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「皆さん熱くならないで下さい!」
周りにいた連中は一斉に振り向く。
「サ、サリエラちゃん!」
「おい、サリエラさんが何か言うらしいぞ」
「皆黙ってようぜ」
更には俺に掴みかかろうとした奴は一歩下がる。それから俺を人睨みした後、周りの連中と一緒に静かになったのだ。
彼女の言葉一つで。
一瞬だけ彼女が前戦で戦っている冒険者の一人かと推察してしまう。ただし聞いたことない名だったのですぐに違うと判断したが。有名冒険者の名は大概耳に入るはずだからだ。前線の事情を知る俺の耳には特に。
「サリエラさん、引導を渡しちゃって下さいよ」
まあ、そうは言っても所詮今の俺は情報を全然よこさないこいつらの所為で高が知れていることをすぐに思いだしてしまったのだが。
「やれやれ」
俺はナルを一瞥し溜め息を吐く。
ただ、すぐに軽く咳払いするとサリエラという人物が言葉を発するのを静かに見守ることにしたのだ。もちろん安心しながら。
「ここは真実の玉を使ってはっきりさせましょう」
側に来た時、立ち振る舞いや雰囲気からしてこの冒険者はまともだとわかっていたからだ。
ただしである。周りの連中はこれでも駄目なようだったが。
「いくらサリエラちゃんの言葉でも賛成できないぜ!」
「そうだよ! そいつの言う事を信じるのかよ!」
だから俺は肩をすくめるともうらちがあかないとギルド長に向き直ったのだ。
まあ、サリエラが再び喋り出したので仕方なく口を閉じたが。
「私はきちんと公平にやろうとしているだけです」
「で、でも!」
「でもはないです。それとも二人の会話を聞いていた私が証言して事を大きくしましょうか?それにあなた達がこの方、キリクさんを愚弄しているのも問題です。これもはっきりさせますか?」
すると側にいたナルが驚愕の表情を浮かべへたりこむ。
「あ、あ、あ……」
更には今まで勢いづいていた連中は分が悪いと思ったのかそそくさと逃げていってしまったのだ。先ほどまで味方していたナルを置き。
「全く」
サリエラはそんな彼らの背中を見て呆れた表情をする。
対して俺はというと既に連中には興味がなくなっており今は彼女の冒険者を証明する腕輪(カッパー、ブロンズ、アイアン、スチール、シルバー、ゴールド、プラチナ、ミスリル、アダマンタイト、ダマスカス、オリハルコンの十一段階あるうちの上位ランクに位置する国から内密の依頼も任される程、信頼と信用をされる上位のアダマンタイト級冒険者の称号)に視線がいっていたが。
何せこちらでは滅多に見られないものだからだ。特にこういう平和ボケした場所では。
いや、違うか。
俺は先ほどより一気に人気が少なくなりある意味前線より問題になっている冒険者ギルドを見回す。それからこのまま居続ければ職を失うだけじゃなく罪も問われる可能性があると理解し、逃げるように出ていった一人の冒険者を一瞥し溜め息を吐いたのだ。
もちろんがっかりしたからだ。
十分な平和を満喫せず平和と無縁の場所にしてしまったレクタルの冒険者達に。
そして、まともな機能をしていないこの冒険者ギルドにもだな……
俺は目の前でへたりこんでいるナルを一瞥する。それから俺自身にも問題がないだろうか見極めているのだろう、値踏みする様にこちらを見るサリエラの視線から外れるようにギルド長の元に移動したのだ。
「ギルド長」
ギルド長ははっとして顔を向けてくる。
「で、では、私は真実の玉を持ってきます」
「その必要はない」
俺が首を横に振るとその場にいたギルド長、サリエラ、ナルが驚く。
「えっ、どういうことでしょうか?」
「もう真実はわかっただろう。だから放っておけばいい」
「よ、よろしいのですか? それだと処罰ができなくなる可能性がありますけれど」
「ああ、問題ない。これ以上やれば本当に弱い者虐めになるし要は俺がレクタルを去ればいいんだからな」
「キ、キリクさん、本気で言ってるのですか⁉︎」
「ああ、だから手続きを頼む。ソロ希望に移動手続きを」
「しかし、それでは……」
「いいからやってくれ」
俺は絶対に考えをかえるつもりはないという雰囲気を出すとギルド長は申し訳なさそうに紙を取り出す。それから放心しているナルを一瞥し溜め息を吐くと手続きを始めたのだ。
「少しだけお待ち下さい……」
「ああ」
俺は頷くと今度はサリエラに向き直る。そして先ほどの件の礼を言ったのだ。
