第8話 筋肉を撃退

 最近私が手持無沙汰になりがちで、店員が二人では回らなくなっていたので、店番に立つこともありました。

 その時、裕福そうな男性が来店されました。この国の判断基準で言うなら美丈夫といったところでしょうか。筋肉が凄いから騎士かしら?


 私を心配して一緒に店番をしていたマーガレットが素早く隠れた所から考えると、顔見知りのようです。貴族なのでしょう。

 これからは見た目を変えて店番をした方が良いかしら?


「いらっしゃいませ」

「騎士に人気のクリームが欲しい」


 表に出ている看板を見なかったのでしょうか? あれは品切れ中です。まとまった量が用意できるまで、再販しないと告知もしています。

 初期から贔屓にしてくれた護衛とその友人へは、宣伝のお礼も兼ねて密かに確保している分を売ってはいますが……。


「申し訳ございません。只今品切れ中でして……」

「一部の人間にだけ売っているのは知っているんだぞ!」


 はて? 内緒にしてくれないと今後の優先販売はできかねますと言ったら、手放せないから絶対に言わないと言ってくださっていたのに。

 それに、怒鳴るとは何事でしょうか。


「……買いだめをされていたのでは……?」

「そんなはずはない! 私は見ていたんだ!」


 盗み見かしら……。秘密を守る為に、個人の部屋でやり取りをしていると聞いていたのですが。

 もし盗み見なら、この方は騎士なのでしょう。騎士としてどうかと思いますね。


「本当に在庫はないんです」

「嘘をつくな! 俺は伯爵家だぞ!」


 私は王女でしたし、今は王太子の側妃。身分でいくなら私の方が上ですよ。言えませんが。

 隠れたマーガレットに警邏を呼ぶように合図しました。厄介そうです。


「他の伯爵令息に売っていたなら、私にも売れるだろう?」

「商品がございませんので、できかねます」

「そこを何とかしろ!」


 何と横暴な。しかも見たところ、肌が弱くて困っているように見えません。どうしてそんなに欲しいのかしら?


 無いものは売れないので、押し問答になってしまいました。男が熱くなり過ぎて、手を出してくる前に警邏に到着して欲しいですね。

 痛いのは嫌です。もしもの時は避けられるかしら? 魔法を使ってしまうと後々説明が面倒になりますし……。


 おおっと、考えている間に胸ぐらを掴まれました! いよいよ殴られるかしらと思った時に、店の扉が開き、女性の悲鳴が響き渡った。

「きゃぁぁぁぁ!! 誰かぁぁぁ! ルーちゃんが男に襲われているぅぅぅぅ!!!」


「な、お、おそ……」

 男は動揺しています。向かいのお店にお勤めのおば様、素敵です。とても良く通る美声ですね。

 声を聞き付けた男性陣がわらわらと外に出てきました。これだけの人がいる中で、女性に暴力を振るってしまえば騎士人生が終わりますよ。

 あ、まだ成人していないので私は女性というよりは子ども扱いですかね。


 私の胸ぐらを掴んでいる時点でもかなりまずいでしょう。足が浮きそうです。

 相手の方が硬直している間に警邏の方達が到着して、取り押さえられました。現行犯逮捕です。

 またこの界隈に来られては他の方達も困るでしょうし、駄目押ししておきましょう。


 叫んでくれたおば様に涙を流しながら、「怖かった……。断ったら無理矢理……。ありがとうございます」とメソメソ抱き着いておきました。

 伯爵家なら直接の処罰はないでしょうが、噂は広まります。騎士としての評判はガタ落ちです。


 商品を無理矢理購入しようとしていたので嘘は言っていませんが、ここは濁しておいた方が皆様の想像力に補われて楽しいことになるでしょう。『芸術の国』は噂話が大好きなのです。


 お店が落ち着いて離宮へ戻った後、マーガレットに神妙な顔でひざまづかれました。


「ルーデンベルド様、判断を間違えたあげく、遅れてしまって申し訳ございませんでした。如何様な処分でもお受け致します」

 ああ、この子も立派な使用人になった。嬉しいです。


「警邏を呼びに行く前におば様に声をかけたのは貴女でしょう。適切な判断だったと思うわ。気付いていたから、安心して時間稼ぎができたの」

「しかし……。怖い思いをさせてしまったのは事実です」

 マーガレットは神妙な表情を崩しません。私が泣いていたのを気にしているのでしょう。


「あれは嘘泣きよ。本当はワクワクしていたの」

 久し振りにマーガレットの驚いた顔を見ました。魔法でちょちょいと目から水が出ているように見せかけただけです。


「今後、ルーデンベルド様の涙は信用しないようにします」

「本当に泣いている時は、慰めてね」

「当然です!!」

「ところで、先程の方はどの様なお知り合いかしら……?」

 身分を振りかざすなんて、性格が悪そうです。マーガレットが親しくしていたとは思えません。


「彼は騎士団長の嫡男です。男爵令嬢に骨抜きにされたので、鍛え直すために北の辺境へ飛ばされていたのですが、戻ってきたのでしょうね」

 またあの男爵令嬢がらみとは。マーガレットに変な知り合いがいるのではなくて良かったです。


「皆さん、きちんと処罰はされなかったのかしら?」

「男爵令嬢だけは戒律の厳しい修道院で軟禁されているそうですが、令息は降格や再教育がほとんどですね。肝心の殿下に処罰が下されてはいないので、妥当なところかと」


 マーガレットは大雑把な所がありますが、使用人としては一番優秀ですね。将来は人の上に立つような仕事が向いていそうです。こちらの国で言うなら、側近とかがいいのかもしれません。


「誰も再教育されてなさそうね」

「当主が陛下の働きかけで密かに要職へ就いていますので、監視が行き届かないのでしょうね」

「意味ないわねぇ」


 私の提案は失敗だったかしら。ただ、ご機嫌損ねもあの騎士も、資質や性格に元々問題があると感じるので、そもそも殿下の側近に選ばれたのが奇跡的だったのではと思ってしまいます。

 血筋優先で選ぶなんて、我が国ではありえませんね。


 護衛に聞いた所、あのクリームを塗ると絶妙な輝きがあり、筋肉が格好良く見えると評判になっているそうです。

 なので、最近では肌が弱くなくても欲しがる人が増えているのだそうです。


 やはり商品と金銭の受け渡しを個室でしていた所、何者かに窓から覗かれたことがあり、誰に見られたのかを探っていたそうです。

 危険に晒してしまい申し訳なかったと、誠心誠意謝られてしまいました。


 元々店番に護衛は不要だと断ったのは私だったのですが、私の店番は禁止されてしまいました。残念です。

 それにしてもお肌にいい成分が勿体無いわ……。格好良く見せたいだけで人の胸ぐらを掴むなんてと思わずぼやいてしまいました。


 何でも男爵令嬢の件で評判を落としてしまい、元々婚約予定だったご令嬢にも逃げられ、一年経たずに王都へ戻ってこれたのは良かったものの、結婚相手が見つからずに焦っていたらしいです。

 お馬鹿なのでしょうか。筋肉より重要なのは性格だと思うわ……。


 後日カーマインが仕入れてきた情報によると、彼は後継から外され、北の辺境に騎士としてではなく、兵士として再度飛ばされたそうです。

 成人前の女性に暴力を振るおうとするなど、騎士ではいられません。当然だと思います。

 ただ、彼を受け入れなければならない辺境の方々が可哀そうですね。

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