12


「凄い光景ね」


 ミナスティリアは周りを見回し溜め息を吐く。それからオルトスの方を懐かしそうに見つめた。


「久しぶりね、オルトス」

「おお、ミナスティリアの嬢ちゃん久しぶりじゃねえか! まだ、後輩共に抜かれてねえか?」

「あなた相変わらずね。まだまだ抜かれる気はないわよ。それより強い気配をこの辺りにに感じたのだけれどあなたが倒したの?」

「いや、やっこさんなら帰ったぜ」

「帰った? そういえば門もないわね。どういう事かしら?」


 ミナスティリアは周りを見渡し首を傾げる。すると空気を読まずにオルトスが顔を向けてきた。


「キリクが話して帰ってもらったぜ。これで報酬たんまりだな」


 更にこちらに向かって親指を立ててきたのである。思わず溜め息を吐いてしまう。何せ不死の領域にいる領主に話をして帰ってもらったなんて前代未聞だからだ。


 だからそんなことを言えば疑われるに決まっているだろうに……


 オルトスを睨んでいるとやはりというかミナスティリアが疑わし気な表情を向けてくる。


「どうやって帰したのかしら?」


 俺は内心舌打ちしながらも答える。


「……向こうの言葉を使ってな」

「それはどこで覚えたのかしら?」

「答える必要があるのか? 俺の専売特許だぞ」


 無理だとわかっていたが念のためそう答える。案の定、睨まれてしまった。


「このレクタルの状況を見ても言えるのかしら?」


 更に威圧感まで付け足してくる。まあ、そういうのは俺には効かないのだが後々面倒なので答えることにした。ただし嘘を混ぜ込んでだが。


「……死霊術師から奪った本を見て覚えた。ちなみにその本は紛失した」


 すると明らかに怪しい人物だと認識されてしまったようである。ミナスティリアの癖である片方の眉が上がったからだ。

 ただこれで逃げ切れるだろうと判断はしていた。本を読んで覚えたのは確かだから。だから真実の玉などの魔導具で調べられても逃げ切れる自信はあったのだ。

 ただ、意外なことにミナスティリアは追及してこなかった。


「わかったわ」


 そして俺から視線を外したのだ。いや、今は論争をしているどころではないと理解したのだろう。クトゥンの領域の住人となった者達に顔を向けたからだ。


「倒せば良いのかしら?」

「ああ、それで向こうに送れる。後は俺達でやるよ」


 早くこの場を去ってほしいためそう言ったのだがミナスティリアは首を横に振る。


「いいえ、私も一応は冒険者だから」


 そして剣を抜き振り下ろしたのだ。直後、クトゥンの領域の住人となった者達は消えた。いや、実際にはもの凄い速さで倒されたのだろう。

 凄まじい切れ味をもつ勇者しか扱えない武器宝具レバンテイン、更には空を飛べ着る者により形状を変化し、使用者の身体能力を上げる宝具アレスタスの鎧のおかげで。

 ちなみに二つとも元々俺のものだ。ミナスティリアは使えなくなってしまった俺に代わって宝具を引き継いでくれたのだ。

 そんなミナスティリアだが俺には全く気づいていない様子だった。

 まあ、常にフルプレートで全身を覆って気配を常に消していたからだろう。


 それが今になって活かされるとはな……


 内心苦笑しながらミナスティリアに顔を向ける。


「ありがたい。じゃあ、ネイダール大陸最強の勇者殿に手伝って頂こう」


 するとミナスティリアは明らかに不機嫌な顔で口を開いた。


「私は最強じゃない。アレスの足元にも及ばないから」

「だが、彼は……」

「北の地で亡くなったって言いたいのよね?」

「……ああ」

「そうね。確かに彼は亡くなったわね……」


 ミナスティリアは遠くを見つめ溜め息を吐く。そして魔物達がいる方に飛びたっていった。


「行ってしまいましたね」

「キリクが機嫌を損ねたからな」

「何で俺の所為になるんだ?」

「ふっ、わからないとはまだまだだな」

「気遣いと無縁のオルトスに言われたら俺も終わりだな」

「じゃあ引退して北の森で狩人でもやるか? 俺も少しやった事あるが自然の森で過ごすのはなかなか楽しいぞ。特に寒い森の中で焼いた肉をかじりながら温めたエールを飲むのは最高なんだよなあ」

「やっぱり、酒に行き着くんだな」

「当たり前だ。俺の身体の半分は酒でできているからな」

「それ、駄目じゃないですか……」


 サリエラの突っ込みにオルトスは気にする様子もなく飲む仕草をする。しかもニヤけながら。だがすぐに真顔になると髭を弄りながら言ってきた。

 

