不死の領域から来たもの
10
もちろん残された俺達も出口に向かって歩き出した。
「で、キリクよ、何か考えはあるのか?」
「まずは状況確認だな」
「ふむ。なら、俺らもさっさとレクタルに行かないとか」と、オルトスは更に足早になる。その際、サリエラも黙ったまま速度をあげ……いや、よくよく見ると今回の件で責任を感じているのだろうか悔しげな表情を浮かべているようだった。むろん深入りする気はないので俺は気づかないふりをしていたが。
ただし馬車に乗って移動してる間もその状態が続いたので仕方なく俺は口を開く。
「厄介だな」
出た言葉は彼女を労わる言葉じゃなかったが。レクタルに近づくにつれて異様な気配を感じたから、そちらに意識を切り替えたのだ。
この気配……
すると隣りにいたオルトスも気づいたのかしかめ面を向けてくる。
「おい、あれはやべえんじゃないか?」
「それでもやるしかないだろう」
周りに興味を持つ奴なら逃げても無駄になるしな。
そう思っているとサリエラも気づいたらしく不安そうな表情をこちらに向けてくる。
「お二人共あの気配が何だかわかっているのですか?」
「不死の門が開いてるって事はわかる」
「そしてあの町は既に別世界みたいになってんのもな。エルフの嬢ちゃん、レクタルの上空を見てみろ」
オルトスに言われサリエラはレクタルの上空に目を向ける。すぐに驚いた表情に変わった。
「な、なんですかあれ!?」
更には慌てて自分の口を手で塞ぐ。「安心しろ。あれに害はない。何せあの色は不死の領域の空気が漏れだして向こうの空の色になっているだけだからな」と、ニヤニヤするオルトスの背中を叩きながら俺が説明すると安堵した表情を向けてきたが……いや、すぐに疑問を投げてくる。
「そ、そうなんですかって、なんでキリクさんが不死の領域のことがわかるんですか?」
「……それは俺みたいな加護無しは知識量でカバーしなきゃいけないからだ。あれだって俺なら一瞬で何が起きたか状況がわかるぞ」
そう言って誤魔化し半分で避難していたはずの街の人や兵士が一人も居なくなっている野営地の方を指差す。サリエラはすぐに理解したが。ただし半分だけ。
「潰れたテントにゾンビやグールと争った形跡、それにレクタルまで走った後……間違いなく死霊術師の仕業。でも、なぜこんなことを?」
「奴らの触媒を増やすためだろう」
「酷い! じゃあ避難していた皆さんはもう……」
「まだ、その考えは早い」
「そ、そうですよね……。でも、依頼を受けていた私がもっと早く気づいていればそもそもこんなことには」
サリエラは再び俯いてしまう。表情を死人のように青白くさせながら。俺の言葉てなんとか顔を上げたが。
「しっかりしろ。そんなんじゃ助けられる人も助けられないぞ」
「は、はい。でも……」
「人は万能じゃないんだからできる範囲をやれば良い。それともお前は万能なのか?」
「違います……」
「だったら切り替えてアダマンタイト級冒険者としての自覚をするんだな」
「……そうですね。キリクさんありがとうございます!」
更には瞳には先程と違い、強い意志が灯り。どうやら、今の俺……加護無しスチール級の言葉が届き気持ちを切り替える事ができたらしい。
まあ、ただし、すぐに灯っていた強い意志は消えてしまったのだが。レクタルに入ったことで。町の中が見たことないほど異様な形に様変わりしていたから。建物はありえないくらい縦に伸び捻られ、更には壁には珊瑚みたいなものや地面には海藻らしきものも生え。
「な、なんなんですかこれは?」
「不死の領域に浸食され向こう側の世界が反映されてしまったんだろう」
「これが不死の領域……」
「ああ、そうだ。ちなみ不死の領域は領主が自分好みに作り変えれる。つまり領域によって全く見た目が変わるんだ」と、説明したのだがサリエラは聞いてなかった。あまりにも非現実的な空間に頭がついていけないのだろう。
まあ、仕方ないかと俺は周りに意識を向けているとオルトスが近くに生えた海藻を引っこ抜き投げてくる。
「前から思ってたがこいつ食えんのか?」
「俺に聞くなというか投げるな。しかし、侵食がここまで進んでいるとはな」
「どうするよ?」
