翌日、早起きすると村長に村を出発することを伝えにいった。


「キリクさん本当に助かりました」

「いや、こちらこそ助かった」

「また、いつでもいらして下さい。村人一同で歓迎します」


 村長と話している最中、村人達も笑顔で手を振ってくる。


「ここは良いところだな」

「もしキリクさんが良ければあの空き家をずっと使っても良いですよ」

「それは魅力的な言葉だがもう少し冒険者をやらせてもらうよ」

「わかりました。ただ、この村はいつでもキリクさんを歓迎します」

「ああ、その言葉を心に留めておく」


 俺は村長に頭を下げると村の外に向かう。その際、敵意のこもった視線を感じた。だが気づかないふりをして村を出る。

 すると昨日絡んできた冒険者三人が一定の距離を保ちながら尾行してくるのが気配でわかった。しかも、しばらくすると姿を見せながら着いてきたのだ。

 俺は溜め息を吐く。するとそれが合図になったらしく昨日捻り上げた冒険者がナイフを抜き向かってきた。


「死ねえぇーー!」


 そう叫んでくるが動きは素人だった。だから軽く横にずれて足を引っ掛けると山道を転がり落ちていく。そして岩に当たると動かなくなった。どうやら当たりどころが悪かったらしい。

 運が悪かったなと見ていると今度は二人目の冒険者が斧を振り回しながら向かってくる。

 

「よくも仲間をやりやがったな! 殺してやる!」


 そして力任せに斧を振りおろしてきたのだ。だが、こいつの動きも素人並だった。だから軽く避けてから顔面を殴る。

 もちろん殺さない程度である。しかし残った一人には倒れた冒険者が死んだ風に見えたらしい。


「ひ、ひいーー!」


 怯えながら村の方に走り出してしまったのだ。だが、すぐに逃げた冒険者がこちらに吹き飛んでくる。

 しかも胸には深々と槍が突き刺さって。俺は村の方を見る。そこには鉄獅子パーティーの軽鎧を着た男とルイが立っていた。


「どうやら、俺達いらなかったみたいだな」

「やはり、噂通りね」


 戦士風の男は槍を回収すると挨拶してきた。


「ランドに助けに行くよう言われて来た。俺は槍術師のケンだ。ちなみにこいつらグール三体は、俺達が処分しとくから安心してくれ」

「グールね……。ちなみに二体じゃないのか?」


 するとケンは俺の側に倒れている男の首筋に槍を突き立てた。


「これで三体だ。ちなみにこいつら死んで当然だぜ」


 ケンは鞄から沢山の依頼書を出し、そこから三枚の手配書を見せてくる。


「なるほど、こいつら重犯罪者だったのか」

「ああ、こいつら冒険者をやりながら空き巣や人身売買してるクズ連中だ。だから本当はレクタルに入ったところでやる予定でな」

「なら邪魔をしたようだな」

「いや、今レクタルで起きてる事を考えると、余裕がなかったと思う。おかげで助かった。ちなみに報酬はどうする?」


 ケンがそう聞いてきたが首を横に振る。


「今回は辞退する。それよりレクタルで何が起きてるのか情報があれば教えてくれないか」

「正直よくわかっていない。依頼達成後の体力が残っていない状態で突然襲われたからな。俺達は街から逃げるので精一杯だった」

「そうだったのか。しかし街の中か……」

「ああ、おそらく凄惨な光景になってるはずだ」

「わかった、では気をつけるとしよう」


 その場を離れようとするとルイが慌てて声をかけてくる。


「キリク、ちょっといい!」

「……なんだ?」

「ねえ、私達と一緒にレクタルの人達を助けに行かない?」

「いや、遠慮する……」

「どうしてよ? あなたが噂通りの人なら助けに行くと思ったのに……。やっぱり人助けしてたってのはただの噂だったの?」


 ルイに聞かれ休日になし崩し的にやっていた事を思いだす。

 だから俺はルイに答えた。


「別人だろう」

「そう……」


 ルイはがっかりしながらケンと村へ戻っていく。俺はそんなルイの背中に心の中で謝る。

 

 悪いな。今の俺は一人の方が動きやすいんだ。

 

 そして背を向けると山道を下るのだった。



 山道を下りおえると辺りは避難民だらけになっていた。その光景を見てレクタルがかなりまずい状況だと理解する。そして、そんな場所に行って今の俺が何かできるのだろうかとも。

