26

 ネイナは大樹の心臓までたどり着いて言った。


「ゴフェル。力をちょうだい」


「開口一番それかい?」


 ゴフェルは呆れたように言った。


「力を得て、いったいどうするというんだね?」


「レイトを救う」


 ネイナはきっぱりという。


 ゴフェルは笑い声を上げた。


「いいだろう。どっちみち悪魔を放おっておけば大樹の塔は終わる。それなら君に力をくれてやったほうがましだろう。君に授けよう。左のすべての力を」


 ゴフェルはそう言うと人々に貸し与えていた力をすべて回収した。ゴフェルの背中の翼が大きく羽ばたく。


「ただどうなるかはわからないよ。君も知っているだろう。悪魔の力は凶悪だ。君たちが暴走と呼ぶそれは悪魔の力だ。天使と悪魔の力はとても近いところにある。そして天使の力が悪魔の力に変わった時、それが跳ね上がっていたのをしっているだろう? 人に制御できないくらいね。その膨大な力自体が悪魔の力の特性だ」


 そして、ゴフェルは真剣な眼差しで言う。


「故に君は彼を殺す覚悟をした方がいい。彼を救うだなんて傲慢は捨てるべきだ」


 ネイナはそれに答えなかった。


「それでは君に力をあたえよう」


 直後、ネイナの周りに光が集まった。それはネイナの周りを回りはじめる。そしてネイナの背中で左はねへと変わっていった。


 それが終わった時、ネイナは体の底から力が湧き上がってくるのを感じていた。


「ルシカさん。行ってきます」


 ネイナはルシカの体に向けてそう言って、その場を後にした。


 ネイナはすぐさま塔の頂上を目指した。レイトはそこでネイナを待ち受けていた。


「やあ、たしかネイナだったね」


 レイトではなく悪魔のようだった。


「あの時は止めてくれてありがとう。僕は思い直すことにしたよ」


 悪魔はいう。


「いきなりゴフェルをけして、大樹の塔を破壊してしまうのも芸がない。僕は少しずつ壊していくことにしたよ。だってそのほうが楽しいだろ?」


 悪魔はわらう。


「まずは人間だ。人は滅びたほうが世界のためになると思わないかい?」


 悪魔は問う。


「かつて世界を壊したのは人間だ。それなのに人間は堂々とのさばっている。許せるようなことじゃないよね。それどころか人間は自分たちに不都合な種を破滅させた。愚かな人間。破滅するべきは人間自身だというのに」


 悪魔は憐れむように言う。


「聖獣だって別に人を殺すつもりなんてなかったんだよ? ただ少し遊んでいただけだ。あれはただ無垢なだけだったんだよ」


「聖獣が人を襲ったのはあなたのせいなの?」


「さあ、どうだろうね。僕はちょっと遊び方を教えてあげただけだ」


 ネイナは怒りがこみ上げる。こいつのせいであの不幸な事件は起きたのだ。


「レイトに体を返して!」


「いやあ、彼はしつこいね。何度体を追いやっても戻ってくる。でもそれも終わった。この体は僕が完全に掌握した。もう先程のようにはいかないよ」


「私だってさっきとは違う」


「そのようだね」


 それ以上言葉はなかった。


 最後の戦いが始まろうとしていた。




 まずは悪魔から仕掛けた。悪魔はカタハネをネイナに向けて放つ。ネイナはそれを掻き消した。先程とは違いネイナはそのカタハネをすべてかき消すことができた。


 ネイナは思った。いける。いまの力ならば悪魔に引けを取らない。ネイナは勝機が見えた気がした。


 悪魔は続いてカタハネをネイナに向ける。そして今度は放つと同時に駆け出し、距離を詰めた。その速度は早くカタハネがネイナにとどくのとほぼ同時に懐に入った。ネイナはカタハネを掻き消す暇がなく、横に飛び退いてそれをかわす。そこに悪魔の追撃が襲い来る。悪魔はまず真っ直ぐ突きを放った。それをネイナは身体能力を底上げして受け止める。そして、次に悪魔は地面を蹴って宙に舞った。そのまま体を捻り、強烈な回し蹴りを放つ。ネイナはそれを防御したがその威力で体が吹き飛ばされた。体勢が崩れる。


「素晴らしい肉体だ。さすがは僕がつくった器だ」


 しかし追撃はなく、悪魔はそんなことを言った。


「つくった?」


 ネイナは体勢を立て直し、問う。


「ああそうだよ。レイトは僕が生み出した人間だ。いわば悪魔の子だね」


 悪魔の子。ネイナはレイトのことをそんな風には思えなかった。レイトはこの悪魔とは似ても似つかない。


「そして僕はレイトを人の中に紛れ込ました。レイトを成長させるためにね。人は自ら破滅の種を育てたんだよ。そして僕の依代にしても耐えうる器になるまで僕は待った」


 そして時は満ちた。悪魔はそう言う。


「ネイナ。君には感謝しているんだよ。レイトがここまでの器になったのは君のおかげなんだから」


 悪魔はおかしそうに笑う。


「レイトはずっと君を守るための力を磨き続けていた。その結果こうして君にその力が向けられるとも知らずにね。実に悲劇的だ」


 悲劇なんかじゃない。ネイナは思う。レイトはみんなを守ってくれた。私を救い出してくれた。そして次は私の番だ。


 ネイナは悪魔に向かってカタハネを放つ。悪魔は悠々とそれをレイトの身体能力で持ってかわす。息をつかせる暇を与えないようにネイナは連続してカタハネを放つ。しかしそれはやはり悪魔には届かない。ネイナはカタハネで加速して悪魔に突っ込む。そして目一杯強化した蹴りを放つ。悪魔はバク転してそれもかわす。そしてすぐにネイナの懐に潜り込む。拳がネイナの顔面めがけて伸びる。ネイナはそれをかすめながらも首を傾けてさける。そして、そのまま悪魔に膝を入れる。しかし、それは腕で防がれた。二人は一旦距離をおいた。


「なかなかやるね。さすがは天使の依代に選ばれただけのことはある」


「わたしもアポストロスで結構しごかれたからね」


 アポストロスではカタハネの訓練と体術の訓練を受けることができる。ネイナは特に幼少時、その訓練をかなり受けていた。それはレイトをラゴリから守るためであった。ネイナは幼少時ほどではないが、いまでも訓練を時々受けていた。

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