13
レイトが見たのは首から血を吹き出して倒れるケモノの姿だった。その先の血濡れた子供。その背中の黒い翼をみて理解する。――暴走だ。
レイトはイブニルを加速させる。そして、手綱を使って横にぶら下がり、ケモノのそばで呆けていた子供を拾い上げる。
直後、その子供がいた場所は吹き飛ぶ。ケモノの死体は木っ端微塵になり、大量の血が地面に広がった。レイトは投げ出されて転がったが、子供は抱きかかえて守った。レイトはすぐさま立ち上がる。
レイトのそばにラゴリが乗ったイブニルが近寄る。
「ラゴリ」
「わかった」
それだけで意図は通じた。レイトは子供をラゴリに渡し、ラゴリたちから距離をとった。
「こっちだ!」
レイトはわざと大声で言って、血濡れた子供の注意を引きつけた。
ラゴリはその隙に血塗れた子供の後ろにいた子を助ける。そして、レイトを残してその場を離脱した。
「ハネナシ死んじゃうよ……」
子供が一人置いていかれたレイトを見ながら言った。
たしかにレイト一人に相手をさせるのは危険かも知れない。しかし子供の安全を確保するのが先だった。
「ばーかあいつはすごいんだぞ。なんたって全力の俺に――カタハネを使った俺に体一つで勝ちやがったやつなんだから」
レイトは離れていくラゴリ達を見てひと安心する。
レイトは考える。ひとまず他の子供の安全は確保できた。あとはこの血濡れた子供だけだ。危険種のこともあったから、おそらくミギが派遣されているだろう。到着までそれほど時間はかからないはずだ。それまで持ちこたえればいい。
暴走の鎮静はミギにしかできない。いや、使い手の意識をうまく奪えれば止めることはできるかもしれない。だがそれはなかなかに困難だ。そして何より子供を傷つける訳にはいかない。
怪我の状態も心配だ。頭部の血液は子供のものではないように見えたが、体の方は別だ。あちこちボロボロになって出血している。
レイトは大声で子供に呼びかけた。暴走したカタハネは使い手自身を傷つける可能性がある。だからレイトは自ら囮になってカタハネを引き付けようとしていた。
子供はレイトの声に反応して向きを変える。そしてカタハネがレイトに向かって放たれた。
レイトはそれを横に跳躍してさける。直後、レイトの元いた場所は吹き飛んだ。
大丈夫だ。避けられる。あとはこれを繰り返していればいい。レイトはそう思った。
「ハネナシだからって舐めるな。こう見えてかなり鍛えてるんだ」
あとはレイトの体力勝負となりそうだ。
それからしばらくその応酬は続いた。見る間にその周辺に生えていた木々はなぎ倒され、荒れ果てていった。
レイトは大量の汗をかいていた。カタハネを避け続けるには止まらずに動き続けるしかない。それはひどく体力を消耗させる。しかし、レイトの足は止まらなかった。普通ならもう力尽きて、カタハネの餌食になっていてもおかしくはない。常人とはおもえない体力だった。
それでも疲労は蓄積していく。レイトの動きは徐々に緩慢になっていった。限界がゆっくりと近づいてくる。それでもレイトは歯を食いしばって回避を続けた。
そして、レイトが跳躍しようと地面を踏みしめた時だった。レイトはズルリと何かに足を取られ、膝をついてしまった。
それはケモノの血液だった。疲れで注意が散漫になっていたのだろう。レイトはそれに気づかなかった。
しまった。そう思った時にはもうカタハネが放たれていた。レイトにその凶悪な力が迫る。
あっけない、実にあっけない幕引きだとレイトはその瞬間思った。こんなところで俺は死ぬのか。
レイトの脳内で様々な思い出が浮かんでは過ぎ去っていった。レイトはそこにネイナの笑顔をみた。
もっと一緒に居たかった。その体温を感じていたかった。ずっとその笑顔を見ていたかった。
――死にたくない。レイトは強く思う。死にたくない。死にたくない。生きたい。
その時レイトの体の奥底でなにかが蠢いた。
カタハネがレイトを飲み込もうとしたその瞬間――破裂音がしてカタハネが掻き消された。レイトがやったわけではなかった。
レイトの目の前に一人の少女がふわりと降り立った。その背の右側には純白の翼があった。それはネイナだった。
ネイナはすぐさまカタハネを使って暴走した子供を地面に這いつくばらせた。そして、悠々と歩を進める。
暴れ狂うカタハネが次々とネイナを襲う。しかし、そのカタハネはネイナが手を振っただけで消滅していく。
レイトは震える。その圧倒的力に。そして、改めて痛感する。その頂きの高さを。
レイトはこれを越えようとしているのだ。それくらいの力がなければネイナの隣に並び立つ資格はない。
ネイナは暴走した子供の側まで近づき、その黒い翼に触れた。すると翼が触れたはしから白に戻っていく。
これがカタハネに干渉できるミギにしかできないこと。――暴走したカタハネの浄化。ネイナの先生とは別の仕事の一部だ。
ネイナは子供を抱き起こす。子供は規則正しく息をして眠っていた。
「さすが」
レイトは思わず口にしていた。
ネイナは振り返って、レイトに笑顔を見せた。
こうして、この日の事件は終わりをむかえた。
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