17

 レイトは次の日の朝、久しぶりに一人で起きることができた。きっとネイナが来たら驚くに違いないと、レイトはネイナの到着を待ち遠しにしていた。しかし、ネイナは一向に姿を表さなかった。


 ついにはお祈りの時間まで過ぎた。そしてやっとレイトの家の扉が開かれた。


「レイト! 大変だ!」


 現れたのはネイナではなくラゴリだった。


「ネイナが……大樹の巫女に選ばれた」


 レイトは最初、ラゴリがなにをいっているのかわからなかった。いや、レイトは理解したくなかったのだ。


 レイトの脳内でいろんな思いが錯綜する。


 そんな筈ない。大樹の巫女は俺の母さん――ルシカだ。ネイナは巫女じゃない。母さんは俺をおいて行った。巫女だから。しかたのないことだ。違う。ネイナは巫女になった。だから俺を置いていく。そんなわけ無い。ネイナはそばに居てくれると約束してくれた。ネイナ。遠くに行ってしまう。――また一人になるの?


「おい! レイト!」


 レイトは気づけば駆け出していた。レイトの足はまっすぐネイナの家に向かった。


 レイトはネイナの家のドアを何度も叩く。――ネイナ。違うよね。俺を置いて行かないよね。ねえ。そうだと言って。


 扉を開けたのはネイナの両親だった。


***


「ネイナはうちにはいないんだ。今はアポストロスの奇宿舎にいる」


 ネイナの父親は申し訳無さそうに言った。


「そうですか……すみませんでした」


「大丈夫レイトくん?」


 ネイナの母親がレイトの様子を心配して言う。レイトは顔面蒼白だった。


「いえ大丈夫です。俺行ってきます」


 レイトはすぐさまアポストロスの寄宿舎がある場所へと向かった。


 アポストロスの寄宿舎はとても立派な建物だった。その入り口には見張りが立っていた。


「とまれ」


 見張りがレイトを止める。


「現在アポストロスの構成員以外の立ち入りは禁止されている。要件を言え」


 そう見張りは高圧的にいう。


「ネイナはいますか」


「その質問には答えられない」


「いるんでしょう? ネイナの家族から聞きました」


 見張りはすこし驚いていた。


「巫女様への謁見は禁じられている」


 見張りはそう言葉を変えた。


「ネイナに会わせてください」


「だめだ」


「お願いです! 会わせてください!」


「騒ぐな。これ以上騒ぐようなら実力で排除する」


「でも……」


「私もできるなら君を傷つけたくはない……どうか今日のところは帰ってくれ」


 レイトはもう何も言えなくなってしまった。




 レイトは次の日も寄宿舎に訪れた。しかし昨日と同じく門前払いだった。レイトは次の日もその次の日も、何度も寄宿舎にかよった。しかし結局ネイナには会えないまま祭りの日を向かえた。


「うわあすげえ人。大樹の塔ってこんなに人がいたんだな」


 ラゴリが人混みを見てそういう。確かにすごい人の数だった。大樹の巫女の祭りともなれば参加する人も物凄い。


「レイト! なんか食べ物売ってるみたいだぞ」


 道脇には様々な出店が並んでいた。


「せっかくだからなんか食べようぜ」


「いや、俺はいいよ」


「レイト……ネイナのことが心配なのはわかるけど、食事くらいとったほうがいい。でないとお前が倒れるぞ」


 レイトはネイナが巫女に決まった日からろくに食事をとっていない。


「……そうだね」


 レイトは適当に食べ物をいくつか買った。しかし、食欲はやはりなくて食べられなかった。


「お。そろそろ始まるみたいだ」


 大樹の巫女の祭りでは大規模なパレードが行われる。そこで巫女の姿がお披露目される。大方の人はそれが目当てだろう。


 レイトはパレードを見に集まった人たちを無理やりかき分けて、最前列まで進んだ。


 そしてパレードは始まった。


 パレードはとても華やかだった。演奏隊が音楽を奏で、踊り子たちが舞を披露し、仮装をした人たちが行進する。さらにはカタハネを使った演出まで盛り込まれていた。カタハネが火の玉となっていくつも打ち上げられ、爆発していろんな色に変化してひろがり、そして花びらになって皆に降り注ぐ。見事なものだった。


 そして、巫女――ネイナが現れた。


 ネイナは何頭かの馬が引く、大きな山車に乗って現れた。その上で群衆に向かって笑顔で手を振っている。ネイナはいつもとは違う真っ白な衣装に身を包んでいた。その姿はとても美しかった。表情は大人びて見えた。


 レイトはなんだかネイナがどこか遠く、手の届かないところに行ってしまったような気になった。レイトの中でまたいろんな不安がめぐる。


 ネイナの乗った山車がレイトの目の前を通り過ぎようとしていた時だ。レイトとネイナの目が合った。するとネイナは先ほどの大人びた表情はどこへやら、途端に悪戯な表情へと変わった。そしてレイトに向かってなにか言った。もちろんその声はきこえない。しかし、レイトには容易に想像がついた。


 ――どうよ。私綺麗でしょ。見直した?


 きっとそう言っている。


「ああ。とても綺麗だよネイナ。見直した」


 レイトはそう、ネイナには聞こえていないだろうがくちにした。するとネイナは満足したような顔になる。レイトは思わず吹き出した。


 いつものネイナだった。レイトがよく知るネイナだった。レイトは安心する。そして心が温かくなるのを感じた。


 突然レイトの腹が鳴った。レイトは随分と腹が減っていた。レイトは手にしていた食べ物を一気に口にした。

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