「さあ、くだらない話を終えて、そろそろ残りの魔物を倒そうぜ」


 そして俺達を置いてさっさと行ってしまったのだ。思わずサリエラと共に溜め息を吐いてしまう。

 しかし、魔物の咆哮を耳にするとすぐ気持ちを切り替えオルトスの後を追いかけるのだった。



 あれからレクタルにいた魔物を一掃することができた。まあ、半分以上は勇者ミナスティリアのおかげだ。何せオルトスの倍以上の速さで魔物を倒し続けていたから。流石は現役勇者である。

 そんな彼女だが一掃した後さっさと帰ってしまった。きっと忙しい前線に再び戻るためだろう。

 そう思って感心していたのだがミナスティリアは企んでいたのだ。俺を嵌めるために。


「このたびはレクタルの件ご苦労だった」


 そう言ってくるのはネイダール大陸東側のレオスハルト王国領を治める国王バラハルトだ。要は俺は謁見の間に呼び出されてしまったのだ。

 もちろんバラハルトの近くにいるミナスティリアに。


 やれやれ。


 内心溜め息を吐きながら口を開く。


「……いえ、やれることをやっただけです」

「そうか。大変素晴らしい冒険者だな。キリクは」


 目の前にいる穏やかな老人はそう言って微笑む。だが、見た目で判断すべきでない。何せ目の前の老人は腹黒い王で有名だからだ。

 そして、その考え通りバラハルトは早速仕掛けてきたのである。


「それで、お主を呼んだのはある報告を受けたからだ。死霊術師のアジトでの働き。更にはお主が不死の住人と会話をし、元の世界に帰ってもらったと」


 バラハルトは近くにいるミナスティリア、そしてオルトス、サリエラ、リミアを見る。三人は頷くと俺を見てきた。まあ一人はニヤついていたが。

 だが、俺は冷静だった。もちろんこれは想定内だから。なので用意してある答えを言う。


「報告書はギルドに提出してます。それとも俺の口から聞きたいという事ですか?」


 するとバラハルトは口角を上げた。


「まあ、そういうことだ。で、お主はなぜ不死の領域の言葉を流暢に喋れたのだ? 死霊術師の幹部でも片言がせいぜいだぞ」


 笑顔が消えバラハルトは鋭い眼光を向けてくる。しかもミナスティリアも同時に威圧してきたのだ。正直、これでは尋問だろうと思ってしまう。ただの冒険者に対してなら。

 だが相手は俺である。だから軽く口角を上げ、バラハルトの鋭い眼光を真正面から見つめ返したのだ。


「俺は彼らに話した通り、死霊術師から本を盗んで学んだだけです」


 するとバラハルトは値踏みする様に見てきた後、ゆっくりと頷いたのである。ただ、その横ではミナスティリアが信じられないという表情を浮かべた。


「国王陛下、キリクの言葉を信じるのですか?」

「うむ、色々と腹には抱えてそうだがな」

「では、真実の玉を使用して」

「ミナスティリアよ、このわしが頷いたのだ。信じると言ったようなものだ。それを理解した上でそれを使うのか?」

「……すみません」


 ミナスティリアは慌てて頭を下げる。ただし全く納得してない表情で。更に顔を上げる時、俺を睨みつけてきたのだ。

 もちろん気づかないふりをしていると、満足そうな表情でバラハルトが話しかけてきた。


「キリクよ、疑って悪かった。詫びも含めて今回、レクタルで活躍したお主に我が国から報酬を出す。冒険者ギルドからの分も入れてあるぞ」

「ありがとうございます」


 そう言うと同時にぎっしりとお金が入った袋を渡された。おそらくただの村人なら働かなくても良いくらいの稼ぎだろう。

 まあ、あてのない俺は冒険者を続けるしかないが。そんなことを思っているとバラハルトが声をかけてくる。


「では、キリクよ。このレオスハルト王国のためにまた活躍をしてくれよ」

「はい……」


 俺は頷くと謁見の間を出る。どうやら逃げることができたらしい。いや、きっと利用できると判断されたから逃してもらえたのだろう。


「やれやれ」


 これからのことを考え溜め息を吐いていると

謁見の間からサリエラ、オルトス、リミアが出てくる。しかもオルトスは俺を見るなり肩をすくめてきたのだ。思わず口を開いてしまう。


「……追い出されたのは俺の事を話すためか」

「間違いないな。面倒事になる前にさっさと城を出ようぜ」

「依頼は良いのか?」

「俺とエルフの嬢ちゃんは今回の件で依頼は終了だ」

「死霊術師が不死の世界に行ったんだぞ。もしかしたらネクロスの書を取ってきてしまうかもしれないのに……そうか勇者パーティーが引き継ぐのか」


 謁見の間に視線を向けるとオルトスとサリエラが頷いてくる。


「俺達お払い箱だよ」

「私達じゃ今回力不足でしたからね」


 するとリミアも溜め息を吐く。


「それを言うなら騎士団もね。今回、我々は全く役に立たなかったわ。だから、有能なキリクを引き入れようと国王様は思っているわよ」

「……俺は勇者に怪しまれてるぞ」

「そんな事はあの方には関係ないわ。それに今日だって国王様自らあなたを見定めたかったみたい。まあ、最初は勇者が言ってきたみたいなんだけど、報告を聞いているうちにあなたに興味を持ったみたいね。うちの国王様は穏やかそうな見た目だけど良い意味で腹黒いのよ」