「とりあえず領主に会わない限りは人に影響はないはずだ。まずは生きてる者を探す」
「そ、それなら、冒険者ギルドに避難してるかもしれません。あそこは前回の件で更に強い結界が張れる魔導具を置いていますから」
我に返ったサリエラがそう進言してきたので、良い判断だと俺達は早速、冒険者ギルドに向かって走り出す。ただ、すぐ立ち止まったが。路地裏からタナクスナイトが現れたから。しかも武器を抜き放つと襲ってきて。
「あめえな」
まあ、すぐ反応したオルトスがその攻撃を弾き、更にはタナクスナイトに一撃を入れて吹き飛ばしてしまうが。
「やるな」
「ふん、当たり前だろ。それよりこいつは俺がやるから先に行って状況を調べとけ」
「わかった」と、俺はオルトスとタナクスナイトが戦闘を始めると同時に走り出す。
しばらくしてサリエラが不安そうな顔を向けてきたが。
「オルトスさんは本当に大丈夫なのですか?」
俺は視線だけ向けながら口を開く。
「あいつがやるって言ってるから大丈夫だろう」
「えっ、そんな適当で良いんですか?」
「別に適当じゃない。元勇者パーティーにいた拳聖だぞ」
「でも……」とサリエラはバツが悪そうな顔をする。きっと一年以上も飲んだくれているのを知っているのだろうと俺は親指で後ろを指差した。
「それなら戻って手伝いに行くといい」
「何を言ってるんですか! オルトスさんより、アイアン級でこんな危ない場所を走っているキリクさんの方が心配ですよ!」
「スチール級だ」
「えっ?」
間の抜けた顔をするサリエラにスチール級を証明する腕輪を見せる。
「スチール級にランクアップした」
「そ、それはおめでとうございますってそうじゃありません! スチール級だって十分危ないですよ!」
「まあ、だから冒険者ギルドの状況を見るだけだ」
「本当ですか? 貴方を見ているとなんだか心配になってきますよ」
「ふん、安心しろ。俺だってここでは死にたくないからな」
俺はそう言いながら剣の柄に手を置く。前方から異様な気配が漂ってきたから。しかも、気配からきっと出会いたくない存在。
やれやれ。
思わず溜め息を吐いているとサリエラが走る速度を上げだす。魔物の大軍に押されている冒険者達が目に入ったから。
「加勢しましょう」
更にはそう言うと魔物と戦いだす。ちなみに俺は続かなかったが。サリエラには悪いが異様な気配がするギルドの裏手に向かうことにしたからだ。
まあ、ただそれは失敗だったと見えてきた光景で思ってしまうが。何せ見たくない連中が勢揃いしていたから。
キリクになってから組んだ二つ目のパーティー、疾風の剣。リーダーのワーロイにケイ、マリィ、ルナの四人組。俺を嘘吐きだと吹聴し回った元凶が目に。
更にともう一人関わりたくない人物も。まあ、もう見た感じでは人じゃなくなっていたが。
ラーニャ……
ラーニャは首の部分から太くて長い蛸の足のようなものが八本生え、その足で地面を歩いていた。ちなみに本来ある腕や足はぶらぶらして飾り物みたいになっている。
そんなラーニャと疾風の剣は現在交戦中だったが驚いてしまう。格下のはずのラーニャが疾風の剣、四人相手でも優勢な戦いをくりひろげていたから。
「いや、圧倒か」と、こちらに気づいていないことに都合が良いと俺はしばらく連中の様子を見守ることにする。
◇
疾風の剣はラーニャとの戦闘に苦戦していた。
「くそくそくそ! こいつアイアン級の分際でなんで強いんだ!」
「ワーロイ、そいつはもう人じゃないって言ってるでしょ!」
「うるさいケイ! さっさと魔法で焼き殺せよ!」
戦闘中だと言うのに口喧嘩を始める二人にマリィは声を掛けようとしたが、ルナに止められる。
「マリィ、駄目よ。あの二人ああなると……」
「ルナ、どうしよう? 斬ってもあの変な足は再生するし魔法はほとんど効かないし……」
「私の聖属性魔法まで効かないなんて……」
息切れしながらルナはラーニャを見る。すると、その視線に気づいたラーニャは笑い出した。
「いひひ。当たり前じゃん。私があんたらより強いだけだし!」
「ふざけんな! 俺達はプラチナ級だぞ!」
ワーロイが激昂するがラーニャは蛸の足のようなものを一本持ち上げ横に振る。
