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「ははは! さすがキリクさん只者じゃないわね」

「さすがじゃないですよ! 酷いです。乙女のおでこにあんなことをするなんて」


 あれからナディアと合流した俺達は町の酒場で夕食をとっていた。だが、料理も揃い酒も進んでいくとサリエラが先ほどのことを愚痴り始めたのだ。


「軽くやっただろう。それに冒険者ギルドの本来の目的を忘れていたお前が悪い」

「そ、そうなんですけど……むうっ!」


 サリエラは納得していないのか頬を膨らませて睨んでくる。だが全然怖くなくむしろ逆効果になっていた。周りの客が鼻の下を伸ばしていたからだ。

 それに気づいたナディアが苦笑しながら声をかける。


「もう忘れなさいって」

「うーー」

「それなら詩を聴いて忘れましょうよ」


 そう言って吟遊詩人を呼び寄せ銅貨を数枚、手渡したのだ。


「勇者アレスの英雄譚。十章全部ね」

「はい〜」

「十章を聞いてまずは気分を上げましょう」


 ナディアがそう言うと途端にサリエラは上機嫌になる。しかも勇者アレスと連呼しながらエールを一気飲みし出しだしたのだ。思わず頭を抱えてしまった。この後、面倒になるのが想像しやすかったから。

 だからといって止めることはできなかった。更にサリエラが盛り上がってしまう詩が聴こえてきたからだ。

 勇者アレスの英雄譚。十章は北の魔王を倒す最終話。一節目では魔王のダンジョン出発前に仲間とのやり取りで絆を深め、二節目では仲間が傷つきながらも北の魔王を倒すところまでやる。そして三節目の最後はスノール王国の王都に凱旋して名セリフを言った後、美しい女性達に囲まれ大団円で終わる。

 まあ、実際に俺がいたのは勇者アレスのパーティー以外が入れないようにした個室のベッド上だ。だから凱旋パレードはスノール王国が用意した影武者がやったというオチである。

 けれど目の前にいるサリエラを含め酒場にいる連中は信じているのだろう。今は吟遊詩人の歌声に聴き入っており、戦いのところでは皆と一緒に高いテンションで歌っていたから。

 ちなみに酒場内で低いテンションでいたのは俺ぐらいだろう。それも詩が終わった後も。


「はあ、楽しかったわね」

「はい。やっぱり我らがアレス様ですね!」

「あの名セリフはいつ聞いても盛り上がるわね。つい叫んじゃったもの」


 二人は盛り上がっているが心の中でつい突っ込んでしまう。俺は叫んでいないと。


「この世界に魔王がいる限り、俺は剣を振い続ける! それは俺が勇者アレスだからだ! ですよね!」


 再び心の中で突っ込む。そんな事は言った記憶はないと。溜め息を吐いていると気持ちがナディアに届いたらしい。


「さてと、気分も高まったところでまずはこれが今回の報酬ね」


 話題を変えて報酬が入った袋を出してきたのだ。


「ありがとうございます。ところでナディアさん達はこれからどうされるんです?」

「それなんだけど……」


 ナディアは顔を寄せてくる。


「詳しくは言えないけど、私達ファレス商会は引き続きノースハウスト家の仕事をすることになってるの。だから二人共、もしかしたら仕事中会うかもしれないからよろしくね」


 そう言ってウィンクするとワインを飲みだしたのだ。質問は受け付けない、もう話は終わりとばかりに。だから俺は空気を読み口を出さなかった。

 まあ、それに眠そうなサリエラの姿を見たのもあった。だから立ち上がるとサリエラの側に行く。


「ナディア、俺達は帰る」


 そして、もう少し飲むというナディアに別れを告げサリエラと帰ることにしたのだ。だがラハウト伯爵の屋敷に戻って思いだしてしまう。酒癖の悪い女冒険者が側にいたことを。


「うーん、アレス様ーー」


 現在、俺はサリエラに抱きつかれ耳を噛まれていた。ちなみになんとか頑張って抵抗をしたが無理だったため先程諦めて依頼について考えることにしたところだ。ちなみに現実逃避ではない。どっちみち帰ったら考えようとしていたのだ。特に二つのことを。

 まずは魔王信者について。連中は精霊王ケーエルを降ろすことを阻止しようとしているが俺の考えでは他にも目的があると思っている。何せ東側の魔王が今回の件に確実に関わっているはずだから。


 間違いなくな。だから魔王信者であるテドラスの動向は調べないといけない。明日にでも。


 そう判断すると次のことを考えた。ドナテロとナディアのことを。二人とも精霊絡みで怪しいからだ。ただ、精霊のいる気配がしないドナテロについてはサリエラが他の冒険者が集まった時に確認すると言っていたから任せておけば良いだろう。

 だから気にするべきはナディアの方になる。


 精霊が側にいるか。まあ、別に問題ではないんだが……


 何せ、世の中には精霊に好かれやすい、精霊に愛される者もいるから。だが精霊使いであるサリエラや、精霊が話しかけても答えなかったことは普通ではない。おそらく精霊に話さないよう命令しているか精霊自身がそうしているかになる。

 俺はおそらく前者だと思っている。彼女は引き続きノースハウスト家の仕事をする。更にはそれを俺達に知らせて来たから。俺にとってはもう答えを言ってきたようなものである。


