6
タナクスという不死の住人がいる領域へと。要は無事、死霊術師の行動を阻止できたのである。
「ふうっ」
薄らと魔法陣の跡だけが残ったその場所を見て俺は満足する。後は掃除ぐらいかと辺りを見回したのだ。
まあ、「おい、こっちだ!」と鉄獅子や俺が抜けたパーティーが来ているのを目にした途端すぐに方向転換し、出口に向かったが。もちろん連中とは関わりたくないから。特に俺が抜けたパーティーとはなおさら。
「おい、キリク!」
残念なことにレクタルを出てからブランシュへ向かう途中遭遇してしまうが。しかも包帯だらけのダント、ラーニャ、ドクがわざわざ野営地から俺を追いかけ。
もちろん俺は無視する。向こうはしつこかったが。
「おい、俺達が話してやろうってんだぞ! 聞けよ!」
「そうよ、私達が困ってんのよ! 役に立たないあんたがついに役立つ番なのよ!」
「加護無し! てめえ、無視すんな! 俺達のために働けよ!」
なかなか理不尽なことを言ってくるな。
ただ、言い返しても面倒事になるだけなので俺はそのまま無視し続ける。それは三人の気配がなくなっても。前の方にブランシュの街並みが見え、既に頭の中では今後の方針を考えていたから。もちろんソロ活動を中心に。
ただし問題はこの東側のレオスハルト王国領でやっていけるかなんだがな……
何せ東側のレオスハルト王国領にも会いたくない連中がおり、俺の噂も当然あるだろうから。
加護無し、嘘吐き等……
まあ、だからこそ南側のしがらみのない場所で心機一転という考えも。ただ死霊術師のことを思いだすと掻き消えていってしまうが。まだ奴らはこの近辺におり、またよからぬことをするため潜伏しているだろうから。
「死霊術の探究、又は……」
東側の前線で進展があり、それを危惧した東側の魔王が協定を結んでいる死霊術師を使い後ろから崩して前線を混乱させるために動かしたのだろうと。
むろん、この後半の考えは俺の妄想なので間違えている可能性もあるのだが。まあ、だからこそ一瞬、調べにいくかとも。
「いや、駄目だな」
俺は頭を振りその考えを追い払う。何せ前線にいる冒険者ならもうとっくに気づいているだろうし、アダマンタイト級以上でないとそもそものところ前線に行けない規定もあるから。
それに行ったところでどうせ話も聞いてくれないだろうしな。
だからとこれからは自分のことだけを考えようと気持ちを切り替え、再び今後の事を考えたのだ。
軍資金が少ないことに気づくまで。
「金か……」
俺は収納鞄を見つめる。中にはレクタルで手に入れたドラゴンゾンビの骨と多少の素材、売ればなかなかの金額にはなるものがいくつかあった。ただしドラゴンゾンビの骨は今の低ランクの俺が持って行っても間違いなく盗んだと疑われるだろうが。
いや、買ってくれるところはあるが買い叩かれるのがオチってところか。
そうなると面倒だがと俺は昔の仲間を思い出す。そして溜め息を吐くと重い足取りで鍛冶屋ギルドに向かったのだ。
「すまないが、元勇者パーティーにいたオルトスという鍛治師が今、何処にいるか知っていたら教えてほしい」
「ああ、オルトスさんなら今は東側で一番大きく華やかな都市、更に遠くからでも見る事ができるほど巨大で荘厳なアーツバルク城がある王都レオスハルトにいますよ」
「……東側に住んでいる者なら一度は住みたいと夢見る場所か」
俺はそう呟いた後、つい顔を顰めそうになった。何せもっとも華やかさや憧れに無縁、そして似合わないし相応しくない場所にあいつがいるからだ。まあ、すぐに良い酒があるから居着いているだけだろうという考えに納得することができたが。そう思っていると答え合わせのように職員が言ってくる。
「まあ、あの人、酒場で毎日酒を飲んでいるらしいですけれどね」
「そうか……」
だから俺はオルトスが変わっていなくて心から安心したのである。
また、同時に当面住まう場所が決まったとも。
◇ 王都レオスハルト
ブランシュからレオスハルト王国まで順調な旅路だった。何せ舗装された道には沢山の人々と常に兵士が巡回もしているから。もちろん王都へ近づけば近づくほどに。
だから昼近くには王都レオスハルトに着くことができ、なおかつオルトスをすぐに探し始めることができたのである。しかも簡単に居場所まで知る事も。もちろん悪い方の意味での有名人として目立っているため。
