23

「君たちは超常の力――君たちが言うカタハネはなんの力か知っているかい?」


「……この塔を創った女性が天使から力を分け与えられて、それが受け継がれてきたものだってきいてる」


 レイトはそう答えた。


「おしいね。正確にはすこし違う。その女性は力を分け与えられたんじゃない。天使と交わって天使その物の力を得たんだよ。そして、左半分をまるまる使ってこの塔を――僕を創りだした」


 笑顔でゴフェルは言った。


「あなたはいったい何者なの?」


 ネイナが問う。


「さっき行った通り大樹の塔そのもの。そして天使に限りなく近い存在」


 レイトは思った。この子が大樹の塔そのもので天使? いくら何でもそんなこと簡単には信じられない。


「言っとくけどこの姿はただの幻想だ。本体はそっち」


 そういってゴフェルはルシカを指し示した。


「どういうことだ」


「いったろ僕は天使に限りなく近い存在。天使っていうのはね霊的なんだ。その天使が現し世に体現し続けるには依代が必要なんだよ」


 霊的、体現、依代。一体何を言っているのかレイトにはわからない。


「君達はルシカを知ってるみたいだね。ようするにルシカは人柱になったんだ。犠牲ってやつだね」


「犠牲? いやそんなはずは……だってまだそこに」


「魂ってやつは一つの体に一つだけだ。それは絶対にだ。だから残念だけど、ルシカという人間の魂は僕がこの体に入ったことで外に追いやられて消滅した」


 唐突に告げられたそれ。レイトは理解が追いつかない。


「人の魂は脆い。外に追いやられてすぐならまだしも、これだけ時間がたっていれば完全に消滅してしまったろうね」


「母さんは生きてる! だってまだそこで息をしているじゃないか!」


 レイトは先程、きちんと確認していた。ルシカは生きていた。


「君は同じ体だったら魂が別のものでもその人を同じ人だと考えるのかい?」


「それは……」


 レイトは答えられない。


「ちがうだろう? だからルシカはもう死んだんだ」


「し……んだ?」


「そうだ。ルシカは死んだ。消滅した魂はもう戻らない」


 レイトの頭のなかで様々な感情がぐるぐると回る。レイトはまだそれを信じられない。


「ちがうよね? 母さん。返事をして!」


 レイトはルシカに問いかける。


「君もしつこいね。こうしたらわかりやすいかな」

そう言ってゴフェルは姿を消した。


 直後、微動だにしなかったルシカが目を覚ました。そして口を開いた。


「どうだいこれでわかるかな? 僕は君の母さんじゃない。僕はゴフェルだ」


 声はルシカの物のはずなのにそれは全くの別物のように聞こえた。そして、その口調はゴフェルのものだった。そしてルシカはにやりと笑う。


 レイトの背筋に冷たいものが走る。ルシカはそんな笑い方はしなかった。レイトの中のルシカは包み込むように、とても穏やかに笑う人だった。


 レイトはルシカから離れて呆然とした。ネイナも同じような状態だった。


「さて、話を続けようか」


 ゴフェルはまた女の子の姿で現れた。


「最初に戻ろう。創世の物語の女性は大樹の塔――僕を創りだしたわけだけど、僕を維持するには先の通り依代が必要だった。そこで、その女性は自ら依代となった。脆い自分の魂は投げ捨ててね。それにこの塔を維持するには結局右の力も必要だった。右の膨大な力とカタハネに干渉するという力がね。それは祈りというカタハネに干渉してその力を取り込むためにだ」


 そして、ゴフェルは昔を懐かしむように言う。


「最初の頃は大変だったよ。なんたってつがいと彼女の子らがいただけだったからね。その頃、この塔はほとんど彼女の力で保っていた。その結果、彼女の体はすぐに壊れたよ。右はなかなか代えがきかない。より確実に僕を体現させ続けるのにそれでは困るだろう? 祈りの力を取り込むのは負担を減らすためだ。そうやって依代を長くもたせたんだ」


 ゴフェルは二人の様子なんて気にもとめずに話し続ける。


「そうだ、彼女の子らの話をしておこう。聡明な彼女はきちんと自分の血を残していた。あらかじめね。彼女の血は天使と交わり神聖化され、その子らにながれる彼女の血もまた神聖化された。そうやって右の力は受け継がれた。この塔を維持するためにね」


 ゴフェルは問う。


「君たちはカタハネが右と左で差が生まれるのは何故か分かるかい?」


 レイトとネイナは反応を見せなかった。


 ゴフェルはお構いなしに続けた。


「天使の力は本来膨大なものだ。右が強いんじゃない。左が極端に弱いだけなんだよ。まあ右のほうがより神聖なものとされているのは事実だがね。それは特性に現れているだろう? そして左の人々の力は僕が貸し与えた力なんだ。祈りによってエネルギーを得るためにね。それは最低限のものだ。右は彼女の子らの系譜で血が色濃く出た時の結果だ。その力はもって生まれたものだ」


 レイトはふと疑問がわいた。なら自分はなんなのだろう。なぜ力がないのだろうか。


「あなたは……なんでそんな話を私たちに聞かせるの」


 ネイナが問う。


「君たちは真実が知りたくてここまで来たんじゃないのかい? 僕はそう考えたから話してやっただけだ」


 たしかにレイトは真実の解明のためにここまできた。しかしその結果がこれだ。ルシカの死。レイトはそんなことが知りたかったわけじゃなかった。

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