「助けられた。礼をいう」
「い、いえ……。私がもっと早く行動するべきでした」
「いや、大きな案件を抱えていたんだ。仕方ないだろう」
「えっ、どうしてわかるのですか?」
「簡単な答えだろう。こういう場所では絶対に扱わないはずの高価な厚手の羊皮紙をアダマンタイト級冒険者が使っていたんだからな」
「あ、見えていたのですね……」
「まあな。ちなみに羊皮紙の柄から依頼はおそらく王族だろう?」
「それは……」
サリエラはバツが悪そうな表情に変わったので俺は即座に首を横に振った。
「もちろん誰にも言わないさ。俺はここの連中と違って品行方正な冒険者だからな」
そしてこれ以上の会話は不要だと手続きが済み、こちらに向かってくるギルド長の方に向きなおったのだ。
「キリクさん手続きが済みましたよ」
「助かった」
俺は用紙を受け取ると空間魔法が掛けられた貴重な小さな鞄に入れさっさと出口に向かう。
もちろん、この冒険者ギルドにはもういたくなかったからだ。心の底から。
まあ、それに……
俺はサリエラを一瞥する。なんとなくここに長居したら面倒臭い事が起きる予感がしたのだ。
しかも今までの経験からかなり面倒臭いことが。
「ま、待ってください」
まあ、残念ながら逃げられなかったみたいだが。
いや、逃げ切ってみせるつもりだが。俺はゆっくりと後ろを振り向く。そして緊張した面持ちで立つサリエラに関わりたくないと雰囲気を出しながら対応をしたのだ。
「手短に済ましてほしい。急いでるからな」
「は、はい。ええと……私はサリエラ・E・ルナライトと言います。あの、あなたはアイアン級のキリクさんであってますよね?」
「ああ、そうだが……」
するとサリエラ何かを期待するような雰囲気で口を開く。
「本当は勇者アレス様なのでは?」
一瞬、辺りの空気が変わった。俺はなんとか平静を務めて答えたが。
「何を言ってる? 勇者アレスは北の地で死んでるし、そもそもフルプレートで全身を隠していたから種族も性別さえもわからないんじゃないのか?」
「で、でも……」
「でも、なんだ?」
「ええと……」
しばらく考えこむが何も思いつかなかったのか彼女は俯いた後に落胆した表情を向けてくる。
「そ、そうですよね……私の勘違いですよね」
「ああ、とんでもない誤解だ。まあ悪い気はしなかったがな」
そしてこれ以上、彼女が何か喋り出す前に離れたのだ。何せ見透かされているような気がしたからだ。
それに彼女の顔はどこかで……
まあ、すぐに頭を振って歩きだしたが。何せ俺の顔を知っている四人は絶対に秘密は喋らないだろうしアダマンタイト級は基本的に王家や貴族連中の下にいることが多く、つまり本来はこうやって冒険者ギルドにいることが少ないので彼女とはもう会うことはないからだ。俺のランクなら尚更。
「キリクさん」
ただし、その判断は間違っているとすぐに気づくが。
またサリエラの声が聞こえ、素早く俺の前に回り込んできたからだ。誰でも見惚れて恋をしてしまいそうな距離で。
ちなみな俺はというと不安しか感じていなかったが。彼女が俺の正体に気づいてしまうのではと思ったから。
まあ、彼女の口からは別の言葉が出てきて拍子抜けしてしまったが。
「あ、あの、私とパーティーを組んで下さい!」
「パーティーだと?」
思わず聞き返してしまうとサリエラははっきりと頷いてくる。
「はい」
正体を探られると思っていたため俺は内心ホッとする。ただ、すぐに首を傾げてしまったが。通常、パーティーはランクが離れすぎた冒険者同志は組めない規定があるからだ。特別対応以外は。
むろん俺は組む気はない。元凶であるキリクになってから組んだ三組のパーティー、飛竜の爪、疾風の剣、そしてダント達のパーティーが俺を役立たずに嘘吐き、そして加護無しと吹聴し回っているのだろうから。
今現在も。レクタルで、または何処かの町で。
だからサリエラに向き直りはっきりと言ったのである。
「俺はソロでやっていくと決めてる。悪いな」
「……わかりました。引き止めてしまってすいませんでした」
サリエラは肩を落としトボトボと冒険者ギルドの方に戻っていく。俺はほっと一息つき彼女の背中を見つめた。
「もう会うことはないだろう。頑張れよ未来ある冒険者」
そして、そう呟くと彼女とは真逆の方向、レクタルの出口に向かって歩き出すのだった。
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