死霊術師の陰謀


 あれからレクタルを出た俺は同じ領内にあるブランシュの町をとりあえずの目標として目指していた。

 まあ、途中で戦闘に使用する薬品の数が少なくなっていることに気づいたので至急、旅の工程を変更していたが。ブランシュへの道のりから外れて遠回りになるが素材採取できる山村へと。

 何せ今の俺はキリクという名の加護を失った力のないソロ冒険者。つまりは不要な取り合いが起きてトラブルにならないよう今後は人気が少ない狩場を選び準備を万端にしておかなければいけないからだ。

 それこそやりすぎだと言われるぐらいに。ただし準備にはなるべく金をかけずにではあったのだが。今の俺は昔と違い常に金欠だから。しかもかなりの重度の。


「やれやれ」


 鞄を一瞥して溜め息を吐く。

 しかし、すぐに気を取り直すと太陽の位置を確認しながら歩く速度を速めたのだ。さっさと無料で手に入る素材採取を終わらせてブランシュに向かわないといけないからだ。

 日が落ちる前に。


「これは旅の人がわざわざこんな小さな名もなき村にどんなご用で?」


 まあ、山村に到着し人の良さそうな村長に会えたのでこれは早く素材採取をしてブランシュに向かえそうだと内心安堵していたが。


「俺は冒険者をしているキリクという。すまないが、ここら辺で少し薬草などを採取をしたいのだが」


 ただし村長が困った表情で口を開くまで。


「構いませんが今は森の中に大きなボアがいまして……」

「ボアか」


 俺は悩みの原因がいる森の方に視線を向ける。内心ではもうボア(猪みたいな姿で頭に角が生えてる魔物)を狩ることを決めながら。

 何せボアはブロンズ級の冒険者でも狙える美味しい獲物(皮や骨は装備品の素材になり、肉は食料に、血や心臓部にある魔石は錬金の材料にもなる)だからだ。

 ただしである。念のために許可は得なければならないが。俺は村長に視線を向ける。


「問題ない。遭遇したら倒すまでだからな。むしろ邪魔なら狩ってもいいぞ」


 断られることはないと確信しながらそう言うと村長は案の定、肯定するような表情を向けてきた。


「よろしいのですか? 今は狩りをする者がブランシュに出稼ぎに行っていましたので困っていたのですよ」

「ボアは畑を荒らしたりするからな」


 低単価の魔物避け魔導具さえ購入できそうにない村全体を見回すと村長は困り顔で頷いてきた。


「ええ、全くですよ。今日だって畑を荒らされて」

「なら、その畑を確認させてくれないだろうか? 追跡できるかもしれないからな」

「わかりました。では早速こちらへ」


 俺は頷くと村長に着いていく。太陽の位置を確認しながら。

 まあ、すぐに辺り一面に散乱している食い散らかしたカブやイモの近くにボアの足跡を見つけることができ今度こそ安堵したが。

 これならすぐ終わりそうだから。


「どうでしょう?」

「大丈夫だ。これならすぐ見つかる」


 ただし内心では動きをいつも以上に早めないといけないと考えたが。日が落ちる時間を考えて。

 だから俺はすぐに村長と別れボアの痕跡を追いながら走り出したのだ。さっさと狩ってしまおうと考えたからだ。

 何せ冒険者にとってはボアを狩るのは簡単な仕事だから。それに見つけるのも。


「あそこか」


 俺は先の茂みの中を移動しているボアを発見するとベルトフォルダーに入れた麻痺薬入りの銀の試験管を取り出し矢を突っ込む。それからすぐさま弓に番えるとボアの首付近を狙い矢を放ったのだ。


