不死の領域から来たもの

10


「忙しい嬢ちゃんだな」

「仕方ないだろう。レクタルのことを考えたらな」

「まあ、そうだな。で、何か考えはあるのか?」

「いや、今のところはない」

「はあっ、ならさっさと確認して考えようぜ」

「ああ」


 俺達は出口に向かって歩き出す。その際サリエラは黙ったままついてくるだけだった。いや、俯き悔しげな表情を浮かべていたのだ。

 きっと責任を感じているのかもしれない。だからおりを見て話を聞いてやろうと思ったのだが、その考えは吹き飛んでしまった。

 遺跡を出てレクタルに向かっている時に異様な気配を感じてしまったから。しかも、レクタルに近づけば近づくほど。隣りにいたオルトスも気づいたのかしかめ面を向けてきた。


「……おい、キリク。あれはやべえんじゃないか?」

「それでもやるしかない。もし、周りに興味を持つタイプだったら逃げても無駄になるしな」

「だよなあ……」


 俺達はこれからのことを考え大きく溜め息を吐く。するとサリエラが不安顔で尋ねてきた。


「お二人共あの気配が何かわかるんですか?」

「不死の門が開いてるって事はわかる」

「そしてあの町は既に別世界みたいになってんのもな。エルフの嬢ちゃん、レクタルの上空を見てみろ」


 オルトスに言われサリエラはレクタルの上空に目を向ける。すぐに驚いた表情に変わった。


「な、なんですかあれは⁉︎」


 サリエラはそう叫んだ後、慌てて自分の口を塞ぐ。その様子がオルトスには面白かったのか、ニヤニヤしているだけだったので仕方なく俺が答えた。


「安心しろ。あれは俺達に害はないぞ」

「……本当ですか?」

「ああ、あの色は不死の領域の空気が漏れだして、向こうの空の色になっているだけだ」

「そ、そうなんですか……って、なんでキリクさんが不死の領域のことがわかるんですか?」

「……それは勉強したからだ。俺みたいな加護無しは知識などでカバーしなきゃいけないからな。それよりあれを見ろ」


 俺は野営地を指差す。決して話をすり替えたかったわけじゃない。避難していたはずの街の人や兵士が一人も居なくなっていたからだ。

 しかも、いくつかのテントが潰れていたのだ。


「レクタルまで走った後がありますね。それに血痕も……」

「どうせ死霊術師がゾンビやグール辺りに襲わせたんだろうぜ。奴らの触媒を増やすためにな」

「酷い! じゃあ避難していた皆さんは……」

「いや、まだ生きてるやつもいるだろう」

「そ、そうですよね……。依頼を受けていた私がもっと早く気づいていれば」


 サリエラは俯いてしまう。更にその表情はずいぶんと青白くなっていた。俺はそんなサリエラの肩に手を置く。


「しっかりしろ。そんなんじゃ助けられる人も助けられないぞ」

「は、はい。でも……」

「人は万能じゃないんだからできる範囲をやれば良い。それともお前は万能なのか?」

「違います……」

「だったら切り替えてアダマンタイト級冒険者としての自覚をしろ」

「……そうですね。キリクさんありがとうございます!」


 頷くサリエラの瞳には先程と違い、強い意志が灯っていた。それを見てほっとする。今の俺の言葉が届くか心配だったからだ。


 だがサリエラは気持ちを切り替える事ができたようだな。


 そう思っていたのだが、レクタルに入ると灯っていた強い意志は消えていた。

 なぜなら町の中が見たことないほど異様な形に様変わりしていたからだ。建物はありえないくらい縦に伸び、更には捻られ変な方向に曲がっていた。壁には珊瑚みたいなものや地面には海藻らしきものも生えていたのだ。


「……な、なんなんですかこれは?」

「不死の領域に浸食され向こう側の世界が反映されてしまったんだ」

「これが不死の領域……」

「ああ。ちなみ不死の領域は領主が自分好みに作り変えている。だから領域によって全く見た目が変わるんだ」


 そう説明するがサリエラは聞いてなかった。あまりにも非現実的な空間に頭がついていけないのだろう。


 まあ、最初は仕方ないか。


 そう思いながら周りを見ているとオルトスが声をかけてきた。


「ずいぶんと浸食が進んでがどうするよ?」

「とりあえず領主に会わない限りは人に影響はないはずだ。まずは生きてる人達を探そう」

「そ、それなら、冒険者ギルドに避難してるかもしれません。あそこは前回の件で更に強い結界が張れる魔導具を置いていますから」


 我に返ったサリエラがそう進言してくる。良い判断だったので俺達は頷き冒険者ギルドに向かって走り出した。

 だが、しばらくして立ち止まる。路地裏からタナクスナイトが現れたからだ。しかもすぐさま武器を抜き襲ってきたのだ。だが、すぐ反応したオルトスがその攻撃を弾き、更にはタナクスナイトに一撃を入れて吹き飛ばす。


