奉仕依頼

13


「キ、キリクさん、冒険者ギルドに行くんですよね? ご一緒してもよろしいでしょうか?」

「……別に冒険者ギルドに行くのに俺の許可なんていらないだろう。それとも俺がギルド長に呼び出された件が気になるのか? まあ、死霊術師の件かもしれないからな」


 真面目なやつだなと感心しているとサリエラはなんとも言えない表情で俯く。


「……はい、だからご一緒してもいいですか?」

「別にいいぞ」


 もちろん断る理由はないのでそう答えるとサリエラは勢いよく顔を上げた。


「ありがとうございます」


 そしてそのまま何か考えこむ仕草をして黙ってしまったのだ。おそらく死霊術師の件を考えることに集中しているのだろう。

 俺は感心してしまう。そして同時に願ってしまったのだ。こういう人物が俺や半ばで倒れていった者達のようにならず、将来立派な冒険者として活躍し続けることを。

 だがすぐに頭を振りその考えを追い払った。思い出したからだ。人々のあの声を。そして重圧に苦しむ冒険者を。俺はサリエラから視線を外す。

 そして無言で冒険者ギルドに向かって歩き出すのだった。



 冒険者ギルドに到着するとすぐにギルド長ブロックの部屋に通された。


「忙しいところ悪かったな」

「いや、それで要件は?」

「まずはレクタルの報告資料を読んだ結果、君のランクをシルバー級に上げる事にした。おめでとう」


 ブロックはシルバー級の証になる腕輪を俺に渡してくる。サリエラが笑顔で拍手してきた。


「キリクさんおめでとうございます!」

「……ああ」

「それと、パーティー疾風の剣がやらかした件だ。ワーロイとケイの虚偽の報告、それに同パーティーのマリィとルナの証言でキリクの品位を貶める行為をしたことも含めプラチナ級からシルバー級に降格となった。更に二年間の制約付きだ」

「まあ、当然だな」


 俺は頷く。虚偽の報告をする者は信頼と信用をするに値しないからだ。だから二年間制限付き、要は簡単な雑務依頼しかできなくなるということである。

 更に自分達が今までした事も周りに公表される。もう、まともに冒険者はできないと宣告されたようなものだろう。


「これに懲りて真面目に生きて欲しいものだが……」


 ついそう呟くとブロックが苦笑した。


「無理だろう。反省していないしな。だから当面、彼らは監視するつもりだ。冒険者を続ける限りはね。ああ、そういえばマリィとルナもシルバー級に降格になった。今はパーティーを抜け二人でやっているらしい」

「そうか、まあ、二人はしっかりしているから大丈夫だろう」

「ほお、キリクは彼女達に対して怒ってないのか?」

「思うところはあるが最初はよくしてくれたし、今後、会えば挨拶程度はする」

「そうか。二人はかなり気にしてたみたいだから喜ぶと思うぞ。次にレクタルの事だが、キリクはネルガンとの戦争を勉強したと書いてあったからな。それで相談というか質問なんだが……町の形は元に戻るのか?」


