02

「朝だよ。ほら起きて!」という少女の声で少年はまどろみから目覚めた。


「ほら! レイト!」


 レイトが瞳を開くと、少女の顔が見えた。なぜかその視界は濡れてゆがんでいた。


「レイト、泣いてる」


 そう言われてレイトは自分が涙を流していたことに気がついた。


「ないてない」


 そう言ってレイトは涙を拭った。


「おーよしよし。またいじめられたんですかあ?」


 少女が意地悪そうなにやけ面で言いながら、レイトの頭を子供をあやすようになでた。


「昔と一緒にしなでよ」


 そう言って手を振り払う。


「一人じゃ起きられないくせにえらそう」


 うっ、とレイトは痛いところをつかれてこぼす。レイトは昔から朝に弱い。だからいつも幼なじみのネイナに起こしてもらっていた。


「すみませんでしたネイナ様。いつもありがとうございます」


「わかればよろしい」


 ネイナは胸を張ってふんぞり返る。


「そうだ、はやく! そろそろお祈りの時間だよ」


 ネイナはレイトを急かす。


「いつも思うけど俺はお祈りしなくてもいいんじゃ……」


「つべこべいわない! さっさと起きる!」


 はーいと気のない返事をして、レイトはよたよたと起き上がって服を着替えた。


「いつも言ってるけど、もう少し小綺麗にしたら?」


 レイトはボサボサの頭につなぎという出で立ちだった。


「別にいいだろ。楽なんだし」


「うーん。まあいいけどさ」


 ネイナはセミロングの髪にロングブーツとワンピースという出で立ちだ。


「とりあえず早く教会に行こ」


 そうだねとレイトが返事をして二人は家を出た。


 教会は大樹の塔に祈りを捧げる場所だ。大樹の塔とはレイトとネイナが生活を送っている――そして全人類と全陸上生物が生息する超大型の塔のことだ。


 世界は大樹の塔と広大な海が永遠と続いているのみである。




 教会はすでに多くの人々であふれていた。みな一日に一度、朝のこの時間に祈りを捧げに来る。


 教会は居住階層にいくつも点在している。居住階層とは大樹の塔の階層の一つで2~5階がそれに当たる。人が生活を営む階層だ。


「ほらはじまるよ」


 ネイナの言葉にレイトが振り向くと神父が教壇にあがるところだった。


 神父が祈りの文言を詠みはじめると、皆指を組んで目を閉じる。そして集中を始めると、背中に光が集まり白い翼のようなものが現れ始める。


 超常の力。大樹の塔の人々はそれが使える。翼が現れるのはその力を使っている証だ。


 なぜ人が超常の力を持ったのか。それの答えに関する物語が一つある。それは大樹の塔の創世物語。


 その物語で世界は大洪水にのまれようとしていた。原因に関する情報はない。そこに一人の聡明で信心深い女性がいた。彼女は滅び行く世界を誰よりも深く嘆いた。そして神にひたすら祈りを捧げ続けた。神は彼女の祈りに心を動かされ、神の御使――天使を使わせた。彼女は天使の力を分け与えられ、大樹の塔を創った。そして人を含む様々な生き物のつがいの命を救った。やがてその子らが繁栄し今の形になる――と言う物語だ。超常の力はその天使に分け与えられた力が受け継がれてきたものだとされている。


 超常の力を使うときに出現するその白い翼は片側だけに現れる。もしかしたら先の物語の力を分け与えた、という様子を表しているのかもしれない。


 そしてその力は、その様から『カタハネ』と呼ばれている。


 なぜ祈りの際にカタハネを使うのかというと、塔を支える大樹に力を捧げているのだ。ようするに、水やりのようなものである。塔の中心となっている大樹。その栄養源は人々の祈りというわけだ。


 人々が祈りを捧げ、無数の白い翼がひろがる様は幻想的で美しい。しかし、その中に一人だけ、翼を出現させていないものがいた。レイトだ。


 レイトはぼんやりとしながら別のことを考えていた。今朝の夢のことを。

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