 しかしレクタルの方に歩き出した。もしかしたらここならばと思ってしまったから。

 だが、すぐに立ち止まる。こちらに向かって沢山の馬車がやって来たからだ。


「お預けか……」


 そう呟いた後に馬車に乗っている連中を見る。王都レオスハルトの兵士だった。


 ブランシュ経由で調査に来たというところか。


 そう思っていると馬車が止まり、兵士が次々と出てきて手際良くテントを組み始めた。

 そして完成したテントに避難民を誘導しだしたのである。思わず感心する。レクタルの調査より先に避難民の方を優先することに。

 俺はそんな光景を目を細めて見ていると今度は胸のプレートに白い狼が装飾された騎士団がやってきた。王都レオスハルト所属の白狼騎士団である。彼らは俺の近くで止まる。そして先頭にいたちょび髭の男が前にでてきた。


「私は白狼騎士団副団長のフォンズという。貴公はレクタルの状況を説明できるか?」

「俺にもわからない。ただ、グールがいることは間違いないはずだ」

「……なるほど」


 フォンズは部下を見ると何人かが避難民の方に向かっていった。その動きに再び目を細める。


「良い動きだな」

「騎士団長に厳しく……いや、なんでもない。それより、貴公は冒険者だろう? サリエラという名の冒険者に心当たりあるか?」

「ああ」

「まことか? すまないがサリエラ殿と最近どこでお会いしたか教えてほしい」

「二日前にレクタルの冒険者ギルドで会ったな」

「そうか。では、まだレクタルの中にいるという可能性か……」


 フォンズはレクタルの方を向き渋い表情をする。それで理解する。サリエラは王都レオスハルトから依頼を受けていたことに。


「副団長!」


 騎士一人がフォンズに駆け寄り耳打ちする。その声は耳の良い俺にはしっかりと聞こえていた。

 どうやら死霊術師達がレクタルの中で大掛かりな死霊術を使ったらしく、町中は死霊系の魔物で溢れているらしい。更に殺された住人達もゾンビやグール化して徘徊しているので逃げ遅れた住人達は建物から出られないとのことだった。フォンズはすぐに部下を集め、避難民がグール化していないか調べるよう指示を出した。

 そんな彼らを見て再び感心する。あの短時間でここまで情報を揃えてくるとは優秀な騎士団だと。

 おかげでだいたいレクタルがどういう状況がわかったので、その場を離れようとするとフォンズに声をかけられた。


「キリク殿、レクタルへ行かれるのか?」

「ああ、少し様子を見てくる」

「では、これを」


 フォンズは聖水の入った小瓶を投げてくる。


「レクタルは死霊系の魔物で溢れている。聖霊神イシュタリアの加護を」


 俺は頷くと早足に歩き出す。しかし、しばらくして走り出した。閉じられた大門の側で門兵とゾンビが戦っていたからだ。


 きっとあそこから出たのだろうな。


 俺は大門の横にある門兵用の小さい扉を見る。扉は半分開かれていたから。きっと閉めたくても、逃げてくる連中の為に開けてるのだろう。


「立派だな」


 そう呟きながら対死霊薬を剣に塗りゾンビ達に突っ込んでいく。そして次々と斬り伏せていくとさっさと扉を潜った。

 だが、すぐに慌てた門兵が呼び止めてくる。


「おい、死ぬ気か! 今、中にはゾンビやグールより強い魔物がいるんだぞ!」

「どんな奴だ?」

「リッチにドラゴンゾンビだ……」


 思わず顔を顰めた。リッチはプラチナ級以上、ドラゴンゾンビはミスリル級以上の実力がないと倒せないからだ。


「何体いる?」

「目視でリッチは二十体、ドラゴンゾンビは六体はいたがおそらく、もっといるだろうな……」

「厄介だな」

「もう少しで白狼騎士団も来るしブランシュからミスリル級の冒険者も応援に来る。待ってた方が良い」

「だが、待っていたら死霊術師が次々と魔物を生み出してしまうだろう」


 俺はそう言うとまだ何か言ってくる門兵を無視して街に踏み込む。そして門兵が諦めて戻っていくのを確認すると立ち止まった。


 酷いな……


 辺りは薄い靄がかかり、いたる所から腐敗臭が漂っていた。俺はすぐさま収納鞄を広げて中から一振りの銀製の剣を取り出す。

 銀は死霊系の魔物にとって弱点だからだ。しかも俺の持っている剣は柄頭に聖属性の力が込められた宝石が付いている特注品だ。

 ただし、魔力を使用しないとこの宝石の効果は使えない。要は北の魔王の呪いで魔力感知はできるが魔力を出す力を失っている俺には本来使えないものなのだ。


 だが、これがあれば使えるようになる。


 内部が淡く輝く黒い石を出す。魔力が使えない者の為の代用品、魔力の塊が結晶化した魔石である。早速ボアから手に入れた魔力濃度が低い魔石を宝石に近づける。魔石が砕けて宝石が輝きだした。