「やるな」

「ふん、当たり前だろ。それよりこいつは俺がやるから先に行って状況を調べとけ」

「わかった」


 俺は頷くとオルトスとタナクスナイトが戦闘を始めたタイミングで走り出した。すぐにサリエラが不安そうな顔を向けてくる。


「オルトスさんは本当に大丈夫なのですか?」

「あいつがやるって言ってるから大丈夫だろう」

「えっ、そんな適当で良いんですか?」

「別に適当じゃない。元勇者パーティーにいた拳聖だぞ」

「でも……」


 サリエラはバツが悪そうな顔をする。きっと一年以上も飲んだくれているのを知っているのだろう。なので、俺は親指で後ろを指差した。


「心配なら戻って手伝ってきてもいいぞ」

「何を言ってるんですか! オルトスさんより、アイアン級でこんな危ない場所を走っているキリクさんの方が心配ですよ!」

「スチール級だ」

「えっ?」


 間の抜けた顔をするサリエラにスチール級を証明する腕輪を見せる。


「スチール級にランクアップした」

「そ、それはおめでとうございますってそうじゃありません! スチール級だって十分危ないですよ!」


 サリエラは怒った顔でそう言ってくる。まあ、当然だろう。だから素直に頷いた。


「わかってる、だから冒険者ギルドの状況を見るだけだ」

「本当に状況だけですからね! もう、貴方を見ているとなんだか心配になりますよ」

「安心しろ、ここでは死にたくないからな」


 しかし、サリエラは信じていないという表情を向けてきた。


 やれやれ。


 俺は肩をすくめようとしたがやめた。前方から異様な気配が漂ってきたからだ。きっと先に見たくない奴がいるのだろう。

 思わず溜め息を吐いているとサリエラが走る速度を上げだした。魔物の大軍に押されている冒険者達が目に入ったからだ。


「加勢しましょう」


 サリエラはそう言って魔物と戦いだす。しかし、俺は後には続かなかった。異様な気配を近くに感じたからだ。だからサリエラには悪いが気配がするギルドの裏手に向かうことにしたのだ。

