18

 レイトは祭りの日の夜もアポストロスの寄宿舎に向かった。


「君もしつこいね」


 見張りの人が言う。レイトはその夜ネイナに会うまでは絶対に帰らないという覚悟でいた。


「君のこと他の人に聞いたよ。なんでも巫女様の恋人らしいじゃないか」


「こ、恋人ではないです」


「そうなのかい? でもそれだけ必死ってことは巫女様のこと愛してるんだろ?」


 レイトの顔は真っ赤になり、何も答えられなかった。


「私は正直君を通してやってもいいと思ってる」


「ほんとうですか!?」


「しかしそれはできない。この建物の中にはアポストロスの構成員がたくさんいる。君をこっそり中に入れても、見つかったらただではすまないだろう。だからそんなことを許す訳にはいかない」


 レイトはその言葉を聞いて肩を落とす。しかし見張りの人は笑っていた。


「その人を通してください」


 突然ネイナの声がした。レイトが見るとそこにネイナが立っていた。


「巫女様! 部屋を出られては困ります!」


 見張りが慌てたように言う。


「その人を中に入れてあげてください」


「しかし……」


「私がいいと言っているのです!」


 ネイナは高圧的にいう。


「……わかりました」


 見張りはそう言って道を開けた。




 レイトはついにアポストロスの寄宿舎に足を踏み入れた。


「ごめんねレイト。何度も来てくれてたんでしょ?」


 ネイナは申し訳無さそうに言う。そして小声で付け足す。


「あの見張りの人がこっそり教えてくれたの」


 レイトは見張りの人に心の中で感謝した。


 寄宿舎の中でレイトたちは何人もの人とすれ違った。どうやら建物内でも見張りは行われているらしい。みんなレイトのことを見ていたが、隣りにネイナがいるので咎めるようなことはしなかった。


「さあ入って」


 ネイナは一つの部屋の前でそう言った。


 その部屋はとても広く、豪華な部屋だった。しかし窓がなかった。まるで閉じ込められているようだとレイトは思った。


「ああ肩が凝っちゃうよ。こんなに監視されてちゃ」


 レイトは建物内の見張りはネイナの監視をしていたのだと気づく。


「なんかこうして話すのはひさしぶりだね」


 ネイナが少し気恥ずかしそうに言った。


「そうだね……ずっと会いたかったよネイナ」


「……わたしも」


 ネイナはなぜかもじもじして言う。


「どうしたの?」


「い、いやなんでもないよ! なんだろ久しぶりだからかな」


 ネイナはそう言って笑う。


「私こうやって普通に話すのも久しぶりでさ。巫女になってからみんな敬語だし」


 巫女。それを聞いてレイトは思い詰めたようになる。


「ネイナは本当に巫女になったんだよね」


「……うん」


 レイトは今でもあまり実感がわかなかった。できることなら嘘だと言って欲しかった。


「巫女になってからルシカさんのことを調べたんだけどね」


 ネイナは続ける。


「巫女が神殿階層に移されるってこと以外は……わからなかった」


 レイトはルシカが今どこにいるかしらなかった。それが立ち入り禁止とされている神殿階層だとは思いもしなかった。


「それでね。私も明日、神殿階層に移されるみたい」


 レイトは凍りつく。やはり重なるのは子供の時の記憶。


「それでどうなるの? もう会えなくなるの?」


 レイトはずっと聞きたかった言葉を口にする。


「それはわからない……でも、もしかしたらルシカさんは帰ってくるのかもしれないよ」


 ネイナは努めて明るく言う。


「それでも……ネイナがいないといやだよ」


「甘えん坊なところはかわらないねレイト」


 そう言ってネイナは笑う。


「大樹の巫女に選ばれるってことはね、幸福で名誉なことなんだよ」


 あの時のルシカと重なるその言葉。


『私は選ばれたの。幸福で名誉な事なのよ』


「だから……だからね……」


 ネイナの声は震えていた。


「祝福……してほしいな」


 ネイナは涙をこぼした。


「あれ? おかしいな。こんなはずじゃ」


 ネイナはそういって涙を拭う。


「ちがうの。違うのレイト。私はね。笑って、笑ってお別れが」


 その先の言葉は続かなかった。


 ネイナはレイトに体を寄せて胸元に顔をうずめる。涙を隠すように。


「ほんとはね。怖くて堪らないの。私……どうなるのかな」


 ネイナの涙は次々と流れだして止まらなかった。


「ごめんね。ずっとそばにいるって約束したのに」


 ごめんね。ごめんね。そう繰り返すネイナをレイトはとても小さく感じた。


「ずっといっしょにいたいよ」


 レイトはネイナの肩をそっと抱いた。ネイナはレイトの腕の中で堰を切ったように泣き出した。


 レイトは思う。また大事なものが奪われる。それを子供の頃のようにただ見ている訳にはいかない。俺はネイナを守れるくらい強くなるんだ。絶対に。


「ネイナは――俺が守る」


 レイトは決意した。

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