い女がいるじゃねえかよ!」


 ドナテロと呼ばれた男はふらふらしながらサリエラに近づいていく。そして酒臭い息をまき散らしながら言ってきたのだ。


「おい、エルフの姉ちゃん。俺と一緒に酒を飲もうぜ。お礼にたっぷり楽しませてやるからよ」

「……結構です」

「ああ? ミスリル級の精霊使いドナテロ様が誘ってやってんだぞ。こんなチャンスはねえぞ!」

「ランクなんてどうでも良いですし、あなたと飲む気なんて精霊神オベリア様に誓ってありませんから」


 サリエラはそう言うと執事にいきましょうと目で合図を送る。


「で、では、お部屋に案内します」

「おい、待てよ!」


 ドナテロはサリエラに手を伸ばそうとしたのでその腕を掴み捻り上げる。更にドナテロの口の中に素早く丸薬を放り込んだ。


「んん……」


 ドナテロはあっという間に目が回り、盛大に床に倒れるといびきをかきはじめる。そんなドナテロを足を使って壁側に寄せると俺は執事に顔を向けた。


「酒の酔いが一気に回るよう作った丸薬だ。副作用で睡眠作用もあるから明日の朝までは起きないぞ」


 すると執事は大喜びして頭を下げてきた。


「キリク様、ありがとうございます。後で運ぶよう伝えておきます」

「あのう、申し訳ないですがこういう人は追い出した方が良いのではないでしょうか? 今回の依頼内容から間違いなく適任ではないと思いますよ」

「サリエラ様……。それが、今はご主人様は出かけておりまして私達の判断では……」

「あっ、そうでしたか! それは余計なことを言いましてすみませんでした」

「いえ、サリエラ様が言葉にして頂いただけで私の心の重りが軽くなりました。では、お部屋に案内させて頂きます」


 執事は笑顔でそう言った後、俺達を部屋へと案内してくれた。しかし、部屋に到着して気づいてしまう……


「……同じ部屋か」

「すみません、まさかお連れ様がいるとは聞いておりませんでしたので。恩を仇で返すようで申し訳ありませんが、ただいま他の部屋に空きがないのです」

「なら、俺は宿を取ることにする」

「キリクさん大丈夫ですよ! べ、ベッドも二つありますし、それに……」


 サリエラは何か言いたそうだが黙ってしまうため仕方なく頷く。


「……わかった」

「キリクさん、ありがとうございます。執事さん、二人で使いますので大丈夫です」

「では、何かありましたらそこのベルを鳴らして下さい」


 執事は頭を下げると部屋を出ていった。近くのソファーに座るとサリエラに視線を向ける。


「で、なんだ?」

「さっきのドナテロという男です」

「あいつが夜這いでもしてくると思ってるのか? それなら間違いなく明日の朝までは起きないぞ」

「いえ、あんなのに襲われるほど弱くありません。そうじゃなくてあの人なんか変なんですよ」

「見た目通り変な奴だったぞ」

「うーん、それは否定しないんですけど精霊のいる気配がしないと言うか……」

「精霊使いの側には常に精霊がいるんだったな。それがいないと……」


 自信なさげにサリエラが頷く。


「はい。存在を薄くしてるかと思ったんですが全然しなかったんです……」

「あいつが精霊使いを語った偽物だってことか?」

「わかりません。どうせなら加護を調べる魔導具で調べたいんですけど、ドナテロを冒険者ギルドに連れてくわけにはいきませんから。それに、私が知らない方法で存在を消すことができるのかもしれないですし……。とりあえずは他の精霊使いが来た時にドナテロを見た時の反応を見てみます」

「わかった。俺も気をつけよう」


 頷いた後に収納鞄を見る。場合によってはペンデュラムを使えばと考えているのだ。


 まあ、精霊に関して知識があまりない俺に当てれるかはわからないが。


 そう思っているとサリエラが声のトーンを落として言ってくる。


「それと、これはよくある事なんですが少し気になったので……。ナディアさんですが周りに精霊の気配を感じました」

「ナディアが? 精霊に好かれてるのか?」

「それが、精霊に話しかけても答えてくれなかったんです。私の精霊を使って話しかけたのですがやはり駄目でした」

「それは妙だな」

「悪い方ではないと思いますが、念のため気をつけて下さいね」

「わかった……」


 俺は頷くと頭の中のリストからナディアを外す。おかげで信用できる人物がサリエラだけになってしまった。


 やれやれ、どうするかな。


 腕を組み考え事をしていると隣にサリエラが座り、申しわけなさそうな表情をしてきた。おそらく面倒事に巻き込んでしまって悪いと思っているのだろう。


 もう他人事じゃないから気にする必要ないのにな。


 仕方なく声をかける。


「気にするな」

「でも……」

「魔王信者が出てきた時点でもう俺にとっても関係あることなんだからな」


 そう言うとサリエラはハッとする。思い出したのだろう。冒険者ギルドが魔王に対抗するために作られた組織であることを。


「まさか、やはりキリクさんは勇者……」


 俺はサリエラの額を指で弾く。そして、さっさと部屋を出ていくのだった。

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