「なるほど……」


 やはり逃げれたわけじゃなくて逃がしてくれたらしい。さすがは一国の長だと感心しているとリミアが笑みを浮かべながら俺を見てきた。


「今後、何かあれば声がかかるかもね」

「まあ、できる範囲ならやるしかないな」

「そう伝えておく。もちろん私もあなたには期待してるわよ」


 そう言うとリミアは敬礼して去っていった。


「じゃあ、俺達もさっさと出ようぜ」


 オルトスの言葉に俺達も頷き城の出口に向かう。だが途中、オルトスが立ち止まり振り向いてきた。


「おお、そうだった。冒険者ギルドからもらった情報料はなかなかだったぜ。ありがとよ」

「まさか、レクタルでギルド長に俺の事を言った時のか?」

「当たりだ。まあ、言わなきゃ人が無駄死にしてたからな。流石は俺だぜ。感謝しろよ」


 そう言いながらオルトスは自分の収納鞄を嬉しそうに撫でたのだ。きっと沢山貰えたのだろう。まあ、あっという間に消えて周りにたかりだすだろうが。


 特に俺かボリスは的になるだろうな。


 想像して溜め息を吐いてるとオルトスが肩を叩いてきた。


「早速だか酒場にいこうぜ。高い酒奢るぞ。一杯だけな」

「……お前は当分控えるって言ってなかったか?」


 咎めるような目で見るとオルトスは肩をすくめる。


「不死の門を閉じれた祝いだから問題ねえ。それに一杯だけだ」

「まあ、それなら行きたいと言いたいが残念ながら無理だ。ギルド長に呼ばれてるからな」

「なんだ。また依頼か? 俺は手伝わないぞ。当面は鈍った身体を鍛えてくるからな」

「なんだ、悪いものでも食べたのか?」

「ちげえよ。魔王といい死霊術師といい、どうもきな臭くなってきたからな」

「なるほど。お前が復帰すれば皆喜ぶな」

「いや、もう昔みたいにはやらねえよ。今後は俺なりのやり方でやっていくさ。お前みたいにな」

「……そうか」


 それからはお互いしんみりしてしまい、城を出てからも無言になってしまう。すると、今まで黙って付いてきたサリエラが俺達の前に周りこみ、真剣な表情で見つめてきたのだ。


「……あの、ずっと気になっていたんですけど、お二人っていつからお知り合いなんですか? 相当、古い付き合いに見えるんですけど……」


 サリエラは俺をジッと見つめてくる。どうやら、まだアレスだと疑っているようだった。


 やれやれ。どうするかな……


 そう思っていたらオルトスが髭を弄りながらサリエラを避けてゆっくり歩き出した。


「エルフの嬢ちゃん、人にはどうしても言えない事があるんだ。悪いな」


 更に横を通るタイミングでそう言ってくる。するとサリエラは慌てて頭を下げた。


「あっ、す、すみません! ただ、ちょっと気になってしまって……」

「別に謝る事じゃない。まあ、時には詮索する事が必要になることもあるからな」

「えっ、どういう事ですか?」

「利用されないようにしろって事だ。でないとゴミの様に扱われるからな」


 するとサリエラは俯いてしまった。きっと思い当たる節があったのだろう。それを見たオルトスは俺を一瞥した後、酒場のある方に去っていく。後は頼むとばかりに。

 まあ、俺もサリエラとはこれでお別れだから何もする気はない。


 だが……


 サリエラの背中を見つめる。


 こいつも俺みたいに扱われる日が来るのだろうかと。


 そう考えていたらあの日のことを思い出してしまった。俺が加護を全て失くした日を。しかし、すぐに頭を振る。

 流石にあそこまではないだろうから。そもそも加護を失うケースなんて稀だからだ。


 まあ、それでも怪我で退いた連中に酷い扱いをした奴らはいるからな。できればそうなってほしくはないものだ。


 俺はそう思いながら無言でその場を離れ冒険者ギルドに向かう。だが、しばらく歩いていると置いていったはずのサリエラが追いかけてきたのだ。

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