「まあ、あいつらしいといえばあいつらしいんだが」
俺は呆れながらも教えられた王都の外れにある寂れた酒場に入る。中には客がほとんどおらず、酒場の隅にいる髭面の汚い格好をしたドワーフ……つまり簡単にオルトスを見つける事ができたのである。
まあ、当の本人は明後日の方に顔を向け虚空に話しかけていたが。
「それでよお、あの時の俺はさあ……ヒック!」
「おい、オルトス」
「はははっ、それはそれで美味いわけよ」
「はあっ、やれやれ」と俺は溜め息を吐く。目の焦点があってない表情を見てこれは駄目そうだと。
ただし通常の起こし方ならと店主に度数が弱い酒を頼む。更に俺特製の酔い醒め薬をカップの中に入れオルトスの目の前に置くと「おお、こんなとこに酒が! バッカスよありがてえ!」と、あっという間に消え、また明後日の方を見ながら酒を飲み始めたのである。まあ、薬が効きすぎたのかしばらくしてテーブルに突っ伏してしまったが。
もちろん問題ないのだがと次は鼻先に刺激臭がする小瓶を近づける。
「く、臭ええっ……ん、ここは何処だ?」
「酒場だ」
「酒場だと?」と今度はしっかりと目を覚ました表情でこちらを向く。すぐにこちらを指差し俺にとってはまずい言葉を言いかけたが。
「おお、おいおいその辛気臭い面構えはアレんんん!?」
俺は慌ててオルトスの口を塞ぐ。「今はキリクだ」と。ただ、オルトスは聞いているのか聞いていないのかわからない様子で叫んできたが。
「すーはーっ、すーはーっ……し、死ぬわ! まったくお前は何しにここに来た!?」
「素材の買い取りを頼みにきたんだよ。できるだろう?」
「んーー、そりゃ無理だな。鍛冶屋は性に合わなくて辞めちまったからな」
「だが金はあるだろう?」
「いや、今は文無しだぜ」
「まさか魔王討伐の報酬を全部、酒に使ったと?」
「仕方ねえだろうが。酒が俺を止めさせてくれなかったんだからよ。あっ、ちなみにお前、今、金持ってるか?」
「ない。だからお前を頼ったんだ……」
「だよなあーー! わははっ‼︎」
馬鹿笑いするオルトスに俺は「やれやれ」と溜め息を吐く。それから自分の装備品、北側の魔王討伐の報酬金を全部使い切って作成した特注品を見つめたのだ。もちろんオルトスと違いきちんとした理由、加護が無い新米冒険者キリクとしてやっていくために作成したものである。まあ、だいたいは特注品で大きな屋敷が買えるぐらいの金額はしたのだが。
その同じぐらいの金額を酒にか……
俺はオルトスを一瞥する。
「酒浸りってところで気づくべきだったな」
「全く、お前はいつまで読みが甘い奴だぜ。まあ、だが来たのは正解だぞ。俺にはあてがあるからな」
「ドラゴンゾンビの骨一体分を捌けるのか?」
「知り合いのところならな。早速、案内するぜ」
「待て。ぴんはねする気だろう?」
「良いじゃねえか。魔王討伐を一緒にした仲だろうが」
オルトスは肩に馴れ馴れしく手を置き笑みを浮かべる。もちろん周りから見れば、今の発言は酔っ払いの戯言にしか聞こえないだろう。だが、実際にこの飲んだくれオルトスは北と西側の魔王を一緒に倒した仲なのである。「まあ、だからといってそれとこれは関係ないだろう」と睨んだが。
「小せえやろうだなあ! 少しぐらい良いじゃねえか」
「ふん、お前と違って俺はもう前線にもでれないし大きな仕事はできないからな」
「ちっ、それなら俺だってもうやんねえよ」
「一生飲兵衛ってことか?」
「ちげえ。あの扱いを受けてやれるかってことだ。お前こそ冒険者をなんで続けんだよ?」
「それ以外できないからな」
「はっ、だからそういうとこを利用されたんだろうよ。お前も俺もな」
オルトスはそう言うと視線を倒れた空のカップに向ける。きっと思い出しているのだろう。あの日のことを。俺が勇者としての力を失いしばらくした頃に起きたことを。
「まあ、だからといって俺にはそれでも冒険者以外にやれる事がないんだが」
するとオルトスは何か言いたそうな表情をする。すぐに肩をすくめてくるが。
「ふん、まあ良い。ところでグラドラスは何処に行ったんだ?」
「深淵を見に行くと行って旅立った」
「パーティー組んでた頃からあいつは変わんねえな。まあ、それなら金は取れそうにねえな。わはははっ」
「……ふっ、そうだな」
俺はつい頬を緩める。なんだかんだいって長い付き合いだ。久々のこの雰囲気が心地良かったから。
