24

「さてそれでは現在起こっている問題について話そう」


 レイトはまだ何かあるのかと思った。


「この頃左の人たちのカタハネがおかしくはなかったかい? それは僕の体現が安定しなかったためだ。ようするにルシカの体はもう壊れようとしている」


 もうやめてくれ。レイトはそう思う。


「ルシカのカタハネは大したものだったけど、体は脆い。新しい依代が必要だ」


 ゴフェルはネイナを指差した。


「そこで選ばれたのが君だ。ネイナ」


 ゴフェルはニヤリと笑った。


「わ……たし?」


「君は素晴らしい。カタハネは強力だし、若くて健康で丈夫だ。依代になるのに申し分ない」


「やめろ!」


 レイトは叫んだ。そしてゴフェルの前に立ちふさがった。


「ネイナは依代なんかにならない。俺がそんなこと許さない」


 ゴフェルはあざ笑う。


「いいのかい? その結果大樹の塔はなくなるんだよ? そしたら君たちはどう生きていくんだい? 海しかない世界で生き残れるとでも?」


 心底おかしそうに笑いながらゴフェルはいった。


「……それでも許せない」


 レイトは自分が馬鹿なことを言っているのがわかっていた。だけれど、これ以上大切な人を――ネイナを失いたくはなかった。


「なら他のミギを犠牲にするのかい? そして自分たちはのうのうと幸せに過ごすと?」


「……他の方法を探す」


「そんなものはない」


 ゴフェルはきっぱりといった。


「……レイト」


「やめてよネイナ。お願いだから」


 レイトはわかってしまう。ネイナが今どんな選択をしようとしているか。


「俺の側にずっといてよ。そう約束しただろ」


 レイトの声は震えていた。


「ネイナもずっといっしょにいたいって言っただろ?」


 ネイナの心は揺れる。


「レイト。私は」


 それでもネイナは決意する


「やめて……やめてよ」


 そしてレイトは吐露した。


「ネイナがいない世界なんていっそ壊れてしまえばいい」


「……そこまでレイトが私の事思ってくれてるなんてね」


 ネイナはそう言って嬉しそうに笑った。


「ゴフェル」


 ネイナがそう呼ぶと蔦が動き出しレイトに絡まった。そしてレイトはネイナから引き剥がされる。


「くそ! はなせ!」


 蔦は硬く、いくらもがいてもレイトをけして放しはしなかった。


「ネイナ! おねがいだからやめて!」


「ごめんね。私はそれでもみんなに生きて欲しいんだ。そして、何よりレイトに」


 ネイナはレイトに背を向ける。


「そのためだったら――私は」


「だめだ! そんなの許さない!」


「いいんだね?」


 ゴフェルはネイナにそう問う。


「……ええ」


 レイトは叫び続ける。


「やめてネイナ! ゴフェル! どうかネイナを奪わないで!」


 ゴフェルは答えない。


「やめて……おれはどうなってもいい。だからネイナだけは……」


 蔦がネイナに集まっていく。そして全身を包みこんでいく。


「最後にもう一度問おう。君の魂は消滅することになる。それは死だ。本当にいいんだね」


「ええ。私はわたしを失ってでもこの世界を守る」


 ネイナはそう決意を込めていった。


「よろしい。君の体、大切に使わせてもらうよ。なにか言い残したことはないかね?」


 ネイナは少し逡巡していう。


「……一つだけ」


 ネイナは長い間、黙り込んでいた。そしてようやくネイナはレイトに振り返っていった。


「さよなら。大好きだったよ」


 ネイナは笑顔で――泣いていた。


 ――いやだ。レイトは叫んだ。あがいた。必至に手を伸ばそうとした。でも無駄だった。レイトはあまりに無力だった。所詮はハネナシ。力なんて何も持たない只の人間。ネイナを守るどころか止める力さえない。


 レイトは思う。力が、力がほしい。世界を壊せるくらい大きな力が。


 レイトの体の奥底で何かが蠢く。それはレイトが暴走事件の時に感じたものと一緒だった。


 力を。力を。それは次第に増えていく。そして大きな流れになっていく。


『君はいつか強大な力を手にする。世界を壊してしまえるぐらい強大なね』


 レイトは夢の影に言われたことを思い出す。力を。今こそ力を。レイトは渇望する。


 その流れは勢いを増していく。


「待っていたよレイト」


 影の声がした。


 そしてその流れは溢れだした。

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