 ただそれは失敗だったとある光景を見て思ってしまった。何せ見たくない連中が勢揃いしていたからだ。

 キリクになってから組んだ二つ目のパーティー、疾風の剣。リーダーのワーロイにケイ、マリィ、ルナの四人組。俺を嘘吐きだと吹聴し回った元凶が目に映ったから。

 更にもう一人関わりたくない人物も見る。まあ、もう人じゃなくなっていたが。


 ラーニャ……


 ラーニャは首の部分から太くて長い蛸の足が八本生え、その足で地面を歩いていた。ちなみに本来ある腕や足はぶらぶらして飾り物みたいになっている。

 そんなラーニャと疾風の剣は現在交戦中だったが驚いてしまった。格下のはずのラーニャが疾風の剣、四人相手でも優勢な戦いをくりひろげていたから。

 だから、しばらくラーニャの様子を見ることにしたのだ。



 疾風の剣はラーニャとの戦闘に苦戦していた。


「くそくそくそ! こいつアイアン級の分際でなんで強いんだ!」

「ワーロイ、そいつはもう人じゃないって言ってるでしょ!」

「うるさいケイ! さっさと魔法で焼き殺せよ!」


 戦闘中だと言うのに口喧嘩を始める二人にマリィは声を掛けようとしたが、ルナに止められる。


「マリィ、駄目よ。あの二人ああなると……」

「ルナ、どうしよう? 斬ってもあの変な足は再生するし魔法はほとんど効かないし……」

「私の聖属性魔法まで効かないなんて……」


 息切れしながらルナはラーニャを見る。すると、その視線に気づいたラーニャは笑い出した。


「いひひ。当たり前じゃん。私があんたらより強いだけだし!」

「ふざけんな! 俺達はプラチナ級だぞ!」


 ワーロイが激昂するがラーニャは蛸の足を一本持ち上げ横に振る。


「はっ? プラチナ級? ないない! あんた達そんな力ないよーー」

「なっ⁉︎」

「この素晴らしい身体になってからわかっちゃうのよねえ。せいぜいあんた達ゴールド、ううん、シルバー級ね」

「ふ、ふざけんな!」


 真っ赤な顔になったワーロイはラーニャに向かって斬りかかる。しかしラーニャの首から生えた蛸の足が素早く伸び、ワーロイを掴んで地面に叩きつけた。


「ぐはっ‼︎」

「ちょっと力が強すぎた? 殺すつもりはないの。皆も私のようになれば力も強くなるし素晴らしい気持ちになれるわ。いひひ!」


 ラーニャは心から嬉しそうに笑っているが、その目は正気を失っている様にしか見えなかった。


「よくもワーロイを! 第二神層領域より我に炎の力を与えたまえ……ファイア・ボム!」


 ケイの持つ杖から炎の塊が出てラーニャに当たる。しかし、ラーニャの身体を包んだ炎はすぐに消えてしまった。


「だから、効かないわよーー。さあ、もう遊びは終わり」


 ラーニャは倒れているワーロイを蛸の足で掴み持ち上げるとゆっくりケイ達の方に歩いて行く。


「く、来るな化け物!」

「酷ーーい。こんな美しくなれたのにーー」


 ラーニャは三本の足を素早く伸ばしケイ、マリィ、ルナの首に巻き付ける。三人は何か喋ろうとしたが首がしまり、声を出す事はできなかった。だが、ラーニャは笑顔で何度も頷く。


「そう、貴方達も私みたくなりたいのね。任せて。クトゥン様に頼んで超綺麗にしてあげる。あ、でも、私が一番だからね。いひひ!」


 ラーニャの言葉にマリィとルナは恐怖の表情を浮かべ、ケイは白目を剥き失神する。四人を軽々と持ち上げたラーニャは満面の笑みを浮かべた。


「さあ、皆いきましょーー! いひひ!」


 ラーニャは残った四本の脚で動き出そうとしたその時、何者かが自分に迫ってくる気配を感じラーニャは振り向く。そしてその人物に驚いた。



「キリク⁉︎」

「遅い」


 俺はラーニャが振り向いたと同時に、蛸の足が生えてる部分より上の首を斬り落とした。更に地面に落ちたラーニャの眉間に銀の剣を突き刺す。

 だが、それでもラーニャは死なず、目を見開きながら睨んできた。


「キリクー! 何するのよ‼︎」

「……これでもまだ死なないのか」


 仕方なく銀色の試験管を出し中身をラーニャにかける。するとラーニャの顔は徐々に溶け始めていった。


「な、何よ! これ⁉︎」

「これは聖なる物が沢山入った対不死薬だ。お前達は既にあちら側の生き物だから、こちらの神聖なものに抵抗ができないんだよ」

「な、なんで、あんたごとき力もない奴が私を倒せるのよ!」

「これは錬金術で作られたものだ。だから調合次第でお前を倒せるほど強力になるんだ」

「そんなあ、私は不死なのにーー‼︎」

「ああ、お前は不死になった。だから向こう側でまた復活するだろう。まあ、あっちでその自我をいつまで保ってられるかわからないがな」

「ううぅーー……」


 ラーニャは何か言っていたが、顔が溶けゲル状のものに変わり最終的には消えていった。俺は一息吐くと倒れてるワーロイを見る。正直関わりたくない気持ちが強かった。

 だから背を向けてその場を去ろうとしたのだが、マリィとルナが来てしまったのだ。


「キリク、助かったわ! ありがとう」

「キリクさん、本当にありがとうございます」

「……ああ」


 俺の反応に二人は笑顔だった表情が徐々に消えていく。おそらく自分達のパーティーがしたことを思い出したのだろう。俺を嘘つきだと周りに広めたことを。

 まあ、この二人は何も言ってない可能性はある……。俺がやめる最後まで文句や悪口などは言わなかったから。


 まあ、会話すらしなかったが。


 俺はさっさと離れようとする。しかし、溜め息を吐いた。意識が戻ったワーロイとケイが俺を睨みながらこちらに駆け寄ってきてしまったからだ。

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