「ブギィーーー‼︎」


 矢が刺さったボアが倒れる。続け様に痺れて動けなくなっているボアにナイフでとどめを刺し更には手早く収納鞄にしまう。

 もちろんこれで終わりではない。

 次は本命の素材採取に取りかからなければいけないから。何せブランシュへ行く時間を考えないといけないから。


「失敗したな……」


 まあ、結果的には野宿決定になってしまったのだが。希少な素材があったので夢中になってしまい時間を忘れてしまったから。

 ただしだからといって村に戻る足取りは軽かったが。


「本当に助かりました!」


 ボアの頭をとり出し見せると想像通りに村長は大喜びしたからだ。俺は目を細める。


「周りにボアの気配もなかったし、しばらくは大丈夫だろう」

「そうですか。では畑を荒らされる心配もなさそうですね」

「ああ、しばらくはな。だから先ほどとってきた退避草とハナバカリの花を村の中心に植えようとおもう」

「その草花は知っていますが何か効果があるのですか?」

「匂いで魔物が近づいてこないんだ。まあ、弱い魔物だけだがな」


 すると村長が近くにいた村人を呼び寄せる。


「でも、ないよりは全然いいですよ」


 そして俺から退避草とハナバカリ花を受け取ると村人に指示をしだしたのだ。


「では、頼んだぞ」


 村長は指示が終わるとこちらに向き直る。


「キリクさん、後はこちらでやっておきます。本当にありがとうございました」

「ついでだからな」

「しかし、お時間を取らせてしまいましたね。今日はどうされるのですか?」

「野宿ってところだな。慣れてるよ」


 俺が肩をすくめると村長が勢いよく首を横に振ってくる。


「そんなことはさせれません。今日は空き家で休んでいってください」


 そして有無を言わさず俺を空き家へと案内してくれ、更にはパンとスープまで持って来てくれたのだ。


「助かったよ」

「いえいえ。助けられたのはこちらですから」


 村長は笑顔を見せる。

 しかし、すぐに村人の一人が部屋に来て村長に耳打ちすると怒りの形相を浮かべ部屋を飛び出していったのだ。村の入り口の方へと。

 もちろんトラブルの臭いがプンプンと漂ってきたのはいうまでもない。

 まあ、だからといって無視することはなく俺も後を追いかけたが。何せ一宿一飯の恩義があり、それに間違いなく俺が介入した方が早く解決できるだろうと判断したからだ。

 まあ、ただしである。


「全く何やってるんだ……」


 現場に到着するなり思わず溜め息を吐いてしまったが。村の入り口で三人組みの冒険者の一人と村長が言い争っているのが見えたから。要は連中が冒険者の評価を下げる行為をしているのを目撃したからだ。


「中にいれろよって……何で加護無しがここにいるんだよ⁉︎」

「今度は俺にまで絡んできたか。やれやれ、厄介なのが来たな……」

「これはキリクさん、うるさくして申し訳ありません」

「いや、気にしてないが何か困った事態なら対応するぞ?」

「いえいえ、彼らには帰って頂きますので」

「ふざけんな! こっちは命からがら逃げてきたんだぞ!」

「そんなのは関係はない」

「息子が助けてくれって言ってんだぞ!」

「バン、お前はもう息子じゃない。自分がこの村で何をしたかわかっているだろう!」

「そんなの昔の事だろうが。じゃあ、せめて今夜だけでも空いてる家に泊めてくれ」

「今は空きはない」

「くそ、そいつに空き家を貸してんだろう! お前出ていけよ!」


 バンはそう言うと村長が素早く俺の前に立つ。


「この方は村を助けてくれた恩人だ。そんなことできるわけないだろう」

「はっ、この加護無しが町で何て言われているか知っているのか? 嘘吐きに役立たず野郎だぞ!」

「お前はなんて事を! ボアを退治してくれただけじゃなく、魔物避けの草花も持って来てくれたんだぞ!」

「ふん、何が魔物避けの草花だ。そんなの本当かどうか疑わしいな!」

「確かにボアの頭を確認したぞ!」

「んなのはたまたま町で買ったのを出しただけだろうが!」


 バンの言葉に騒ぎを聞きつけて集まってきた村人達はざわつき始める。

 しかし村長は呆れた表情でバンに詰めよったのだ。


「お前って奴は……だから、戻ってくるなと言ったんだ。さっさと自分の居場所へ帰れ。それとも町でも悪さをしたのか?」


 するとバンは肩をすくめながら口を開く。


「レクタルで何が起きているか知らない連中はお気楽で良いよな! あそこは今……」


 ただし最後まで喋りきることはできなかったが。突然、後ろにいたバンの仲間の男が叫んだからだ。


「うがががああああっ!」

「な、なんだ?」

 

 パンが驚いて振り向く。直後、叫んだ男の顔色が一瞬で悪くなり隣にいた仲間の女に飛びかかる。更には首筋に噛み付くとそのままあっという間に首筋を噛みちぎり飲み込んだのだ。嫌な音と共に。


 ゴクリッ。


 辺りに沈黙が広がった。すぐに悲鳴が上がったが。もちろんその中にはバンも。


「う、うわあぁーー!」


 だから俺は呆れてしまったのだ。本当にこいつは冒険者なのかと。

 まあ、すぐにバンのことは頭の隅においやり男の方に視線を向けたが。判断するために。


「残念だがグールになっているからもう助けられないか……」

「グール?」


 村長がこちらを向くので頷く。


「生前の人の強さに影響する死霊系の魔物で、こいつに噛まれたまま放置すると毒がまわり、死んだ後は同じグールとして蘇るんだ。要は対処しないかぎり人を襲って仲間を増やし続けてしまう魔物だよ。ちなみにこいつはそこまで強くないはずだぞ。だから戦ってみたらどうだ?」


 バンを見ると驚愕の表情を浮かべ後ずさる。


「う、嘘を言うな!」


 更には誰よりも早く逃げだそうとしたのだ。ただ、すぐ足がもつれて転んでしまったが。

 