「はっ? プラチナ級? ないない! あんた達そんな力ないよーー」
「なっ⁉︎」
「この素晴らしい身体になってからわかっちゃうのよねえ。せいぜいあんた達ゴールド、ううん、シルバー級ね」
「ふ、ふざけんな!」
真っ赤な顔になったワーロイはラーニャに向かって斬りかかる。しかしラーニャの首から生えた蛸の足のようなものが素早く伸び、ワーロイを掴んで地面に叩きつけたのだ。
「ぐはっ‼︎」
「ちょっと力が強すぎた? 殺すつもりはないの。皆も私のようになれば力も強くなるし素晴らしい気持ちになれるわ。いひひ!」
ラーニャは心から嬉しそうに笑う。正気を失っている瞳でワーロイを見つめながら。
すると、それをチャンスと見たのか今度はケイが攻撃したのだ。
「よくもワーロイを! 第二神層領域より我に炎の力を与えたまえ……ファイア・ボム!」
しかし、ケイの持つ杖から炎の塊が出てラーニャに当たっても身体を包んだ炎はすぐに消える。しかも効いないとばかりにケイに向かって蛸の足のようなものを振るう。
「だから、効かないわよーー。さあ、もう遊びは終わり」
「く、来るな化け物!」
「酷ーーい。こんな美しくなれたのにーー」
ラーニャはそう言うと倒れているワーロイを蛸の足のようなもので掴み持ち上げる。そして、今度はゆっくりとケイ達の方に歩いて行き三本の蛸の足のようなものを素早く伸ばしケイ、マリィ、ルナの首に巻き付けたのだ。
「これで終わりぃ」
三人は何か喋ろうとする。残念ながら首がしまっていき声を出す事はできなかったが。
だが、それでもラーニャは笑顔で何度も頷いたのだ。
「そう、貴方達も私みたくなりたいのね。任せて。クトゥン様に頼んで超綺麗にしてあげる。あ、でも、私が一番だからね。いひひ!」
ラーニャの言葉にマリィとルナは恐怖の表情を浮かべ、ケイは白目を剥き失神する。そんな四人を軽々と持ち上げたラーニャは満面の笑みを浮かべた。
「さあ、みんないきましょうねーー! いひひ!」
そして残った四本の脚で動き出そうとしたのだ。何者かが自分に迫ってくる気配を感じ慌てて振り向いたが。
◇
「キ、キリク⁉︎」
「遅い」
俺はラーニャが振り向いたと同時に、蛸の足のようなものが生えてる部分より上の首を斬り落とす。更に地面に落ちたラーニャの眉間に銀の剣を突き刺す。それでもラーニャは死なず、目を見開きながら睨んできたが。
「キリクー! 何するのよ‼︎」
「……これでもまだ死なないのか」
仕方なく銀色の試験管を出し中身をラーニャにかける。それでも顔を徐々に溶かしながら睨んできたが。
「な、何よ! これ⁉︎」
「これは聖なる物が沢山入った強力な対不死薬だ」
「対不死薬?」
「つまり、お前達は既にあちら側……不死の生き物だから効くってわけだ」
「はあっ? なんであんたごときがそんな物持ってんのよ!?」
「ふん、最初にパーティーに入る際に説明しただろう。俺は錬金術をかじっていると」
「う、う、うわあ、じゃあ私死んじゃうのーー!?」
「いや、向こう側でまた復活するだろう。まあ、あっちでその自我をいつまで保ってられるかわからないがな」
「ううぅーー……」
ラーニャは何か言っていたが、顔が溶けゲル状のものに変わり最終的には消えていった。
「やれやれ」
俺は一息吐くと今度は倒れてるワーロイに視線を向ける。まあ、こいつらとは正直もう関わりたくなかったのですぐ背を向け離れようとしたが。
「キリク、助かったわ! ありがとう」
「キリクさん、本当にありがとうございます」
残念ながらその前にマリィとルナが来てしまう。
「……ああ」
ただ、俺の反応に二人は笑顔だった表情が徐々に消えていく。おそらく自分達のパーティーがしたことを思い出したのだろう。俺を嘘つきだと周りに広めたことを。
まあ、この二人は何も言ってない可能性はあるが。
何せやめる最後まで文句や悪口などは言わなかったからな。
ただし会話すらもと、俺はさっさと離れようとする。
しかし、すぐに溜め息を吐いた。意識が戻ったワーロイとケイが俺を睨みながらこちらに駆け寄ってきたから。
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