20
その様子に俺は安堵する。そして対応策を用意しておいて良かったとも。だが、すぐに次の問題が出てきたのだ。まあ、俺達ではなくナディア達の方だったが。
すぐさま警戒態勢をとるとサリエラも気づいたらしく先の方を指差した。
「あの先の岩場と丘に複数の気配が。きっと賊です!」
「おいでなすったわね。グエン」
「わかりました。おい、馬車を止めて守りに入れ!」
「はっ!」
商隊はすぐさま武器を抜き馬車を飛び降りる。それが合図になったのか賊連中も飛び出してきた。その数は商隊の数を超える。しかしナディアは余裕の笑みを浮かべた。
「今回はアダマンタイト級冒険者がこちらにいるからね」
すると、その言葉に応えるようにサリエラは力強く頷き馬車を飛び出していった。ナディアは満足気に頷く。
「うん、サリエラさんを雇って正解ね。キリクさんはどうする?」
「俺も一応シルバー級冒険者だから、それに見合った働きをしよう」
弓を出すとナディアは指で輪を作る。
「もし活躍できたら報酬を出すわよ」
「それなら頑張らないとな」
そう言って馬車上から賊の頭を撃ち抜くとナディアが口笛を吹いた。
「やるじゃない」
だが、俺がサリエラの方を指差すとすぐに驚き顔に変わった。もの凄い速さで動きまわり、ものの数分もしないうちに賊の数を半分に減らしたからだ。
「こ、これがアダマンタイト級の実力……。凄すぎる。これなら楽勝じゃない!」
立ち上がり喜んで手を叩くナディアの方に俺はすぐさま手を伸ばす。そして飛んできた矢を掴むと視線を向けた。
「危なかったな」
そして、そのまま弓につがえるとナディアを狙った賊の頭を撃ち抜いた。ナディアが真っ青になりながら礼を言ってくる。
「キ、キリクさんありがとう」
「仕事だから気にするな」
そう言いながらもう一人の賊を倒す。するとそいつが最後だったらしく商隊から勝利の怒号が響きわたった。安堵した顔でナディアが話しかけてくる。
「本当に助かったわ。それにキリクさん、あなたは私の命の恩人よ。もし暇な時があればスノール王国の王都にあるファレス商会の本店に来て。この指輪を持ってきてくれればお礼をするわ」
そう言って見覚えのある人物が刻まれた指輪を渡してきたのだ。
「この指輪の紋章……」
ナディア見ると嬉しそうに頷く。
「ファレス商会は父が勇者アレス様に憧れ、紋章と名前を少し弄って作った商会なの」
「そうか……」
俺は再び指輪を見る。確かにこの鎧姿はアレス……つまり俺だった。
まあ、悪用しなければ使ってもいいと言ったのだが、まさか商会で使われるとは思わなかった。普通は魔法店か鍛冶屋辺りのはずだからだ。
なのに本来は戦いとはほとんど縁のない商会か……
内心苦笑していると戻ってきたサリエラが大声を上げる。
「ああ、アレス様が彫られた指輪! 良いなあ!」
そして物欲しそうな顔を向けてきたのだ。するとナディアが笑みを浮かべる。しかも物騒なことを言ったのだ。
「あら、サリエラさんもアレス信者なの?」
するとサリエラは口角を上げ胸を張り頷いたのだ。しかもおかしなことまで言ってくる。
「私、勇者アレスの英雄譚を一文一句言えます」
するとナディアも同じように胸を張り不敵な笑みを浮かべる。
「私はそれに加えて、私は見た! 勇者アレスの○○を一文一句言えるわ」
そう言って挑発するポーズをとったのだ。だが、サリエラは激しく頭を振って否定する。
「あれは邪道です! 私は認めません!」
「何言ってるの? 最近、王都スノールのアレス信者の中では正史として認められたのよ」
「国で認めてないものは認められません」
正直、話の内容があれだが正史というのは国が認めたものだから、サリエラの言い分のほうが正しいと俺は内心頷く。しかし、ナディアはよくわからない事を言いだしたのだ。
「国より私達の方がアレス様を理解してるわ。だから私達が正史と言ったら正史になるのよ。あなたならわかるでしょうサリエラさん!」
「た、確かに……」
悔しそうにサリエラが頷く。その姿を見て俺は溜め息を吐いてしまう。そしてもうこいつらのことは放っておこうと。
そう判断し少し二人から離れていると簡単な後処理を終わらせたグエンが馬車に乗り込んできた。
「ナディアお嬢さん、やはり罠もいくつかあったよ」
