第30話 仮想と現実

「この時代の夜って暗いんだね……」

「明るかったら夜じゃないのです!」

「えー、明るい夜もあるでしょー。白夜とか」

「屁理屈なのです!」

 はい、ですよね……。あたしは眼下に広がる仙台の市街地を見ながらため息をつく。


 地元の仙台でスモモちゃんが楽しめそうな場所がないか探してみたものの、あたしが知っていてこの時代でも残っているスポットが全然見つからなかった。そもそも、それが理由で今回の目的地から仙台を外してたんだよね。


 そんな中、遠足の定番スポットだった青葉山公園がまだあることが判明したから、夜景でも眺めようかと思って来てみたのだけど……眼下に広がっていたのは、あたしがイメージする夜景とは全然違うただの暗い街だったのだ。


 よく考えたら、そりゃそうか。この時代の建物は窓がないんだから、明かりが漏れるわけがない。その上、街灯や自動運転車のライトも上には光が漏れないようになっているらしい。そりゃ、高台から夜の街を見下ろしても暗いわけだ。


 なんか、ハイテクの方向性が昔のイメージとちょっと違うよね……。綺麗な夜景をスモモちゃんと一緒に楽しめるかな、って思ったんだけどなぁ……残念。即興とはいえ、人生初のデートプランニングはどうやら大失敗に終わったっぽい。


「ごめんね、スモモちゃん。この時代の夜の街がこんなに暗いなんて思わなかったから……」

「大丈夫なのです! 街が暗い分、お星は綺麗なのです!」

「星?」


 そう言われて初めて頭上を見てみると——そこには、これまで見たことのないような満天の星が広がっていた。うわぁ、すごいすごい! かなり小さな星まではっきり見えるよ! こんな星空、昔だったら山奥とかでしか見れなかったんじゃない?


「私に素敵な景色を共有してくれようとしたサクさんのお気持ちと、こうして一緒に綺麗な星空を眺めていられるという事実だけで、私は十分満足なのです!」

「本当? 無理して気を遣ってない?」

「無理なんかしていないのです! 私だって、地球から星空を見るのは久しぶりなのです!」

「そっか! よかったぁー」


 確かに、星自体はジムの天窓からいつも見てるけど、それが空一面となるとスケールが全然違うもんね。しかもあの天窓、常に地球が結構なスペースを占めてるからいまいち星が見にくいし。


 そういえば、月は——と思って探してみたものの、まだ出てないのかもう沈んじゃったのかどこにも見当たらなかった。それにしても、今こうしている間も自分の身体が空の彼方にあるっていうのも、今さらながら不思議な気分だよね。


 と、スモモちゃんが少し心配そうに声をかけてきた。


「無理といえば、サクさんの方こそ無理をしていませんか?」

「ん? どういうこと?」

「昔とすっかり変わってしまった地元を見ることに抵抗があるのかと思っていたのですが」

「んー、いや。仙台に来ようとしなかったのは、単純に知ってる場所が全然残ってなかったからだよ。それに、それを言うなら、この時代の日本を見ること自体にちょっと抵抗があったかな」

 そして、予想通り疎外感を覚えてしまったわけだけどね。


「うにゅー、ごめんなさいなのです! 私がバーチャル仮釈放に誘ってしまったから……」

「あー、違う違う! そういう意味じゃないよ! ほら、この時代に来てしまった以上、いつかは見なきゃいけないわけだしさ。一人で見るよりもスモモちゃんと一緒に見る方が心強かったし、そこは感謝してるよ!」

「ならよかったのです! そう言っていただけると、こちらも嬉しいのです!」

「それに、こんな風に昔と変わってない場所もあったわけだしね」


 あたしは後ろの公園を振り返りながらそう言った。そのまま柵から離れて、ゆっくりと歩を進める。照明が少ないからはっきりとは見えないけど、ざっと見た感じは昔来たときと何も変わってない。まるで、ここだけ時間の流れが止まってたみたいだ。


 歩く先には、伊達政宗の騎馬像が薄明かりの中にそびえ立っている。かなり古びた様子から察するに、どうやら千年前にここで見たものと同じものっぽい。まさか、直に見たことがあるものが残ってるとは思ってなかったから、ちょっとびっくりだ。


 当たり前だけど、この時代と千年前の時間軸ってちゃんと繋がってたんだね。なんか、ここが本当に日本だってことがようやく実感できた気がするよ。同時に、ここが間違いなく未来だってことも否応なしに実感させられたけどね。


