翌日、早く起床した俺は食事もとらずに村長の元へと向かう。もちろん、長く動くため日が高く上がらないうちに今いる村を出発しなければならないからだ。

 レクタルに調査に向かうため。


「ちっ、あの加護無しが」


 まあ、もちろん他にも理由は色々とあったのだがと俺はテント辺りにたむろする連中に視線を向ける。すぐに村長の方へと向いたが。


「世話になったな」

「いえいえ、こちらこそ大変貴方にはお世話になりましたよ。なあ、みんな!」


 すると周りにいた村人達が何度も頷いてくる。「もちろんだよ」「あんたのおかげだ。ありがとうキリクさん」「いつでも来てくれよ」という言葉を添えて。朝の仕事前にわざわざ待っていてくれて。


 ふっ。


 だからつい目を細めてしまったのだ。


「いや、俺の方こそこの村のおかげで万全な体制で出発することができたんだ。皆、気にしないでほしい」

「それは役に立て良かったですよ。また、いつでもいらして下さいね。村人一同で歓迎しますから。ああ、それともしキリクさんさえ良ければあの空き家をずっと使っても良いですから」


 俺は空き家を振り返る。ただ、すぐに首を横に振った。


「それは魅力的な言葉だが、当面はこちらに戻ることはないから他の者に貸してやってくれ」

「わかりました。ただ、この村はいつでもキリクさん、貴方を歓迎しますからね」

「ああ、その言葉を心に留めておく」


 俺は頷くと彼らに別れを告げ村の外へと向かった。ただし足早に。避難者の一部から敵意のこもった視線を感じたから。

 もちろん誰が視線を送ってきているのかは理解していた。

 まあ、だからといって気づかないふりをしながら村を出たが。何せ連中は俺が村から出たら行動するだろうからだ。


 必ず。


「おい、あいつを追うぞ」


 来たか。


 俺は気づかないふりをして歩く。

 すると徐々に昨日絡んできた冒険者三人が距離を詰めてきたのだ。しかも、しばらくすると殺す気満々とばかりに武器を抜き。


「やれやれ」


 もちろん俺の方は殺す気はない。まあ、さっさと終わらせるために痛い目にあってもらうつもりだが。


「ぶっ殺してやるぜ加護無し!」


 ああ、ただし、向こうがやる気なら別だが。


 俺はすぐさま我慢できずに向かってきた一人の足を引っ掛ける。更には急な山道を嫌な音をさせながら転がり落ちていくのを横目に次の相手を挑発したのだ。


「来い」

「よくも仲間をやりやがったな!」


 すぐに二人目の冒険者が斧を振り回し場所を気にする様子もなく力任せに斧を振りおろしてくる。もちろん今度こそはと軽く攻撃を避け相手の顔面を殴り飛ばし気絶させた。

 ただし、残った一人には倒れた冒険者が死んだ風に見えたらしいが。


「ひ、ひいーー!」


 冒険者は怯えながら村の方に走り出す……が、すぐにこちらに吹き飛んでくる。胸に深々と槍が突き刺さった状態で。

 「いや、少しずれているか」と今、息絶えた冒険者から槍の持ち主に視線を向けると鉄獅子パーティーの軽鎧を着た男が肩をすくめてきた。わざとだぜという表情をしながら。

 まあ、隣にいたルイが睨むと俺の方に顔を向け苦笑しながら口を開いてきたが。


「ランドに助けに行くよう言われて来た。こっちはルイで俺は槍術師のケンだ。ちなみにこいつらグール三体は、俺達が処分しとくから安心してくれ」

「グールね……。ちなみに二体じゃないのか?」


 するとケンは倒れた冒険者から槍を引き抜く。そして俺の側に倒れているもう一人の冒険者の首筋に槍を突き立て「これで三体。ちなみにこいつら死んで当然だぜ」と言い放ち鞄から三枚の手配書を見せてきたのだ。

 もちろん今倒した連中「冒険者とは名ばかりの重犯罪者」の。

 ケンは頷いてくる。


「ああ、こいつら冒険者をやりながら空き巣や人身売買してるクズ連中だ。だから本当はレクタルに入ったところでやる予定でな」

「なら邪魔をしたようだな」

「いや、今レクタルで起きてる事を考えると、余裕がなかったと思う。おかげで助かった。ちなみに報酬はどうする?」


 俺はすぐに首を横に振る。


「今回は辞退する。それよりもレクタルで何が起きてるのか情報があれば教えてほしい」

「うーん、正直、俺達にもよくわかっていないんだ。何せ依頼達成後の体力が残っていない状態の時、突然大量に街中に現れた魔物に襲われたからな」

「魔物……グールだけじゃないのか?」

「ああ、確認できた範囲だとレイスとヘルハウンドもいたよ」

「そうか、なら慎重に行くしかないか……」

「レクタルにか? なら……」

「少し様子を見たらすぐ移動するさ。厄介ごとはごめんだからな」


 俺が即座にそう答えるとルイが怪訝な表情を向けてくる。


「どうしてよ? あなたが噂通りの人なら助けに行くと思ったのに……。やっぱり人助けしてたってのはただの噂だったの?」


 ルイに聞かれ休日になし崩し的にやっていた事を思いだす。

 もちろんだからといって答えはこれだが。


「別人だろうな」


 ルイは溜め息を吐きケンと村の方向へ歩き出した。もちろん俺は逆側を向く。今の俺は一人の方が間違いなく動きやすいから。


「悪いな」

 

