甘々な葵
このような状況を見られたら間違いなく男子からの反感や憧憬の視線を浴びせられることになるのだろう。
なんせ隣に学年中の男子の視線を集めている的がいるのだから。
しかも、この密着度は殺害レベル。
「きゃーかずくん、こわーい」
今見ている映画は別にホラー映画でも無いのに葵は俺の膝に飛び込んでくる。
もう、状況が読み込めん。
普段もこうである。俺の家にきて食事を取ったら甘々のモードに変化してしまう。
他の男子は絶対に知らないもう一面の顔なのである。愛想良く振りまく学校とは一変した行動。
こうなったらもう止められん。葵が甘いたいという感情を発散するまで俺は人形として扱われる。
俺はこの抑制する方法を生憎だが持ち合わせてはいない。
「かずくん、そっぽ向かないでよ」
じゃあ、胸元をちらちら見せないでもらえますか。
あと、そんな物欲しそうな上目遣いをした顔でこちらを見ないでもらえますかね。
「かー、ずー、くん。むうう、こっち向いてよ」
俺の胸元を人差し指で何度かつんつんしてくる。
ずるすぎる。
「……悪かったって」
「……えへへ、やっと向いてくれた」
反則的な言動。
くっそ、なんだよその笑顔、可愛すぎるだろ。ダメだ。
いつまで、これに俺は耐えきれるだろうか。
◆
「結局、疲れて俺の家で寝るのかよ。ったく、仕方ねーなぁ。」
ソファに横になって熟睡している葵に掛け布団を起こさないようにそっとかける。
夜ご飯の片付けが全く終わっていないので、食器をキッチンで洗う。
「かずくーん、もう食べれないよぉ」
一体どんな夢を見てるんだよ。
夢でも俺が出てきてんのかよ。しかも、食べるの好きすぎかよ。
帰り道によくパフェとかデザート巡りに付き合わされ、昔から好きということは知っていたが、まさか夢にでるほど好きだったとは知らなかったな。
「……昔と変わらないな」
「おはよ、和君」
「おう、おはよ」
視界がぼやけているのか、目元を擦りながら布団の中から顔を出す葵。
「……えっ、私まさか寝てた?」
「ぐっすりにな」
寝顔を見られたのが恥ずかしいのが紅潮している。
「まあ、今日は休日だし、ゆっくりしていけよ」
「そうする」
「そいえば、裕二さんに朱音さんは?」
一条 裕二ゆうじ、朱音あかねは俺の父親と母親の名前である。
昨日は結局、家には帰ってきていない。『やる気がみなぎるぜぇぇぇ』と短文が一言送られてきただけで、母親に関しては『分かるわね?』とでも言わんばかりに連絡すら無かった。
ということで、昼までは帰ってこないだろう。
開業医で忙しいのは分かるが、さすがに一日顔が見れないのは辛い。でも、葵が代わりに居てくれるから辛い気持ちは薄れてはいる。
「昼までは帰ってこないんじゃないか?」
「そうなんだ。……えっ、待ってもしかして今まで起きてくれてたの?」
「まあ、一応な」
時計を見たのか少し驚いた表情をこぼしている。
現在の時刻は九時。特に用事はないが、万が一のことがあったらいけないので、徹夜と言うわけだ。
「ごめん、私なんかに」
「気にするな、俺は眠いから寝るぞ」
「……うん、おやすみ」
葵が立ち上がったのと同時に椅子から立ち上がり自分の部屋へと向かう。
あーやっぱ結構眠いな。いい夢見れるといいな。
なんだこの柔らかい感触。
しかも、妙に温かいし、いい匂いが漂っている。
心地いい空間だ、一生ここに閉じ込められてもいい。
不意に目が覚める。
「うぐっ、苦しいな。てかっ葵!」
「どうしたの、和くーん」
「どうしたのじゃねーよ、何してんだよ!」
自分の行動を見てやっと気づいたのか驚いている。
「……ごめんね。掃除しようとしたら、和君が気持ちよく寝てたからつい、ね?」
「ついって」
添い寝することはないだろ。
しかも谷間に顔が埋もれて苦しかったし。いや、こんな美人にして貰えるのだ。ご褒美と思った方が得だろう。
良くもまあ、男子と添い寝を率先的に出来るものだ。
その調子でいけば、学年中の男子とも話せて仲良く出来るんじゃないのか。
いつか俺、クラスメートの反感を全部かって殺されるんじゃないか。
「……えへへ」
急に照れんなよ、こっちまで恥ずかしくなるだろーが。
「かーずくん。」
「なんだよ」
「なんでもないっ、……えへへ」
用も無しに呼ぶやつがあるか、まあでも可愛いから許すけど。
この先、俺は葵の甘々モードに耐えいけるだろうか不安である。
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