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その人物はサリエラだった。
「……キリクさん、今回は色々と活躍されたそうで。私の依頼とも関係があったので助かりました」
サリエラは頭を下げてくる。それでサリエラがレクタルにいた理由がはっきりとわかった。レオスハルト王国から死霊術師関係の依頼を受けていたのを。
俺は首を横に振る。
「気にするな。それより死霊術師が本格的に動いてきた理由はわかるか?」
「それは……」
サリエラは口をつぐむ。要は極秘ということだろう。
まあ、考えてみたら当たりまえであるため諦めていると声が聞こえてきた。
「話しても良いわよ」
茶髪を後ろで結った女騎士がフォンズを伴いサリエラに向けて言ってきたのである。サリエラは驚いた顔を向ける。
「リミア団長、極秘情報ですが大丈夫なのですか?」
「ええ、大丈夫よ。だって彼はアジトを突き止めるきっかけを作った功労者よ」
「わかりました。ではキリクさん。死霊術師がここまで大きく動いた理由を説明します。簡単に言ってしまうと前線にいた冒険者達が東側の魔王バーランドを追い詰めたからなんです。それで前線の動きを弱めるため、死霊術師達を使って後ろから崩そうとしているみたいなんですよ」
おおかた考えていた通りのことを言ってきた。ある部分を除いては。だから俺ははっきりと口にした。
「なるほど。最近前線の話がこちらに来なかったのは討伐失敗という情報が広まらないようにするためか」
サリエラはバツが悪そうに頷く。
「はい……。なので黙っていて下さいね」
そう言ってきた後、俺は前線で戦っている勇者パーティーに心底同情した。何せ勇者というのは称賛されるだけじゃなく妬まれたり叩かれたりもするから。特にやらかした場合は世間や腐った連中がこれでもかというほど叩いてくる。だから非常にストレスが溜まるのだ。
まあ、俺達の時は憂さ晴らしも含めてやり返していたが。だが、今の勇者は違うだろう。
だから今頃は後ろで踏ん反り返っている連中にネチネチ言われてるんだろうな。
俺はあいつに再び同情しながらサリエラに顔を向ける。少し気になることがあったからだ。
「それはわかったが死霊術師がただ魔王バーランドの言う事を聞くとは思えないんだが……」
するとサリエラが勢いよく答えてくる。
「そうなんです。だからこそ私が死霊術師の真の目的を調べるためにこのレオスハルト王国から直接依頼を受けてたんですよ」
「なるほど。それで死霊術師の目的はわかったのか?」
「ネクロノスの書です」
思わず眉間に皺を寄せてしまった。
ネクロノスの書。不死の領域にあると言われる死に関しての全てが書き記されたといわれる本。そして俺が聞きたくない言葉の一つだったからだ。
だが、すぐに疑問に思ってしまう。どうやってネクロノスの書を取ってくるかと。不死の領域に行くにはこちらと向こうを繋げる門を呼び出さないといけない。それをする方法は誰も知らないはずだから。
しかし、すぐにあることが思い浮かんだ。
まさか、魔王バーランドが知っているというのか……
そう考えると今回の騒動は腑に落ち、最悪な展開も想定できてしまった。
もし不死の領域に住む住人が門に興味をもち、潜ってこちらの世界に顕現してしまったらと。
俺は勇者時代を思い出す。理由は不明だが不死の領域に住んでいる住人、ネルガンという名の領主が北側にあるフローズ王国領に突然顕現してしまいフローズ王国の王都が異形の地になってしまったことを。
ネルガンは王都に住んでいた人々を異形の生き物に次々変えていき、同じ領にある町などに進軍しようとしたのだ。
あの時は、北側の地にいる戦える者達が全員集結しなんとか勝つことができた。だが、かなりの命も奪われ俺達勇者パーティーも死にかけた挙句一時不死の領域に踏み込んでしまったのだ。
だが、そのおかげで知ったのだ。異形のものになると不死の領域の住人になり、こちらで殺しても不死の領域ですぐに復活するという事を。それは領主であるネルガンも同じで、やっとの事で倒したはずなのに不死の国で復活していたのだ。