 これでこの宝石に蓄えられた魔力が切れるまでこの剣は強化される。後、ついでに刀身に対死霊薬を塗った。初めて使うから念には念をいれたのである。


 まずは冒険者ギルドか。


 剣を構えながら歩き出す。すぐにゾンビに遭遇してしまった。しかし剣に付与されている効果のおかげでゾンビは奇声を上げながら離れていってくれた。

 思わず口角を上げる。良い買い物ができたと思ったから。だが、しばらくしてリッチに出会うと全く効かなかったのだ。


「やれやれ」


 溜め息を吐いているとリッチが歯を鳴らしながら杖を振りかざし魔法の矢を飛ばしてきた。俺は慌てて避ける。そしてお返しとばかりに弓に切り替え矢を放った。


「ギギッーー!」


 矢はリッチの額を打ち抜き塵になる。どうやら対死霊薬が付いている矢は効くみたいだった。だが、基本は対死霊薬が付いた銀の剣のため再び切り替える。

 本音はこの剣で戦ってみたいというのもあったが。しかし、そう考えたことを後悔してしまった。先の方にある魔物が見えてしまったからだ。


 ドラゴンゾンビ……


 このネイダール大陸にはもういないと言われる死霊系の魔物として蘇ったドラゴンのゾンビである。正直、戦闘は避けたかった。キリクになってから戦ったことがないからだ。

 だがドラゴンゾンビはあろうことか冒険者ギルドを覆っている結界に激しく攻撃していたのである。しかもその攻撃力は結界を少しずつ剥がすほどの強さだった。

 だから、覚悟を決め魔石を胸に持っていった。一日に一度しか使えない短期間、俺の力を上げる魔導具、力のアミュレットを使用するためである。

 力のアミュレットは魔石が砕けると同時に淡く輝く。効果が発動したということである。だからすぐさま走りだした。

 するとドラゴンゾンビは何かを感じたのか攻撃を止め辺りを見回しはじめる。だが、もう遅かった。間合いに入りこみ首を斬り落とす事に成功したから。


「ふうっ」


 俺は大きく息を吐く。それから銀の剣を見つめて頷いた。やはりソロの方が動きやすいと実感したのだ。


「それに周りに気を使わずこうやって魔導具も使えるしな。早く気づくべきだったな」


 そう呟きながら腐肉の部分が溶け、骨だけになったドラゴンゾンビの骨と魔石を収納鞄に入れていく。

 それから冒険者ギルドを眺め溜め息を吐く。正直、目指していた場所だが入りたくないのだ。ナル達に会いたくないのもあるが、ドラゴンゾンビを倒した事を伝えても誰も信じないのは間違いないからだ。まあ、言う気もないが。


 どうする? 入ったところで俺が何かできるのか?


 ここまで来てその事に気づいてしまう。しかし判断する前に冒険者ギルドから離れた。ある方角で歪な魔力が高まるのを感じたからだ。

 思わず顔を顰めた。きっとろくでもないことをしているからだ。死の研究をし、いつか死を超越するという馬鹿げた目的を持ちその為には自分さえ生贄にする異常な集団……死霊術師達が。

 案の定、魔力を感じた広場に行くと酷い光景が目に入ってきた。広場中に住人の死体が積み重なっていたのだ。きっと死霊術に使う材料にする気だろう。   

 俺は怒りを抑えながら中心に向かう。死体の山を囲んで黒いローブを着た死霊術師達を見つけた。

 しかも既に詠唱が始まっていたのだ。だが、間に合ったらしい。俺は早速、フォンズからもらった聖水が入った小瓶を積み重なっている死体に向かって投げる。

 すぐに聖水がかかった死体から黒いモヤと地面に魔法陣が現れ、沢山の黒い手が飛び出す。

 そして死体や死霊術師を魔法陣の中にあっという間に引きずり込んでいった。

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