07

 ネイナも食事を終えたあと一緒に食器をかたして、二人はくつろいでいた。


 レイトは腹が満たされて少しぼんやりとしていた。すうと意識が遠のいていく。そこでかすめたのは今朝の夢と同じある人の姿。その笑顔。その涙。


「今朝のことだけどさ……あの人の夢見てた」


 レイトは気づいたら口にしていた。ほとんど無意識に近かった。


「そっか。やっぱりね」


 ネイナはわかっていたようだった。


「あの人だなんて他人行儀な言い方。お母さんでしょ。そう呼んであげなきゃ」


「いやでも、血はつながってないし。それに規則もあるから」


「べつに今はいいでしょ。私しかいないんだから。ルシカさん怒るよ?」


 ルシカ。レイトの育ての親。大樹の巫女。そしてレイトを置いていってしまった人。


 レイトは捨て子だった。人口の少ない大樹の塔ではめったにあることじゃない。すぐに親の調査は始まった。しかし、いくら調べても親は見つからなかった。それらしき人すら。


 そこでレイトを引き取ってくれたのがまだ若い当時25歳のルシカだった。ルシカは両親を幼いころになくして天涯孤独の身だった。似た境遇のレイトを放っておけなかったのだろう。


「ルシカさん体弱かったから無理してないといいけど」


 ルシカは病弱だった。よく体調を崩して寝込むことも多かった。そこで手助けをしてくれたのがネイナの両親だった。ルシカはネイナの両親と仲がよく、目をかけられていた。


 ルシカがいなくなってしまってからも、レイトはネイナの両親にとてもお世話になった。ネイナの両親は一人になってしまったレイトを引き取り、育ててくれた。レイトがネイナと出会ったのはその時だ。


 レイトは現在、自立してルシカの家に一人で暮らしている。ネイナは毎日この家に足を運ぶので独り立ちできているかは怪しいが。


「巫女のお仕事っていったい何なんだろうね」


 大樹の巫女。それが選ばれるのは何十年という長い期間に一度だ。巫女はミギの中から選ばれる。ルシカはネイナと同じミギだった。


 巫女が選出された年には大きな祭りが執り行われる。そこで巫女は祀られ、人々に崇められる。そしてその後は巫女の役目に順守することになるのだが、それが一体どんな役目なのかは明かされていない。わかっているのは祭りのあとに表に出ることはないということだ。


 その祭りを執り行うのは長老会だ。長老会とは大樹の塔の代表者たちによる会集のことである。巫女は大樹の意思によって決められるそうだ。それが長老会の人たちによる選出のことなのか、ほんとうに大樹に意思があるのかはわからない。


 そしてその長老会から一つの規則が定められている。巫女のことはみだりに口にしてはならないという規則だ。神聖なものが汚れないようにだそうだ。まるでそれは巫女のことは忘れなさいと言われているようだった。


 忘れることなんてできないとレイトは思った。いまでも夢に見るくらいなのだ。


『ごめんね』


 その言葉が焼き付いてはなれない。


『ごめんね』


 しかたのないことだった。


『ごめんね』


 それでもあの頃のレイトにとってルシカはたったひとつの拠り所だった。


『ごめんなさい』


 レイトはその時のことを思い出して泣いてしまいそうになる。また一人になってしまうような気がして。


「大丈夫だよレイト」


 ネイナがレイトの様子に気がついて言う。ネイナはやさしくレイトの手を握った。


「レイトは一人じゃない。私達がいる」


 ネイナは包み込むような優しい表情をレイトに向ける。そして、少し冗談めかしていう。


「万が一みんなから見捨てられるような大馬鹿なことをやってしまったとしても」


 まっすぐとレイトの瞳をみて


「私だけはぜったい、ずっとそばにいるよ」


 そういった。


「昔から言ってるでしょ」


 一人になって臆病になったレイトは誰にも心を開かなかった。それをこじ開けてくれたのはネイナだった。


『わたしがレイトを守ってあげる。一人にしないようにそばにいてあげる。だから安心して! 約束!』


 そして一人にしないと、そばに居てくれると約束してくれた。


「ネイナはやっぱりすごいね」


「でしょ?」


 そう言って二人は笑いあった。

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