今でも優雅にティータイムをしていたネルガンの姿を思い出す。そしてタナクスという死霊術師が崇める領主を。
奴らが馬鹿なことをしてタナクスが顕現したら……。いや、奴じゃなくても厄介だ。
タナクスの領域にいる死霊系の魔物がこちら側に溢れ出したって十分に厄介である。何せそうなったら今回のレクタルの比じゃないだろうからだ。
「……やれやれ、厄介だな」
「ええ。ただ、まだ確証はまだないんです……。なので今回の作戦にはアジトを潰すだけじゃなく、情報を聞き出すために死霊術師を生きたまま捕まえるのも含まれているんです」
「ネクロスの書をどうやって入手するか聞き出すつもりか」
「はい。本当は後一歩のところだったのですが、レクタルであんな事になってしまって……」
サリエラは俯いてしまうと女騎士……リミアが優しく肩に手を置く。
「あれは仕方ないわ。貴方に依頼を出す前から計画されていたんだから」
「リミア団長……」
「それに依頼をした冒険者達の誰よりも多く情報を手に入れてくれたのだから貴方も立派な功労者よ」
「……ありがとうございます」
「では、いつまでもこうしていられないし、そろそろ出発しましょうか」
リミアがそう言うとフォンズが部下と共に冒険者達を連れ出発し始めた。すると俺の周りにはオルトス、サリエラ、リミア、そして騎士の二人しか残らなかったのだ。リミアを見ると口角を上げ言ってくる。
「フォンズ達には下っ端のアジトを一掃してもらう。私達は幹部の死霊術師がいる場所に行くわよ」
「この人数でか?」
「ええ、私とサリエラとオルトスだけで一掃するのは簡単だから。そういえばキリクには自己紹介が遅れたわね。私は白狼騎士団の団長をしてるリミアよ。リミアって呼んでもらって良いから」
「わかった。それと俺は何をすればいい?」
「ランク的に前に出過ぎなければ自由にやっていいわ」
「了解した」
「では、私達も行きましょう」
リミアと騎士二人は馬に乗り、俺達は馬車に乗り出発する。しばらく馬車に揺られていると、腐敗臭と共に古い遺跡と辺りを徘徊している大量のゾンビが見えてきた。
「ゾンビは部下二人に任せて、私達は幹部連中を捕まえにいくわよ!」
リミアはそう告げると馬から飛び降り遺跡に一人で走っていってしまった。オルトスが呆れ顔を向けてくる。
「おい、あの騎士の嬢ちゃん本当に団長かよ?」
「はは……。一人で突っ走ってしまうらしくて、フォンズさんがいつも困ってるみたいです」
「ちっ、仕方ねえ。出遅れて癪だがエルフの嬢ちゃん行くぞ」
「はい!」
オルトスとサリエラも馬車から飛び出しリミアを追っていく。それを見ていると騎士二人が顔を向けてきた。もちろん俺は肩をすくめる。
あの三人に付いていくのは無理だから。それに自由にやって良いと言われてる。
「だからゆっくり行くさ」
馬車から飛び降り三人が入っていった遺跡を見る。間違いなく出番はないだろう。
そして、その考えは当たっていた。遺跡に入ると足の踏み場もない程、そこら中にゾンビやスケルトンなどの死霊系の魔物がばらばらに散らばっていたからだ。
「やり過ぎだろう……」
そう呟きながら骨や肉片を避けながら通路を進んでいくと悪趣味な壁画がある広間に到着した。どうやらここも既に一掃したようで、大量のグールとヘルハウンドという大型で獰猛な犬の魔物の死体が辺り一面に散乱していたのだ。
どうやらプラチナ級の魔物では束になっても三人を止められなかったらしい。敵ながら哀れに思っていると奥の通路で戦いを始める音が聞こえてきた。しかも三人のかけ声も。きっと先に進むことしか考えていないだろう。
だから、仕方なく俺一人で広間を調べてみることにした。もしかしたら手がかりになる情報があるかもと思ったから。
だが、調べても広間を含め何も見つからなかったのだ。俺は腕を組み辺りを見回す。感がいっていたからだ。何かあると。
なので今度は収集鞄かという俺が持っている物の中で一番高価な魔導具ペンデュラムを取り出す。これで探すことにしたのである。