 だから俺はそう呟くと山道を急いで進むのだった。



 山道を下り終えると俺の目に早速レクタルから避難してきたと思われる沢山の住人の姿が映る。


「こ、ここならしばらくは大丈夫だよな……。はあ、なんだってあんなことに……あ、おい、あんた!」


 そして俺に声をかけてくる者までも。まあ、すぐに住人は安堵した表情になり家族の元へと引き返していったが。


「我々はレオスハルト王国騎士団だ!」


 ブランシュ経由から来たのであろう、王都レオスハルトの紋章を掲げたレオスハルト王国騎士団が見えたから。

 しかも結構な数の兵士とテントを乗せた馬車を引き連れ。「ここを野営地とする! 皆、テントを用意しろ!」「もう大丈夫だぞ」と迅速な行動をしていき。

 避難民を勇気づけるために。


「うう、ジョン」

「母さん、なんで……」


 まあ、ただしそれでも一部の者達から悲痛な表情は取れることはなかったが。


「……」


 俺は彼らからゆっくりと視線を外し拳を握りしめる。まあ、すぐに握る手を緩めこちらに歩いてくる胸のプレートに白い狼が装飾された白狼騎士団のちょび髭の男に向き直ったが。きっと質問してくるだろうからだ。この状況を説明できるかと。


「そこの冒険者、ちょっといいか。私は白狼騎士団副団長のフォンズという。貴公はレクタルの状況を説明できるか? レクタルの冒険者ギルドから緊急で使用できる魔導具での報告がなくてね……」


 案の定、質問されたので俺はすぐに答える。内心でレクタルがかなりまずい状況になっていると理解しながら。


「すまないがわからない。ただ、他の冒険者からグールやレイス、ヘルハウンドがいることを聞いている」

「ふむ、そうなると奴らの可能性がありそうだな」


 するとフォンズの後ろで待機していた何人かの騎士が慌てて避難民の方に向かっていく。もちろん聴き込みをしに。奴ら……死霊術師が関係しているかを。


 まあ、俺からしたら確実だろうがな。


 そう思っているとフォンズも既に答えが出ているのか「死霊術師か……」と渋い顔をしながら呟いていた。ただ、すぐに表情を戻したが。


「ちなみに貴公、サリエラという名の冒険者に心当たりあるかな?」


 俺は彼女の顔と名前を思い出しながら答える。


「ああ、確かエルフの冒険者だよな。見たぞ」

「まことか? すまないがサリエラ殿と最近どこでお会いしたか教えてほしい」

「二日前にレクタルの冒険者ギルドで会ったな」

「そうか。では、まだレクタルの中という可能性も……」

「もちろん仕事が終わっていなければいるだろうがな」


 そちらが依頼したな、と心の中で付け足しているとフォンズがレクタルの方を向き心配そうな表情を向ける。すぐに表情を戻すとこちらに走ってきた部下の方に向き直ったが。


「何か手にいれたか?」


 騎士は無言で頷きフォンズに近づきこちらに聞こえないよう耳打ちを始めた。


「死霊術師達がレクタルの中で大掛かりな死霊術を使ったらしく、町中は死霊系の魔物で溢れ、更に殺された住人達もゾンビやグール化して徘徊しているので逃げ遅れた住人達は建物から出られないみたいです」


 まあ、彼には悪いが耳の良いハーフエルフにそんなことをしても無駄なんだがと、思っているとフォンズが迅速に指示を始める。


「そうか、ではすぐに団員達を集め、避難民がグール化していないか調べるんだ。被害が広がないよう急げよ」

「わかりました」


 騎士は敬礼すると足早に去っていく。もちろん俺もフォンズと別れすぐにレクタルの方面へと走りだした。急いだ方が良いと判断したからだ。

 何せ周りを見ての予想だともうそろそろレクタルの町から出てくるだろうからだ。


「まずはグール辺りが」


 そう呟いた直後、閉じられた大門の側にある門兵用の小さい扉から二名の門兵が飛び出してくる。「くそったれ!」「気張れよ。まだ逃げてくる連中がいるからな!」

 そして後から出てきた複数のグールと戦い始めたのだ。


『グギャアアアアーー!』


 少し押され気味に。そう判断した俺は対死霊薬を剣に塗りグールに突っ込んでいく。そして次々と斬り伏せていきそのまま門兵用の小さい扉に急ぎ向かったのである。状況が想像以上に悪くなっていると感じながら。

 まあ、ただし彼らの言葉で足を止めることになったのだが。


「おい、腕が立つからって一人で入るのは危険だぞ! もう少しで白狼騎士団も来るしブランシュからミスリル級の冒険者も応援に来る。彼らに任せて新米は素直に待ってた方がいい!」

