第4話 ご機嫌損ねを撃退

 さて、輿入れから三ヶ月が経ちますが、ハイトブルク様は一度も顔を見せません。

 こちらに来てからローザリンデ様との仲が本当に良いことも聞いておりますが、一応礼儀として顔くらい見せても減らないと思います。


 何よりこちらにも利があるとは言え、私のお陰でこの国は侵略を免れているのです。

 感謝して貰いたいくらいなのですが、気が付かれないのでしょうか。


 お父様が言った愚かな王子と言う言葉に納得してしまいます。

 色々と気が付かれた様子の陛下は、月に一度は顔を出してくださり、それ以外にも手紙で王宮の状況を教えてくださいます。


 今、陛下は大変お忙しくされています。前国王であるお兄様とは歳が離れていて、今は二十八歳とお伺いしたのですが、十二歳の私に対して大人と接するような話をされます。

 お父様から私が普通の子どもではないと聞いているのでしょう。


 要職に就かれていた方が突然いなくなったことによる職を巡る派閥争いが収まらず、かなり仕事が滞っているそうです。

 煩わせないようにハイトブルク様のことはこちらからは言いませんし、陛下も聞いては来られません。

 私に関する采配は、父の希望により王太子殿下に任されています。また、陛下と王太子殿下が許可した人以外は私に会いに来ないようお願いしています。


 多少なりとも『魔法の国』をご存知の方に媚びられるのも、何か交渉を持ち込まれるのも面倒ですし、権力争いに巻き込まれるのも御免です。

 陛下はそれを理解して、自分か連絡係しか関わらないようにして下さっていますし、王太子殿下は……といったところです。


 雑談代わりにご自身の状況と、何か困っていることはないかと聞いてくださいます。

 おそらく後者が本来の目的で、前者は私相手に何を話せばいいのかわからないからでしょう。


 お話をお聞きし、差し出がましいとは思いましたが、要職から離れた方々を密かに呼び戻し、権力争いが収束するまでの間、仕事をこなして貰ってはいかがでしょうかとお伝えしました。


 『芸術の国』は王家や貴族の権力が強く、身分差がある国です。彼らに直接会い、話したことがある方など少ないのではないかと思ったのです。

 人を介してやり取りをするのは、この国では何ら不自然なことではありません。陛下はなるほどと私の意見を興味深く聞いてくださいました。


 冷静に考えると二十八歳で国王でもある方が、十二歳の私の話を聞いて興味を持つ絵面は、なかなか面白いように思います。

 しかし、それだけ陛下が困っておられるのに、問題を起こした王太子本人は何をされているのでしょうか。率先して動かれるべきではないかと愚考致します。


 この国の考え方に合わせて、大人しくしているのが礼儀かと思っていましたが、そろそろいいでしょうか。

 父からの密命の為にもそろそろ動きたいところです。時折訪ねて来ては、私に質問責めにされている文官もとても嫌そうです。


「この三ヶ月の間、殿下にはお休みもあったというのに、わたくしには会いには来られませんでしたよね」


 これはこれから私が行動を起こすにあたり、必要な確認なのでこれ以上顔を顰めないで欲しいです。表情さえ取り繕えないのなら、文官でも上位の方ではないのでしょうか。


「そうですね」

 返事もぶっきらぼうです。私は嫁いできたとはいえ、この国以上の国力を持つ国の王女なのですが。私が母国に報告しても、構わないということかしら?


「側妃として与えられている予算は、明細さえ出せば好きに使ってもいいのですよね?」

「そうです。こちらに常駐しているカーマインへどうぞ」


「かしこまりました。でしたら、もうこちらへは来て頂かなくて結構ですよ」

「はっ?」


 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしています。この国ではこの顔は美男子らしいのですが、私はこの顔をそもそも美男子とは思えませんでしたので、今の表情もただただ見苦しいだけです。


「前から一度言おうと思っていましたが、他国とはいえ産まれは王女であり、現在王太子の側妃であるわたくしに対して、その態度は失礼ですよ」


「何を! 私は時間を割いてわざわざご機嫌を伺いに来ているのですよ!」

 ああ、この方、残念な程に頭が足りていらっしゃらないのだわ。他国出身の私の方がこの国の身分制度を理解しているなんて、何ておかしい。


「ですから、それが不要だと言ったのです。貴方のそれはご機嫌伺いではなくご機嫌損ねですわ」


 後ろに控えてるカーマインから、何かを堪えているような気配がします。

 この国に男尊女卑の傾向があるとは言え、間違いなく私の方が文官よりも上位にあたります。

 王太子との関係を考えれば止めに入りたいのかも知れませんが、この国の身分制度から考えて注意されることはないでしょう。


 その様なことを考えているうちに、顔を真っ赤にした文官が部屋から飛び出して行きました。

 お詫びもなければ退室の挨拶もございません。最低ですね。


 彼には興味がないので、振り返ってカーマインの様子を伺うと、顔を俯けて震えておりました。

 俯いていても顔が真っ赤になっているのがわかります。表情が見えないのでどういう感情なのかがわかりません。


「ぷっ、ふっふっふ」

 あら、笑いだったみたい。カーマインはまともで良かったわ。


「カーマイン、早速今後のことを相談したいのだけれど」

「は、はい。何でございましょう。いい気味でした。ありがとうございます」


「いえいえ。あれで文官では人様の前に出られる水準に達しているとは思えませんわ。殿下がわざとわたくしを怒らせたかったのかしら?」

「殿下の真意はわかりかねますが、我が国では色々とありまして、その……」


「男爵令嬢が殿下を含む高位貴族の令息を骨抜きにしてしまったのですよね。ですが、殿下と現王太子妃様が仲直りされたことで事なきを得たと聞きましたが」


「そうなんです。彼は、その骨抜きにされていた令息の一人でして、前宰相の次男です。将来有望と言われていたのですが、一番下っ端から鍛えなおされているところです」


「まぁ。礼儀がない時点で、文官はもう諦めた方がよろしいのではなくて? しかもわたくしに一番の下っ端をつけられるとは……。馬鹿にされているのかしら?」


「ふふ、正直に申しますと、ここにいる使用人も全て左遷されたも同然なのですよ」

「あら、皆さんそれなりに仕事をされるのにどうして?」


「それなり、ですか。残念です。我々は件の男爵令嬢につけられていた使用人なのです。我々は殿下にそのご令嬢に忠実であるように言われましたので、ささやかですがローザリンデ様へ害をなしたのですよ」


「まぁ。運がなかったわねぇ。ローザリンデ様と顔を合わせづらいし、殿下の責任でもあるから解雇もできなかったのね」


「その通りでございます。顔を合わせて思い出させるのも良くないと、こちらに揃って異動になりました。ほとんどは紹介状をもらって辞めていきましたがね」


「まぁ。紹介状をもらわなかったの?」

「我々は元々身分が男爵令嬢に近しいということで、急遽選ばれたのです。将来有望な方もいましたが、ここに残った我々は王宮勤めになってから短い期間の者ばかりでして……」


 なるほど。技量不足で良い家に勤められないから、給料の良い王宮に残る方を選んだのね。

 出世はできなくても、王家には後ろめたい気持ちがあるので解雇もされない。

 その間に少しでも技量を身に付けれられればラッキーというところでしょうか。


「それも含めて全員と今後の相談をしたいわ。一応皆さま、殿下たちにいい感情を持っていないということでよろしいかしら」

「いいと思いますよ。全員を集めて参ります」

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