第2話 首つり峠
第2話 首つり峠 その一
どれもこれも、あきらかにデリバリー男子のサイトと勘違いしたコメントばかり。一時間一万円の時給に対して、十万出すから朝までいっしょに寝てほしいとか、イケメンに挟まれて激しいプレイをしたいとか、エッチな内容が目立った。
「清美さん。うちはマジメな探偵社なんだけど……」
「あれぇ? 変ですね? ちゃんと悪霊退散!——って書いてあるのに」
「そのキャッチ消してください。『霊障に悩んでいるかたはいませんか? 実績ある悪魔祓い師があなたの悩みを解決します』に変更で」
「ええ……普通すぎて、つまんないです」
「普通でいいんです!」
しかたないので、パソコンを流し見て、まともな依頼を探した。どれもこれも女からの申しこみだが、ふと男の名前を見つけた。I市在住の四十代男となっている。
『じつは十年前に自殺した兄がいるのですが、どうもこのところ、その兄の霊が身近にいる気がしてなりません。誰もいない部屋で気配を感じたり、夜中、枕元に兄が立っている気がしたり、通常なら考えられないことが起こります。どうか助けてください』
同じ県内のとなりの市でもあり、これならすぐに行ける。依頼内容も見た感じまともだ。
「この人がいいですね。すぐ連絡をとってください。それと、一時間一万円はひどくないですか? 一件の悩みにつき、霊障の度合いによって一万円から十万円を基本にして、おれや青蘭でも倒すのに手こずりそうな魔王クラスが相手のときだけ、危険手当としてプラス二十から百万でよくないですか? たいていの上級悪魔くらいなら一日で倒せますからね」
「なるほど。了解です。あっ、この人と連絡とってみますです」
些末な事務仕事を清美に任せて、龍郎は朝食を作る。
穂村はまだ寝ている。
人間としての睡眠なのか、本体が活動していて意識が目覚めないのかイマイチ判別がつかない。
青蘭は離れの浴室で朝風呂を浴びていた。龍郎が青蘭のために卵焼きを作っていると、ガマ仙人とマルコシアスが両側にすりよってくる。
「よき香りがするのう。龍郎殿。わしにも作ってくださらぬか」
「ガウガウ」
「いや、ガウガウじゃないから。マルコシアスは魔界にいたとき、ちゃんと人の言葉をしゃべったろ?」
「……近隣の人間に怪しまれぬようにしろと申したではないか」
急に狼が人語を話しだす。
話せるとわかっているのに、龍郎はギョッとした。
「いや、人間界の狼は背中に羽なんて生えてないし、体長も一メートルもないよ。その姿だけで怪物なんだけど」
「……そうか。では、これならどうだ?」
クルッと一回転すると、マルコシアスの姿はじゃっかん大型の狼になった。翼も隠されている。これならちょっと大きいシベリアンハスキーと言えばごまかせる。
龍郎はふと思った。
「もしかして、その姿のままでも悪魔の匂いがわかったり、戦ったりできるのかな?」
「できる。むろんだろう。私は座天使だぞ」
マルコシアス自身は自分を魔王と言うより、その前身の天使だと言い張りたいようだ。
「よし。じゃあ、今日からいっしょに仕事に行こう。青蘭を守ってくれるとありがたいな」
「よかろう。アスモデウスのためならば力を貸そう」
「そのかわり、人前で人間の言葉は話すなよ? 犬のふりをしてくれ」
「……よかろう」
マルコシアスはアスモデウスに惹かれていた。自分が恋人になれるとは思っていなかったようだから、あくまで陰ながら慕っていただけだろうが、その気持ちを今もあたためているのだ。あっけなく協力を約束してくれた。
卵焼きができあがるころに、青蘭もキッチンにやってきた。以前は土間だったキッチンも改築してフローリングにしてある。テーブルを置いたので、ここで食事をとることもできる。
「わあ。美味しそう。僕、茶碗蒸しの次に卵焼きが好き。ありがとう。龍郎さん。しっかり食べて稼がないとね」
なんだか、やる気に満ちた青蘭が心配だ。全財産をなくしたって龍郎は青蘭を愛していると、どうしたらわかってもらえるのだろう。今のままだと、青蘭が必要以上にムチャをしそうで怖い。
炊きたての白米に卵焼きと味付け海苔、トマトを切って盛りつける。
嬉しそうな青蘭を見ると、ガマ仙人やマルコシアス同様に餌づけしている気分だ。
そこへ清美がやってきた。
「龍郎さん。連絡つきましたよぉ。今すぐ来てほしいそうです。一刻も早く——って、ああ、ズルイ! キヨミンも卵焼き食べたいですよ」
「……作るから」
「お砂糖甘めでお願いしますねぇ」
「清美さん、卵焼きは上手だったような……」
清美は龍郎を無視して手元のメモ用紙をながめる。
「依頼ぬしは
「ありがとうございます」
「じゃあ、卵、焼いてください」
「…………」
急ぎのはずなのに一時間以上も移動時間をとってあるのは、清美用の卵焼きを調理するためだったのだろうか?
食事のあと、龍郎は黒川に電話をかけた。今日は行けないと連絡を入れるためだ。なかなか通じないので、しかたなく留守電にメッセージを録音しておいた。
「じゃあ、行ってきます。清美さん」
「はい。がんばってくださいね。初仕事」
探偵なのに探偵らしいことをこれまでしてこなかった。やっと探偵の名前にふさわしいことをすると思うと、少しだけ緊張した。
一時間後。
約束のファミリーレストランに、龍郎は青蘭と二人で入った。マルコシアスは自動車のなかで待たせてある。
時間的に中途半端なので、レストランのなかはガラすきだ。
窓ぎわのテーブルに男が一人で座っている。それが依頼ぬしだということは、ひとめでわかった。
なにしろ、盛大にオバケをひきつれていたから……。
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