「ああ、それに中には目視でリッチが二十体、ドラゴンゾンビは六体はいるんだぞ!」


 俺は彼らの視線の先にあるブロンズ級冒険者の証である腕輪を見つめる。リッチはプラチナ級以上、ドラゴンゾンビはミスリル級以上、要は無理だと判断されたのだ。俺の着けている腕輪、そして見た目で。


 まあ、だからといって彼らの言うことをはいそうですかと聞く気はないが。


 そう判断し、まだ何が言ってくる門兵用の小さい扉から中に踏み込む。ただ、しばらくすると再び足を止めてしまうが。辺りに薄い靄がかかってきていたる所から腐敗臭、そして強い魔物の気配を感じたから。

 もちろん死霊系のとすぐさま俺は収納鞄を広げ中から一振りの銀製の剣を取り出す。ちなみにこれはただの銀製の剣ではなく柄頭に聖属性の力が込められた宝石が付いている特注品である。

 まあ、ただし北の魔王の呪いで魔力感知はできるが魔力を出す力を失っている俺にはこの宝石の効果は使えないが。「こいつがなければだが」と内部が淡く輝く黒い石、魔力が使えない者の為の代用品、魔力の塊が結晶化した魔石を取り出す。すぐにパリンという音と共に魔石が砕けて宝石が輝きだす。要はこれでこの剣は強化されたのだ。


 ただし、この宝石に蓄えられた魔力が切れるまでだが。


「保険をかけるか……」


 俺はそう呟くと刀身に対死霊薬を塗る。それから剣を構えながら進み出したのである。


『ウオッーー』


 ゾンビに遭遇してしまうまで。まあ、剣に付与されている効果のおかげで奇声を上げながら離れていってくれたのでさほど歩みを止める間はなかったが。


 ゾンビにだけは。


『ギギ、ギッーー!』


 リッチが歯を鳴らしながら杖を振りかざしてくる。ちなみに死霊系の魔物は無詠唱魔法であるためギリギリまで何がくるかわからない。

 まあ、だからこそはと距離を取ると弓に切り替え矢を放ったのである。もちろん、たっぷりと対死霊薬が付いている矢で。


『グギギッーー!』


 額を打ち抜かれたリッチは塵になる。ただし俺はすぐに警戒は解かずに前方を見据えたが。何せ見えてしまったから。このネイダール大陸にはもういないと言われる死霊系の魔物として蘇ったドラゴンゾンビが冒険者ギルドを襲っているのを。


「まあ、今はバカ高い魔導具で張った結界で耐えているみたいだがな」


 俺はそう呟くと魔石を胸に持っていく。一日に一度しか使えない短期間、俺の力を上げる魔導具、力のアミュレットを使用したのだ。


 もちろんドラゴンゾンビを倒すために。


 パリンと魔石が砕けると同時に力のアミュレットが淡く輝く。直後、俺はすぐさま走りだす。


『フシュウゥゥッ……』


 するとドラゴンゾンビは何かを感じたのか動きを止める。まあ、既に間合いに入りこみ首を斬り落とす事に成功したのでもう遅かったのだが。


「ふうっ」


 俺は大きく息を吐く。それから銀の剣を見つめ頷いたのである。やはりソロの方が動きやすいと実感したから。


「それに周りに気を使わずこうやって魔導具も使えるしな。早く気づくべきだったな」


 そう呟きながら腐肉の部分が溶け、骨だけになったドラゴンゾンビの骨と魔石を収納鞄に入れていく。

 それから冒険者ギルドを眺めると腕を組み唸ってしまったのだ。正直、目指していた場所だが入りたくなかったから。もちろん冒険者やナル達に会いたくないのは言うまでもなく。それにドラゴンゾンビを倒した事を伝えてもきっと誰も信じないだろうからだ。


 まあ、そもそもドラゴンゾンビを倒したなんて言う気もないわけだが。どうやって中に入ったかは説明は求められるだろうな。やれやれ、どうするか……


 俺はここまで来て悩んでしまう。ただ、しばらくして冒険者ギルドから離れ、ある方角に向かって走りだしたが。歪な魔力が高まるのを感じたから。

 もちろん奴ら、死の研究をし、いつか死を超越するという馬鹿げた目的を持ちその為には自分さえ生贄にする異常な集団……死霊術師達が何かをしているのを理解しながら。


「さあ、やるぞ!」


 すると、案の定、広場の中心で積み重なった遺体を取り囲む黒いローブを着た死霊術師達が目に入る。しかも既に詠唱を始めているものも。

 だから俺は怒りを抑えながら慎重に近づく。聖水が入った小瓶を連中の前にある積み重なっている遺体に向かって投げいれたのだ。


『ウウウヴヴッ』


 すぐに聖水がかかった遺体から黒いモヤと地面に魔法陣が現れ、沢山の黒い手が飛び出すと遺体や死霊術師を魔法陣の中にあっという間に引きずり込んでいく。

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