第2話 首つり峠 その二
「お待たせしました。鹿原さんですね?
声をかけると、鹿原は顔をあげた。目の下に黒いクマを張りつかせ、無精ヒゲを生やし、見るからに霊障に悩まされている人だ。造作は悪くないのかもしれないが、とにかくゲッソリ頰がこけ、目はうつろなので、よくわからない。
「あの……」
鹿原が言いかけるのを龍郎はさえぎった。
「ちょっと待ってください。その前に、これはサービスですので、お祓いさせてください」
「はあ……」
龍郎が右手をあげようとすると、青蘭がさえぎった。
「僕がやるよ」
「いや、でも……」
「僕がやる!」
青蘭はアンドロマリウスを使役することで悪魔を退治する。そのたびに肉体の一部をアンドロマリウスにさしださなければならない。なので、あまりその力を使ってほしくないが、低級な霊の浄化くらいなら、アンドロマリウスを使う必要はないから安全だろう。
そう考えて、龍郎はうなずく。
青蘭はいそいそとポケットから星流の形見のロザリオをとりだした。無言でそれを軽く依頼者の前にさしだすだけで、男の顔から
青蘭のエクソシストの腕前も、確実にあがっている。快楽の玉の吸った魔力が満たされつつあるせいかもしれない。
「あ……あれ? 肩が軽くなった……」
鹿原が驚いてつぶやく。
それはそうだろう。
ただの浮遊霊のようだが、二十も三十もひっついていたのだから。これほどたくさん霊を背負った人を、龍郎は初めて見た。
「少しは楽になったと思います。でも、あなたを苦しめている根本的な解決にはなってないですね。さっきのヤツらより強い匂いがしみついてる」
「匂い……」
「ああ、気にしないでください。ホームページの書きこみは読みました。いつごろから、そういうことが起こるようになったんですか?」
鹿原はぼんやりしている。
今のところ霊障がおさまったことで、あらためて青蘭の美貌に気づいたようだ。あからさまに見とれている。
龍郎が咳ばらいすると、あわてて目の前のコップをとって水をがぶ飲みした。
「すみません。前に見かけた人と似てたので……」
とつぜん、くどき文句みたいなことを言いだした。
青蘭はイラついたようだ。
「そんなことより、早く話を聞かせてくれないかな? 助けてほしいんですよね?」
愚民と言わないていどには商売を意識している。
鹿原は赤くなりながら話しだす。
「変なことが起こりだしたのは、今年の六月くらい……です。兄の一周忌のあとでしたか」
青蘭には任せておけないので、ここからは龍郎が接客した。
「お兄さんの霊が枕元に立っていたんですね?」
「はい。ほかにも、いろいろ……」
「お兄さんは自殺されたってことですが、そのことが関係していると思いますか?」
「まあ、そうなんでしょう。この世に心残りがあるのかもしれないです」
「お兄さんの自殺の原因はなんですか?」
「それがよくわからないんです。兄は健康だったし、借金もなかったし、農協に勤めて長かったので生活には困っていませんでした」
「人間関係などはいかがでしたか?」
「職場のことは知りません。夫婦仲も悪くなかったと思うんですが、同居してるわけじゃなかったですから、ほんとのとこは、どうなんだか」
まあ、兄弟と言えど、この年齢ならそんなものだろう。それぞれに家庭があり、会うのは盆暮れ正月くらいというのが一般的ではないだろうか。
「了解しました。じゃあ、じっさいにお兄さんの霊を見た場所に移動しましょうか」
「職場でも何度か変な感じがしましたが、おもに見たのは自宅です」
「鹿原さんの今のお住まいですね?」
「次男なので、結婚したときに実家を出て、今は家族三人で暮らしています」
「失礼ですが、家族構成を教えてもらえますか?」
「家内の
そう言う鹿原の目がなぜか少しくもった。家族に何か心配事があるのだろうか。
「ご家族もお兄さんの霊を見たんですか?」
「それは……たぶん、ないと思います」
「そうですか。とりあえず、ご自宅を見せてください」
「わかりました」
経費で落とすので、ここのコーヒー代はこっちで持って、ファミレスを出た。
鹿原の自宅はそこから車で五分ほどだった。ごくふつうの一軒家だ。二階建て。新興住宅地のなかに密集しているこぢんまりした家屋で、前庭はコンクリートで固められている。自動車が二台、ギリギリで入るスペースだ。とは言え、鉢植えの花など飾られていて、家庭的なふんいきがある。
「この時間は家内がパートに出てるので、車、ここに入れてもらえますか?」
「ここですか……」
けっこうな運転技術を要求されたが、龍郎の車は軽なので、なんとか車庫入れに成功した。
ようやく塀にあたらないように停車して、車外に出たときだ。
気配を感じてふりあおいだ。
二階の窓から女の子が顔をのぞかせている。鹿原の娘の美輝だろう。
「なるほど。お兄さん、いますね」
美輝の背後に、青白い顔の男が立っている。どう見ても生きている人ではない。
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