早速、魔石を近づけると砕けてペンデュラムの宝石の部分が淡く光る。後は頭の中で簡単な質問をするだけである。この部屋に隠し通常はあるかと。
念じるように問いかけるとペンデュラムは肯定をしめす右に回った。
やはりあったか。
俺は続けて魔石を使用して質問をしていく。そして床下に隠し部屋を発見することができた。
どうやら、隠し部屋は死霊術師の書斎として使われていたらしい。机の上には沢山の書物や紙束が置かれていたので全てを収納鞄に入れ後にした。
ちなみに何が書かれているか調べないのは早めにリミアに報告するためだ。何せあの動きだからもうかなり先まで行ってると思ったから。
案の定、三人の進むペースは速すぎた。追いつく頃は既に一番奥の部屋で死霊術師の最後の一人を追い詰めていたところだったのだ。
「さあ、何が目的か言いなさい!」
リミアが剣を向けると死霊術師は笑い出す。
「くくく。貴様らに邪魔はさせん。この身に変えてもな! 不死領域より我に死の力を与えたまえ……サモン・タナクスナイト!」
死霊術師は不気味な笑みを見せ黒く禍々しい短剣を自らの胸に突き刺した。すると死霊術師の身体が破裂し中から六本の腕に剣を持った大型の黒いスケルトンが現れたのだ。
俺は顔を顰める。タナクスナイトはアダマンタイト級の魔物だからだ。まあ、それでも三人の相手ではないだろう。だからサポートに徹することにしたのだが三人の側に行こうとしたらサリエラとリミアに止められてしまったのだ。
「アイアン級じゃ無理ですよ!」
「そうよ。流石にあれと戦いながら貴方を守るのは無理だから下がってて!」
「……わかった」
サポートならできるのだが二人の強い口調と雰囲気に仕方なく部屋の隅まで移動する。するとオルトスがニヤニヤと不愉快な顔を向けてきたのだ。
もちろん俺は心の中でオルトスが痛い目をみるように祈った。だが、結局オルトスは怪我もすることなくタナクスナイトは倒されてしまったのである。
「いやあ、連戦して疲れたからかずいぶんと時間がかかっちまったぜ」
オルトスが腕を振り回しながらそう言ってきたので肩をすくめる。
「酒浸り生活でなまってるからだろう」
「うるせえ。俺は本気出してないだけだ。それより騎士の嬢ちゃん、幹部を捕まえんじゃなかったのか?」
「ああなられたら仕方ないわよね。うーん、どうしようかしら……。この感じだとフォンズのところでも情報を得られなさそうね」
リミアはがっかりした顔で天井を見上げる。そこで収納鞄から隠し部屋にあったものを取り出した。
「さっき通った広間の隠し部屋から見つけた。急いで持ってきたから中は確認してないが」
「でかしたわ! 早速読んでみましょう……って、これはまずいわね」
リミアの顔色があきらかに悪くなる。まあ、なんとなく予想できていたが一応聞いてみる。
「何が書かれている?」
「死霊術師達はレクタルで不死の領域へ繋がる門を開こうとしてるみたい。しかも、決行は今日で門を開くための材料が今朝方、東側の魔王軍の駐屯地から運ばれたと記録されてるわ」
「それじゃあ、急いでレクタルに行かないと!」
サリエラが焦った表情になる。その横でオルトスが視線を向けてきた。もちろん知ってしまった以上は仕方ない。俺は焦っているサリエラに顔を向けた。
「急ぐのは良いが、あそこは今、死霊術師にとって楽園だから大変だぞ」
「どういう事ですかキリクさん?」
「レクタルには死霊系の魔物を大量に呼び出せる死体がまだ山程あるからな。おそらく魔物の巣窟になっているはずだ」
俺の言葉にサリエラは絶句してしまう。すると腕を組み考え事をしていたリミアが口を開いた。
「それなら、三人は馬車でレクタルにそのまま向かって。私は王都レオスハルトに戻って国王様に報告と強力な助っ人を呼ぶわ」
「強力な助っ人ですか?」
サリエラが首を傾げるとリミアは不敵な笑みを浮かべる。
「ええ、だから期待しててね」
リミアはそう言って俺達を置いて走っていってしまった。
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