するとナディアはすぐに話を切り上げグエン達に顔を向ける。
「そう、気づかないで罠にかかってたら危なかったわね」
「隊列を組む前に倒せたのも良かった。それで、今回これを見つけたんだが見てくれ」
グエンは紙切れを俺達に見せる。そこにはファレス商隊の規模と馬車がいつ頃ここを通るかなどが書かれていたのだ。ナディアは眉間に皺を寄せる。
「私達を狙ってたってこと? まさか……」
グエンはメモ紙をくしゃくしゃにして頷く。
「可能性はありますね」
「そう、わかったわ。とにかく、まずはマルシュまで行きましょう」
「わかりました。おい、お前達出発するぞ!」
グエンの掛け声で馬車は再び目的地に向かって動きだす。俺とサリエラは顔を見合わせたが何も言わなかった。余計なことに口を突っ込むべきではないと判断したからだ。
だが、警戒だけはしておいた。また襲われる可能性があるかもしれないから。だが、その後は襲われることもなくスノール王国領にあるマルシュに無事到着することができたのだ。
ナディアがほっとしながら俺達に報酬を渡してくる。
「なんとか日をまたぐ前に到着できたわ。二人がいてくれたおかげよ」
「たいした事はしてません。こちらこそ馬車に乗せて頂いてありがとうございました」
「ああ、助かった」
俺達は礼を言って立ち去ろうとするとナディアが慌てて呼び止めてくる。
「ね、ねえ! 二人とも泊まるところは決めてないでしょ? もし良ければ、私達が使ってる宿を紹介するわ。なんなら食事もご馳走させてもらうわよ」
「わっ! キリクさん良いですよね?」
「……ああ」
「では、お願いします」
「任せて!」
ナディアは嬉しそうに頷く。しかし、その表情は、明らかに作ったものだった。それに気づいた俺は小さく溜め息を吐く。きっとどこかのタイミングで面倒なことを言ってくると思ったからだ。
しかし、その後、酒場に来てもナディアは何も言ってこなかった。
正直、タイミング的にはここだと思ったんだが……
空になったコップを軽く振っているナディアを見ているとサリエラが俺のコップを覗きこんできた。
「さっきから甘い匂いがすると思っていたら、キリクさんが飲んでいた蜂蜜酒でしたか」
「お前も頼んでみたらどうだ。美味いぞ」
「うーん。でも、口に合わない場合もありますから一口もらっても良いですか?」
「ああ、いいぞ」
「ありがとうございます」
サリエラは早速一口飲む。すぐにうっとりした表情になった。
「これ……凄く美味しいです‼︎」
「気に入ったならやる。ちなみに温めるともっと美味くなる」
「えっ! じゃあ、早速温めてみます‼︎」
そう言って手を蜂蜜酒が入ったマグカップにかざすと囁く様に魔法を唱えた。
「第三神層領域より我に炎の力を与えたまえ……ヒート・ウィンド」
するとサリエラの手の周りから熱風が出てくる。そして蜂蜜酒を温めはじめたのだ。ナディアは感心した表情を向ける。
「流石、アダマンタイト冒険者。魔力の扱いが上手いわね」
「いえいえ、私はあまり魔法は得意ではないので……。これは魔法剣士の加護のおかげですよ」
「何言ってるのよ。そんなの普通はできないわ。それとも上位の加護ってそういうものなの? なら、私も商人じゃなく空間収納や計算力が上がる大商人あたりの加護が欲しかったなあ。もっと楽に仕事もできただろうし。やっぱり祈りが足りなかったのかしらね……」
そう言って祈る仕草をしたのだ。まあ、すぐに肩をすくめ、食べ物を口に放り込むとエールで流し込んでいたが。
だが、その一瞬の光景でも思いだすには十分だった。昔のことを。俺も祈ったくちであることを。
何せ加護は両親や先祖が持っていたものを手にする確率が多い。しかし、人によっては違う加護が欲しい場合もある。
だから違う加護にして欲しいと祈る。そうすることで稀に別の加護がついたりするからだ。
まあ結局は大ハズレを引いてしまったがな……
溜め息を吐くとナディアの方を向く。
「……それなら、商人として精進していけばいいだろう。もしかしたら加護が進化するかもしれないしな」
しかしナディアは諦め顔で首を横に振った。
「それは一万人に一人とかの確率でしょ?」
「ああ。だが、どっちみち商人として頑張るならその一人を目指せばいいだろう」