「いやあ、しかし昔は良かったなあ。高い酒は飲み放題だったし、それに……」
まあ、それはオルトスも同じみたいだが。何せ、その後は上機嫌で昔話に花を咲かせながら俺を知り合いの鍛冶屋へと案内してくれたから。
ただ、その知り合いの鍛冶屋は俺も知っている人物だったのでつい先ほどのことを忘れてオルトスを睨んでしまうが。「口頭で言えば良かっただろうが……」と。オルトスは悪びれる様子もなく鼻をほじる。
「それじゃあ、お前から金を取れんだろうが」
「やれやれ。で、ボリスは今ここに移り住んでいるのか?」
「北側は今は色々あって居辛くなったらしいからな。おう、ボリスのやついるか?」
「親方は奥です」
「じゃあ、ちょっと行かせてもらうぜ」
鍛冶屋の奥に入ると、オルトスと似たようなドワーフが金属板を難しい顔で眺めているところだった。まあ、オルトスはそんな事気にする様子もなく声を掛けてしまうが。
「おう兄弟よ、客を連れてきたぜ」
「なんだオルトスか。借金の肩代わりはしないからなって、アレ……キリクの旦那じゃねえか」
「悪いな、ボリス。ドラゴンゾンビの骨を買い取ってほしいんだが見てもらえるか?」
「お、それじゃあ、隣の広い場所に出してくれ」
俺は言われた場所にドラゴンゾンビの骨を出していく。すると勝手にオルトスが骨の一本を掴み、じっくり眺めた後、「ドラゴンゾンビの骨だからあまり良いもんとはいえねえが……少しは色を付けて買い取ってくれよな」と投げたのだ。もちろんボリスは色々と理解しているのでオルトスを一瞥するだけにとどまったが。「お前が倒した様な口調で言うんじゃねえよ。キリクの旦那、全部買い取るぜ」と。
だからスムーズに査定が始まったのである。まあ、ボリスがお金が出してくるとものすごい勢いでオルトスがかっさらい、数枚取ると俺の肩を叩いきたが。「よし、早速飲みに行こうぜ!」と。
昔と変わらない腹が立つ態度で。
まあ、それでも少しお金に余裕ができたので俺は上機嫌でいることはできたが。
「おいおい、こんなところに加護無しの役立たずがいるぞ」
「その隣りには有名な飲んだくれドワーフだぜ」
「ふふ、役に立たない二人はついにパーティーを組んだの?」
「やめてよ! ミミ、笑っちゃうわあ!」
店を出た直後にこいつらに会わなければと、俺はキリクになって最初に組んだ飛竜の爪というパーティーに視線を向ける。派手で冒険者に似つかわしくない格好、更には悪目立ちをしていたリーダーのロン、そしてゴング、ラン、ミミに。
まあ、すぐに目がおかしくなりそうなので視線を少し逸らしたが。
「相変わらず派手だな」
「キリク、なんだこいつら知り合いか?」
「前にパーティーを……」
「そりゃ、やめて正解……いや、一回でもパーティーに入った時点で汚点だな。そう思うだろうお前ら?」
すると下手な挑発に乗ったロン達が食いついてくる。
「あ? なんだドワーフのおっさん。昔、魔王を倒したからって良い気になんなよ」
「そうだぜ。飲兵衛は黙って安い酒飲んで静かにしてろよ」
「本当、酒臭いわね。早くこの場から消えてくれない?」
「ミミの大事な服に臭いが付いちゃうよぉ」
そして今度はオルトスを睨んだり鼻を摘んだりして挑発仕返してきたのだ。喧嘩っ早いオルトスに向かって。
もちろん俺はすぐにオルトスの肩を掴み「やめておけ」と。
ただ、ロンはそれで勘違いしてしまうが。
「そうだぜ、ドワーフのおっさん、俺達飛竜の爪に喧嘩を売ったら怪我しちまうぞ!」
俺はすぐに訂正する。
「違う。お前らが二度と冒険者が出来なくなるから止めてるんだ」
「あっ? 俺達、プラチナ級が一年以上何もせずに毎日酒しか飲んでないやろうに負けると思ってんのか?」
ロン達はあからさまに馬鹿にしたような顔でオルトスを見る。対してオルトスはニヤニヤしていたが。
「どうせキリクがいたからプラチナになれたんじゃねえか? まあ、着てるもんだけはピカピカ光ってそれらしいぞ! おい、キリク! 今、俺めちゃくちゃ上手いこと言ったよな!? わはははっ‼︎」
もちろん心の中で上手いと言ってしまったのは内緒である。何せこれ以上の挑発はまずいから。まあ、残念なことにロン達は限界を超えてしまったみたいだが。四人の目つきが鋭くなり気配が変わったから。
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