「仙台といえばこれ、っていうぐらい有名な像なのです! 実物を見るのは初めてなのです!」

 隣をついてきたスモモちゃんが、高い台座の上にある騎馬像を見上げながらそう言った。実物っていうか、バーチャルなんだけどね。いや、まあ、これだけリアルに再現されてたら、もう実物みたいなもんなのかな。


 ——そこでふと、昼間から密かに不安に思っていたことを口にしてみる。


「ねえねえ、ムーン・ヘルって本当に実在してるのかな?」

「うにゅ? いきなりどうしたのですか?」

「いや、ムーン・ヘルも実はバーチャルって可能性はないのかな、って昼間からずっと気になってたんだよね」

「可能性もなにも、今朝までずっと一緒にそこにいたのです!」

「そうなんだけどさ、これだけバーチャルがリアルだったら、知らない間に仮想空間に放り込まれてても気づくの無理じゃない? 何か、見分ける手段というか、違いってあるの?」

 だってさ、例えばこの台座の石にしても、リアルすぎるでしょ。感触とか、質感とか。”バーチャルがリアル”って言い回しが違和感無いぐらいに。昼間見た横浜も、正直、何も知らなかったら本物の街だと信じちゃっただろうし。


「もちろん、違いはあるのです!」

「お、あるんだ!」

「仮想空間では、ウンコやオシッコをしないのです!」

「ぶっ」

 また排泄の話かよ! なんなの、もう!


「あと、汗もかかないのです!」

「せめて、そっちを先に言おうよ……。でもさ、そういうのも、やろうと思えば再現できちゃったりするんじゃない? この時代の技術だと」

「確かに、再現しようと思えばできるのです! つまりサクさんは、本物の身体はずっとどこかで眠っていて、仮想の身体がムーン・ヘルに収監されているのではないかと疑っているのですね?」

「うん、そうそう! といっても、本気で疑ってる訳じゃなくて、そうじゃないことを確信したいって感じかな」

 昔、そんな感じの映画もあったしね。そういえば、あれって最後どうなったんだっけ……。


「仮にそうだとしても、ムーン・ヘルで刑期分の年数を過ごすことに変わりはないのです! むしろ、本物の身体はちゃんとどこかで保護されていると考えたら好都合ではありませんか?」

「うーん、確かにそういう考え方もありなのかもだけど……でも、それってなんか嫌じゃない? せめて、そうならそうと言ってほしいというか……」

 それに、本物の身体に何か変なことをされてないか心配だよね、うら若き乙女としては。……まあ、千歳なんですけどね。納得してないけど。


「大丈夫なのです! ムーン・ヘルはバーチャルではないのです! 一応、ちゃんと確かめる手段もあるのです!」

「なんだ、あるんだ!」

 だったら、最初からそれを教えてよ! 鼻水が出ないとかはやめてよ!


「鼻水も汗と同じで、再現しようと思えばできてしまうのです! でもでも、バーチャルでの完璧な再現が不可能な感覚がひとつだけあるのです! あるのですけど……」

「え? なになに? 教えてよ!」

「……性感なのです」

「えー、そうなんだ!」

 なんか意外! なんていうか、人類としては真っ先に再現を試みたくなりそうな感覚じゃない?


「ある程度の再現は実現できているのですが、現状以上の再現は理論的に不可能らしいのです」

「へぇー」

 ってことは、ここでの性感と戻ってからの性感を比べればいいってことか。しまった、そんなことなら、さっき芝生の上でヤっとけばよかったな……。今からだと時間ないよね……。


「一応、キスだけでも違いははっきり分かるのです。でも……嫌ですよね?」

「え、いいよ! しよっか!」

 なんだ、キスだけでいいんだ! 簡単じゃん! あたしはスモモちゃんの肩を抱き寄せて、首の後ろに手を回す。


「ちょっと待つのです! いいのですか!? その……私とのそういう行為は避けたいのではないのですか? それに……」

 意外そうにスモモちゃんが聞いてくる。


「言ったでしょ? 現時点であげられるものは全部あげることにしたって」

「確かに、そうおっしゃってましたけど、でも……」

「だから、あたしのファーストキスもあげる!」


 あたしは先回りしてそう答えてから、ゆっくりと顔を近づけた。

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