 だからそういうことななのだろう。


 まあ、これで考えが外れたら冒険者を辞めて隠居も視野に入れなくてはならない。もちろん役割を終えたらだが。


「アレス様ー、ペロペロ。甘いですねぇ」


 サリエラが俺の顔を舐め回す。そして次に首を甘噛みしてきた。思わず溜め息を吐く。


「さっさと一人前になれよ」

「やですよーー」

「やれやれ」


 俺は早々に諦めると目を閉じる。そして早くサリエラに寝ついて欲しいとがらにもなく神々に祈り始めるのだった。



 翌日、俺達はノースハウトからだいぶ離れた場所にあるテドラス伯爵の屋敷に向かっていた。


「すいませんでした……」


 サリエラはまた謝ってくる。昨晩の件を今だに引きずっているらしい。正直、ずっと引きずっていてほしいが仕方なくサリエラの背中を叩く。


「気を引き締めろ。これから行く場所は魔族と関係を持っている狡賢い奴が住む屋敷だからな」

「は、はい、わかりました」


 何度も頷くサリエラを見て溜め息を吐く。しかし、すぐに前方に視線を向けた。テドラスの屋敷が見えてきたからだ。


「あれか……」

「高い壁に大勢の警備……ずいぶんと厳重ですね」

「まあ、町から離れた場所にあるからこれぐらい厳重じゃないと本来は危ないんだが……」

「おそらく別の意味でしているんでしょうね。キリクさん、どうします?」

「できれば中に侵入して魔王信者との接点を示す証拠を見つけたい」

「それなら夜の方が良かったのでは?」

「まあ、侵入するのは夜と相場が決まっているが、奴の屋敷は夜の方が警備の人数に魔法トラップも設置されて面倒くさくなるんだ……と、情報屋が言っていた」

「そうなんですか。それでも、あの厳重そうな警備をどうやって通るんです?」

「テドラスが使う逃げ道の一つを使う。奴は用心深いから屋敷の至る所に外に抜けれる抜け道を用意している。しかも自分だけしか知らないやつをな」


 おかげで前に別の屋敷だったが、抜け道を使われて逃げられた挙句に証拠隠滅をされテドラスを捕まえることができなかったのだ。

 だから今回は魔導具のペンデゥラムを使って抜け道を探すことにしたのだが。


「沢山ありますね」


 サリエラが呆れた顔をする。調べた結果一つどころでなく複数もの抜け道を見つけたからだ。しかも前回よりも多く。


「まずいことをしてる自覚はあるようだな。なら、徹底的に調べて炙り出してやろう」

「はい」


 俺達は早速一つ目の抜け道に移動する。すると物陰からフードを被った者達が音もなく現れ道を塞いできたのだ。


「……アダマンタイト級にシルバー級の冒険者が何の用だ? ここが誰の屋敷かわかっているのか?」


 思わず俺は目を細めてしまう。良い動きだったからだ。しかし、すぐに彼らの問いに答える。


「テドラスの屋敷だろう。お前達こそ何の用だ? ここの警備には見えないが」


 するとサリエラは驚いた顔を向けてくる。


「えっ? この人達、警備の人達じゃないんですか?」

「警備なら気配を消してわざわざ俺達の前に現れないだろう。おそらくテドラスの屋敷を監視してる連中じゃないか」


 そう答えると先頭にいた人物が顎に手を置き値踏みするように見てくる。


「シルバー級の冒険者にしては鋭い洞察力だな。わかっているなら、引き下がってくれるか。そうすれば我々は冒険者ギルドに報告する気はない。こちらも今は忙しくて揉めたくないからな」

「……キリクさん、どうしますか?」


 サリエラは警戒態勢をとりながら聞いてくる。俺はすぐに答えた。


「引き下がるしかないだろう」

「いいのですか?」

「ああ」


 頷くと来た道を引き返す。すると数名が後ろを隠れながらついてきた。おそらく本当に帰るのか監視しているのだろう。案の定、ある程度テドラス伯爵の屋敷から離れると追ってこなくなった。

 サリエラが声をかけてくる。


「良かったのですか?」

「問題ない。連中が監視しているならテドラスも動きにくいだろうしな」

「キリクさんはあの人達が誰かわかったんですか?」

「おそらくどこかの国の諜報部隊だろう。あの洗練された動きはプロの殺し屋か国の諜報部隊しかいないからな」

「殺しに来なかったという事は国の諜報部隊ってことですか」

「ああ。連中には敵意も殺意もなかったしな。それに俺達の前に姿を現したのもそうだろう」


 まあ、アダマンタイト級のサリエラがいたから現れた可能性もある。シルバー級の俺だけだったら、あのまま気配を消して俺を気絶させてから目隠しして尋問形式の会話になっていたはずだからだ。


「じゃあ、どこかの国がテドラスを捕まえるために動いてるんですか?」

「そうなるな。それに連中は今は忙しいと言ってるということは近いうちに何か起こるってことだろう」

「それって今回の依頼に絡んでくる可能性もあるってことですよね」

「十中八九そうだろう。テドラスは魔王信者の幹部だからな」

「じゃあ行動した甲斐がありましたね」

「ああ、奴が動くことがわかっただけでもかなりの収穫だぞ」

「ええ、そうですけれど……。そうなると明日は必ず何が起こるということですよね。しかも魔王絡みの何かが……」

「ああ、間違いなくな」


 頷くとサリエラは緊張した様子になる。


「またレクタルみたいなことが起きなければいいのですが……」

「そうなったら、どんな手を使っても止めればいいさ」


 肩をすくめるとサリエラは苦笑する。きっと冗談だと思ったのだろう。だが、それで良かった。バレるわけにはいかないからだ。


 なにせ勇者アレスは俺であってはいけないんだからな。


 そう思いながら俺はシルバー級の腕輪を指でなぞるのだった。

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