第5話 自由になります

 使用人には訳アリの伯爵、子爵、男爵の令息と令嬢しかいませんでした。

 実家が貧しいので王宮にお金を稼ぎに来たが、色々と学ぶ前に男爵令嬢の側仕えに抜擢されてしまい、必要な仕事を覚える前に左遷されてしまったとは……。

 話を聞く限り本当に運のない方たちです。


 あれ? 私への扱いも酷くないですか? 国の状況が落ち着けば、陛下に伝えましょう。

 残念ではありますが、ハイトブルク様は私がここへ輿入れして来た意味をわかっておられないようです。未だに説明されていないのでしょうか。

 説明されていなくても未来の国王であれば気が付くべきことですが、一応どちらか確認しておきましょう。


「わたくしに充てられる予算から貴方たちのお給料が出ているので、昇給は難しいと最初に知っておいて下さい」

 全員あまり表情に変化がありませんでした。それも覚悟していたということで、解雇されないだけましといったところでしょうか。


「ここから出て、本当は他家で働きたい方がいらっしゃるなら、わたくしが指導いたしましょう」

「えっ!?」

 ああ、そのような反応をしてしまうのは、この国の一流使用人ではありえませんわ。

 母国ならあり寄りのありですけれどね。


「申請すればわたくしもお茶会を開くことができるのですよ。優秀な使用人は見ればわかりますから、そこで自分を他家へ売り込めばいいのです。わたくしからの紹介状も書けると思いますわ」

「しかし……」


「大丈夫です。母国では王女として行儀見習いの指導をして参りましたし、人やお金の管理、経営や帝王学など、こちらの男性に必要な学問も修めております。こちら特有のマナーなども、優先事項として家庭教師から学んでおりますので、問題はないかと思います」


 生粋の『魔法の国』の方たちは何よりも研究に時間を割くことを優先させます。

 他国の人と接する時には必要不可欠なマナーでさえも、学ぶ時間も教える時間も勿体ないとおっしゃいます。


 私は王女なのでマナーを覚えることは必須、更に私の様な前世持ちは、人の教育に時間を割くだけの協調性を持ち合わせていることが多いので、八歳の頃よりその様なことに関わっております。

 八歳でも適材適所なのです。傍からみると恐ろしい国ですね。

 

「おぉ!」

 ほぼ全員が明るい顔になりましたが、護衛の反応が薄いです。今の内容はあまり彼らには必要ないものですから、当然の反応でしょう。

 『魔法の国』ですので、残念ながら一般的な剣術などは修めておりません。


「護衛の方たちには警備体制の構築方法や高貴な方を護衛するのに必要なことくらいしかお教えできないのですが……」

 国内では問題ないのですが、外交や外遊の時に必要になりますので学んでおります。


「!! そ、それで充分です。我々は騎士団での訓練などは継続できておりますので!」

「俺たちでも筆記試験に受かるかも知れない!」


 ん? 騎士に筆記試験ですか? 疑問に思っていると、護衛の一人が説明してくれました。


「この国では騎士が昇格するのに、どのように護衛対象を守るか等を、実技とは別に筆記試験で問われます。裕福な方々は専門の家庭教師に習っていますので、騎士団では教えないのです。更にある程度の語学力も必要になります。我々ではいくら実力があっても、筆記試験で落ちてしまい昇格できないでいるのです」