 半ば諦め気味に聞いてくるブロックにとどめをさすように俺は首を横に振った。


「残念ながら無理だろうな」

「そうか……町の七割が捻れたり変な植物が生えたりしてるからな。こうなったら国王陛下に進言してネルガンに襲われたフローズ王国みたいに観光地にするしかないか……」

「その方がいいだろう。ただし場所によっては不死の領域の魔物が生まれる可能性がある。だから兵士や冒険者に定期的に見回りさせた方がいい」

「なるほど。では、そう報告しておこう」


 ブロックはメモしたものを纏め出したので俺はサリエラに声をかける。


「お前は聞かなくていいのか?」

「えっ? あっ、はい……。ギルド長、死霊術師に関して何か情報はないですか?」

「残念ながらないな。あれから情報が全くでてこないんだ」

「そ、そうですか……」


 サリエラは俯いてしまう。おそらく、死霊術師の有力情報がなくて悔しいのかもしれない。


 真面目なやつだな。


 俺は感心しながら俯き何かを呟くサリエラを見つめる。しかし、しばらくして立ち上がった。ブロックも用が済んだらしく立ち上がったからだ。


「では、また何かあれば頼むよ」

「わかった」


 俺は頷くと掲示板前に移動する。もちろん何か良い依頼を探すためである。


「全く下手な生き方をしているな」


 仕事をしなくても懐に余裕があるのこの生き方しかできない自分に苦笑する。だがすぐに表情を戻した。先ほど別れたと思ったサリエラが側にいたからだ。


「キリクさん、依頼を受けるんですか?」


 しかも俺が眺めていた依頼を見てそう聞いてきたのだ。一瞬答えるか迷ってしまう。だがもうパーティーを組むわけではいので答えることにした。


「……ソロ冒険者としてできそうなものをな。そういえばサリエラも一人みたいだな。お前もソロで行動しているのか?」

「はい、今回みたいに臨時で組んだりする事はたまにあるのですが基本はソロです」

「そうなると、ほぼ一人でアダマンタイト級になれたのか。優秀じゃないか」


 俺は感心してしまう。一人でアダマンタイト級になれるのは相当の実力がないとできないからだ。しかしサリエラは違うとばかりに首を横に振ってきた。


「い、いえいえ! 私はほとんど精霊頼みなんです」

「精霊? サリエラは精霊使いの加護持ちなのか」

「後、あまり使ってないんですが魔法剣士の加護も……」

「上位の加護を二つか……。確かに片方を使いこなすだけでも大変だろう」

「はい。魔法剣士はかなり勝手が難しくて……でも、精霊達は一度仲良くなると皆一生懸命に手伝ってくれて。おかげでトントン拍子にランクが上がっていっただけなんです」

「なるほど、だから精霊頼みか」


 思わず納得しているとサリエラは悔しそうに俯いた。


「はい……。だから、知識や経験が全く追いつかなくて……。そんな時にキリクさんです」

「俺?」

「精霊がキリクさんに色々教われと囁いてきたんです……」

「なるほど、精霊に言われたのか。だからあの時、じろじろ見ていたんだな」

「……あの時は突然過ぎて申し訳ありませんでした。それでですね……。パーティーは組まなくて良いですから、私に色々と教えてもらえないでしょうか?」


 サリエラは不安気な表情を向けてくるが当然、俺は断るために口を開く。しかし、開きかけた口を閉じてしまった。迷ってしまったからだ。目の前の姿にかつての教え子と同じものを感じてしまったから。

 だから溜め息を吐くと頷いた。


「……良いぞ」

「ほ、本当ですか⁉︎」


 サリエラは大きな声をあげ、もの凄い勢いで俺の手を掴んでくる。更には涙まで流し始めてしまった。おかげで周りにいた冒険者達に睨まれてしまったのだ。


「おい、あいつ女を泣かせてるぞ」

「あんな綺麗な子を泣かせやがって! くそが!」


 どうやら俺が何かをしてサリエラを泣かせたと思っているらしい。心外である。だから説明をしようとすると落ち着きを取り戻したサリエラが慌てて頭を下げてきたのだ。


「取り乱してすみませんでした」

「いや、大丈夫だ……。ところで今後の方針を話したい。そのためには何をしたいか知りたいんだが」

「やはり、知識と経験です。緊急時の判断が精霊頼みなので……」

「なるほど。自分で判断できる様になりたいわけか」

「はい」

「なら、ちょうど良い依頼内容があるな。ついてこい」


 早速、受付に向かうとサリエラが首を傾げながら質問してきた。


「あの、掲示板は見ないのですか?」

「掲示板より受付で最低ランクでもできる奉仕依頼を受ける方が色々学べる」

「奉仕依頼?」

「まあ、すぐにわかる」


 そう答えると俺は受付から三枚の依頼書を受けとった。


「教会の地下にいるネズミ退治、畑を荒らすボアの退治、(急ぎ)ラニ村の化け物退治……ずいぶん依頼の数が少ないな」

「王都レオスハルトの冒険者は良い人が多いですからね」


 受付は笑顔で言ってくるので俺も目を細める。


「そうか。なら、サリエラにもそうなってもらわないとな」

「そうなる?」


 サリエラは首を傾げるが依頼書を読むと、すぐに納得した表情に変わった。


「報酬がほとんどないから奉仕依頼なんですね」

「そうだ、貧しくて報酬が出せない雇い主のための制度だ。ちなみに、この依頼書が少ない冒険者ギルドはまともな冒険者が多いという判断もできるから覚えておくといい」

「はい」

「それと、この依頼ならランク差があってもパーティーが組めるんだ」


 そう言った途端サリエラは目を輝かす。


「パーティーを組んでくれるんですね!」

「今回だけな。じゃあ、早速だが……これだな」


 俺はラニ村の化け物退治を選びサリエラに渡す。


「これを受けるんですか?」

「ああ、情報も曖昧過ぎて調べがいがあるから今のお前にとっては良い勉強になるだろう。早速、申請してみろ」

「わ、わかりました」


 サリエラは緊張した面持ちで依頼申請を始める。その姿を何気に眺めているとかつての教え子達が重なって見えた。

 しかも、あいつらが振り向き責めるような顔を向けてくるのが見えたのだ。途端に罪悪感が襲い俺は顔を背けてしまう。

 しかし、再びサリエラの背中を見つめた。教え子達とサリエラは違うから。それにあいつらはとっくに俺の教えを必要としていなかったからだ。


「むしろ悪戯ばかりしていたからな……」

 