「だ、誰か……」


 当然、恐怖の顔を浮かべながら手を伸ばしてくるバンを助けるものはいなかった。もちろん同じく恐怖で固まっているため。


「やれやれ」


 だから俺は素早く対死霊薬を塗ったナイフをグールに投げさっさと片付けたのだ。


「ギャアーー!」


 グールは叫んで倒れると動かなくなる。すぐに村中に歓声が巻き起こった。


「やったーー!」

「ありがとう!」

「キリクさん、ありがとうございます!」

「気にするな。それより村にああいう類が侵入しにくいようにしておかないとな」

「えっ、そんな事までして頂けるのですか⁉︎」

「寝場所を提供してくれた礼だ。ああ、だがその前に……レクタルで何があった?」


 すると落ち着いたのか恩を感じているのかわからないがバンは素直に答えてくる。


「酒場で酒を飲んでいた時に突然、町中に死霊系の魔物が沢山現れて。それで最初は俺達も戦ったんだ。でも仲間がやられたら……」

「怖くなって逃げてきたか。あの男は死霊系の魔物に傷を負わされたのか?」

「わからない……。ただ、傷を負っていたのは確かだ」

「やれやれ、死霊系と戦って傷を負ったらすぐに呪いなどかかってないか調べるだろうが」

「そ、それは仕方ないだろうが。レクタルであんな事があったんだから」

「ふん、それでもお前は冒険者だろうが」

「うるさい! お前にあの時の俺の気持ちがわかるかよ⁉︎」

「わからないしわかりたくもないな。全く仲間の状態に気付かず、更にはグールの前で腰を抜かした冒険者失格の心情なんてな」


 俺はそう言うともう話は終わりとばかりにバンから離れる。それからグール化した男と殺された女の遺体の側へと歩いて行ったのだ。もちろん不死化している可能性があるので復活させないよう燃やすため。

 まあ、ついでに死霊避け(灰を集め聖水と対死霊薬を染み込ませた布。死霊系の魔物を寄り付かせない効果がある)を作るためでもあったのだが。


「効果はあまり期待できないだろうが……」


 俺はそう呟くとさっさと遺体に火をつけ手早く死霊避けを作り村長に持っていく。


「これを村の四隅に埋めると微弱だが一ヵ月ぐらいは簡易の結界として使えるはずだ。後はそうだな……レクタルから魔物が来るかもしれないから避難場所も用意した方が良いか。村長、この村以外にあるだろうか?」

「ブランシュはどうでしょう。他の息子や知り合いの店もありますから倉庫を借りるなどをすれば」

「なるほど。では、村だけじゃ手に負えなくなったらその案で行こう」

「ええ、いつでも避難はできるようにしておきます。ちなみにキリクさんはどうされるのですか?」

「明日旅立つ予定だったが様子見になりそうだ」

「では、この村でもう一日ゆっくりしていかれたらどうですか?」

「ああ、すまないがそうさせてもらう。また面倒事が来るかもしれないからな」


 俺はそう答えながら村の入り口に視線を向けた。言った早々また来たからだ。今度は四人組の冒険者達が。


「……またですか」


 村長も彼らに気づくと溜め息を吐いた。

 まあ、重鎧を着た真面目そうな冒険者、ランドの丁寧な口調ですぐに渋い表情が消えて笑顔になったが。


「すまない。我々は冒険者をしている者で自分はこのパーティー、鉄獅子のリーダーをしているランドという」

「もしかして、レクタルから逃げて来られたのですかな?」

「不甲斐ないがそうだ。何故それを?」

「あなた方の前に来たからですよ」

「なるほど」


 ランドは俺に気づくと納得した表情になる。もちろん的外れなのだが面倒なので訂正しない。村長もである。何せそんなことはどうでもいい、村に害を持ち込んできているか知ればいいからだ。


「それで、この村に何かご用でしょうか?」


 村長が単刀直入に尋ねるとランドははっきりと答えてくる。


「すまないが仲間を休ませたいので空き家があれば貸してもらえないだろうか?」

「残念ながら、今はありません」

「では、村の者達の邪魔をしない様に端でテントを張るので少し休ませて頂いても良いだろうか?」

「それはもちろん構いませんよ」

「感謝する」


 ランドは村長に頭を下げると早速、仲間の元にいきテント作り始める。それを見た村長は苦笑した。


「誰かにあの方の爪の垢を煎じて飲ませたいですよ……」


 俺は村の隅で座りこんでいるバンを見る。


「どうする? なんなら俺は野宿でも構わないぞ」

「あれはもうこの村にいてはいけない者なので大丈夫です。キリクさんは空き家で好きなだけゆっくりして下さい」


 村長はそう言って笑顔で頭を下げると家に戻っていった。俺はそんな村長の去った方を見つめる。

 そして爪の垢なら村長のを飲ませるのが一番だろうと思うのであった。

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