第29話 一期一会
「えっと、先に聞いておきたいんだけどさ、あたしが出所できなかった場合はどうするの?」
結局、問題はそこなんだよね……。あたしの解凍を依頼した謎の第三者がいるからといって、あたしが人を殺したっていう情報が捏造とは限らないわけだしね。っていうか、捏造だったらそれはそれで酷い仕打ちだよね……。
「地球でサクさんの出所を待つのです!」
スモモちゃんからは躊躇なくそんな返事が返ってきた。ふおぉ……愛が重いよ……。
「でもさ、二十九年だよ? 待つの辛いだろうし、結局途中で待ちきれなくなっちゃったらそれまでの時間が無駄になっちゃうよ?」
「自分が待ちたい人を待つのは自由なのです! 結果として時間の無駄になったとしても、待った相手がサクさんなら後悔しないと思うのです!」
「うーん、あたしとしては、そんな形でスモモちゃんに負担をかけたくないんだけどなぁ……」
地球で三十年近くも待っててもらうのは、やっぱどう考えても申し訳ないんだよね……。それに、今でこそ同い年ぐらいの外見だけど、地球に戻ったスモモちゃんは本来のスピードで老化——もとい、成長するわけだから、あたしが出所する頃には必然的に歳の差が目立ってしまうよね……。
それよりも、スモモちゃんには地球で新しいお相手を見つけてもらった方がお互い幸せな気がするんだけど……。
「その辺については、私が出所する前に改めて話し合えばいいと思うのです! 私はそれよりも、サクさんと確実に一緒にいられるこの十カ月を充実したものにしたいのです!」
「充実させちゃったら、その分、別れが辛くならない?」
「なるでしょうね。でもサクさんは、私の出所が来年ではなく五年後だった場合でも今の質問をしましたか?」
「え、それは……」
しなかった、かも?
「それはつまるところ、ずっと一緒にいてもいずれは別れることになると心のどこかで思っているのではありませんか?」
「うぅ……ごめん、そうかもしれない」
「事実なので、謝る必要なんてないのです! 通常はあまり意識していないだけで、人は一度出会ったらいつかは絶対別れるのです! 別れが来ない人間関係なんてないのですから、一緒にいられる間は精一杯楽しむべきだと思うのです! そして、その関係が少しでも長く続くように努力すればいいのです!」
「んー、それもそうかな」
確かに、卒業すると分かってても友達や彼氏を作るし、どっちかが先に死ぬと分かってても結婚するもんね。それと同じだと考えたら、なんか気が楽になってきた。一年でお別れしちゃうかもしれないのは辛いけど、だからって今仲良くしない理由はないかもね。
「納得していただけたのなら、お返事を頂きたいのです!」
「あ、うん……えっと、最初はね、スモモちゃんのことは可愛い妹みたいだなーって思ってたのね」
「えへへー、可愛いサクさんに可愛いなんて言われると照れるのです!」
「ちょっと! さりげなくあたしのことを可愛いって言わない! あたしまで照れちゃうじゃん!」
「照り返し攻撃なのです!」
「うん、意味わかんない! それでね、実を言うと、あたしも最近、スモモちゃんのことを恋愛対象として好きになり始めてる気がしてたんだよね」
「おお! では両想いなのです! ハッピーエンドなのです!」
「待って待って! まだ終わりじゃない!」
ベンチに押し倒さんばかりの勢いでハグしようとしてくるスモモちゃんを慌ててブロックしながら、あたしはそう叫んだ。
「もしかして、一足飛びに結婚なのですか!? 獄中結婚なのです!」
「いや、そうじゃなくて! ちょっと落ち着いてー!」
「ふにゅにゅー!」
あたしにブロックされながらも興奮してジタバタするスモモちゃんをなんとかベンチに押し戻してから、話を続ける。
「正直ね、女の子を好きになることに抵抗があるんだよね。今まで、自分の恋愛対象が女性だと思ってなかったから、このまま女の子を好きになっちゃうのが怖いっていうか、このまま進んじゃダメな気がするっていうか……」
「はうぅ、先走りすぎたのです……。なるほど、私との行為を避けていた本当の理由はそれですね?」
「本当の理由っていうか、一番大きな理由かな。このままズルズルいくのも怖いし、溺れた状態で別れちゃうのも怖いし、って感じ?」
っていうかスモモちゃん、鋭すぎでしょ……。
「そこは、自分の感情に正直になるべきなのです! 私だって、サクさんと出会って初めて女性が恋愛対象になったのです!」
「そういえば、男の子と付き合ってたって言ってたもんね」
「そうなのです!」
「うーん……スモモちゃんと話してたら、そういう選択肢があってもいいんだ、と思えるようになってきた気がするよ。それに、出所後もスモモちゃんが隣にいてくれるとなったら、あたしとしても嬉しいんだよね。出所に向けてもう少しだけ足掻いてみようって気にもなれたし」
「それはよかったのです!」
「でも、女の子を好きっていう感情を受け入れるのにはもうちょっと時間が必要かな……」
「分かったのです! サクさんの気持ちの整理がつくまで、私は何秒でも待つのです!」
「ありがとう! でもできれば、秒単位じゃなくて日単位で待ってほしいかな」
「うにゅー」
ふぅ、とりあえず前向きの保留って感じかな? 告白の返事としては正直どうかと思うけど、理解してもらえたみたいでよかった! それにしてもスモモちゃん、ほんと一途だよねぇ。できれば今すぐにでも応えてあげたいんだけど……。PDを見ると、バーチャル仮釈放の時間はあと一時間ほど残っていた。
——よし、決めた! あたしが現時点であげられるものは全部あげちゃおう! 軽率かもしれないけど、あたしもスモモちゃんが相手なら後悔しない気がするよ!
とは言っても、あげられる手持ちのアイテムが全然ないんだよねぇ……。なんかあるかな? あたしはPDでこの時代の地図を確認しながら考えを巡らせる。
そして数分後——
「スモモちゃん!」
「はい?」
「仙台行こっか!」
「え!? ちょっと待つのです!」
「待たない!」
あたしはスモモちゃんの手を掴んでベンチから立ち上がった。
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