 そう呟くと俺は昔を思い出し口元を綻ばせるのだった。



 冒険者ギルドを出た俺達はラニ村に向かっていた。


「ゴールド級以上推奨。ラニ村に夜になると現れる一体の化け物を倒して下さい。ギルドより補足、この村にどういうわけか定期的に現れるようです。姿は毎回現れるたびに変わり、去年は大きな豚でした。うーん、これだと相手がどういう魔物なのかわかりませんね」

「正直、魔物かも怪しい。ボアやオークじゃなくはっきり大きな豚って書いてるからな」

「そうでしたね。でも定期的に現れるならどうしてちゃんと……。ああ、お金がないから……」

「そうだ、その依頼を受ける冒険者は大概さっさと倒して終わりにしているんだろう」

「依頼は受けるけど時間をかける気はないという事ですね」

「そういう事だ。冒険者は慈善事業じゃないからな」

「でも、今回私達は倒すだけじゃなく正体を掴むまでやるって事ですね」


 サリエラの言葉に俺は正解だと頷く。


「だから日が出ているうちに調べて夜に化け物に対処する。サリエラ、今回はなるべく精霊の使用は禁止するぞ」

「わかりました。でも、何でしょうね? キリクさんはどんな化け物かわかりますか?」

「いや、わからないな」

「もしかして魔族だったりとかは……」

「魔族が大きな豚を操って村を襲うのか? それなら魔物を使うか自分で襲った方が早いだろう。それに襲うならこんな辺鄙な場所じゃなく大都市を狙う。一部を除いた魔族達は自分達こそこの世界の支配者だと思っているからな」

「支配って……どうして魔族は私達を敵視してくるんですか?」

「それは彼らが崇める神に問題がある。サリエラは神々には詳しくないのか?」

「はい、私はエルフの里を出てずっと一人で生きて来ましたから、外の知識は日常生活以外の事はほとんど知らないんです……」

「なら、世間一般で浸透してる神々の説明からしないといけないな」

「お願いできますか?」

「良いぞ」


 俺は頷くと早速神々について説明する。


「神っていうのは自分の領域、世界を持っている。その領域は他の神には触れることができない。だが、ある時、好奇心旺盛な神が、生物はいるが神のいない領域を見つけてしまったんだ。もちろん神は色々と試した。そして自分の領域の生き物を送れることを知ってしまったんだ。当然、神はその領域が欲しくなった。だが、そこに同じような考えを持つ神々が現れた。ここでサリエラに質問だ。どうなったと思う?」

「争いがおきた……ではないでしょうか」

「正解だ。だが、直接戦うことはできない。神々はお互いに干渉できないからな。だから、見つけた領域で自分達の領域の生き物を送り出し争わせた。すると、その領域に昔からいた生き物、つまり人族と動物も巻き添えを喰らい滅びかけたんだ」

「うわ、酷いですね……。ちなみに争いをした神々って誰ですか?」

「最初に自分のものにしようとしたのが魔族と魔物を生み出した魔神グレモスだ。ちなみにダンジョンを創り出した神でもある。そして後から入って来たのが獣人族と巨獣を生み出した獣神ライオールと、龍人族とドラゴンやワイバーンを生み出した龍神ドラゴニクスだ」

「なるほど、だから魔族は最初にいたのは自分達だからこの世界は自分達のものだって感じなんですね」

「神はいなくても人族や動物はいたんだがな。ちなみにこの当時の人族は文明もほとんど発展してなかったらしい……」


 この時代、人族は虐げられていたと言われている。ただし、世間一般の神々の史実ではな……


 そう思いながらもサリエラに説明を続ける。


「まあ、もしも文明の発展ができたとしても無理だったろう。神々の争いの所為で世界は滅茶苦茶だったはずだからな」

「うわ、それは酷そうですね……」

「ああ、文献や石碑に書いてある伝承通りなら大地が割れて山が吹き飛んだりしたらしい」

「そ、それじゃあ、人族や動物はどうなったんですか?」

「人族や動物は争いが起きるたびに隅に追いやられていったらしい。だが、それを不憫に思った神々がいたんだ。サリエラ、お前が知ってる神もその中にいるぞ」


 サリエラを見るとすぐに胸元のペンダントを触り答えてきた。

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