「……なるほど、そういう発想はなかったわ。キリクさん、あなたやっぱり只者じゃないわね」
「俺はサリエラの弟子でポーターだ」
「うーん、なんか、二人を見てると逆っぽく見えるのよね……。まあ、あなたがそう言うならそういう事にするけど。ところで、二人はマルシュが目的の場所じゃないわよね。どこに行くの?」
ナディアは興味津々という感じで聞いてくる。念のためサリエラの方を向く。しかし蜂蜜酒を温めるのに夢中で会話を聞いていなかった。
仕方なく依頼に差し障りのないよう目的地だけ答える。
「ノースハウトだ」
「本当⁉︎ 私達も一緒なの! できればまた馬車に……いえ、正式に依頼を出すから護衛をお願いしたいの‼︎」
ナディアは前のめりになりながら切実な表情で訴えてきた。俺は再びサリエラを見るが難しい顔をしながら、まだ魔法で蜂蜜酒が入ったコップを温めている。
どうやら夢中になると周りが見えなくなるタイプなようだ。仕方なく独断で判断し頷いた。
「構わない。ただし条件がある。奴らに狙われる理由だ。目星はついているんだろう?」
するとナディアは驚いた表情を向けてきた。
「……やっぱり只者じゃないわね。わかったわ。ただしある物を見せながら説明したいの。だから明日で良いかしら?」
「ああ、構わない」
頷くとナディアは明らかに安堵した表情で椅子にもたれた。その様子に相当厄介なものを運んでいるのだろうと理解する。
そして俺達を呼び止めた理由もだ。
きっとこいつがいないと難しいと判断したのだろう。
俺は湯気が出ている蜂蜜酒に一生懸命に息を吹きかけているサリエラを見る。
「ふー、ふー、熱くなりすぎました……。今度は冷やす魔法で……」
どうやら、今のサリエラの頭の中は蜂蜜酒のことでいっぱいらしい。
全く、こいつは後で説教だな。
俺はそんな事を思いながらも、店員に適温に温まっている蜂蜜酒をサリエラの為に注文してやるのであった。
◇
翌日、俺達はナディアの正式な護衛としてノースハウトの町に向かう事になった。
「はあ、蜂蜜酒……」
「サリエラさんそんなに美味しかった?」
「はい、蜂蜜の香りの中にほんのりとワインと香草の香り……当分、忘れられません」
「マルシュはワインと香草を少し混ぜるのよね。私はあれに更に蜂蜜を入れるのが好きよ」
「ああ、良いですね! 今度、試してみます」
「ふふ、じゃあ、うちが仕入れてる蜂蜜を分けてあげるわ」
「やった! ありがとうございます‼︎」
「では、そろそろ本題にいくわね」
ナディアはそう言うと先程から持っていた飾り箱の蓋を開けて中を見せてくる。中には木を削って作った小さな器と、銀の試験管、それと七色に輝く石が入っていた。
「これは上位精霊の召喚に必要な道具で、西にある精霊の森の原木で作った器と、ハイエルフの血が入った試験管、それに精霊石よ」
「あれ? その組み合わせって、もしかしてナディアさんの仕事は精霊王ケーエルの神殿に関係するんですか?」
サリエラの言葉にナディアは驚いた表情を浮かべる。
「サリエラさんなぜそれを知ってるの⁉︎」
「今回、私は精霊王ケーエルを下ろす依頼を受けてるんですよ。ちはみに私、精霊使いの加護を持ってるんです」
「えーー⁉︎ じゃあラハウト伯爵の依頼?」
「はい。ナディアさんもですか?」
「そうよ。はあ、今回の件、下手したら首が飛ぶぐらいの秘密だったからドキドキしながら二人に話したけど良かった……」
ナディアは胸を押さえながらそう言うと、サリエラは苦笑しながら口を開いた。
「私が受けた依頼も本来は秘密ですので……」
「わかってるわ。聞いてないことにする。はあ、でも二人が護衛についてくれて良かった」
ナディアは心から安堵した表情を浮かべる。おそらく、狙ってきた相手も理解してるのだろう。
「……相手が魔王信者じゃ不安だったろう」
そう言うとナディアは苦笑する。
「キリクさん……あの賊が魔王信者の手の者ってわかってたのね」
「まあ、今までのことを考えるとな」
「そっか。でも、相手がわかってても来てくれたのは本当に嬉しいわね」
ナディアは再び安堵した表情を浮かべ、俺達を見てくるのだった。
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