「まぁ……。語学も近隣諸国程度ならわかりますので、必要なものはお教えしましょうか?」

「語、語学まで!?」

 物凄く驚かれています。この国の女性は語学に明るくないのでしょうか。


「では、全員が指導を受けるということでいいでしょうか」

「他家に行く、行かないに関わらず、きちんと学びたいです」


「まぁ、素敵な向上心ね。料理人と庭師はいいのかしら?」

「料理人と庭師は、陛下が選んだ人材です。我々とは接点が無いので今回は呼びませんでした」


 なるほど。ハルトブルク様に反感を持っているかどうかは不明と言うことですね。

 けれど、陛下が私の為に用意してくれた人たちであれば、おそらく大丈夫でしょう。呼びに行ってもらいました。


 少し話をすると予想通りの方々でしたので、早速私の要望をお伝えすることにしました。

 ここは『芸術の国』ですので、料理の見た目がとても華やかです。


 前世で言うならインスタ映え抜群の料理たちですが、見た目に拘るあまり、美味しく食べる目的から考えると完成度が低くなってしまっているのが気になっていました。

 それと、装飾は素晴らしいのですが、食べにくい物が多いです。


 それを伝えると、彼らには「待ってました!」と喜ばれました。元々、この国の料理が見栄えが第一で、味や栄養バランスをおざなりにしていることが多いことに疑問をお持ちの方々でした。やはり陛下が私の為に選んだ人材でした。


 隣で私たちのやり取りを聞いていた庭師たちもおずおずと話し出しました。

 『芸術の国』では、華やかな大輪の花を好みます。別の場所で季節ごとに育てた花を、見頃に合わせて庭に植え替えをしているそうです。


 彼らは大輪の花以外にも興味があり、もっと心が和むような庭を作ってみたいそうです。勿論許可しました。

 今は私の好みではなく、王宮の庭と同じ花を植え替えていたそうです。好みの雰囲気、花、色などを質問されました。


 それからの日々は激変したと言っていいでしょう。この国の慣習に従うのをやめると、とても自由です。

 朝、身支度を整えて、美味しくて食べやすい朝食を食べた後は、私が洗濯と掃除、洗い物を魔法でしてしまいます。使用人たちの勉強時間を確保する為です。


 その後、私は家庭教師から学び、彼らは他の仕事を済ませてしまいます。

 午後のお茶の時間前に家庭教師の時間は終わりますので、それからは彼らの教師となります。


 家庭教師をして下さる先生もとても素敵な女性です。三十代半ばくらいに見える女性ですが、陛下によると随分苦労をなさっているようです。

 だからこそ私と気が合うだろうと手配して下さったのですが、『芸術の国』では結婚適齢期を過ぎた女性は価値無き者と扱われるそう。


 貴族令嬢に至っては、仕事をする事もよく思われていない状態で、そこから職を見つけ、自立するのは並大抵の努力では出来ない事でしょう。

 教師歴十年。中堅くらい? 教え方は丁寧でとても優しいです。


 この国には男性を立てる為のマナーが多いと知っていたけれど、本当に多い。

 外交で使う必要も無いので覚えたことは無いけれど、本当に多い……。あまりの多さに何度もそう思ってしまいました。


「ふぅー」

 思わず溜め息が出てしまいました。

「少し休憩に致しましょうか?」

「いえ、申し訳ございません。大丈夫です。あまりにも母国と考え方が違うので、その差に驚いてしまいました」

 私が失礼でしたので、思わず言い訳してしまいました。


「そうですか……。陛下より、『魔法の国』は自由な国だと聞いております。相当な違いがあるのでしょうね」

「ええ、それはもう……。母国では男性が自分を立派に見せたいのであれば、自分でしますね」

「えっ……!?」

 いえ、こちらが驚きたいです。先生が興味をお持ちの様なので、説明致しましょう。


「堂々とした印象等を与えたい時は、そう見える仕草を習います。パートナーに尊敬されていると周囲に見せたい時は、実際にパートナーに尊敬される必要がありますね」

 先生、カルチャーショックでおめめが開いてしまっていますよ。


「本当に尊敬されているかどうかは、見ていれば気付くことでしょう? 母国は上辺だけなどのものに必要性を感じておりません」

 先生、おめめが……。普段は知的で落ち着いた雰囲気の先生が、とても可愛いですけれど。


「本当に随分と異なるのですね……」

「そうですね。根本的に異なると思います」

 少し追加で説明させて頂きました。


「ルーデンベルト様にこの国は、……窮屈かもしれませんね」

「残念ながら、否定できませんね」


 そんな状態ですが、先生と共に頑張ってこの国特有のあれやこれやを覚えました。

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